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  酔狂学園伝 作者:留龍隆
一学期(〜行事は楽しむものである〜)
 『ピンポーン』インターホンが鳴り響く。
 洗面台に向かっていた少年は顔を上げた。ひどい寝癖のついた髪をブルル、と振り、外からの声に耳を澄ました。
 「はいはい、今出ますよ」
 小声で返事をして、少年はインターホンを鳴らした来訪者の顔を思い浮かべる。時間を確かめながら‐八時五分過ぎだった‐少年は洗面台から離れた。玄関に向かって歩き、皮製の鞄を抱える。靴紐を結ぼうと思って屈みこむと、またもインターホンが鳴り響く。
 『ピンポーンピンポーンピンポーン!!』
 「うるさい!近所迷惑を考えろ!」
 少年は叫ぶ。ガララ、と音を立てて古い引き戸を開くと、インターホンを連打していた張本人が立っていた。と、一瞬間をおいて大きく息を吸い、寝癖の直っていない少年に怒鳴った。
 「遅い!!遅れる!!」
 怒鳴られた少年はというと、はいはい、と適当な生返事をしている。時間にルーズなのではなく、遅れる心配がないからだ。学校までの距離、わずか三百メートル。
 今日、午前九時。少年と来訪者は入学式に出席する。パリッとノリのきいた白いシャツ。その上から緑色のブレザーを着て。首には大人になったかのような錯覚を覚えさせられる黒いネクタイ。少年は高校一年。しかしこれから先への生活に不安など微塵も感じていない。故に少年はのんびりと、優雅に登校することに決めていた。それなのに、来訪者は急いでいる。さっさと行かないと大変なことが起こる、といった様子で。足踏みをして少年が近くに来るのを待つその姿は、少年と同じ制服で、ブレザー。しかし緋色。首にしているのも赤い紐ネクタイ。下は群青色のスカートで、髪をシニョンに結ったかわいい女の子だった。
 「昌吉!遅れたら昌吉のせいだからね!!」
 足踏みの速度を徐々に上げ、来訪者の少女は待っている。そして少年が近くに行くと、庭の生垣の間をすり抜けて、背の低い男の子が現れた。
 「昌吉さん、なんでのんびりしてるんです?僕らは五分も前からずっと待っていたのに」
 男の子の服装は、昌吉、と呼ばれている少年と全く同じ物だった。つまり、男の子も今日入学式に出る一人、高校一年ということだ。百六十センチもなさそうな身長が、高校生の貫禄を失わせ、代わりに一部にマニア受けしそうな雰囲気を醸し出していた。髪型もさっぱりした短髪でとても子供らしい。
 「俊一郎、制服、似合ってないな」
 昌吉と呼ばれた少年は、眠そうな目で背の低い知人を見下ろした。身長差は十五センチはありそうで、丁度二人の中間に位置する身長である少女とあわせて、三兄妹のような集まりになっていた。俊一郎、と呼ばれた少年は、背が低くて制服が合わないことを指摘され、膨れっ面になった。その動作が余計に子供らしい。
 「二人とも、早く早く!もう間に合わないよ〜!!」
 少女の一言で俊一郎少年も昌吉少年も我に返った。しかし、昌吉少年は自宅の時計を指差して、こう言った。
 「まだ八時五分過ぎだ。ゆうゆう間に合う」
 「どこの時計を見てるの!!コレ!!」
 少女は自分の腕時計を指差した。時間は八時二十分。昌吉少年の頭の中で何があったのかが繋がった。バッと振り向き、自宅の時計をよく見る。針は、電池切れのために止まっていた。
 「は、走れ〜〜〜!!!」
 「「言われなくても!!!!」」
 昌吉少年の叫びに残り二人が同時に返答し、三人はどたばたと走り始めた。
  
