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極悪令嬢の婚約破棄

作者:早雪


卒業を祝う学園最後のパーティー。
学園のあるテナ国王族を始めとし、隣の帝国や国内外の貴族が出席するその宴席では、メインの卒園生たちのダンスも終わった。各々が歓談に耽り、このまま恙無く終了━━とはいかず。
音楽が止んだと思ったら、卒業生のテナ国第一王子アルト・テナが声を張り上げた。

卒業生も周囲の招待客も何事かと、金髪碧眼の王子を遠巻きに注目する。
そこに現れたのは全員が見目麗しい、第一王子を始めとする宰相を務める公爵の子息、騎士団長を務める侯爵の子息、優秀な大臣を排出してきた伯爵子息の前生徒会メンバーだった。
一部の女性たちからはうっとりとした秋波が送られているが、残り八割の特に学生である令嬢たち、同性からは冷ややかな視線が四方から浴びせられている。本人は気づいていないが。

王子たちに名を呼ばれたのは、この国では有名な令嬢たち。それもその筈で、彼女たちは全員、呼び出した四人の婚約者だった。加えてそこに戸惑った様子の男爵令嬢━━アンジェリカ・ダックスが桃色の瞳を不安げに揺らしながら、呼ばれて進み出た。ストロベリーブロンドを結わえて、薄紅のドレスを着た華奢な姿は庇護欲をそそり、愛らしい。

舞台に役者が揃ったと満足げな第一王子が視線をやると、内務大臣の息子クリスがアンジェリカの腕を掴んで、怯えた様子の少女を強引に自分たちの元に連れ去った。そうして、守るように囲い混み、断罪が始まった。

曰く、王子の婚約者であるオリヴィアを筆頭とした四人の令嬢が嫉妬に狂い、アンジェリカに淑女にあるまじき行いをして貶めたと。
制服やドレスを破り、私物を盗み隠して、階段から突き落とし、悪評をたてて名誉を汚し、暴漢に襲わせる誘拐未遂をしたと。

「オリヴィア・ダルト、貴様は私の婚約者に相応しくない! よって、ここに婚約を破棄する!」

まず、公爵令嬢が婚約破棄、断罪された。
突然の事態にどうにか情況を整理して反論しようとオリヴィアが口を開く前に、「言い訳は聞きたくない!」と王子に遮られ、騎士団の家系である侯爵子息が、幼馴染みの名を呼び上げた。

「マリア・ベネティ。正義に準じる騎士の妻として相応しくない振る舞い、断じて認められない。お前との婚約を破棄する!」

次に、侯爵令嬢が婚約破棄された。
騎士団長子息のルーテルと侯爵令嬢は幼い頃から仲が良かったのに。と、周りが囁き、それを言うなら王子とオリヴィア様もだと列席者が眉を顰めた。
青白い顔で茫然自失だったマリアが口を開きかけ、侮蔑を露にする幼馴染みルーテルを見て口を閉ざす。
そうして次の犠牲者━━父親同士が従兄弟である宰相子息と婚約したカルメン・マルキの名前が呼ばれた。

事前に掴んでいた情報通りだったので、次に呼ばれたカルメン・マルキ伯爵令嬢は、名を呼ばれても気にせず、先に呼ばれた二人と違って青ざめることもなく、口元を綻ばせて堂々と正面から相対した。というか、わくわくと期待していた。

その姿を訝る列席者と、気味が悪い見る婚約者と王子たち。案の定、お決まりな流れとなった婚約破棄を告げると、彼女は強く紫の瞳を輝かせ、蕩けるような笑顔を浮かべた。
周囲が見惚れ、息を飲む。

「ありがとうございます! 婚約破棄を承りましたわ!!」
「は?」
「つきましては、このような面倒事を引き起こした申し立て人である公爵家で必要な手続きをして、陛下や宰相様から許可を頂いて下さいませ。また、これまでの婚約期間にかかりました時間と勉学とその他諸々の賠償金と、公衆の面前で婚約破棄された娘という慰謝料の支払いをよろしくお願い致しますね」

