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羽が見えた日
作:きよこ


「空を飛びたい」

 ある日の、友人の一言。


 
「どうしたの? 突然」
「空を飛ぶ夢を見た。空を飛びたい」

 いつも突拍子もないことをいうこいつ、葵は小学校1年で出会い、かれこれ12年の付き合いになる。選んだわけではないのに、小中一緒。高校までもが一緒になってしまったうえに、高3の今年は同じクラス。
 恐ろしいまでの縁を感じてしまう、今日この頃。

「藍はさ〜、無い? そういうの」
「どういうの?」
「空を飛ぶ夢。ちょー気持ちいいよ」

 あたしの名を呼び、葵は机の椅子に立膝で立つと、「ぶーん」と両手を広げた。そういう夢だったのだろう。
 教室の窓際の席を陣取ったあたし達の目線は、四角い窓の向こうに広がる大空に移る。
 筋状にのびた白い雲が、青い空を隠していた。なめくじみたいな雲だ。

「空を飛ぶ夢って、現実逃避したいから見るんだって」
「そうなの?」

 あたしの一言に、葵は目を丸める。あんなに気持ちよかったのに、と愚痴を零して、椅子に座り直す。

「受験かね」
「現実逃避の原因?」
「そう」

 あたし達は高校3年生。受験の真っ只中だ。センター試験なんて、頭の痛くなる話題が飛び交う、そういう時期。
 葵とあたしの志望校は違う。出会ってから12年。クラスが違うことがあっても、離れたことの無かったあたし達の、別れの時。
 葵は東京の大学。あたしは地元の大学を受験するから。離れ離れになるんだ。
 実感がまだ湧かない。いつも隣にいた無二の親友が、あと少ししたら、隣にいないんだ。

「空を飛びたい」





「葵!」

 日曜日の朝。まだ朝もやのたつ時間に、あたしは原チャで葵の家の前に来ていた。葵の母親があたしの朝早くの訪問に驚きながらも、葵を呼んできてくれた。

「さむい〜。どうしたの? こんな朝早くにさ」

 女の子のくせに葵は口を隠さずに大あくびする。ぐしゃぐしゃの前髪に隠れた目には、あくびのせいで涙が溜まっていた。

「出かけない?」
「どこまで」
「決めてないけど」

 口を尖らせながらも、葵は同意してくれた。



「どこ行く?」
「寒いしねぇ」
「海行きたくない?」
「さむっ」
「冬の海、見てみたくない?」

 あたし達の、現実逃避。たまには無茶したっていいじゃない。
 葵の頭に無理やりヘルメットをかぶせる。勢いがよすぎたのか、葵の顔が半分以上隠れてしまったが、まあ気にしない。
 原チャに乗って、ポンポンとシートを叩いた。ここに座れの合図。
 あたしの原チャはHONDAのやつ。真っ白な車体が気に入って買ったのに、あたしのめんどくさがりな性格が災いして、見るも無残に薄茶に染まってる。まあ、気にしない。

「しゅっぱあーつ」
 
 原チャに乗ったあたしの後ろに跨り、葵はのん気な声をあげた。
 エンジンは快調。一発でかかった。まだ静かな住宅街に、騒音を撒き散らすあたしの愛車。

「こらっ! あんた達! 2人乗りは危ないからやめなさい!」

 葵のお母さんが怒鳴ってるけど、聞こえないふり。スロットルを回して、原チャはスタートを切った。2人乗ってるから、最初ふらついたけど、問題なし。



 原チャに乗って、1時間。海に到着。
 太陽もだいぶ昇ってきていたけれど、雲が多くてイマイチ。なんとなく、灰色な世界。

「冬の海って、灰色だね」
「海は空の鏡ですから」
「なにそれ」
「どっかの詩人が言ってた」

 冬の海は灰色。誰もいない海は、ただザパンザパンと波を立たせる。波間波間に白い泡が溢れて、それがいっそう冬の寒さを感じさせた。
 手をさすりながら、葵は大声で聞いてきた。あたしはただ答える。

「冬の海が灰色なのは」
「空が灰色だから」
「夏の海が青いのは」
「空が青いから」
「あたし達の心が灰色なのは」
「うっとおしい季節だから」
「あたし達の心が青くなるには」
「飛ぶしかないね!」

 きゃあ、と歓声をあげて、原チャに跨る。続けて葵もあたしの後ろに飛び乗って、抱きつくように、あたしの腰に手を回した。

「飛ぼうよ!」
「どうやって?!」

 アクセル全開。スロットルはフル。ウイリーしそうになりながら、原チャはダッシュ。

「目をつぶって!」
「藍はつぶんないでよ!」

 あたし達の髪の毛は真横に吹っ飛び、風を真正面から受け止める。風を切る。風の中を走る。

「飛んでるみたい!」

 葵がそう叫ぶけど、風の音とエンジンの音でよく聞こえない。

「思い出さない?!」
「なに?!」
「スピッツの名曲〜!」

『空も飛べるはず』


「飛べるはず! つうか、今、飛んでるはず!」
「鼻がもげる! つうか、耳ももげる!」
「鳥はこんなかんじなのかな?! くちばしもげそうなのかな?!」
「それはないでしょ!」

 冬の風は、思った以上に冷たくて。あたし達の顔は氷を当てたみたいに冷え切ってた。体温ってのは不思議で、冷えたところは温めようとするのか、冷え切ったほっぺは真っ赤。
 耳やら鼻やらは、顔の先端にあるだけあって、寒いを通り越して、痛い。
 耐え切れなくなって、あたしは原チャを止めた。

「今さ、飛んでたよ」
「脳みその中がね」
「そうとも言う」
「どうする?」
「もう一度、飛んじゃう?」
「飛んじゃう!」

 あたし達の、ほんのちょっとの現実逃避。
 離れていくあたし達の、ほんのちょっとの2人旅。
 あたし達に羽は無くて。
 飛ぶことなんて出来ないけど。
 それでも。
 飛べる気がするのは、なんでだろう?

「口がもげる!」
「鼻と耳は?」
「もうもげた! 感覚無いもん!」

 ……バカだからかな?
 いや、バカが2人揃ったからかな。

「飛んじゃえ!」
「もっと!」
「もっと!」

 今はまだ、飛んでいたい。飛んでいよう。離れ離れになる、その時まで。無邪気に。
 飛んでいると、信じて。
 あたし達、空だって飛べるはずだから。
 
 だって、その時あたしには見えたんだ。
 あたし達の飛ぶ世界に、羽根が舞い散るのを。
 くそッくらえの現実を踏み台にして、飛んでくあたし達の姿を。
 いつか離れていくお互いの手を、今はまだぎゅっと握りしめて。

「空を飛びたい」
「飛んでみる?」
「飛ぶしかないね!」
 
 あたし達の背中に羽が見えた気がした。



 


昔はよく空を飛ぶ夢を見ていました。そんなころのことを思い出して書いた作品です。
ご意見ご感想、お待ちしてます。













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