流れゆく時代の中で
学校の怪談とか、七不思議ってあるじゃない?
有名なのでいくと、音楽室の動く肖像画とか、夜中に鳴り響く楽器類。
夜の校庭をねり歩く銅像とか、構内をうろつきまわる人体標本ってヤツ?
そういった派手目なヤツの他にも、真っ暗な体育館で深夜に鳴り響く謎のバスケットボール音とか、何故か上りと下りで段数が異なっている階段とか、そんな奇妙な感じがするのもあったりするらしいけど……。
他にも、ありがちな物としては、開かずの扉とか、夜中に鳴り響く公衆電話とか、誰も居ないのに何故か反応して点灯するセンサー式照明具などなど……。
まあ、そんな中でも極めつきは、とある場所にある鏡を特定の時間に覗き込むと何やら奇怪が現象が起きるとか起きないとかいった、そういった眉唾物になるのだろうけど。
……そんな話を聞いたら、ちょっと好奇心の強い人なら、調べてみたくなったりしても不思議ではなかったのかもしれない。
◆◇◆◇◆
怪談とか七不思議といった、ちょっと怖い系のエピソード集は、学校といった施設に限らず、案外、何処にでもあったりする物なのではないだろうか。
そういった逸話の数々は、昔は何処の学校にも大抵はあったらしい。
だからこそ、ごくありふれた七不思議というヤツが、私達の学校にも当然のように存在していたらしいのだが……。
そう、かつては存在していた。
存在していたらしい、のだ。
らしい、というのは、それらの逸話が私達の親の世代……。
いわゆる、ひと昔前の時代の話であって……。
つまり、今の平成の世になる前の時代。その前にあたる年号、昭和の頃のお話などであって。
その頃によく聞かれた『うわさ話』などを元ネタとした怪談などの集まりだったからなのだろうと思われた。
まあ、その頃から寂れて消えていくことなく、今の時代にまで脈々と言い伝えられているというのだから、ある意味においては筋金入りの代物と言えない事もなかったのかもしれないが……。でも、最近ではセキュリティなどの問題から、真夜中に校内に不法侵入したりした人は、施設内に設置された赤外線センサーなどの警備システムに引っかかって、問答無用かつ半自動的に警備会社や警察に通報されるといった仕組みになってしまっているらしいので、色々な意味で“そういう逸話”が集まりにくくなっていて……。
そういう意味では、昔と比べると夜の学校というフレーズも随分と“味気なくなった”と言うべきなのかもしれない。
「ところがどっこい。憎まれっ子世にはばかるってよく言うじゃない?」
「言うらしいですね」
「みんな怖い話は大嫌いだから耳を塞ぎたがるけど。でも、得てしてそういうモノって、自分を嫌ってる相手からは離れたがらないものなのよ」
「そんなモンなんですかねぇ」
「多分、ね」
自分を嫌ってる相手からは出来るだけ距離をとろうとするのが普通だと思うのだけれど……。
「……誰だってそうなんじゃないかな? 誰しも、一番嫌なのは、自分に対して無関心になられるって事でしょ? そうやって存在そのものを忘れられてしまって……。自分がここに居たことすら、誰も知らない状態になる。それが一番嫌に決まってるんだから。……だったら、怖がられても嫌われても良いから、ずっと側にいて……。自分の事をずっと忘れないでいて欲しいって願うのは……。そんなに変な話じゃないと思わない?」
だからこそ、憎まれながらも世にはばかるだろうって言いたいのかな?
