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幸せな王女様

作者: ししおどし


 じーさま曰く、私はとある国のお姫様らしい。


 物心ついた頃から山の中でじーさまと二人暮し。着るものから食べるものまでほぼ自給自足の生活。

 年に一度か二度、山を降りて向かった先の街では、私たちみたいな暮らしをしてる人なんて見かけなかったから、なんかおかしいな、とか、何か事情があるのかな、とか子供心に思ってはいたけども。


 まさかまさか、そんなとんでもな話が飛び出るなんて思ってもみなかった。


 じーさまはよく冗談を言うひとだったので、それもきっと冗談だと笑いとばそうとしたのに、じーさまは見たこともない真面目な顔でじっと私の顔をみて、聞いたことのない静かな声で訥々と私の生い立ち、なんてものを語り始めるから。

 私も神妙な顔で、大人しくじーさまの話を聞かざるを得なかった。



 私が父に当たる人は、お世辞にも善き王とは言えず、私の生まれた時は王宮は荒れに荒れていたらしい。

 なにせ国のトップである王が、ろくに政務もこなさず遊んで暮らし、ちょっと見目のいい娘を見つけると無理やり手篭めにして周囲に侍らして悦に入り、飽きたら捨てるような、最低のろくでなしで。更に王の周りには追従する人間しか残っていなかった。そりゃあ荒れるのも、当然だってもんだ。

 そんな感じで節操無く種を撒き散らしてたもんだから、王の血を引く赤ん坊が次々にわらわらと産まれ、私もその中の一人だった。ちなみに母は、行儀見習いに上がってた男爵家の娘で、運悪く王のお手つきになってしまったらしい。

 あまりにも王の血を引くと思われる赤ん坊が多すぎたから、半数以上は産まれてすぐ処分されたという。ひどく身勝手でおぞましく、吐き気のする話だ。

 私も本当は、処分される筈だったらしい。

 けれど母がどうしても娘を助けたいと、昔から男爵家に使えていたじーさまに密かに私を託して逃がしてくれた。

 母は、ううん、母さまは、じーさまに私を託してすぐ、儚くなってしまわれたらしい。


 正直なところ、私の家族はじーさまだけだと思っていて、たまに街に下りた時に家族連れを見て複雑な気持ちになることはあったけど、傍に居ない両親よりもじーさまの方が大事だから平気だった。顔も見たこともない両親なんて、どうでも良いって思ってた。

 けれど、じーさまの話を聞いて。

 父に当たる男は父だとはけして認めないけれど、私にはちゃんと母さまが居たんだって、母さまは私を愛してくれてたんだって分かって。

 どうでもいいって思ってた筈なのに、心のどっかがすとんと埋まった気がして。

 どうでもいいって思ってた筈なのに、気づいたら目の前がぼやけて見えなくなってた。


 家族はじーさまだけだと思ってたけど、それだけじゃなくって、もう一人。

 じーさまと母さま。二人が私の大事な家族。大事な大事な、三人家族。

 ちなみに母さまの両親、私にとっての祖父祖母にあたるひとは、私を処分する気満々だったらしいので除外する。種馬については言わずもがな。


 じーさまがこの話をしてくれたのは、私が十になった時。

 まだまだ子供でしかなかった私にわざわざ話したのは、じーさまなりのけじめだったんだろう。

 隣の国では王位を巡って内乱の兆しがあり、その空気に充てられて世の中が物騒になり始めていたから。



 じーさまは言った。


「もしもお前が望むなら、争いの火の届かないどこか遠くで、優しい夫婦の養子となって、穏やかに暮らしてゆけるようにしてやろう」と。

「けれどお前がこれからも俺と一緒に居る事を望むなら、平穏な暮らしは保障してやれない。俺の顔を覚えている輩が、かのご令嬢との繋がりに思い至り、お前の出生について感づく可能性が無いとは言えない。それを選ぶなら、俺はお前が何があっても生きていけるよう、全力で鍛えてやろう」と。


