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放課後は保健室で。
作:彼柚



2時限目






鼓動が早いまま、ドクンドクンと胸の中で心臓が暴れる。

さっき一瞬だけ見えた脚はとても長く、ほとんど脚の付け根まで露わになっていて、それはストッキングに包まれていた。



「せ‥先生?」

風が止んで再びキレイに閉じた一番奥のベッドのカーテンを、少し迷いながら右手でゆっくり開ける。


………!



カーテンの先のベッドの上には、白衣を着たまま色川恭子が倒れていた。




「ちょっ……!」

心配と不安と焦りとが、一気に俺の中を侵略する。


頭が真っ白になり、とりあえず色川恭子に近づいてみた。


「すー‥すー…」

「…ん?」


落ち着いてよーく見ると、胸が規則的に上下している。

つーか寝息が聞こえている。


………って、寝てんのかよ!笑





心の中で色川恭子に突っ込みを入れつつも、俺はなんとなくその場を離れられないでいた。



そのまま、寝顔に目を落とす。



漆黒の長いまつげ。
スッと通った、高い鼻。

やや色白な、きめの細かい肌に
バラ色の頬。

ふわふわのロングヘアー。

柔らかそうな唇は、ベビーピンクのグロスで上品に彩られている。


就任式の時に体育館で始めて見た凜とした印象とは違う、無邪気な顔で眠っていた。



横川とか、クラスの‥いや、
学校全体の男が騒ぐだけあって、やっぱり色川恭子は美人だ。クラスの女とかじゃ比べてものにならない。





‥…でも勝手に寝顔なんか見てたら失礼だよな。


「ごめんな、先生」

色川から背を向けて、カーテンに手を掛ける。


「……行かないで」

 

甘い声が背中に届いた。


「…え?」

振り向いて、もう一度色川恭子に目をやる。

もしかして誘ってるとか‥?



………なんて、一瞬のやましい期待は見事に大きくカーブした。






「行っちゃ…やぁ‥」

先生は、うなされながらそう呟く。

その閉じられた瞳からは、涙が流れ出した。



「寝言‥か」

ホッとしたような残念なような複雑な気持ちのすぐあと、ハッと我に帰る。
どんな夢見てんのかな‥

寝ながら泣く人なんか初めて見た。





「せんせ、起きてよ!」

何か助けてやりたかったけど、結局俺は、先生を起こしてやることくらいしか思いつかなかったんだ。

 

「なぁ、先生っ」
細い両肩を掴んで、軽く揺さぶる。


「ヤダぁ‥行かないでぇ‥」
「わかったわかった、絶対行かないから」

適当にハイハイと返事をした。


「……ん、よかったあ‥」

小さな子供みたいな、満面の笑み。

寝ぼけながら細い腕を俺の背中に絡めて、誰と間違えているのか、そのままぎゅっとしがみついてきた。

「おい、ちょっと‥!」

慌てて先生の背中を片手で支える。密着する細い体。だけど押し付けられた胸は豊かで、顎には柔らかい髪の毛が当たる。

フワッ‥とANNA SUIみたいな甘い香りに包まれ、暖かい体温が伝わってきた。



心臓が、どうにかなっちまいそうな程にうるさく脈打つ。

……こんな美人な大人の女でも、こうゆう甘え方ってするんだろうか。

反則だろ‥かわいすぎ。





うまく言えないけど、
時間がこのまま止まっちまえばいいなんて思った。
同時に、

いつもこうやって、この人に愛されて、この人を抱ける男が心底羨ましくて、すごく妬けた。



「‥で?あんたは何してたの?」

目の前の白衣の女が、冷ややかな視線をこちらに向ける。



「だから何もしてねーよ!」

右足のジャージの裾を捲り上げながら、俺は抗議の声を上げた。



「白状なさい!」

そいつの持ってるピンセットの丸い綿が、消毒液を纏って俺の傷口を容赦なく攻撃する。


「ッ痛ぇ!」
「あんた男でしょ?!」


……これがさっき甘えてきたかわいい女と同一人物だなんて、俺には到底信じがたい。

簡単に説明すると、こうだ。



あのベッドで俺が動けないままの状態からしばらくすると、


「…ン‥」


色川恭子がやっと目を覚ました。



「………。」
「………。」



抱き合ったまま目が合って、俺が何か言おうとしたらそのまま‥


「きゃあ!何なのよあんた!!」

という言葉と張り手が飛んできた。



…とまあ、こんな感じだ。


要するに、変な誤解をされたらしい。





「まったくもう!油断も隙も無いじゃない!」

色川がピンセットの綿をゴミ箱にポイっと投げ捨てる。



「だから違うって!」

目の前の白衣の美女はガーゼと包帯を白い棚から取り出しながら、まだプリプリと怒っているようだ。



俺も負けじと言い返す。

「手当てしてほしくて入ったら寝てたから起こそうとしただけだって!」


「…ふうん、抱きついて起こすんだ?」
「うっ‥」



……まあ、誰だってそりゃあ目が覚めて知らない奴と抱き合ってたら、驚くさ。

襲われたって思うさ。


だけど待ってほしい。

俺は抱きつかれたんだぞ。

抱きついてなんてない。
ただ体を支えてただけだ。



……そりゃあ、勝手にカーテンに入ったのは悪かったけど‥



‥どうせ、抱きついてきたのはあんただって言ったって信じてもらえねえよな?



「うっせーな、ハイハイすいませんでしたーあ。笑」

思いっきり開き直ってやったら、初めて色川がちゃんと笑った。


「うわ、何このガキ〜!笑

まあ、あたしも勤務中に寝てたことだし、お互い様かなっ?」


笑うとちょっと人懐っこい顔になるらしい。





「このケガどうしたの?」

色川が、包帯をくるくる足に巻いてくれながら聞いてきた。



「サッカー。」

「へえ。サッカーって格闘技だったんだ?」


「え‥?」
何か知ってるような口ぶりに、びっくりして色川の目を見た。



アーモンドの瞳が、親が子を窘めるように俺を見つめ返す。

「ほどほどにしなさいね。
あんたみたいなタイプは、けっこう逆恨みされやすいでしょうから。
これはボールが当たったとか転んだとかの傷じゃないもの。」


「‥‥。」
この人には一体、何が見えてるんだろう?



包帯が、パチンとハサミで切られ、留め具をされる。

「ハイ、おわり!
あなた、名前は?」

「‥安西和也」

ジャージの捲れを直して立ち上がる。
遅れて、色川も立ち上がった。


意外と、こう見ると背が高くない。
俺と頭1つくらい違うかも。


「そ。安西くん、暇があったらまたおいで。
‥ただし覗きはしないでね♪」


「バーカ!笑」












この時俺は、忘れていた。


‥‥色川が誰かを想って、泣いていたことを。












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