満面の笑顔で言い切られた公爵子息が、ポカンと呆けた。それは一緒にいた王子たちも同様で、当惑していた。

「ま、待て、何だそれはっ? 慰謝料と賠償金?」
「婚約する際の契約書にそのように書かれておりますよ。宰相様もご存知ですし、婚約する際に説明も受けましたわ。まさか、神童と名高かったシュベルト様が知らなかったなんて愚かしい事は申しませんわよね?」
「ぐっ…も、勿論だ。当然知っていた」
「それを聞いて安心しました。ご存知で婚約破棄されたからには、支払いも滞りなくしてくれますよね?」
「………」
「あら、まさか王家に次ぐ公爵家が契約を破るのですか? それとも支払いができないのでしょうか?」
「ば、バカにするな! すぐに払ってやる! それで性悪なお前との縁が切れるのなら安いものだ!!」
「それはようございました。ああ、父の事はご心配なさらず。宰相様に頼まれて渋々承諾した婚約が破棄されたのです。きっと喜んで受諾しますから」
「……え?」
「あら、その事も聞いておりませんの?」
「………。そう言えばお前、ありがとうございますと言ったな。お互いに同意なのだから、慰謝料と賠償金は発生しないのではないか?」
「まぁ。シュベルト様がご自分で婚約破棄すると仰られたのではないですか。婚約解消ではなく、破棄と。解消でしたらこのような場ではなく、もっと穏便に両家で進めましたでしょう?」

自然な演技で小首を傾げるカルメン。動きに合わせて新雪の雪のような銀髪がさらりと流れた。周囲には彼女の言葉に頷いている者もいる。

「円満に破棄できてとても喜ばしいですわね。父がいくら婚約解消を持ちかけても、宰相様は首を縦に振ってくれませんでしたから。父も陛下の許可があるのではこの国の臣として、逆らうわけにも無効にするわけにもいかず悩んでおりましたが、陛下の決定に異議を唱えるという申し立てをして、不況を買ってくださってまで婚約破棄をしてくださり、誠にありがとうございます」
「……え?」
「流石は宰相を務める公爵家ですわ。王の決定にも逆らうなんて。皆様も凄いです。育ててくれた家や周囲を無視して、そのように自分の意見を押し通すなんて、なかなか出来ません事よ?」

にこにこと朗らかに告げられると、褒められているように錯覚するが、言葉は辛辣で王に逆らう反逆者、貴族にあるまじき愚か者と彼らを侮辱していた。そして、これまた周囲も在学生もカルメンに同意するように沈黙する。
誰もが思った事だろう。
各国の大使もいる公式な場で、こんな非常識な事を考え無しにやらかしたコレが第一王子とその側近たち。国の恥晒しもいいとこだ。
おまけに低位の令嬢を囲い、浮気をしていたくせに王が認めた優秀な高位の令嬢たちを勝手に捨てた。
それは身分社会の縮図を、王族やそれに近い高位貴族が、自ら否定したようなものだ。王の命令など絶対服従する必要がなく、下剋上もありだと。

シュベルトを始め、他の二人も青ざめるが、第一王子が「大丈夫だ、父にはきちんと説明する」と請け合うと、強張りが少し解けた。弁明すると言った第一王子自身の顔も血の気が引いていたが。
そんな四人をカルメンは冷めた目で一瞥し、クリスに掴まれた手を痛そうにしながら、逃げたそうに青ざめて震えるアンジェリカ男爵令嬢を気遣うように見た。それらを一瞬で隠して、綺麗に微笑む。

「まだ申し上げたい事はございますが、そちらの話が終わっていないようですので、この場は一先ず下がりますわ。続きがあるのでしょうから、どうぞ?」

カルメンが場面転換とばかりに、役者の如く優雅に舞台から引く。そのまま顔面蒼白で意気消沈する公爵令嬢オリヴィアと侯爵令嬢マリアの側に歩み寄り、宥めるように二人の背を撫でた。二人の令嬢がはっとし、凛と背筋を伸ばした。
現在の舞台の中心に目を向けると、カルメンと同じ伯爵令嬢でテナ国の三割の経済力を占める財力を持つ、ジュナ・サーベントが派手好きな色男のクリスに婚約破棄を告げられたところだった。
常に冷静沈着でクールビューティーと称されるジュナ嬢は、相変わらずの美しい無表情を元婚約者のクリスに向けて、「婚約破棄、謹んでお受けいたします」と平淡に返した。

「それでは、私もこの婚約破棄における慰謝料と賠償金の支払いを求めます。また婚約者ということで我が家に無心したお金を利子付きでご返済下さいませ」
「な、に?」
「あなた様も母君も、湯水の如く散財するので家計は火の車だと内務大臣おじさまが申しておりましたよ。父が幼馴染みで、娘の婚約した家だからと、私の持参金として毎月分割で差し上げて、それでも足りない時は更にお貸ししておりました。証文もございます。それにしても、財務大臣をも務めた家系のお方が、ご自分の家財事情や収支を把握していないなんて━━嫁ぐ前で本当に良かったです」

