ル・シャ・ルージュ
「どうしよう…鍵が、鍵がない!」
目を覚ました時にはすでに太陽は燦々と上空に輝き、時刻は午前十時を回っていた。フラフラになった頭で、まだ二重にぼやけ続ける部屋を見渡す。立ち上がったつもりが膝の力が抜け、私は思わずその場に尻餅をついてしまった。
明らかに二日酔いだった。我ながら情けないが、昨日のことが思い出せない。仕事が終わり、仲間と朝まで呑み明かし、気がつくと下着姿で床に寝っ転がっていた。もうとっくに、始業時間は過ぎている。急いで仕事に行かなければ…やっとの事でスーツに着替えたというのに、ああ、何てことだろう。
「鍵が!ない!?」
私は意味もなく体を左右に揺らしながら、ポケットをまさぐった。いくら何でも、鍵を閉めずにこのまま仕事に出かけるのは不用心すぎる。高価なものはないとはいえ、泥棒が入らないとも限らないし。一体どこで失くしてしまったんだろう。部屋を這いずり回っても、引き出しの中にも、洗濯機の中にも鍵は見当たらない。朝っぱらから私は途方に暮れた。まさか外出することもできず、自宅に閉じ込められてしまうなんて。
そうだ!
霞がかった頭で閃いた私は、山積みになった洗濯物の中から携帯電話を取り出した。小刻みに揺れる指先で、何とか彼氏の番号を開く。
「…もしもし?梨花?」
「もしもし!?涼ちゃん!?助けて!鍵失くしちゃったの!!」
相手が電話に出るなり、無駄に大きな声で私は叫んでいた。もう四の五の言ってられない。とにかく助けを呼ばなくては。
「お願い!このままじゃ私、外に出れない…!」
「落ち着け!今仕事だから…三十分したらそっちに行く。慌てないでそこで待ってろ、な?」
「でも…う、うん…!」
半ばパニックに陥っていた私を宥めるように、彼氏が優しく語りかけた。その声を聞いて、私も大分落ち着きを取り戻せた。通話を切ると千鳥足のままキッチンに行き、未だ醒めない宵越しの酒を何とか冷水で誤魔化す。何度目かの吐き気が私を襲って、壁に寄りかかったまま、ずるずると床にへたり込んでしまった。思わずそのまま眠りそうになってしまったその時、向こうから玄関が開く音が聞こえてきた。ああ、よかった。助かった…。
私は胸を撫で下ろし、帰ってきてくれた彼に泣きついた。
「うわああん…涼ちゃああん…!」
「だ…誰だお前は!?」
私は顔を上げた。玄関にいたのは、驚いた表情を浮かべる見知らぬおっさんだった。私もおっさんと同じくらい驚いた。
その瞬間、私は霧が晴れたように昨日のことを思い出した。
ああ、そうだった。昨夜は「仕事」が上手くいきすぎて、朝まで呑んだ後もう「一仕事」しようとこの家に忍び込んで…。
道理で鍵が、無いはずだ。