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聖女の祈り(物理)

作者:小声奏
 山田涼音は小さなころから夢見がちな少女だった。
 幼稚園児のときの夢は妖精になること。
 羽の生えた小さな妖精は可憐で可愛く涼音の理想にぴったりだった。
 しかし三歳年上の意地悪な兄に、「涼音のアホー。妖精なんていないんだぞ。なれるわけだろ」と馬鹿にされ、一晩号泣して諦めた。
 小学生のときの夢は人魚になること。
 美しく儚げなイメージが涼音の心に響いた。王子様との悲恋もポイントが高い。
 しかし前述のうざい兄に「人魚w 金槌の涼音が人魚w 泳げるようになったらジュゴンぐらいにならなれるかもな。ばーか」と鼻で笑われ、兄のゲームのセーブデータを消去してから断念した。
 中学生のときの夢は王子様に見初められてお姫様になること。
 思い返せば空想の生物から脱却していた時期である。自分でも大人になったと思っていたのに……
 以下略な兄に「お前ね。自分の生まれを考えてみ? そもそも世界中に結婚が可能な王族の男が何人いると思ってるわけ? 悪いことは言わないから鏡見て考え直せ。な?」とため息とともに諭され、本命の彼女に二股を暴露して破局に追い込んでから見切りをつけた。
 そして高校生になった現在。涼音の夢は聖女になることである。
 一歩進んで二、三歩後退した感があるが、気にしてはいけない。
 聖女に憧れるようになるきっかけは美麗な表紙に惹かれて手にしたライトノベルだった。異世界に招かれ、勇者を助ける聖女となる少女の物語を読んだのだ。
 臆病で引っ込み思案だった少女が、未知の世界で戸惑いながらも成長していく姿に甚く感動を覚えた。
 そして、勇者はもちろんのこと、美形の王子様や魔法使いに言い寄られる展開に、頬を染めたのである。
 ちなみに兄は何も言わなかった。今度こそ妹の夢を応援する気になったのだろう。落ち着きが出て来たのか近頃はめっきり意地悪もされなくなったし。
 そんなわけで涼音は現在進行形の夢をかなえるべく、日々努力していた。
 道を歩くときにはピンチの犬猫がいないか探し、トンネルがあればとりあえず潜り抜け、天気予報の竜巻情報チェックを欠かさない。
 慈愛に満ちた微笑をマスターするべく鏡に向かい、清楚に見えるお辞儀の仕方を練習し、万が一勇者や王子様に良い寄られた時のため、心底困って見えるように振る舞う方法を模索した。
 そんなある日、ついに、努力が報われる時がきた。
 それは涼音が17歳の誕生日を迎えた日の朝のこと。
 聖女を目指してから既に2年と数か月が経過していた。夜な夜な考えた聖女らしい決め文句や必殺技はゆうにノート3冊分に及んでいる。
 自宅の前で、子供の乗る自転車に轢かれそうになっていた(ような気がする)猫を、身を挺して庇った時にそれは起こった。
 眩い光に体がつつまれる。かと思えば、ふわりと空に浮かんでいた。光に包まれ、どんどん浮上していく涼音。
 自転車のブレーキ音に驚いたのか、玄関から飛び出てきた兄が、驚愕の目で涼音を見上げる。徐々に遠のく兄の顔が嬉しそうにほころぶのを涼音は見た。きっと妹の夢が叶ったことを喜んでくれているのだろう。

 白む視界の中、涼音は声を聞いた。雄々しいその声は自らをオーディンと名乗る。
「猛き心を持つ愛し子よ。どうか救ってほしい。滅びに瀕したかの世界を……。そなたの力で勇者を見定め、悪しき魂を打ち滅ぼす旅に誘ってくれ。我が願いを聞き入れてくれるなら、そなたに我の祝福をさずけよう」
 きたきたきたきた。
 ――聖女として天啓を受けて勇者を選定ってことね!
