千景の初めての (微ギャグ)
午後の休憩時間、俺…清瀬蛍にとっては数少ない、ゆっくりできるときに。
「ほ、蛍…あの、さ…」
なんか知らないが千景に呼び出され、なんか知らないが人気の少ないところに連れて行かれ、なんか知らないが声を潜めてなにやら真剣そうな目で俺を見る。
「えっと…その…」
なかなか切り出さない、困る。
真剣な千景は珍しいが、それ以前に俺の大事な午後をもごもごで潰されるのは非常に迷惑だ。
「何だよ、さっさと言え」
と催促すると、千景は言葉を選ぶようにゆっくりと告げる。
「えっと…んーと、その…す、好きな女ができた…かも、しれない…」
…。
「…何お前死ぬの?」
「えぇえ⁉︎」
我ながら理解するのになかなかに時間がかかった。
何言ってんだこいつ。
「だ、だってさぁあ!こうさぁ!気が付いたらさ!目で追ってんだよ!」
さっきのコソコソはどこへ行ったのやら、激しく動揺しながら千景はそう叫ぶ。
「いやさ、俺に相談するなよ、間違ってんぞ」
「デスヨネー」
…まぁ、せっかく相談してきたんだ、協力くらいはしてやるか…もちろんその好きな女とやらには接触しない範囲で、な。
「…お前、そいつの名前とか知ってんの?」
しかし、相手がどんな奴かも分からない…そもそもこいつはどこまで知ってるんだ?
「…知らない」
「…」
…やべぇ、めんどくさくなってきた。
「で、でも所属は知ってる!」
俺が冷たい(であろう)目で見ると、千景は必死に付け足す。
ストーカーかよこいつ。
「あー…そう、じゃあもう名前くらい訊いてこいよ…」
ため息を吐きながらそう言うと、千景は俺の腕を掴んで引っ張…いや、まてよおい。
「じゃ、じゃあ蛍も付いて来てよ!?俺一人じゃ絶対無理!」
「いやいやいやいやめんどくさいめんどくさ…まじで待てって!」
しかし制止は物ともされず、俺はずりずりと引きずられていった…。
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あれから俺たちは、別の隊の訓練施設のドアをほんの少しだけ開き、中をこっそりと覗く…という、側から見たら犯罪じみたことをしている。
どうしてこうなった。
「…あれ、あの子!」
千景が指をさす先には、休憩中にも関わらずに刀を振るう奴がいる。
刀を選ぶという点だけはいい気がする…女ってだけで評価はマイナスだけどな。
「へぇ」
棒読みで相槌を打ちながら、俺は部屋の中の様子を伺う。
他の隊員は他の部屋で休息をとっているのか、その部屋にはそいつしかいない。
「いいチャンスだし名前とか訊いてくれば?」
正直もうめんどくさいんだよ、帰りたい。
「えっ…えぇ、無理だって…」
と、千景がノロノロとしている間に、部屋の奥の扉が開いた。
出てきたのは…おそらく、服装からしてこの隊の教官だろう。
その教官に気付いた女は手を止め、その教官に駆け寄る。
「おぉ、休憩中にも訓練か!流石、ユキは努力家だな!」
ここの教官も声がでけぇなぁ…。
この距離でもはっきり聞き取れる…今その声量出さなくてもいいだろ…。
「ゆ、ユキ…ちゃん…?」
突然隣から声が…あぁ、そうだこいついたんだった。
「よかったなぁ名前わかって」
そう棒読みで呟きながら部屋の中に視線を戻すと、教官は奥の扉に消え、ユキとやら…まぁ、女でいいか…その女だけになっていた。
教官に褒められて嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。
「…!」
千景が息を飲む音が聞こえる。
あれのどこがいいんだ?
「…かわいい…」
…こいつ本当に死ぬんじゃね?
「はぁ…もういいだろ、戻るぞ…」
ため息を吐きながら、俺は千景にそう告げる。
「うぇ!?…あ、うん、わかった…」
女に夢中になって意識が完全に向こうへ飛んでいた千景は、ハッとしたように引き返そうとした…が。
「っわぁ!?」
俺たちはほんの少しだけ開いたドアから覗いている…ということはつまり、少しバランスを崩して押してしまうとそのドアは開いてしまうということで…。
「ちょっ!?」
俺は千景共々勢いよくその部屋に転がり込んでしまった。
もちろん、大きな音を伴って。
「…っ、なに!?」
女は俺たちを見て目を丸くする。
まずい。
非常にまずい。
「え、わ、えっと…ご、ごめんなさい!」
千景は真っ先に立ち上がり、女に頭を下げる。
女本人には見えてないんだろうが、下から見ると顔が赤いのが丸見えだ。
俺も礼儀として一応、のそりと立ち上がり謝る。
「悪い、こいつがちょっとな」
ずっと頭を下げっぱなしの千景を、俺はじとりと見下ろす。
もういっそ告白しちまえめんどくさい。
成功だ失敗だはどうでもいいから俺に相談が来ないようにしてくれ、まじで。
「う、うん…そ、そっか…」
まだ戸惑いを隠せない女は、俺と千景を交互に見る。
「えと、何か用でもあるの?」
女の割にいい切り出しだ、さあ言え千景。
さっさとこの面倒な状況を終わらせろ。
「へ!?え、えっと…」
珍しいほどに間抜けな声で千景は顔を上げる。
まだ頬の赤みが抜けてない。
「…もう言えば?」
俺がいつもよりかすかに低い声…少しキレ気味に聞こえる声で千景に告げると、千景ぴくりと肩を震わせる。
「え、で、でも…」
もごもごと言うのを躊躇う千景。
これ以上この場に居たくない俺はだんだんイライラしてきているというのに。
「はぁ…ほら、早くしろよ…めんどくせぇ」
ため息を吐きながら更に催促すると、千景はゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
「え、えと…えっと、その、俺…あの、会ってすぐだし変なこと言ってるかもなんだけど、その…俺、君のことが…その…うぅ、えっと…す、好きになった…かも…しれ、ない…」
うん、長い。
「なげぇよ、男だろうが、ハッキリ言え」
長いしボソボソ言ってるし最後は聞こえにくいし、俺にもほとんど聞こえないから女には聞こえてないだろう。
それでは困る、終わらない。
「うぐぅ、えっと…!ゆ、ユキちゃん…す、好きです…っうぁあ!」
言いながら自分で照れている千景。
後半なんてもう投げやり以外の何物でもない。
そう思いながら俺は女に視線を移すと…。
「へ?」
きょとんとした顔で女は千景を見る。
さぁ、返事を言え。
早くしろ、早くいつもの休憩時間に戻らせてくれ。
「え、えっと…僕、男なんだけど」
そう女…いや、ユキは告げる。
その瞬間、千景は一瞬固まり…。
「えっ…えぇ!?」
間の抜けた声とともに、千景の初恋(と言えるのかもわからないが)は終わった。