夏休み(〜涼をとることは夏の最大の課題である〜)
海から戻ってはや一週間。昌と立夏の同居生活も終わりが近づきつつあった。
「あと一週間、と」
昌がカレンダーの今日の日付にバッテンをうつ。この日は八月八日、これより一週間後の十五日に昌の母・泉、そして勅使河原家の面々が戻る事になっていた。
「これで俺も暑い家で過ごさなくて済むな。エアコンを直す代金も母さんが銀行で下ろしてくれるらしいし」
「いーなあ昌は。わたしはお父さんたちが帰って来ても、元々エアコンないんだもん。暑くなったら行水しろなんて言われたこともあったっけ」
「涼しくする方法、他に何かないのか」
昌はそう言って網戸越しに外を見やる。月の出た明るい屋外には生暖かい風が吹き、金色の向日葵の首を揺らす。花壇に植えられた野菜類もほどよい食べごろな色つやをして、風に吹かれるままに。
「トマト、一つもらっていいか?」
「ご自由に」
立夏の了承を得た昌はサンダルをはいて庭に出て、トマトに手をかけ捻ってもいだ。するするとした手触りのトマトに歯牙をつきたてると、中からは甘い果汁が漏れる。ガシュガシュと音を立ててかぶりつく昌は、あっというまに一つ平らげるともう一つもいだ。
「また食べるの?」
教科書から目を離して上を向いた立夏は、昌に尋ねた。目線があった昌はふっと笑みをこぼしてトマトを上に放り、キャッチしながら呟いた。
「もうすぐお盆だし、お供え物にでもしようかと思った」
そして高台に位置する立夏の神社から遠くを見据え、夜景の彼方にある自分の祖父の墓地を探す。
「そっか、むかーしにわたしが寝込んでるときに、お葬式してたおじいちゃんに?」
「よく覚えてたなそんなこと。あんま思い出したくないから忘れてくれ」
添い寝、というか同衾してて親に見つかったなど彼からしたら嫌な思い出でしかないのだろう。苦笑いして手を振り、また室内に戻って立夏の隣で教科書に向かう。ふと時計に目をやると、もう既に十一時を回っていた。
「そろそろ寝るか。明日の朝食当番は俺な」
「そんなにわたしの料理が嫌?」
「朝からなんでホルモンを焼くのかがわからない。そんなに濃い口が好きか?」
二人は互いに笑って、布団の敷いてある仏間へ向かった。当然、布団は二つである。けして布団一つに枕を二つ、などではない。
「おやすみ」
「おやすみ〜」
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一時間後。その日は熱帯夜。おまけに前日に雨が降った為じめじめして蒸し暑いことこの上なかった。眠るに適さない環境とはこのことだ。
「・・・・・・立夏」
「なに」
「やっぱ起きてるか」
たまらなくなって電気を点ける。作務衣姿で広がった髪を撫で付けた昌は、仕切りを挟んで隣に寝ていた浴衣の立夏に話しかける。暑くて眠れず、涼を求めて二人とも台所へ向かう。
「あんま夜に水分は取りたくないから、氷枕でも使うか」
「さんせーい」
ところが氷枕は冷凍庫のどこにもない。そこで二人とも思い出したのだが、食後のデザートを作る際に材料を冷やすため、外に出したままだったのだ。
「うわ、ぬるい」
「使えないね・・・・・・」
することのなくなった二人は結局居間に戻り、テレビの画面をスイッチオン。
「なんかやってないか・・・・・・」
都合の良いことに怪談番組発見。背筋も凍りつくような心霊スポットの紹介をやっていた。お決まりのスタッフへの憑依や赤ん坊の泣き声、トンネルに残された赤い手形など、結構震え上がるものが多かった。極めつけの心霊写真にいたっては、今使っている勅使河原家のテレビと同型のテレビに、電源も入ってないのに写るはずのない角度で女の子の顔が映っているというものだった。
「こわ・・・・・・」
ブルッと震えて、心なしか昌との距離を詰める立夏。仮にもここは神社だろ、といって昌がなだめるが、それでも恐怖心は煽られる。
「ね、もう消そう?もう十分怖くて寒くなったよ。これ以上見てたら寝られなくなるよ」
「ったくしょーがないな」
ぷちん、とテレビを消すが、そうしたらそうしたで静寂が辺りを包む。特に勅使河原家は古い木造住宅なので雰囲気もバッチリ。静かな家の中には人の気配がしない、なのに物音が!なんてことがありそうだ。
「寝よう。寝て全部忘れよう」
そう言うが早いか立夏は布団をかぶり、見ざる聞かざる言わざるの態勢に入る。昌も仕方なく自分の床につき、外からの虫の鳴き声など以外は完全に聞こえなくなった。
そして数分。やはり気分だけ涼しくても身体は暑い。昌は寝付けずにのた打ち回っていた。
「これじゃ金縛りの方が眠気の先に来そうだ」
ぽつりと昌が呟くと、仕切りの向こうから布団のずれる音がする。
「・・・・・・起きてるのか」
「天井の木目が顔に見える・・・・・・タンスの陰からなんか出てきそうで怖いよ・・・・・・」
泣きべそをかきそうな声で訴えかけてくる立夏。