 「はい、では次の出席。男子十一番、千種、ショウ」
 「先生、アキラ、です」
 「はい、千種昌君」
 ぎりぎりで間に合った三人は、いまだ肩で息をしながら出席をとられていた。昌、という少年は、あだ名で「昌吉」と呼ばれていたらしい。昌はああ疲れた、とでも言いたげに大きく伸びをして、椅子に深くもたれた。
 「はい、次・・・渡辺、俊一郎」
 「はい」
 先程の背の低い少年は俊一郎。これはあだ名ではなかった。俊一郎は「わ」行の名字で一番後ろの席に座っているのだが、背が低いせいで先生からは見えなくなってしまっている。おまけに机も大きくて、小学生が間違えて紛れ込んできたようになってしまっていた。
 「・・次、女子・・・テシガワラ、リッカ」
 「はい!先生、よく読めました!」
 リッカという少女は威勢良く返事をし、さらにほめ言葉まで付け加えた。この行動に、初めて会う人ばかりで緊張していた生徒たちも、吹き出しそうになる笑いをこらえた。
 「はい、一応私も教師なのでね。この程度は朝飯前。勅使河原、立夏、と・・・みなさんは、チョクシガハラなんて読んだりしないように。では、次・・・」
 一通り出欠席をとると、少々禿げた教師は自己紹介を始めた。
 「はい、ではみなさんと一年間やっていくことになった川浦大輔です。歳は君らの年齢に4かけて5引いたくらいです。社会担当なので、よろしく」
 それだけ言うと、生徒に体育館に来るよう言いつけ、姿を消した。教師の圧迫感のなくなったクラスは、知り合いのいる者は話したり、いない者はフラフラしたりと、開放されたことで自由な振る舞いを見せた。やがて、八時四十分になり、体育館への移動が始まった。
 「広いから、体育館までも二十分かかるかもなあ」
 昌がそうぼやくと、横の女子列で歩いていた立夏が賛成した。
 「昌吉が学校見学会に行った時。迷った挙句見つけられたのは」
 「次の日の昼。生徒が不審者と間違えて通報したから」
 俊一郎が淀みなくつなげたため、昌は不機嫌になった。
 昌と立夏、それに俊一郎は、小学校からの友達である。今まで付き合いのあったどの友達よりも互いが一番仲の良い彼らは、高校の受験の際にも受けるところは一緒にしていた。そこで全員入れたところが、この松竹市、私立梅沢学園。この巨大な学校は中、高、大と三つの学校から成り、松竹市の面積の四分の三を占めている。このため、松竹市には大した建物が一つもない。なぜなら、校内にあるもので全て代用できるからである。

 福祉会館はない。校内の施設の方が充実しているからだ。
 公園はない。校内で十分遊べるからだ。車もほぼ通らないため事故も起こりにくい。
 市民会館はない。校内のホールの方がべんりだからだ。器具も多く取り揃えてある。
 図書館はない。校内の大図書館(中、高、大兼用)があれば世界中の知識が手に入る。
 コンビニはない。校内の購買は素晴らしい品揃え。無論、松竹市の人間は自由に出入り可。
 「おい、あれ見ろよ」
 昌が仰天して建物を指差す。
 「なに?」
 立夏と俊一郎が同時にその方向を見る。そこにあったのは、
 【娯楽会館】という看板だった。
 松竹市には娯楽用施設もなくなった。今年から、生徒たちによって作られた【娯楽会館】がオープンしたからだ。古今東西の遊戯、果てはカジノまで入っているこの施設。残すところ、「松竹市」の看板を掲げていられるのは市役所くらいとなった。
 