珍しく氷の微笑みを向けたジュナに、さらっと家庭事情を暴露されて喚こうとしたクリスが凍りついた。一部からは「女王様…」と崇拝する陶然とした熱い眼差しが彼女に送られていたが、ジュナはガン無視した。
第一王子たちがクリスを励ます。近寄る三人に、手首を掴まれたままだったアンジェリカ男爵令嬢が怯えて逃れようともがくが、叶わず囲まれてしまい、縮こまった。
アルト王子が「大丈夫だ。この四人は罪人でこちらも慰謝料を請求できるし、家を取り潰せる」と告げれば、クリスも他の二人も安堵を見せた。
彼らを見るジュナの視線が氷点下を突き抜けて、塵芥を見るような無関心なものに変わったが、当人たちは誰も気づかない。

一歩、舞台から下がったジュナの元にカルメンが「お疲れ様です。今回はお互いに大変なことになりましたが、結婚するよりも最良の結末を迎えて本当に良かったですわね」と和やかに労った。
終幕した空気を醸し出して、告げられた本音にジュナは「ええ」と柔らかな声音で返す。
閉幕とはいえ、客の耳目はまだ舞台裏に興味津々だ。それを意識しながら、心からの笑顔でカルメンは明るい未来について語り合う。

「ジュナ様はご実家の家業を継がれるのですわね?」
「ええ。後継者は私だけですし、その勉学も幼少より父の元で学んでおりました。父の友人の頼みで婚約を避けられず、跡継ぎ問題がありましたが、婚約が無くなりましたので当初の予定通り家督の全権を私が握る事になります。幸いにも私を妻にと申し込んで下さる奇特な方がいらっしゃいますから、今度こそ家のためになる婚約が出来ますので、嬉しい限りです」
「帝国の大商人であるラッタ伯爵様ですね。益々の繁栄が約束されたようなもので、素晴らしい良縁ですわ」

通常の話し声なのに、カルメンの声は会場によく通った。出された大物の名に聞き耳を立てていた周囲が興奮し、王子たちが唖然とした。
テナ国の三倍の国力と国土を誇り、長い年月を大陸の中央で侵略される事なく繁栄し、存在し続けた帝国とでは同じ伯爵の地位でも重みも価値も違う。
婚約破棄されて落ち目を見るどころか、カルメンの言う通りこの上ない良縁で、サーベント伯爵家の更なる発展が確約されたも同然だ。
列席者たちがジュナに挨拶して縁続きになりたいと、獲物を狙うように見つめ始めた。

「あら。それを仰るのでしたらカルメン様こそ、とある方に何年も思いを寄せられておりましたでしょう? 婚約者がいるからとすげなくお断りしても、人生何が起きるかわからないから待つとまであのお方に言わしめるなんて流石です」
「本当に何が起きるかわからないものですわね」
「ええ。カルメン様も縛りから解放されましたから、これで心置きなくあの方に」
「歓談中、失礼する!」

ジュナの言葉を遮り、声を張り上げたのはシュベルトだった。
憎々しげにカルメンを見据え、少女を馬鹿にした目の王子たちが横に並び立つ。列席者たちはもっと話を聞きたかったと一瞬忌々しそうに王子たち見たが、幕を開けた新たな舞台に興味を持ち始めていた。
カルメンは斜に向き合い、流し目で周囲を確認して迎合した。

「突然、話に割って入るなんて、無粋ですわね。公爵家の子息の振る舞いとしては如何なものかと思われますわ」
「ッ! お前たちこそ、自分たちの立場をわかっているのか!」

カルメンは可愛らしく目を瞬かせ、ジュナと不思議そうに顔を見合わせて、「何の事でしょう?」と小首を傾げた。

「シラを切るのが得意と見える。罪人どもめ。お前たち四人はここにいるアンジェリカに対して、貴族にあるまじき罪を犯した」
「慰謝料や賠償金とかで話を誤魔化して有耶無耶にしてたけど、断罪される罪人とその家に払う必要はないよね」

シュベルトとクリスが嗜虐的な笑みを浮かべた。酷薄さが滲み出るそれは令嬢に向けるものではない。
だが、カルメンは気にした風もなく、ジュナを庇うように一歩前に出て、「その事でしたか」と麗しく微笑んだ。
王子たちが予想外の反応に「え?」と困惑した。

「先程、まだ申し上げたいことがございましたが、皆様の話が終わっていないようでしたので、一先ず下がりましたのをもうお忘れですか? 蒸し返さないようでしたら、それはそれで後で然るべき場所に申し上げるつもりでしたが…」
「構わない。言ってみろ」