 もちろんばっちこいである。二、三気になるフレーズがあったが、涼音は深く考えなかった。にやけそうになる顔を引き締め、恭しく答える。
「お任せください。非力な身でどこまで出来るか分かりませんが、精いっぱい励ませていただきます」
 涼音を覆っていた光がはじけた。次の瞬間、それは収束して彼女の内に収まる。
 体の中に力が渦巻くのがわかった。

――ああ、これで……私は、聖女に――


 気が付けば涼音は小高い丘の上に立っていた。
 足元には何やら奇妙な模様が光る筋で描かれている。光が弱まるにつれ、周囲の様子が鮮明になった。
「おお。御降臨されたぞ」
「素晴らしい、お告げの通りだ」
「ば、ばんざーい。ばんざーい」
 十数名の人々が涼音の周囲を取り囲んでいた。多くは黒いローブ姿で、ある者はひれ伏し、ある者は涙を流して涼音を見詰めている。
 そんな人々の間から一人の男が進み出た。金髪碧眼の豪奢な衣服に身を包んだ青年だ。
 ――よっしゃ、美形。
 涼音は心の内でガッツポーズをとる。彼は王子様だと第6感が告げていた。
 青年は涼音の前にくるとにこやかに微笑んだ。
「私は、ダール王国第12王子エイヴィンと申します。ようこそおいでくださいました。オーディンの愛し子よ」
 やっぱり。涼音はこっそりほくそ笑む。ちょっと数字が大きいような気がするけれど、気にしない。
「涼音と申します」
 言って涼音は王子に向かって歩を進める。
「涼音様とおっしゃるのですね。私のことはどうぞヴィンとお呼び下さい」
 王子はやはりにこやかに微笑んで答えた。見る者を虜にする、完璧なまでに完璧すぎる笑顔で。
 ――うん、完璧すぎてね。はっきり言って作り物くさい。まあ、出会ったばかりだし、仕方ないのかもしれない。徐々に親交を深めて、やがては18き……ではなく、心が通い合うほうが素敵に違いない。
 だから、彼の笑顔が演技でも、それはいい。だけど……
「どうして後ろに下がられるのですか?」
 そう、彼は涼音が距離を詰めたぶん、後ずさっていくのだ。
「え? いえ、その……し、神気が! 涼音様が纏われる神気があまりに畏れ多く……私などがお傍によるなど滅相もないことです! そ、それよりも、至急勇者の選定に取り掛かっていただきたいのですが!」
 なおもじりじりと後退を続けながら、ヴィンは叫ぶように告げる。
「ま、まあ。そんなこと、気にしていただかなくても……」
 いまいち納得がいかないが、見た目と違ってシャイなタイプなのかもしれない。と涼音は気を取り直す。
 滅びに瀕しているとまで言われているのだ。勇者の選定は一刻を争うのだろう。
 ――でも、どうやって選定すればいいのだろう
 体の中にオーディンに授けられた力があるのは分かる。けれど、いまいち馴染んでいないというか、殻をかぶっているように涼音には感じられるのだ。
 とりあえず聖女らしく祈ってみることにした。
 胸の前で指を組み、それらしいポーズをとる。
 ……何も起こらない。
 目を閉じてみたり、膝をついてみたり、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返す涼音に、ヴィンが恐る恐るといった様子で声をかける。
「あ、あの、涼音様? 選定会場に移っていただきたいのですが……」
 どうやら選定の儀式には場所が重要だったらしい。
 涼音は赤くなって、ヴィンのあとについて行くことにした。

 連れて来られた場所は、なんというか、涼音の予想とはまったく違った様相を呈していた。
 聖女たる自分が祈りをささげて勇者を見出すのだから、てっきり祭壇があったり、神木があったり、宗教的な匂いがする、神秘的な場所を想像していたのだ。
 踏み固め平らにされた土の円形広場に、周囲をぐるりと取り囲む空の観客席。
「球技場?」
「いえ、闘技場です」
 辺りを見回し、ぽつりと漏らした涼音の言葉に背後にいたヴィンが答える。
 なぜ、闘技場? 勇者を選んだその場で実力を確かめるのだろうか?