 「さて、みなさん。御入学おめでとう。君たちは晴れてこの梅沢学園の生徒となった」
 高等部の校長がそう言って挨拶をする。担任の川浦大輔とは違い、髪はふさふさだ・・・昌がそう思った次の瞬間、頭を下げた校長の髪は人工物としか思えない奇妙な動きをした。なんというか、根元が密集しているのがざわめいたような動きだった。そんな風に思った生徒が幾人かいたのだろう、少しざわざわとし始めたが、校長はかまわず話を続ける。
 「えー、みなさんはこの梅沢学園に入学されたわけですが、我が校の校訓は知っていますか?・・・・・知らないと、そういうことですかな」
 押し黙ったままの生徒に向かって校長は笑いかける。しかし生徒の目線は依然、校長の髪に釘付けだ。
 「我が校の校訓は、いいですか、よく聞いていて下さい。『抱腹絶倒』です」
 「学校とは思えない校訓だよな」
 昌はぼそりと呟いたが、立夏は地獄耳だった。そのわずかな台詞も聞き逃さず、
 「面白くていいと思うけど」
 と返答をした。俊一郎はというと・・・寝ていた。こういう話は聞くのが苦手らしい。校長は少し間をおくと、また話を続け始めた。
 「えー、これはつまり、みなさんには本当に学園生活を楽しんでいただきたいと、こういうことです。恐らくみなさん知っていることと思いますが、我が校は一年間の行事にとても力を入れています。その行事の一つ一つを、本気で楽しんでほしい、こういう願いを込めた創始者がこの校訓を残しました。この校訓を守って欲しい。・・そして、今年は我が校創立七十周年のめでたい時。よって、行事に対する取り組みを少し変更します。今年の優勝組は・・・・・1クラスのみです」
 えー、いやだー、などとさまざまなところで校長に非難の嵐。それもそのはず、この梅沢学園にはある特殊な決まりがあった。創始者が残した多様な行事、それによってクラスごとに点数が付く。その点数が優秀だったクラスは、上の梅沢学園大学部へとエスカレーター、しかも無料、テストなしで入学できるのだ。ここを通らず普通に受けて梅沢学園大学部に入るのは至難の業、なぜならここはこの国のトップレベルの学びやなのだ。故に、高等部の生徒の大半は行事での勝利、そして優勝を狙っている。その大学部への入学の道が狭まったとあっては、生徒からブーイングが巻き起こるのも無理からぬ話である。
 「えー、みなさん、静粛に。静粛に。これには訳があります。えー、今年入学してきた生徒はとても優秀な人材が多く、入学テストの点数に差があまりつかないほどなのです。よって、ふるいにかけてさらに生徒を選りすぐらなければ、ということになったのです」
 昌は腑に落ちない、という顔でへっと笑った。ここに入学する時に受けたテスト、あれは異常の極みだった、そう思った。どの科目も学校では習わないようなことばかりをやらされて、良い点をとったかどうかなんてさっぱりだったほどだ。
 国語は作文用紙を三枚使って物語りを書く、俳句を作る。
 数学は教育用ゲームソフトをパクったような内容、
 理科は天体物理地学生物化学なんでもいいからレポートにまとめて提出。
 社会は道で見かけた広告について詳しく、詳しーく訊かれた。
 英語は最早外国語ならなんでもいいので喋れ、ということだった。
 「あんなテストで何が分かったのやら」
 昌がふっと笑うと、俊一郎は真顔でこっちを向いた。
 「いや、あのテストにはきっとすごい意図が隠されていたんですよ。勉強の枠を超えた、何かの」
 と言った。昌はとても信じられん、という顔で首を振り、その時丁度教室に戻る時間となった。校長は最後に、「最初の行事は二週間後だぞー」と言った。
 「大体、俺たちはまだ一年だから、行事は関係ない気もする」
 「なに言ってるの。行事、で稼いだ点数はそのままクラスで配分されて、一人一人の持ち点になるんだよ。で、クラスを変えたらまたその点数を集めて、その年の終わりにまた再配分。で、最後の年は大接戦になるんだって」
 立夏が随分詳しいことに昌は驚いた。
 「なんでそんなに詳しいんだ?」
 「生徒手帳」
 「書いてあるじゃないですか」
 二人に笑われる昌。三人の学園生活はここから始まる。

 


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