アルト王子が尊大に腕を組み、カルメンを見下した。

「それでは遠慮なく述べさせていただきますが、殿下方が仰った事実無根の冤罪容疑について、名誉毀損で訴えさせて頂きますわね」
「「「「は?」」」」

王子たちが、あんぐり口を開けた。
カルメンは反応を無視して観察し、言うべき事を口にしていく。

「殿下方が仰った諸々の事に関して、証拠はございますの?」
「何を言う! 証拠なら」
「当事者に近しい者やあなた方の発言は、証言として不十分です。物的証拠や誰が見ても納得する状況証拠、複数の第三者の目撃証言が望ましいですが、ございますか?」
「ああっ! 勿論だ!!」

勢いでムキに返答したアルト。
周囲の冷たい視線が突き刺さる。気づいていない当人たちは得意気だが、「それでは、私は私で無実の証拠と証言で冤罪だと訴えますわ」と、カルメンに切り返されると、四人の顔色が変わった。

「因みに私だけではなく、オリヴィア様とマリア様、ジュナ様に仰られた事も甚だ見当違いの冤罪ですと申し上げておきます」
「どこがだ? お前たちは心優しいアンジェリカの悪評を振り撒いて、学園で孤立させただろう」
「それは違います、殿下。最初は彼女への悪意ある噂もございましたが、徐々に同情するものから耐えている彼女への称賛に変わりました」
「流石はアンジェリカだ。天使のように健気で心根が素晴らしい事を周りは理解したのだな。自ら周囲に諭させるとは、実に王妃に相応しい。悪評で彼女を貶められなかったお前たちは、彼女の物を隠したり、捨てて精神的に追い詰めようとした」
「しておりません。事実無根をせばまった視野と己の願望の下に口にするのは不適切ですわ。私たちを侮辱して、殿下自身の見識の狭さと不平等性をこの場で見せつけるのは正気を疑われかねませんので、お止めになった方が宜しいかと思われます」

明後日の方向に暴走する第一王子に、カルメンは穏やかに否定して、王子の頭を心配するような顔で注意しつつ、さくっと貶した。
自分の言動を正しいと疑わない王子とその取り巻き。
周囲と元婚約者たちの目が、冷めきっている事にも気づけなかった。

「愛らしい彼女の制服やドレスを破り、階段から突き落として亡き者にしようとした。挙げ句にそれが失敗に終わると、暴漢に襲わせた。そのどちらの時も、私たちが近くにいたから良かったものの、いなかったと思うとゾッとする。後からその話を聞いた時は、肝を冷やした。そんな恐ろしい魔女のような女を私たちの近くには置いておけん!」
「殿下、人の話を正しく聞く事と公平な目を持つ事をお奨めしますわ。話をご自分たちの都合のいいように曲解し、事実を歪めるのはお止め下さい。ご自分でご自分の首を絞めるのが趣味なのだと勘違いされてしまいます。陛下を始めとする皆様のご尊父方が、今にも卒倒しそうですわよ」

困った笑顔で返すカルメン。
鼻で嗤って聞き流そうとした四人が不意に硬直して、カルメンの視線の先━━己の後ろを振り返る。
そこには壇上の影から一部始終を見ていたこの国の重鎮たちが、顔を真っ赤にする怒りを通り越した無表情で、茶番劇に出演すべく足を運んでいた。
貴族たちが頭を下げて場所を譲り、開けた舞台までの道のりを歩みきる。慌てて震えながら頭を下げるシュベルト、ルーテル、クリス。アルト王子も頭を下げるが、テナ国王は将来有望と評されていた息子たちに一瞥もくれなかった。
典雅に淑女の礼をとるカルメンに、書類を持った手を軽くあげて声をかけた。

「面を上げ直答を許そう、カルメン・マルキ伯爵令嬢。そなたの訴状を読ませて貰った。実に仔細な素晴らしい出来映えの報告書だ。充分な証拠と証言に事実確認も先程すぐに終わった」
「勿体ないお言葉にございます、陛下」

それから王が、大切な公式の場を私情に使って申し訳ない、特に生涯の思い出に残る他の卒業生たちに詫びて、この場は楽にと告げると、列席者たちは頭を上げて姿勢を正した。
自分たちの行いを正確に認識していないアルト王子は「父上、訴状とは、報告書とは何ですか?」と、カルメンとその後ろにいる三人の令嬢たちを睨み付けた。

「もう父ではない。ここまで愚かになるとは…アルト。お前を王籍から抜き、臣下とする。決めていなかった王太子は第二王子のフォルトとする」
「なっ!?」
「理由がわからんのか。心当たりもないと言うなら、そのような阿呆を国の中枢に関わらせるわけにはいかんな。それは側近のお前たちも同罪だ。本日が卒業式故、お前たちはまだ学生。正式な成人貴族ではないので、処罰は家長に一任するが、公式の場を私利私欲に使い、無実の令嬢たちを貶めた罪は王として裁かねばならん」