「つまり?」
「つまり、そう簡単に七不思議さんが退場してくれる筈がないでしょって言いたいの」
「そりゃまた、えらく極論っていうか……。自信満々な結論ですね」
むしろ、暴論というべきなのかも知れないけれど。
「そりゃそーよ。何しろ、学校の七不思議さんは、元祖印の学校の怪談ってヤツなのよ? 伊達や酔狂で元祖を名乗ったりしてないでしょうからね? ってな訳で、さっそくだけど調査を開始しようかと思うんだけど。……助手君。頼んでおいた件は調べはついたのかしら?」
そう問答無用といった視線を向けてきた先輩だったが、自分としては助手になった覚えはなかったため「助手じゃありません。朝日です。朝日 連華」と訂正を入れながら、手帳に予め調べて書いておいた報告を読み上げてみる。
一つ目、動く肖像画。
二つ目、夜鳴る楽器。
三つ目、夜歩く銅像。
四つ目、構内を歩きまわる人体標本。
五つ目、夜の体育館で鳴り響く謎のバスケットボール音。
六つ目、特定の時間に特定の場所の鏡をのぞくと……ってヤツ。
「……それだけ?」
「はい。以上です」
「助手君? 私は確か、この学校に昔あったとかいう、昔懐かしい七不思議とやらの詳細を調べておくように頼んだと思ったのだけど?」
「その記憶で間違いないです。あと私は、助手ではなく朝日ですからね。ちゃんと朝日と呼んで下さい」
「そんなの、どっちでも良いじゃない」
「良くないですよ」
「私的にはどっちでも変わりないもの。ってことで助手に決定。拒否権はなしね」
「えー」
「名前って、なんとなく呼びにくいのよねぇ。照れが入るっていうか。……別に、良いでしょ。アダ名とかだと思えば良いんだし」
「はいはい。分かりましたよ。それならそれで良いです」
そう言われてしまっては仕方ない。しぶしぶではあったが助手呼ばわりされるのを認めると「それじゃあ、話を戻すけど」と、先ほどの質問が繰り返される。
「七不思議のはずなのに、六つしかないのは、どういうことなの? 調査時間が足りなかったとか?」
「いいえ。これで合ってますよ。六つしか無くても七不思議なんです」
「どういう事なの?」
そのトリックの答えは非常に簡単だ。
「そんなに難しい話じゃないんですよ。ぶっちゃけてしまうと、七不思議というタイトルのエピソード集だと思えばいいって話であって。その中に何個の逸話が入っているかというだけの話でしかないんです。つまり、中身が六つでも八つでも、それ自体は問題ないんですよ。それらを総じて七不思議と呼ぶんですから」
もっと話を単純化してしまうと、何処の学校にも、そう都合よく銅像があったり人体模型があったり、開かずの扉があったりする訳じゃないってことになるのだろう。
もうちょっと具体的な例を出すなら、たとえば我が校の七不思議には『開かずの扉』のエピソードはなかったりするのだが、その理由は単純で、昔から専用の倉庫や物入れが敷地内にちゃんと建てられていたせいで、そういった用途に空いた教室などが使われていなかったというだけの、ごく単純なお話でしかなくって……。
物が詰め込まれていて危ないからって、日常的に施錠されているような物置代わりの部屋が物理的に存在しなかった以上は、そういったエピソードは発生し得ない、という事でしかなく……。
結果として、我が校の七不思議には『開かずの扉』は含まれなくなった。
……もしかしたら昔はあったりしたのかも知れないが、自然と淘汰されて削り落とされてしまって、今に至るというだけの話に過ぎなかったりするのだろうと思われる。
「……聞いてみれば納得の理由なのかも知れないわね」
「でしょう? 勿論、その場合のフォローもちゃんとあるんですよ。たとえば、うちの学校の場合では、七つ目の不思議ってヤツは、ずばり『消された七番目の不思議』ってエピソードになっていて、本来存在していたはずなのに、その存在自体を学校関係者によってよってたかって隠蔽されてしまったせいで、今となってはどんな内容だったか、誰にも分からなくなってしまっている。でも、そんなに必死になって関係者が隠さなければならなかった様な、恐ろしい不思議が昔にはあったらしいって感じのおどろおどろしいエピソードでして……」
言うまでもないのだが、それに中身の実体はなかったりする。ただのフェイク、ハリボテってこと。なんか凄そうだぞ、とっても怖そうだぞ、昔はちゃんと7つあったらしいけど隠れたみたいだぞ、隠さなきゃいけないくらい危ない秘密だったらしいぞ、みたいな感じで、ゴテゴテにデコられた中身の無いハリボテでしかなかったりするのだろう。……でも、それはそれでうまいやり方ではあったのだろうとも思うが……。
