(〜行事は不純な動機で行うことなかれ〜)
食後になると四人はだらけ始めた。それでもぐだぐだと勉強は続けたのだが、やはり効率もなにもあったもんじゃない。時計が七時を回る頃には、俊一郎はパソコン、立夏はテレビ、昌は睡眠、と千代以外の三人はすっかりやる気を失くしてしまっていた。
「みなさん・・・・・・もちょっと集中持たせてほしいんで」
「無理無理。も、疲れちゃったから。パソコンやりたいから」
「ゴメン千代ちゃん。この番組いっつも見てるから」
「・・・・・・・・・・・・疲れた」
三者三様。理由は違えどもはややる気はカケラも見られない。千代はひとり大きく溜め息をつくと、自らもノートを閉じた。
「もういいんで・・・・・・じゃあ休んであとに回すことに」
「「「はいよー」」」
こいつら絶対やらないだろーな、と思いつつも、千代は仕方なく勉強をやめた。
千代がいやいやながらも付き合って休むこと三十分。立夏はテレビを見終えておしゃべりをはじめていた。
「千代ちゃんって何であんなに料理が上手いの?わたしなんて全然上手くないのに」
「下手でもないがおまえの味付けは異常なまでに濃いぞ。食えなくは無いけども」
後ろの方から寝転んで教科書を顔に乗せた状態の昌がぼそりと付け加える。それを聞いて立夏はむっと顔をしかめたが、顔に教科書が乗って周りの見えていない昌にはその怒気は伝わったりはしない。
「俊ちゃんはどう思う!?こんな言い方ひどいよね?!」
「僕の方が上手いと思います。一応一人暮らしで食事の腕は常人よりは上ですからねえ」
パソコンから目を離さないままの状態で俊一郎も気のない感じで立夏の料理の腕を否定した。パソコンでウェブコミックを読んでいる俊一郎は、ツボにはまって笑っているときには頭の後ろでちょんと結ってある髪がふわふわ揺れる。それで猫や犬の尻尾のごとく感情の動きを読めるため、後ろを向いていて表情は見えないが、笑っているか否かはわかる。
「もうーっ!!!ほんとに、なんで千代ちゃんは料理が上手いの?!」
最早逆ギレに程近い状態で、千代に料理のコツを伝授してもらおうと詰め寄る。
「愛情を入れることが重要なのでは・・・・・・」
月並みな台詞に立夏は納得しない・・・・・・かに思われたが、一瞬フリーズしたかのような無表情で千代から目線を逸らし、高層マンションである俊一郎の家の窓から松竹市の夜景を見やった。
「ふーん・・・・・・じゃあ千代ちゃんは昌とか俊ちゃんに愛情こめてごはん作ってたんだ・・・・・・へー意外・・・・・・」
完全にノッてしまっている立夏。千代は慌ててそれを否定しようとしどろもどろになる。寝ていた昌はぶっと吹き出して顔に乗せていた教科書を吹き飛ばす。俊一郎はパソコン画面を見ながら叩いていたキーボードの上の指先が止まり、頭の後ろで結われた尻尾のような髪がしなっと下を向いた(ような気配)。
「ち、ちがっ、別にわたしは二人にそういう風に作っていたわけではないんで、そこのところを誤解するのはちょっと、あれです」
「あっそう?でも愛情が篭らないと料理は美味しくならないんでしょ?さっき千代ちゃんそう言ってたのに」
千代のペースを完全にモノにした立夏は、おちょくるために絶対に視線を合わせようとしない。視線があったら笑ってしまう気がしたからだ。しかし、このまま千代がキレるまでおちょくり続けようか、と立夏が心のうちでほくそ笑んだとき、思わぬ伏兵が現れた。
「でもさ、大和田がもし愛情こめて作ったんだとしたら、俺らだけじゃなくて立夏も愛情こめる対象として含まれてるんじゃないか?」
昌の放った、周りに衝撃を与える一言。俊一郎はパソコン画面から眼を離して後ろの三人に向かい合ったところだったが、頬を染めてまたパソコン画面を見るのに戻った。
「え、ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!?」
突然の一言で一気に窮地に追い込まれた立夏、そしてさらに追い詰められた千代。何一つとして考えていない顔の昌は、そんな二人の驚愕に満ちた顔を見て頭の上に疑問符を一つ浮かべたような顔をするだけ。
「あーあ、もう・・・・・・昌吉さんは阿呆だ」