冷厳に告げる王に、四人の高貴な子息が震え、縮こまった。彼らが現状を理解しているようには見えず、不満だけがありありと読み取れた。
王はため息を呑み込み、せめてもの情けで罪を理解させようと、反省を促そうとした。薄く微笑みながら不遜にも王の出方を観察しているカルメンを見て、胃が痛む。

「カルメン嬢の言い分と訴えを正式に受理し、お前たちが愚かにも告げた令嬢たちの婚約破棄を承認しよう。そして王と親の認めた婚約を軽んじ、婚約者の忠告にも耳を傾けず、その男爵令嬢が逆らえないのをいいことに言い寄り、迷惑をかけた。それどころか婚約者に罪をなすり付け、この場を私欲に用いた上に断罪するなど言語道断」

婚約破棄承認に元王子たちが喜びの笑みを浮かべかけ、固まった。信じられない事を聞いたように、四人が目を丸くして王を凝視した。

「まだ心当たりがないか。訴状とその報告書には委細が載っているぞ」
「なっ、何を書いた、カルメン・マルキ!」

いきり立つアルトたちに、カルメンは困ったように微笑む。

「見たままあったままの事実を述べさせていただいただけですわ」
「どこがだ! お前たちが嫉妬に狂って行った所業がなぜ私たちのせいになる!」
「殿下━━王籍を抜かれたので、アルト様と呼ばせて頂きますわね。まず、あなた方の仰る私たちが流したという悪評ですが、私たちはアンジェリカ様に婚約者のいる方に何度も近づくのは非常識だとマナーを注意したに過ぎませんわ。あなた方の仰る悪評は、周りの方々がアルト様たちといるアンジェリカ様を見て勘違いした故に流れたものです」

言外に彼らの言動への批難を含めて、カルメンが微笑む。王がため息を吐き、周囲がカルメンたちの行動のどこがおかしいのかわからないといった視線に、アルトたちが押された。

「婚約者のいる方の側に、下位の令嬢が理由もなく寄り添う姿は、端から見れば、淑女の行動ではないと見られても仕方ありませんから。私たちも何度もお聞きしましたよね? アンジェリカ様とはどのようなご関係かと。友人と仰るのならそれでもいいです。事実はどうあれ、そういうものと認識して対応します。それなのに、あなた方は言葉を濁し何も明言されませんでした。だから私たちを含めた皆が対応に困ったのですわ。それでアンジェリカ様に恥を忍んでお聞きしまして、真実を知ったのですわ」
「真実?」
「アンジェリカ様は側に近寄るなど畏れ多いと、どうか構わないで下さいと申し上げたそうですわね? 貴族たちの模範となるよう心がけ、自分を特別扱いして話しかけるのも側に置くのも止めてくださいと懇願し何度もお願いしたのに、あなた方は誰に何を言われた、気にする必要はないと、彼女の気遣いを無視して、遠回しに近寄らないでほしいと言われたことに気づかず、付きまとっておりましたわね。私たちを含めた、学園の生徒ほぼ全員が会話を目撃しておりますわ。それ故に、私たちは何度も彼女に近づくのはお止め下さいとお諌めしましたが、聞く耳を持って下さいませんでした。その真実を生徒たちが知っていたから先程、彼女の噂が同情するものから耐えている姿を称賛するものに変わったと申し上げました」
「………何を言っている?」
「真実の確認ですわ。次に、アンジェリカ様の私物を隠したり壊したりと仰いましたが、一切しておりません」
「教科書が破れたのは」
「彼女は自分の不注意でと申し上げたにも関わらず、あなた方が勝手に騒ぎ立てて私たちを犯人と思い込んで、確認もせず言いふらしただけです。更に言わせていただくと、いくらお慕いする方の私物が欲しいからといって、後で高い万年筆を贈ればいいと彼女が母親から貰って大切にしていた私物をこっそりご自分の物にされたり。強風で飛ばされたハンカチを拾ったのにご自分の懐に入れて、刺繍されたハンカチを知らないと嘘をつき、後で代わりの物を贈ったり。落としただけで壊れていない時計を処分して代わりをあげると持ち去ったり。長く大切に使っていた彼女の私物を古くて汚いからと勝手に新しい物と交換して捨てたり……貴族の風上にもおけない変質者がいたようですが。あら、顔色が優れないようですが、皆様お心当たりでもございまして?」