 不思議な気持ちでヴィンを振り返り、涼音は固まった。
 なぜか、彼の隣で黒いローブを着た男が焚き火を始めたのだ。
 儀式には火を使うのだろうか。
 首を傾げる涼音に、ヴィンはこげ茶色の毛皮を差し出し言った。若干腰が引けている。
「どうぞ、こちらをお召しください」
「……………………………………は?」
 毛皮といっても、金持ちのご婦人が身に着けているようなしゃれたコートではない。
 暖炉のあるリビングの床に敷かれているような、動物から剥いだそのままの形を保った毛皮である。 
 これを、着ろと?
 立ち尽くす涼音に、たき火の準備を終えた男が、さらに理解不能なものを手渡そうとする。
「どうぞ、涼音様のお手に馴染むとよいのですが」
 ――いやいやいやいや、馴染むわけないよね。だって私聖女だよ? なんで毛皮を着てこん棒をもたなきゃならないの?
 魔法少女みたいなキラキラステッキを持って来いとは言わない。でも、聖女といえば白いローブに杖が定番ではないのか。
 呆然とする涼音。
 するとヴィンが小刻みに震えだした。何故か大量の汗をかきながら。
「す、涼音様の……ベルセルクのご衣裳に何か手落ちが、ございましたでしょうか? 灰色熊の毛皮でも白熊の毛皮でも釘バットでも、ご希望の品をすぐに用意いたします!」
――いやいやいやいやいやいや、なんで白熊姿で釘バットを持たなきゃなんないのよ。
それより聞き捨てならない言葉を聞いた。
「ベルセルク……ってなんですか?」
 問う、涼音の声が少々かたくなってしまったのは仕方がないことだろう。
それをどう取ったのか答えるヴィンの声はもはや悲鳴に近かった。
「ももももも、もちろん涼音様のことでございますぅぅぅ! 一度覚醒なされれば、動くものすべてを屍に変えると言われる、戦と死の神オーディンの籠を賜いし狂戦士バーサーカー。偉大なる涼音様のことでございますれば……。この度の不手際、このエイヴィン必ずや、必ずや、お気に召しますものを用意いたしますので、どうか、どうか、命までは……」
「……………………………………は?」
 涼音の声が、少々不機嫌なものになってしまったのは仕方がないことに違いない。聖女として呼ばれてきたはずの自分を指して、狂戦士バーサーカーなどと訳の分からない事を言うのだから。
 だから間違いを指摘して衣装を用意しなおしてもらおうと思い涼音はヴィンを見据える。
「ひいぃぃ」
 するとヴィンは情けない声をあげてあっさり気絶した。
「おお、さすがはベルセルク! 眼光だけで殿下を沈めてしまわれるとは!」
 歓声をあげたのは涼音にこん棒を渡そうとしていた黒いローブの男だった。男はうっとりとした瞳で涼音を見詰める。
 涼音は黒ローブの男に視線を移した。
「あの、お聞きしたいんですが、私って勇者を選定するためにここに連れて来られたんですよね?」