まったくもう、と溜め息をつく俊一郎。眼鏡の下に見える頬は、バカな発言でさらに場をむちゃくちゃにさせた旧きの友、昌のために羞恥心で朱色に染まっていた。
「なかなかあんなバカはいないな・・・・・・立夏ちゃんじゃなくて、昌吉さんの方がよっぽど天然だよ。あーもう、今夜も寝られないだろうなあ・・・・・・」
先程とはまた違った感の溜め息をつくと、俊一郎は後ろの喧騒を無視できずに仲裁役を買って出ることにした。
騒ぎから三時間。ようやく全ての誤解が解けて元通りになった四人は、宴会モードに移行することにした。誤解は解けたものの未だ少々のしこりを感じてしまう今、全てを忘れるために飲み会モードのハイテンションが必要だと判断したのだ。最早千代すら勉強する気配は無い。
「・・・・・・ま、アルコールはナシですよ。僕ら未成年ですし」
「・・・・・・うん。じゃあ早く飲み物とお菓子買いに行こうか」
「・・・・・・はい。全部忘れてもいい、ということで
「?なんでみんな憔悴しきってるんだ?」
まとめ役として君臨することとなった俊一郎。渦中の人物である立夏と千代。そこに一石投じただけの昌は、その石ころ一つが引き起こした戦乱にまったくと言っていいほど関わることがなかった。
(((・・・・・・いいよな・・・・・・楽で)))
三人は胸中で全く同じことを考えていたが、あえて口に出したりはしなかった。
それから深夜の道で、四人は蒸し暑い風に吹かれながらコンビニにようよう辿り着いた。時計は十二時過ぎを指しており、店員に少し不審な目で見られているが四人は無視してジュースや菓子類をかごに詰めてレジに並んだ。すると、前に並んでいた女の子がめそめそと店員に話しかけている。勘定はとっくに済んでいるらしいのだが、話し込んでいて女の子が去らないようだった。
「あのさー・・・・・・大変なんだよ、仕事とか。毎日毎日変わらない日常。クスリ臭い部屋に閉じこもって怪我治療するのとか寝るベッドの整頓とか・・・・・・保健体育もあたしの仕事だしさ。ひっく、もういやなのよう・・・・・・疲れるし病人のくせに生意気なヤツとかいるし、憩いの場は自宅にいる愛する旦那しかいないのよう・・・・・・」
じゃあ旦那のところに帰れ、という昌達四人と絡まれている店員の冷たい視線が女の子に降り注ぐ。しかし女の子はうつむいているせいか気づかない。ポニーテールを揺らして泣いているのではないか、と思うほどに肩を震わせている。しかし実際は泣いていたわけではなかった。
「・・・・・・ったくよー!!!なのになのに、なんで旦那に家にあげてもらえないわけ!?あの男、家の中で寝込んでるのかインターホン押しても反応ゼロよ!!?ふざけないでほしーのよこっちも疲れてるんだから!!!!子供の相手ってつかれるったらないのよ!!!?」
そこにいたって、ようやくその場の全員が、女の子が実は既婚で子供の相手をする仕事についている、一般に言う『社会人』であるという事実に行き当たる。しかし女の子としか言えないような身長なのだから仕方ない。百五十センチもなさそうだ。
「「「「何してるんですか、麻衣子先生」」」」
四人がハモって言うと、泣きながら怒っていた麻衣子女医はくるりとこちらを向き、店員から離れるとよよとこちらにすがり、泣きついてきた。
「おお、教え子達よ」
ハーフリムの赤い眼鏡を外した状態の麻衣子女医は普段よりもさらに幼い顔立ちで、店員も昌達も見事なまでに女の子だと勘違いさせる風貌だった。
「先生、子供だと勘違いされて補導されますよ」
「君達だって補導対象に入ってるじゃないの。まだ十六になってない子もいるし、十六歳も夜十二時には家に居なきゃいけないのよ?」
学校と私生活を分けるために、口調をわざと学校内では古風にしている麻衣子女医だが、私生活とのこのギャップにも昌達は慣れつつあった。学校から一歩離れれば麻衣子女医は親しみやすい友達感覚の人物に早変わりするため、昌達もなんどか一緒になって遊んでいたこともある。
「じゃあ僕らも先生が実は保健室でよく昼寝、ゲーム、ネットをしながらぐうたらしてるときがあることを直訴しないといけないですねえ」
「あ、俊一郎君それはないんじゃないの!?」