青ざめる貴公子四人が、小刻みを震えた。王が報告書に添付された四人が犯行に及んだ写真を見て、泥棒の真似事とは情けないと嘆いた。周囲も変態や不審者を見る眼差しを注ぐ。
証拠写真があると知った四人が、目を丸くして動きを鈍くした。

「だ、だが! お前たちが彼女の制服を破いたり、ドレスを貶して汚したのは事実だ! 人前に出られないとアンジェリカが保健室で制服を脱ぎ、縫い繕う姿が目撃されているぞ」
「…どなたが目撃したのでしょうか? あられもない淑女の姿をわざわざあなた方に教えた恥知らずはどなたです?」

カルメンの凄みが増した笑顔に、四人が思わず体を引いた。誰も答えないので、話が進まない。カルメンは「まぁそれは追々調べますわ」と呟いて、話を元に戻した。

「制服の件ですが、私たちは彼女の制服が破けている事を教えて差し上げて、保健室まで付き添ったに過ぎません。またドレスの件は、あなた方が針子に無茶な注文をして作らせたドレスの事でしょうか。服飾の素人が口を出し、完成後に三度も無茶な手直しをさせて、止める針子の話も聞かずに、アンジェリカ様に絶対に着るよう命じた奇抜なドレスでしたら、縫製が雑な事に気づきまして悪目立ちして縮こまる彼女に、学園側が用意していた予備のドレスに着替えられるよう、裾に少し水をかけただけです。休憩室につくなり生地が脇腹から上下に裂けましたよ。あのままでは彼女が好奇の視線に晒されて、辱しめを受けるところでしたわ。
因みに階段から突き落としてませんし、誘拐未遂や暴漢に襲わせた事実もございません。彼女が階段から足を滑らせたのは、見かけたどなたか四人組と遭遇しないよう、慌てて踵を返して逃げ惑った為です。後ろにばかり気を取られる程、追い詰められる恐怖があったのでしょう。他にご友人を出し抜きたかったのか、ご自分の屋敷に嫌がる彼女を馬車に乗せて連れ去ろうとしたり、人気のない場所に引っ張って行く姿が見られて、まるで誘拐未遂や暴漢に襲われているように周囲から見られ、その噂の真偽を確める事なく耳にした皆様が、私たちがした事と思い込んだだけですわ」

周囲の女性陣の視線が、強く侮蔑を露にした。
カルメンは「アンジェリカ様のお話を聞けばすぐに解りましたのに、あなた方は彼女が大切だと言いながら、全く耳を傾けていないのですね」と言葉の刃でさくっと撫で切りし、アルトたちが今更、四人に囲まれて泣きそうになっている青白い顔色の少女を見て、彼女が怯えている対象が自分たちであることに、やっと気づいた。

「そんな……アンジェリカ」
「まさか、本当にそうなのか?」
「この女が自分に都合のいい嘘をついているだけだろう?」
「何とか、言ってくれ」

涙をためて怯えたアンジェリカが、カルメンを見て、国王を見つめた。王が発言の許可を与えると、自分の手首を引いてクリスから解放されたアンジェリカは、そのまま四人から離れようとして、恐怖に膝をつく。
近寄ろうとした四人に、カッとヒールの音を響かせて止めたカルメンが颯爽とアンジェリカを支えて立ち上がらせ、宥めるように震える背中を撫でた。
深呼吸をして落ち着いたアンジェリカは「カルメン様の仰った事は、全て事実です」と涙声で告げた。

「わ、わたしが、孤立してしまい、構わないで下さいと申し上げても照れ隠しだとかそんな君も可愛いと皆様に話が通じませんでした。噂を立てられて困っているから距離を置いて欲しいと遠回しにお願いしても、君の可愛さに皆が嫉妬しているだけとか気にする必要はないと、意味のわからない事を仰られて、何の解決にもなりませんでした。皆様の婚約者の存在を示唆しても、嫉妬に狂って何か言われたのかと怒るばかりで、何も言われてませんと答えても、庇う必要はない、君は優しすぎると微笑むだけでまともに話ができませんでした……。他に好きな人がいますと告げれば四人の中の誰かと限定され、陛下に認められた婚約者がいて、その方が好きですと本当の事を申し上げても、勝手に婚約を決められて可哀想にと、家に逆らえず脅されようと真実の愛を押し込めなくていいと…全然話が通じなくて、わたしがおかしいのかと自分の在り方を疑う日々でした。距離を置こうとしても離れるなんて許さないと言われてしまえば逆らえず、どうしようもなくて……」