「もちろんでございます。涼音様のお力で魔王を倒す勇者を選んでいただき、そののちは勇者と共に魔王討伐の旅に。あ、申し遅れました。私、軍神オーディンをお祀りする神殿の神官、ヨハンと申します。今生でベルセルクのお力を目にすることが出来るなんて私は幸せ者でございます。ささ、どうぞ、得物を。じきに勇者候補達がまいりますので」
 ヨハンはうきうきした様子で涼音にこん棒を持たせようとする。
「ベルセルクだのどうだのって話は一旦おいておくとして、どうして勇者選定にこん棒が必要なんですか?」
「もちろん! 勇者候補達と一戦交えていただくためです。涼音様と戦い、生き残った者が勇者となりますので。ああ、勇者候補どもはまだ来ないのですかね。男達を血祭りに上げる、涼音様の勇士を早う見とうございます」
 涼音に睨まれただけで失神するヴィンも失礼な男だが、ヨハンはもっとひどい。
「血祭りとか、私、そんなことできません!」
 抗議の声をあげると、ヨハンははっとしたように涼音を見た。
「これは失礼いたしました」
 どうやら分かってもらえたらしい。ベルセルクだなんて何かの間違いだと。涼音のような非力な少女にこん棒を振り回して勇者候補達と戦うなんて不可能だと。
 そう、思ったのに……
「暗示には炎が有効であると文献にありましたので用意させていただきました。さあ、どうぞ! 存分に踊り狂い雄たけびをあげ、忘我の境に入り、野獣と化してください」
 ヨハンは焚き火を指しながら高らかにのたまう。
「さあ、さあ、オーディンに選ばれし涼音様のお力を見せて下さい。血の大輪を咲かせる涼音様を」
 涼音がどんびきしているのにもかまわず、ヨハンは夢見心地だ。
「いや、本当に、嫌なものは嫌っていうか、無理なものは無理ですから」
 さっぱり分かってくれないヨハンに涼音が苛々し始めた時だった。
 騒がしい声と共に、むくつけき大男達の一団が闘技場に入ってくる。恐らく勇者候補達だろう。
 全身鎧姿だったり、大振りの斧を担いでいたり、思い思いの格好をした男達は、涼音が想像する勇者象とはこれまた一味違った。
 涼音の読んだ本では、勇者も魔法使いも、それこそ戦士も細マッチョのイケメンだったのに、彼らときたら、筋肉の塊で、しかも凶悪な面構えをしているではないか。
 勇者というよりならず者といったほうがぴったりくる。
「おや獲物達が到着したようです、涼音様」
 勇者候補ではなかったのか。
「死のうが再起不能になろうがつつがなく処理いたしますからね。思う存分お力を振るってくださいませ」
 もう限界だった。
「いい加減にしてください。私はベルセルクなんかじゃありません。確かにオーディンの祝福を得てこの世界にきましたけど、それは『そなたの力で勇者を見定め、悪しき魂を打ち滅ぼす旅に誘ってくれ』と頼まれたからであって、勇者候補と戦うためでは……って、あれ?」
 言いながら涼音は首を傾げる。
――私の力で見定めるって……こう、祈ったらぴかーっと天から光が降りてきて、勇者を照らすとか、誰が勇者かピンとくるんではなくて、まさかの実力行使!?