 勿論。

 私の答えなんて、最初から一つしかなかった。





「おい、聞いたか。隣国の王女様見つけたら金貨百枚って話」

「あれだろ、悲劇の王女様ってやつか」

「王位争いで殆んどみんな死んじまったんだっけなあ。何十人も居たって話なのによ」

「今の王様と、その例の行方不明の王女様だけってか、生き残ってんのは」

「ひでー戦だったもんなあ……」


 酒場の喧騒の中。

 一際大きな声で騒ぐ男たちの声に引かれ、気取られぬようにそっと耳を澄ます。


「なんでもよう。すげえ美人だったらしいぜ、馬鹿王に孕まされちまったお嬢さん」

「あの馬鹿な王さんも顔だけは良かったもんなあ。美人なんだろうねえその王女様は」

「つっても、二十年も昔の話だろ? 見つかんねえだろうよ」


 ぐびり、エールを煽って微かにうなずく。誰も、気づく様子は無い。


「それがよ、例の男爵令嬢だっけか? 珍しい髪と目の色してて、王女様もおんなじ色してるらしいんだわ。橙だっけか、緑だっけか」

「おいおい、どっちだよ」

「まあとにかく珍しい色だっつって話だから、案外簡単に見つかるかもしんねえぞ」

「ふうん、妖精の血が混じってんのかね」

「ってえと、珍しい髪の色した娘っ子、とりあえず連れてけば金貰えんじゃね?」


 くすくす。

 ついつい、面白くなって忍び笑いを漏らしてしまう。

 さすがに聞きとがめたか、酔っ払いがこちらを向いた。

 自分が笑われたと思ったのか、険しい顔で睨んできたから、ひょいと肩を竦めてにこりと愛想笑いを浮かべる。


「なんだあ? 何笑ってやがる」

「いえいえ、私もその王女様にぜひお目にかかりたいと思いましてね」

「おお、おお! だよなあ! 美人で金にもなるってなりゃ、拝みたくもなるってもんだ!」


 適当に話を合わせれば、すぐに酔っ払いの機嫌もよくなり、私も交えて行方不明の王女様の話で盛り上がる。

 やれ胸が大きいだの、抜けるように色が白いだの、触ったら折れてしまいそうなほど華奢に違いないだの。

 途中で少々下世話な話も混じりつつ、にこにこと頷きながら話を聞いているとふと、酔っ払いの一人が私の瞳の色に目を留めた。


「そういやあんたも、変わった目の色してるな」

「言われてみればそうだな」


 まじまじと見つめられたけれど、別段慌てることもなく、ああ、と頷いて答える。


「私も先祖に妖精が居たって話でして。もしかしてその王女様とお揃いかもしれませんね」

「がははははっ、そりゃあ光栄なこった!」

「んだなあ!」


 まあ、その王女様、私なんですけど。

 なあんて、胸の内は欠片も出さず、周りに合わせてあはははと笑う。

 誰も私を、行方不明の王女様と結びつけて考えやしない。

 そんな発想自体、沸いてこないのだろう。


 だって、なにせ。


「良かったなあ、坊主! 自慢できるぞ!」

「ほんとですね」


 今の私、どっからどう見ても絶世の美女には、っていうか、女には見えないだろうから。




 迷うことなくじーさまと暮らすことを決めた私を、じーさまは宣言どおり徹底的に鍛えた。そりゃあもう、血反吐を吐くくらい徹底的に。

 狩りの仕方や武器の扱いは勿論のこと、じーさまが特に私に課したのは身体を鍛えること。

 武術を身に着けるって意味じゃない。文字通り、身体を鍛えること。つまり筋肉をつけることを、最優先に教えられた。

 いかに効率的に筋肉をつけるか。特に首周りが細いと線が細く見えるから太くするよう言いつけられ、毎日毎日ひたすら筋肉を鍛える日々。

 いや、うん。じーさまの考えは分かる。

 むっきむきの筋肉の鎧纏った女が、まさか行方不明の王女様とは思うまい。これも全ては、万が一にも面倒に巻き込まれないようにと、じーさまが私のために考えた方法だ。文句はない。

 文句はないけれど、私、どうやら結構筋肉がつきやすい体質だったみたいで。

 気づいたら、そんじょそこらの男には負けないほどの筋骨隆々の体格になりました。もちろん首もぶっといので、普通の服は着れない上に、皮鎧も大きさが合わないことも多々。ドレスなんて論外。特注しないと絶対に無理。

 さすがにずっと山の中に籠もってればいらぬ憶測も呼ぶだろうからと、ある程度鍛えてからはじーさまと二人、放浪の旅に出た。そうして行く先々で獣やら賊やら相手にしているうちに、ますます磨かれてゆく筋肉。


 十五、六の頃には、ちょっぴり悩んだりもした。一応女の子だし。可愛いものにも惹かれるし。可愛い服も着てみたいし。

 だけどじーさまの親心も分かるし、いろんなとこでかどわかしやらあの種馬の同類の被害に合ってる女性の姿に立ち会ううちに、わざわざ危険を冒してまで可愛さなんて追求する必要もないかなって思うようになったので問題はない。開き直れば私の筋肉、なかなかかっこいいし愛着も沸いちゃったし。

 髪の毛をつるっと綺麗さっぱり剃り落とした時は、じーさまはちょっと落ち込んでたみたいだけど、私としては結構気に入ってる。珍しい髪の色ってだけで絡まれることが減ったし、頭が軽くてすっごい楽。毎日ナイフで綺麗に剃り落とすのが日課になりました。最初はちょくちょく傷つくってたけど、今は一撫でで綺麗に剃り落とせるように。順調に腕も上がってる模様。


 じーさまはさすがにあちこち放浪するのはきつくなったか、今は一つの街に落ち着いる。そこで必死で私の結婚相手を探してるみたい。その気持ちは嬉しいけど、ちょっと無理じゃないかなあ。つるつる坊主だし、筋肉鎧だし。当分髪伸ばすつもりもないす。じーさまが生きてるうちに、私の子供抱かせてあげたい気持ちはあるんだけどね。


「あー俺も綺麗な王女様みたいな嫁さんほしいいいいい……」

「俺もうちのかみさんと交換してええええ……」


 すっかり酔いつぶれた酔っ払いたちの贅沢な戯言に、くすりと笑って胸の内で呟く。


 つるつる坊主でむきむき筋肉の王女様でよろしければ、いつでもどうぞ?


 楽しい時間を過ごした礼に、酔っ払いたちの分まとめて勘定を払って、店を出る。



 美しくて儚い行方不明の王女様は、死んだ。

 じーさまに生かされたのは、どこでも生きてける逞しい王女様。

 誰かが知れば、不幸だと嘆くかもしれないけれど。

 私は今の私が大好きで、とっても幸せだから何の後悔もない。


 面倒な問題に直面してる世の女性たちに、女性故に騒動に巻き込まれる貴女たちにひとつ、私から助言したい。


 筋肉をつけて、髪の毛を剃れば、案外面倒はあちらから尻尾を巻いて逃げてゆくものですよ。


 ただし、婚期は著しく遅れるけどね!

つるつる坊主+むきむき筋肉ヒロインなら、大抵のフラグはぶち折れるんじゃないかと思いました。

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