麻衣子女医が学校内の保健室を私物化して遊び呆けているときがあるのは、四人の間では公然の事実だった。
「まあまあ、とりあえず先生、ここは見逃して帰ってもらえるとありがたいんで」
「千代ちゃん、その帰る場所がないって今話してたんじゃないの?」
二人のコンボでがっくりとうなだれる麻衣子女医。昌がその様子を見て溜め息をつく。
「君達、ところでここで何してたの?男二人に女二人、人数も丁度合ってるけど。不純異性交遊?これから朝まで寝ない気とか?」
「バカなこと言わないでくださいよ先生。ただちょっと俺ら、宴会気分で休みを過ごそうかな、と思ってただけ。俊一郎の家が近くなんで、食料調達」
昌が言うと、麻衣子女医が目を輝かせた。
「頼むよ俊一郎君!あたしを家に一晩泊めて!!」
宿無しの麻衣子女医は両手を合わせて俊一郎に頼み込んだ。
「いやですよ。教師と生徒が深夜に逢引、なんて言われたら僕も先生もついでに昌吉さん立夏ちゃん千代さん、連鎖コンボで全員学校を去ることになりますからねえ」
冷たいがそれゆえに冷静な判断でことを運ぶ俊一郎。そこに、千代が割ってはいる。
「まあ正論だとは思いますが、冷たすぎはしませんで?少しくらい良いじゃないですか、どうせ寝るスペースもこの体格ならどうにでもなるでしょう」
千代は優しさで他意無く言ったのだろうが、低身長がコンプレックスの麻衣子女医は全身をびくっと振るわせた。その素振りに気づいたらしき人物は今のところ昌しかいない。つまりその一人のみが――――――
「そうだよ俊ちゃん!!こんな背がちっちゃいんだから、誰も先生だなんて思わないよ!!まあ俊ちゃんにロリコン疑惑がかかるかもだけど」
――――――助かる可能性を持っていた。昌がダッシュで店外に逃げた途端、店内から凄まじい怒声が響いてきた。深夜の街に吸い込まれていった大声は、近隣のマンション、アパートの窓を明るくした。
「いやあごめんねみんな。わざわざ泊めてもらってさ。あ、あたしこの部屋で寝ていい?」
悪気なく禁断の扉(俊一郎room)を開こうとする麻衣子女医。慌てて昌達が止めたが、後ろから感じる殺気はしばらくは消えなかった。
「で、みんなここで何してたの?まさか本当に不純異性交遊・・・・・・じゃなさそうだねうんゴメン」
さきの騒ぎを皆完全に忘れたわけではない。全員が今度は殺気を放ち、麻衣子女医を黙らせる。
「勉強会だったんですよ。・・・・・・とりあえず最初の方は」
「ほう?じゃああたしが教えてあげようか?一応先生だし」
ここである意味天の助け。不本意な形とはいえ、『先生』の肩書きを持つ心強い味方が出来た。昌達は喜んで教えを承ろうと、座布団を敷いてちゃぶ台を囲み麻衣子女医にそれぞれの苦手科目を告げた。
「俺は数学無理。将来に役に立つと思えない」
「僕は古文が理解不能。考古学者になる気もない」
「わたしは英語。家柄かなあ?出来ない」
「わたしは・・・・・・えー、特にないです」
きっ、と三人が千代を睨むが、もとから優秀な千代はさっと視線を逸らして追及を逃れた。
「あー、わかったわかった。・・・・・・が、あたしは保健体育の先生なんだよねー」
四人の棟にふっと嫌な予感がよぎる。
「保健体育なら隅々まで教えられるんだけど。丁度男女の人数も揃ってるし・・・・・・冗談冗談ちょっとマジに殺意の篭った目で見ないでちゃんと教えられるから」
ジョークは抜きにして四人がようやく勉強開始。それぞれがわからないところを麻衣子女医が懇切丁寧に教えていく。千代もどちらかといえば教える側が多かったが、「教えるというのはさらに理解を深めるのに大変よろしい」とのことらしい。
やがて時計が四時を指すころになると、三時間近くしっかり勉強した四人は宴会モードに突入した。予想済みの結果だったのか、麻衣子女医も酒を煽り全員ハイになっていった。やがて時計が六時を指すころになると五人はぶっ倒れるようにして眠り込んだ。
そして五人全員何もかも忘れてしまった。昨日が日曜で本日が平日であることも。
「「「「「ギャ――――――――ッもう九時―――――――――――ッ!!!!!」」」」」
本日は五人全員欠席。
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