 涼音が憧れたのは、あくまでひらひらローブの裾を翻して可憐に可愛く時に健気に頑張る聖女であって、間違っても毛皮を着込んで、こん棒片手に暴れ回るベルセルクなどではない。
「涼音様、いかがないましたか? やはりこん棒はもう少し大振りのほうがよろしゅうございましたか? お待ちくださいませ。いますぐこの無駄飯食いの12番目を叩き起し、用意させますので」
 暗い顔で落ち込む涼音に、ヨハンが見当違いな配慮を見せる。
 涼音を出迎えたのが、何故第12王子だったのか分かった気がした。
「と、とにかく、私はベルセルクなんかじゃありません。なるつもりもないし! もちろん、雄たけびをあげてダンスもしませんから! 私は――私は聖女になりにきたんです!」
 このままではベルセルクに心酔しているらしいヨハンに、無理やり毛皮を着せられそうだ。涼音ははっきりきっぱり拒否して自分の希望を告げる。
「おいおいおい、聞いたか。聖女だとよ」
 と、背後から囃し立てるような声がした。
 振り返れば、ごろつき集団の先頭に立つ、皮鎧を身に着けた男が下卑た笑みを浮かべ涼音を見ている。
「聖女っつーたら、あれか? 神殿に閉じこもってぶつぶつ独り言言ってるやつだろ?」
「そうそう、聖なる引きこもり。山の中の神殿で、ありがたいお祈りなんか唱えられても何の足しにもならねーっつーの」
 金ぴかフルアーマーが嘲るように賛同し、弓を手にした長髪の男が悪態を吐く。
 3人に呼応して、勇者候補の男達が一斉に笑い出した。「違いねえ」だの「笑わせてくれるぜ」だの言いたい放題だ。
 一回りも二回りも大きな男達に囲まれ、聖女になってイケメンとイチャイチャすることを夢見るだけの、清く正しく美しく、ついでに可憐で儚い少女であるところの涼音は震えあがった。
 隣に立つヨハンは、男達を諌める様子もなく、何かを期待する目で涼音を見詰めるばかり。ヴィンは白目をむいたままで全く当てにできない。四面楚歌だった。
 そんな雰囲気に調子づいたのか、皮鎧はがに股で近寄ると、品定めするように涼音を眺めまわす。
「武勲を祈るんなら、神殿の中じゃなく、ベッドの中でしてくれよ」
 節くれだった太い指が伸びて、避ける間もなく涼音の顎を掴む。
 その男の息があまりに酒臭く、涼音は思わず顔を顰めた。見れば腰に酒瓶を下げている。
「あ? すかしてんじゃねえよ、聖女様」
 そんな涼音の態度が気に食わなかったのだろう。
 男は顎を掴んでいた手を放すと、あろうことか、手の甲で涼音の頬を打った。
 その瞬間、体の中で何かがパキンと音をたてた。それはオーディンから授かった力を覆う殻の一部であったのかもしれない。
 言いようのない怒りが渦巻く。涼音の夢を馬鹿にした兄に対して抱いたそれよりはるかに大きい怒りだった。
 この焼け付くような激情に身を任せてしまえば、ベルセルクになるのかもしれない。けれど、涼音は聖女になりにきたのだ。野獣と化すなどまっぴらごめんである。
 だから、涼音は微笑んだ。鏡を見て練習した通り、慈愛に満ちたイイ笑顔で。
 予想外の反応だったのか、怪訝な顔で突っ立つ男の腰の酒瓶を奪い取る。そして素早く背後で燃え盛る焚き火から枝を一本抜き取って酒を口に含んだ。
「神を愚弄する痴れ者に天罰を! 神の息吹(ホーリーブレス)!」
 涼音は火の付いた枝を顔の前に掲げると、口に含んだ酒を一気に噴き出した。無論、男に向かって。
 オーディンの加護により増幅された肺活量で勢いよく噴出した酒は、枝先の小さな火を得て、業火となり、男を襲う。狙ったのは主に頭部だ。
「ぎゃ、ぎゃああ、あちっあちち。水! 水をくれ!」
 ぼうぼうと燃え盛る皮鎧の頭髪。必死で頭を叩いて消火を試みる男を見て、勇者候補達が気色ばむ。
「な、なにしやがんだ。このアマ!」
 金ぴかフルアーマーが剣を抜き、
「つうか、酒を口に入れて、どうやって喋ったんだよ。あの娘!」
 長髪が弓をつがえる。
「や、やっちまえ、あいつをやった奴が勇者だ!」
