1時限目
「でもさぁ、恭子チャンって、けっこー性格キツいらしいぜ?」
と、クラスの横川が口火を切る。
いつも通り、俺の3年J組では
保健室の色川恭子についての話題が出ていて、うちらの間では早くも『恭子チャン』という
ニックネームまでが定着しつつあった。
「それ、マジかよ!」
横川に反応して、一斉にケンジや優太が身を乗り出し、色川恭子情報に食らいつくと
大袈裟な身振り手振りで横川が答える。
「ああ。I組の西川が仮病を使って保健室行って、ギャグで恭子チャンに『ヤらせてくれ』って言ったら『10年早い』って、スルーされたってよ。」
「お姉さまって感じだよなあ〜」
ケンジが陶酔しきった顔を天井に向ける。
「そんな感じそんな感じ!」
優太も明るく応じた。
俺も適当に相槌を打っておく。
.……俺‥こと、安西和也は、周りのみんなほど、話題の『恭子チャン』に特に感心は無かった。
こんな風にみんなとバカな話をするのが、ただ楽しかっただけだ。
だけど、みんなが色川恭子のことを美人だキレイだ…って騒ぐから、少しくらいの興味はあった。
そう。
たったそれだけ。
たったそれだけだったんだ‥
.
この日の6限目は体育で、
サッカー。
グランドへ通じる下駄箱で
靴を上履きから運動靴に履き替えていると、
キャッキャと数人の明るい女の子の声がした。
「和也せんぱあ〜い!」
そこから聞こえた声に顔を上げると、移動教室なのか
教科書を抱えた下級生っぽい女の子が何人かいて、その中の肩まで伸ばしたストレートの茶髪の子がこっちに向かってニコニコしながら手を振っている。
愛想笑いを作ろうとしたけど、ハハッと、ただの苦笑いが出た。
「どーも。」
首だけで軽く頭を下げる。
「きゃーかっこいい〜!!」
「ユミ大胆〜!」
きゃあきゃあ騒ぎながら楽しそうにバタバタと廊下を駆けて消えていった。
‥3秒間の沈黙の後。
「おい和也、なんだあれ」
「お前も隅に置けねぇなぁ〜!」
そばにいた横川たちが、こぞって俺の脇腹を肘でグリグリする。
「あんな子知らねぇけどな‥」
「またまたあ〜!」
グリグリが、一層強くなった。笑
「ってゆーか、どけよ」
騒いでいると、後ろから冷たい声がした。
下駄箱で騒いでいた俺らが邪魔だったのか、俺より背が少し高い、グレーのカラコンをした男が、その目でギロリとこちらを睨む。
‥ドカッ
間を抜けていくそいつの右肩が俺の左肩にぶつかった。
その時
呟くような低い音で男が囁く。
「女に騒がれるぐらいでいい気になってんじゃねえよ」
「‥はぁ?」
なんでいきなり、んなこと言われなくちゃなんねぇんだよ。
そのままそいつは、それっきり振り返らずグラウンドへ出て行った。
「なんだあいつ!」
ケンジが舌打ちする。
「あれだべ、I組の留年生だよ。日高圭介だっけ?」
「ああ、いたなぁそんなの‥」
優太と横川は、その日高って奴を知ってる風だ。
ピリリリリー‥
外から体育顧問のホイッスルの高い音が聞こえる。
集合だ。
「とりあえず俺らも行くか」
気を取り直してグラウンドへ走り出した。
俺もケンジも横川も優太も、実はみんなサッカー部だから脚には多少の自信があった。
今日はたまたま合同体育で、お隣のI組と試合。
うちらJ組が2点のリード。
俺は相手チームの日高圭介と、白線のフィールドの真ん中でボールの奪い合いをしていた。
さっきのこともあり、
“負けたくねえ!”
強くそう思った瞬間、うまい具合にボールが俺の方に転がり、すかさず少し離れた所にいたケンジにパスを回した。なぜか右足首に、ズキッ!と軽い痛みが走る。
あの目が、なぜかまた俺をギラリと睨みつけた。
回したパスを、相手チームに妨害されながらもなんとかケンジがキレイな曲線を描いてシュートをキメたと同時に、6限終了のチャイムがフィールドに鳴り響く。
「よっしゃあ!」
横川がガッツポーズをとる。
「ケンジ、グッジョブ!笑」
「任せろって〜♪」
クラスメイトに、ケンジがピースサインで応じた。
「…ッ!」
3-0の勝利を喜び合うクラスメイトに混ざりながら、さっきの右足がまた痛んだ。
「和也!」
優太が俺の様子に気が付く。
くるぶし辺りのジャージの生地がジワジワと赤く染まり出していた。
優太が怒りのこもった眼差しで俺の足首を見つめている。
「やられたな‥」
「だな。」
さっきのボールの取り合いの時、スパイクで日高に蹴られていたようだ。
幸い、血は出てるけどそんなにひどいケガじゃあない。
顔を上げると、遠くで日高がこちらを見ていた。
普通こんだけ当たったなら、蹴った方は気づくよな?
気付くんだったら謝るよな?
たぶん今度は俺が日高を睨みつけていたんだろう。
目線を日高から動かさない俺に、優太が宥めるように言った。
「和也、あいつ‥イイ噂聞かねえよ。今行っても多分、逆ギレされる…」
「‥わかってる。普通じゃねえな…。」
日高が遠すぎて、表情まではわからなかったが、きっとあの目で睨んでいるような気がした。
「とりあえず保健室行ってくれば?俺、先生に言っとくから」
「おっけ。頼むわ」
俺は優太に促されるがままに立ち上がって1人、グラウンドを後にした。
「失礼しまーす」
久しぶりに入った保健室は、いつでも何か独特の匂いがする。
辺りを見回すと、なんと誰もいない。
デスクが1つとカーテンの奥にベッドが3つ。あとは白い棚が並ぶだけ。
「先生?」
…………応答なし。
「いねーの?」
帰ろうとして、最後にもう一度辺りを見回した。
ヒュウウウウ…
半開きになった南向きの窓から、気持ちのいい春風が吹き込む。
‥と、ベッドを隠すカーテンが大きく揺れた。
「えっ…?」
俺の心臓を、激しい動悸が襲う。
なぜって、
一番奥のベッドのカーテンの隙間から、仰向けに横たわった女の脚が見えたから。
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