そんな訳で、足りなかったなら足りなかったなりに、創意工夫する方法は有ったという事なのかも知れない。
足りないのなら仕方ないだろう。だったら、それ逆手にとってしまえ、と。
そうやって、ありもしないネタを捏造してまで、不足部分にそれっぽい感じに無理やり継ぎ足っしていけば、あぁ~ら不思議、いつのまにやら七つの逸話に~って話でしかなく。
七つ目が無いという事自体を七つ目の謎のネタとしてしまったって事なんだろうと思う。
「……よく考えられてるわねぇ」
「ある意味では、これまで散々に中身が繰り返し検討されては、どれを残そうかって生徒たちの間で吟味されてきた訳で……。それって、洗練されてるってことですからね。その辺の誤魔化し方については一級品ですよ」
エピソードが多すぎる場合も同様で、この学校には何故か八つの逸話が有る。それなのに七不思議って呼ばれてるのは何かがおかしくないか? みたいな? ……まあ、そういうのは自然と数を減らされていって、いつか収まるべき形に収まるって事なんでしょうけどね……。
「じゃあ、うちの場合にはとりあえず六個で確定ってことで良いのね」
「まあ、そうなりますね」
私の分析によると、一つ目と二つ目は同じ部屋……。音楽室のエピソードであるので、調査箇所は一箇所で済む。それに、内容が内容なので、定点カメラによる観察設備でも置いておけば事足りそうではあるし……。
「カメラ、ねぇ……」
「味気ないかもしれませんけど、観測行為って大事だと思うんですよ。その時に気がつなかった事でも、後から分かるってパターンもあるでしょうから」
「となると、校内を徘徊する銅像と人体模型ってヤツも映像を抑えようってこと?」
いえ、そっちの方はですね……。
「……なんで、視線を逸らしてるのかしら?」
「あのぉ……。先輩。大変、申し上げにくいのですが……」
「なに?」
我が校は、数年前に校庭に飾ってあった二宮金治郎像を撤去してしまっています。あと、今の実験室には人体模型は飾ってありません……。
「どういうことなの……」
「どうもこうも、時代の風潮っていうか……。銅像を撤去して、今は変な形した地元出身の芸術家のオブジェとかいうのをかわりに飾ってありますよ。なんか平和と調和と愛みたいなご大層なテーマのヤツらしいですけど」
あんまり興味なかったんで詳しくは知らないのだけど、ソレが二宮の金ちゃん像の代わりに置かれたってことは知っていた。
「人体模型さんは?」
「けっこう前の話らしいですけど、うちの学校って、当時、けっこう荒れてたらしくてですね……」
「ビーバップとか特攻の拓とかが流行ってた時代ね……」
「らしいですね。んで、その頃のパッキントンガリーゼント族な頭したハッチャケた先輩方が、屋上からそぉいって、面白半分に投げ落として壊しちゃったらしくて、ですね……。それ以来、新しいのは置かれてないそうで……」
ただでさえ見た目がグロい、怖い、キモいと三拍子揃っていて、見た目が不気味過ぎだろと以前から大不評だった事もあって、最後には生徒達の手によって始末されたのだからということで、もう置かなくて良いだろということになったそうだ。
「つまり……?」
「あの変な形したオブジェが夜中にグラウンドを徘徊してるとは流石に聞いた事ないですし、校内に人体模型がないのに徘徊なんてするはずないよねってことで、その二つのエピソードは今の時代にはそぐわない内容になっちゃってるみたいですねってのが、結論になります」
あっという間に七不思議が二つ減ってしまったじゃないかとガックシ来てる先輩には悪いのだが、こればっかりは仕方ないとしか言い様がない。
開かずの扉ではないが、物理的に存在しないものを元にしていたネタは、こういう場合には淘汰されるしかないのだから……。つまり、我が校の七不思議は、最低でも二つの新規エピソードを必要としている状態である、という事になるのだろう。
それが分かっただけでも僥倖というべきだったのかもしれなかった。
「体育館のバスケ音は?」
「そっちもカメラ設置で観察って感じですかね」
「また、カメラ……」
「記録は大事ですから」
先輩的には宿直の先生に頼んででも一緒に見回りさせて貰えば~とか安易に考えていたのかもしれなかったけれど、今の時代、先生と一緒に女生徒が宿直室に泊まるとか、世論的にも許されるはずもない。
先生的にも変な噂話は致命傷ということでノーセンキューでしょうから、下らない事を言ってないでさっさと帰れと門前払いになってしまうのは、ある意味においては仕方なかったのだろうとも思う。もっとも……。
「ちなみに、バスケ音の話は調べるまでもないかも知れませんけど」