 誰かの叫びを合図に、男達は一斉に涼音に襲いかかった。
 涼音は足元に転がるヴィンを、オーディンの加護で強化された腕力を頼りに、持ち上げた。
「ゆくのです。神の使途よ! その身を持って、穢れた心を持ちし者達に鉄槌を下しなさい! 尊き犠牲(プリンスアタック)!」
「う、うわっ。王子が飛んできたぞ!」
 金ぴかフルアーマーがバックステップでヴィンをかわし、
「やべえ、ルビが全く合ってねえ!」
 長髪が冷静に突っ込む。
 今にも涼音を刃にかけんとしていた勇者候補達が足を止め、息を呑む。きっと涼音の起こす神の奇跡に恐れをなしているのだろう。
 しかし、ここで手を緩めるわけにはいかない。やるときは完膚なきまでに叩き潰さねばならないと、涼音は長年の経験(兄弟喧嘩)から学んでいた。
「我が身を邪悪なる者達から隠したまえ。聖なる盾(ホーリーシールド)!」
 言うなり、土埃をあげて、勇者候補達の周囲を走り回る。オーディンの加護によりドーピングされた脚力は目にもとまらぬスピードを涼音に与えていた。
 もうもうと舞う土煙。塞がれた視界の中で勇者候補達が右往左往している様が涼音にははっきりと見える。オーディンの加護は視力にも及んでいるらしい。
「くそっ、何も見えねえ」
「げほっ、気管に土埃が、げほっげほっ」
 もはやなすすべのない勇者候補。涼音は仕上げにとりかかった。
「とどめよ! 愚かなる者達よ、神の怒りに身を打たれるがいい。断罪の雷(メテオ)!」
 走り回りながら集めた大量の小石を勇者候補達に向かって投げ付ける。
 オーディンの加護により、身体能力がチート化した涼音の放つ石つぶての威力は絶大なものだった。次々と飛来する小石に被弾し、一人、また一人と勇者候補が膝をついていく。
「馬鹿な……こんな、小娘に……ぐっ」
 金ぴかフルアーマーは、冑への一撃で目を回し、
「いや、だから……ル……ビ……」
 長髪アーチャーはしつこく突っ込みながら気を失う。
 ややして土埃が治まり、視界が開けた時、闘技場の中に立っていたのは涼音ただ一人だった。
 折り重なって倒れる勇者候補達の中に黒いローブを身に着けたヨハンが混じっている。その隣にはヴィンの姿も見える。案の定、巻き込まれていたらしい。
 涼音は男達の体を踏みつけながら二人の元までたどり着くと、恍惚とした表情で気絶しているヨハンの顔に、先ほど皮鎧から拝借した酒の残りを垂らした。
「迷える子羊に慈悲を。乙女の聖水(メイデンウォーター)
 数度、瞼を痙攣させてから、ヨハンは目を覚ました。
 涼音の顔を見るなり、がばりと飛び起き、足元にひれ伏すヨハン。
「涼音様! ベルセルクの力、このヨハンしかと見届けました。なんと素晴らしいのでしょう。ああ、勇者候補達は全員のびてしまったのでね。ですがご安心ください、まだまだ生贄を用意しておりますので」
意義ある沈黙(ダマレヘンタイ)」 
 涼音は酒瓶をヨハンの口に突っ込み黙らせると、ヴィンを引き寄せ、言った
「先ほど聖女たる私にオーディンの天啓が下りました。勇者はヴィンにします。何か問題はありますか?」
 これ以上勇者候補達とバトルロイヤルを繰り広げるだなんて不毛すぎる。もうヴィンでいいだろう。へたれだけど、美形だし。
 ヨハンは驚きに目を丸くしながらも首を縦にふる。
「涼音様のご希望でしたら、私に異存はございません。王子をご所望なら、まだ10人ほど替えもおりますし」

 こうして勇者の選定は無事終わりをつげた。

 選定の儀式が執り行われてから、およそ一月後、勇者率いるパーティが魔王討伐の旅に出発した。
 風の噂によると、そのメンバーは、金髪碧眼で王子のような容姿の勇者と、黒髪の聖女、ローブの神官。そして、ハゲとフルアーマーと長髪弓使いであったらしい。
 また、聖女が気付けを行うたびに
「まて、その表現は誤解を生む」
 と長髪弓使いが呟いていたとかなんとか……

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