震えながらも必死に訴えるアンジェリカの姿は、周りの同情を誘い、青ざめる貴公子たちを見る視線がより一層厳しくなった。
同時に、カルメンがアンジェリカに慈愛の眼差しを向けて寄り添う様子に、観客は胸を打たれる。

「学園に通う前からの友人たちは最初、わたしを庇って殿か━━アルト様たちにわたしが困っている事や婚約者やご自分の立場を思い出して下さいと諌めてくれたのですが、皆様に楯突いたと全員が停学になってしまい、このままでは迷惑をかけてしまうと離れました。どれ程訴えても聞き届けられず、誰にも頼れず心が静かに死んでいった時に、カルメン様に声をかけられて、救われました。わたしの話を聞いて下さり、間違っていないと肯定して下さったお陰で、狂わずにすみました」
「カルメン! やはりお前が余計な事を無垢なアンジェリカに吹き込んだんだな!」
「この極悪令嬢が!」

アルトとシュベルトが騒ぐと、国王が「黙れ」と一言で静めた。それでも、四人の貴公子たちは各自婚約者に向けていた憎悪の視線をカルメンだけに集中させた。
カルメンは気にした風もなく、怒号に怯えたアンジェリカの肩を抱き寄せて、紫の瞳で睨み返した。
それだけで四人が気圧された。

「わたしを助けてくれた方を悪く言わないで下さい。オリヴィア様やマリア様、ジュナ様もわたしの話を真剣に聞いて下さり、皆様に進言して下さいましたのに…カルメン様たちを嫉妬にかられた愚かな女と話を無視して……。こんなに素敵な婚約者がいらっしゃるのに、人気のない場所に誘ったり、密室に呼び出されて二人きりになり、……ど、どれ程…怖かったか…っ。お断りしたくても男爵家のわたしが逆らうなんて許されず、家族や領地に迷惑がかかることを考えると不安で、すぐに皆様が駆けつけて下さってどんなに安堵したか……。それを、邪魔な婚約者だと仰る言葉を聞いて、良くしてくれたカルメン様たちにとても申し訳なくて……っ」

感情を隠すために俯き、声を出すのもはしたないと静かにアンジェリカが顔を覆って涙を流した。それをカルメンが背に庇って姿を隠した。
カルメンはおろおろする元婚約者たちを冷厳に見据え、「これが真実です。おわかり頂けましたか?」と突きつけた。

「う、嘘だ! アンジェリカがそんな事を言う筈がない!」
「お前のせいだな、カルメン! アンジェリカへの嫉妬に狂い、純粋な彼女を惑わせて……そんなに婚約を続けたいのか!」

見目はよくても見苦しい貴公子たちに、場内から白けた視線が向けられる。

「いい加減に目を覚まされてはどうですか。そもそもの前提が間違っております。少なくとも私とジュナ様は好きでもない方に嫉妬など致しません」
「……は?」
「申し込まれて、陛下の認められた婚約ですから、貴族の義務として従っていたに過ぎません。勿論、結婚すれば大事に慈しみ、支えるつもりではありましたが」

ジュナが首肯し、オリヴィアが「…お慕いしておりましたが、それももう…どんなに声をかけても話が通じなくなっている時点で、薄れていきましたわ」と疲れたように微笑んだ。
マリアも幼馴染みのルーテルを見て、「親愛の情がございましたが、か弱い女性を権力を笠に追い詰める騎士とは名ばかりの方に愛想が尽きております」と静かに目を伏せた。

アルトとルーテルが目を見開いて言葉を無くし、元婚約者を見つめた。シュベルトとクリスが苛立ったように吐き捨てる。

「貴族の義務等と古い考えを正しい事のように言うのはやめろ。これだから、頭の固い貴族はすぐに政略結婚など馬鹿げた事を持ち出す」
「そんなので縛られるなんてうんざりだよ」
「シュベルト様、仮にも貴族の頂点に立つ王族の血を引き、貴族筆頭の公爵家であるあなたがそれを申しますか。その言葉は、ここにいる貴族全員を侮辱した発言ですわ。当然、政略結婚をされた国王陛下やご両親も軽視しております」
「なっ、違う!」

弁明しようとするが、会場から注がれる軽蔑の眼差しに、ごくりと固唾を飲んで、口を閉ざした。四人がガタガタと震え出す。
それからカルメンの後ろで震える少女を助けを求めるように見た。