「……どういう意味?」
「宿直をやったことがある先生に教えて貰ったんですが、今ではそうでもないらしいんですが、昔だとよく部活後に、自己練のための自主的な居残りをするなんていう努力家で熱血タイプの生徒さんが良く居たらしくて……。そういった真面目な人達が、たまぁに物陰に入り込んでたボールをしまい忘れていたりする事があったりしたそうで……」
そこまで話した段階である程度オチが見えてきたのだろう。先輩の表情にも暗雲がたちこめてきていた。
「見回りの先生が、そういうボールを視界が悪い中でリングに向かって投げたりして遊んだりする事もあったりしたそうです……」
つまり、真っ暗な体育館の中で、ハンディライトの頼りない灯りのもとで投げられているボールが、たまぁにあったりしたってエピソードで……。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うんでしたっけ? まあ、怪談の正体なんて、えてして、こんなモンなんでしょうけど」
これで残るは夜の音楽室と鏡のエピソードの三つとなった。
「……いくらなんでも三つの逸話だけで七不思議は名乗れないわよねぇ……」
「いくらなんでも無理がありすぎますねぇ」
ちなみに……。
「この学校。昔、宿直室でこっそり猫飼ってたって、知ってました?」
「……えっ?」
「なんか夜に宿直室に灯りがついてたせいなんですかね。たまたま遊びに来た野良猫に、誰かがよく考えもせずに餌をやっちゃったせいで、なんか餌付けされちゃったらしくて……。仕方ないから、宿直の先生が持ち回りで面倒みてたそうです」
それで、と先を促す先輩の声に張りがないのは、この話のオチが想像ついていたからなのかもしれない。
「そういう人に慣れきっちゃった猫って、ご主人様の後をついてまわる事があったそうでして。……たまに見回りについていっちゃってたらしくて、ですね……」
「もう、良いわ……。どうせ、その猫が、たまに音楽室で蓋が開きっぱなしになってたグランドピアノの鍵盤の上に飛び乗ったりして、音を鳴らして遊んでたらしいって言いたいんでしょう……?」
まあ、それについては否定はしない。
その時の音が、周囲が必要以上に静かだったせいで校外にまで聞こえてしまっていて、たまたまそんな場面で、学校の側を通りかかっていた人の耳に聞こえてしまっていたのかも……? などと邪推することは、そんなに難しい話ではないのではないかとも思うのだけれど……。まあ、そうやって、皆まで語る必要はないのだろう。つまりは、そういう事だったのだ、ということなのだろうし……。
ちなみに、人間の目ってヤツは意外と頼りないものだそうで、視点の向きが曖昧に描かれた人物画なんて条件だと、ふとした瞬間に光のあたり具合によっては目があったりする気がしたりするのだそうだ。ただでさえ人間には、眼と口を表現可能な三つの黒いシミだけでも、そこに人間の顔を連想して見てしまうといった特殊な脳内補完機能があったりするらしいのだ。
そんな色々な意味で器用に出来ている人間の目にかかれば、動いていないはずの瞳が動いて視線が合ったり合わなくなったりするといった錯覚を引き起こす可能性も十分にありえる訳で……。
ましてや、真夜中の薄暗い中という条件でライトの光の中に浮かび上がる人物画という劣悪すぎる条件下においては、そこに描かれた人物から視線を感じたと錯覚してしまっても、それはさほど珍しい事でもないのではないかとも思うのだが……。
「ついに一個になっちゃったじゃないのよぉ!」
「そーですねぇ……」
ちなみに最後の一個も、条件や場所も色々と曖昧な代物で。……というか……。
「言いづらいんですが、最後の一個も……」
「……」
「昔、木造の旧校舎ってヤツがありましてね……。そっちの建物の渡り廊下に、卒業生から贈られたとかいう、でっかい姿見の鏡が壁に貼り付けられていたそうなんです。……どうやら、最後のエピソードって、その旧校舎の渡り廊下の鏡絡みだったみたいでして。……その鏡を真夜中に覗きこむと何やら妙なものが写り込んだりしたといった、そういったお話だったそうでして……」
その建物が物理的に存在しなくなったのは、今から十年くらい前の話なのだそうだ。
今となっては、鉄筋の耐震工事までばっちり済んでいる新築の校舎に変わってしまっているので、そういったお話など残っているはずもなく……。
「その鏡は、新しい校舎に移されなかったの?」
「最初の設置時に重量があるからって、壁に接着してしまっていたそうでして。……あと、生徒がアレやらコレやらを鏡にぶつけちゃってたせいで、あちこちにヒビ割れが入ってたらしくて……」