「ねえ昌」
「一緒には寝ない」
先に封殺。取り付く島もない昌の声に、立夏も軽く憤慨する。
「怖いんだもん!」
「じゃあ見なけりゃよかったろ」
「でも暑いもん!!」
「風呂で水でも浴びたらどうだ?」
「なんか出そうで怖いもん!!!」
「見張りしといてやる」
「お風呂の排水穴に引きずり込まれたら」
「人間はあんな七、八センチの穴に入らない」
押し問答。末に立夏は黙り込み、昌はふうと溜め息をついて羊を数える。
「昌」
八十二匹までいって眠くなってきたところで立夏に中断される。またか、と思い昌が身を起こすと、立夏が呟く。
「やっぱり寝られない」
「もう朝まで起きてろ」
冷たく突き放す。明らかに自分の睡眠移行状態を止められたことに怒っている。
「でも〜・・・・・・」
儚げに訴えてくる立夏。いい加減に鬱陶しくなった昌はごそごそと移動して立夏の布団の横に来る。
「え、やった」
「やった、じゃない。別に布団で一緒に寝るわけじゃない、ただ横の畳で座っててやるからとっとと寝ろ」
そう言ってふうと息をつくと、昌は目を閉じて間仕切りにもたれ、立夏が眠るのを待った。
「・・・・・・ありがと」
「いいから寝ろ」
そうは言われてもこれはこれで案外寝付けないものだ、と立夏は思った。しかしそんなことを言おうものなら確実に昌は気分を害し、自分の布団に戻るだろう。仕方なく立夏は目を閉じて、眠れるときを待った。
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それからどれほど経ったのか。一向に眠気がこない、それどころか動悸は激しくなり、顔が火照ってきた立夏は、それでも目を閉じていた。
(・・・・・・寝れない)
このままじゃホントに朝になりそう、と思って立夏が溜め息をつく。すると微かに寝息が聞こえているのに気づく。
「昌?」
目を開けると、間仕切りにもたれたままぐっすり眠りこけている昌が目に入った。静かに息と共に身体が動いているだけでぴくりとも動かず、程よい眠りについていることがわかる。
「起きてないよね?」
無論反応はない。そろそろと布団をどけて昌に近づくが、まったく目が覚める気配はない。
「わたしは寝れないのに一人だけ・・・・・・ずるい」
わずかに口を開いてすーすーと寝息を立てている昌。その姿を見ていたら立夏はなんだか無性に腹が立った。それこそ蹴飛ばして叩き起こしてやりたいほど。
「でもそれはさすがにな〜」
良心が芽生えて暴力の行使を思いとどまった立夏は、とりあえずどうにかしてびっくりするようなやり方で昌を起こそうと考えた。
「水をかける、コショウをかける、鼻と口をふさぐ、どれにしよっかな」
三択案を出して考え込む立夏。結局、ものを取りに行くのが面倒なので三番目の息封じに落ち着く。
「それ」
鼻をつまみ、口も掌で押さえ込む。二、三秒はそのままだったが、五秒ほどでふがふが言い始め、七秒あたりでバッ、と後ろに顔を引いて目を覚ます。
「うわ、うわあああああ!!!!!」
ぜーはーと息を吸い吸い昌が叫び、立夏はその姿を見て笑い転げた。
「お、おまえ!何とんでもないことをして」
「ゴメンゴメン、なんか良く寝てるな〜と思ったら、寝れないから嫉妬しちゃって」
「だからっておま・・・・・・ん?」
口を押さえて考え込み、そのまま黙る事十秒。そして
「悪い。いや、なんでもなかった」
そう呟くと自分の布団に戻って向こうをむく昌。
「ゴメンって言ってるでしょ。そんな怒らなくても」
「いや、それはまあ、いいんだけど・・・・・・夢か」
「夢?」
「ん、いやまあ大したことじゃない」
そう言って黙り込み、立夏が何を尋ねても昌は目覚めず答えない。
「なんの夢見たの〜!ねえ教えてよ!」
(言えるか)
心中で夢の内容を反芻して、顔を赤くする昌。結局その後二人ともあまり眠れず、朝になって朝食を準備する頃合になった。
「で、結局なんの夢だったの?」
昌の横で醤油が多すぎる気がしなくもない卵かけご飯を作りながら、立夏が尋ねる。
「別に」
黙して語らず。手早くベーコンを焼きながら昌は質問に答える気配がない。
「意地悪」
「知らない方がいいんだ」
それだけ言うとフライパンから皿にベーコンとレタスを載せ、パンを用意して居間のちゃぶ台に向かう昌。
「つまんないの。にしてもさ、こういう状況って、なんか新婚みたい」
他意無く立夏が呟くと、昌の朝食準備の手が止まる。
「どしたの」
「なんでも・・・・・・ない」
かくして、その後一週間はなんの音沙汰もなく二人は過ごし、またそれぞれの生活に戻った。
そして一年二組評議員の四人のもとに、評議会からの招集状が届く。
評議会からの招集。シリアスパートに突入か?一体昌たちの身に何が!?まて次回!!(初めて予告風だ)
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