そんなの持って行っても、地震の時に割れて危ないだろうって判断もあってか、新校舎には移設されずに、旧校舎ごと廃棄されてしまったそうで……。
「ま、これも時代の流れってヤツなのかも知れません。……仕方ないですよね」
そんな私の総括的な意見というか感想を聞かされて、我が校の七不思議さんは、何時の間にやらご臨終になっていた様ですという、衝撃的な事実を思い知らされてしまったのだろう。がっくりと床に手をついてうなだれしまっている先輩を慰めるようにして、私も小さくため息をついていた。
「……真実は、何時だってにがい。これ、はっきりわかんだね……」
そう「これにて調査終了」とばかりに手帳をしまって背を向けた私に、先輩の泣きそうな声が聞こえて来ていた。
「ねえ。ホントに、これで良いの……? 学校の七不思議なんて無くなったんだってことで……。このまま、みんなの記憶から、ただ忘れられていくしかないの……?」
先輩の言うとおり、今を生き、未来に向かって歩んでいく事しか出来ない私達には、もしかすると過去を振り返って、そこにあったアレやらコレやらを、胸いっぱいの懐かしさと共に、ほんの一切れの切なさ混じりに思い返すことくらいしか出来ないのだろうし、その程度のことしか許されないのかもしれない。
「……変わってしまうんですよ。私達は。……人も。建物も。思い出さえも……。良きにせよ、悪きにせよ……。全ては、変わってしまうし、変わってしまったんです」
時間は残酷だ。全てを過去に押しやってしまう。
「七不思議なんて、もう時代遅れなのかしらね……」
「さあ、どうなんでしょう。……でも、確かに……。もう、古臭くなってるのかも知れないですけどね」
祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色。盛者必衰の理を現す。
驕れるものも久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者もついには滅びぬ。偏に風の前の塵に同じってね。
「平家物語ね……」
「ええ。盛者必衰の理ってヤツです。……例え、どれほどの隆盛を誇っていても、何時かは必ず衰退するってことですよ」
でもね、と言葉を続ける。
「全ては変わるって。時間の流れの中で変わって行ってしまうんだって。そう、私はさっき言いましたよね? 良きにせよ、悪きにせよ……。全ては、残酷な時の流れの中で、否応なく変化を余儀なくされていってしまうんだって。……あるいは、それを強要されているのかもしれませんけどね」
何故なら、進歩するということは、変わるという事でもあるのだから……。
逆に、変化がないということは停滞しか意味しないのだろうとも思うのだ。
「でも、それって多分、普通の事なんじゃないかって思うんです。……そもそも、この世に、不変の物なんて、あるわけないんですから。……大陸でさえ、ずっと動き続けて、変わり続けているんですからね。……でも、そんな中には、きっと変わりたくなくても変わらざる得なかったような物もあったんじゃないのかなって……。私は、そう思うんですけどね」
きっと、先輩にも、この言葉の意味が伝わると信じて。
「変わる……。私達、変われるの……?」
「そこまでは何とも。でも……。きっと、変われるんじゃないかって思います。変わりたいって。そう変化を願う心の力さえあれば、きっと……」
その結果、どういう風に変わるのかまでは誰にも……。おそらくは、先輩達本人にすらも分からないにせよ。……良きにせよ、悪きにせよ……。きっと変われると思うのだ。
「恐らく、変わらざる得ない時が。その時が来たって事なんだと思いますよ?」
そんな私の無責任に過ぎるアドバイスに、先輩も僅かに苦笑を浮かべて答える。
「まるで、そうなることが運命みたいな言い方をするのね」
「そう信じているだけなのかも知れませんけど。……ううん。そう信じたいだけなのかも、ですかね?」
だって……。
「そっちの方が、面白そうだし」
そんな私の言葉に先輩も楽しそうに笑っていた。
「そうね。きっと、そっちの方が面白いでしょうね」
「でしょう?」
だから、いつか必ず。また会えると信じているから。
「それじゃ、花子先輩。また」
「ええ。また……。朝日さん。……ありがとう」
去り際に見た先輩の顔に笑みがあったことが、あるいはその問いへの答えだったのかも知れない。
この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件とは一切関係ありません。