「アンジェリカ……」
「嘘だよね? 君は僕たちを好きでしょ? そう言ってくれたじゃない」

クリスの言葉にアンジェリカが怯えた。打ちのめされた四人が恨めしげにアンジェリカを暗い目で絡めとる。
カルメンが衆目を集めるように、一歩踏み出した。

「クリス様。逆らえない立場のアンジェリカ様に、好意を強要するのは如何なものかと思いますわ。彼女は一度もあなた方を好きだとは申しておりません。自分は相応しくないと、婚約者がいてあなた方にもいると、告げてましたわ。直に好きかと聞かれて嫌いと言えず、言葉を濁して曖昧に微笑むのは仕方ありません。彼女は逆らえない身分ですから。それを勘違いしたのは、あなた方でしょう。あなた方に彼女を逆恨みする権利はございません!」
「その通りですわね」
「まだ醜悪で無様な姿を晒すおつもりですか」

オリヴィアに続いて、マリアが冷たく告げた。ジュナは無言だが、氷柱のような目と表情が何よりも雄弁に物語っていた。

「これであなた方の私たちを貶める言葉や仰る罪が、名誉毀損で冤罪に当たるという事が、流石におわかり頂けたかと思います」
「父上…」

カルメンの言葉を受けて一転、すがるような視線を国王と宰相、大臣、騎士団長に息子たちが向けた。
王が首を横に振る。

「本当に嘆かわしい…。お前はもう息子ではない、臣下だ。お前たちは一体、学園で何を学んでいたのか……。よくもまぁ、色々とやらかしてくれたな」
「ここまで愚かとは……失望したぞ。シュベルト」
「どうやら鍛え方が足りなかったようだ。腑抜けたお前には大切な方を守る事もできまい。自宅に戻って謹慎だ、ルーテル」
「お前もだ、クリス。随分と恥を重ねてくれたな。頭を冷やせ」

父親たちの言葉に、四人が悄然とする。
それどころか、迷惑をかけた少女五人と、周囲への謝罪をしろと責められて屈辱に顔を歪ませ、渋々、謝罪した。

「謝罪は受けました。ただ、私は訴えを取り下げるつもりは毛頭ございません。慰謝料と賠償金を求めますわ」
「訴えだと!?」
「はい。皆様の行動が目にあまり、周りの言葉にも耳を貸さず、婚約者の私たちでは止められなかった為に、陛下を始めとする皆様に知って注意して頂こうと訴状を一月前にしたためました」

「それがこれだ」と国王が自ら持つ書類の束を見せた。
アルトたちがワナワナと震えて、カルメンを睨む。

「お前…よくも! やはりお前のせいで…! この極悪の大罪人め! 王子である私を嵌めておいて、お前の方が貴族の風上にもおけず、王族の私を軽んじているじゃないか! 階級を乱したその責はどうやって」
「そうですわね」

カルメンが殊勝に頷くと、アルトたちが戸惑った。オリヴィアやマリア、ジュナ、アンジェリカと他の貴族も当惑し、アルトたちが何かしたのではと厳しい眼差しを向ける。

「アルト様の仰る事は尤もですわ。ですので、この度の責任をとりまして、我が家は爵位を返上致します。そして、この国を出て行きますわ━━ねぇ、お父様?」

カルメンが微笑むと、盛装を着こなしたマルキ伯爵が颯爽と現れた。白銀の髪を持つ美丈夫が微笑むと、ご婦人方がざわめく。それが、愛する愛娘を断罪した元婚約者たちを見る目は、敏腕外交官らしく鋭いものへと転じて、国王や従兄弟の宰相に淡々とこの国を出ていく旨を告げた。

「安心してください。職務に就いた際に誓約した契約書の通り、国家機密は忘れて黙秘しますから」
「……確かに二ヶ月前から退職願いを受け取っていたが、考え直さぬか?」
「勿体ないお言葉です、陛下。しかしもう、決めておりましたので。何よりこれ以上、娘を傷つけ、仕事で一人にしたくありません」
「だが、行くあてはあるのか?」

宰相がどうにか引き留めようと言葉をかけ、ジュナたちも「あんなのに気遣う必要はないわ」とカルメンを説得にかかり、アンジェリカも「カルメン様が犠牲になるくらいならわたしが」と誠実に言って聞かせた。
そこに、帝国からの貴賓が進み出た。帝国の公爵家で次期宰相と言われている金髪の青年は、カルメンを青い瞳で愛しげに見つめながら口を開く。

「ご心配には及びません。マルキ伯爵は我が帝国で伯爵として迎えます」

国王たちがあんぐり口を開けて混乱する中、卒業式に参列するために訪れた美貌の青年は、カルメンの手を取り、跪く。

「久しぶりだね、カルメン」
「お久しぶりです、ジークリッド様」
「婚約破棄、おめでとうと言うべきかな?」
「あら、酷いお言葉ですわね。ですが、ありがとうございますと返しておきますわ」
「私の言ったことは正しかっただろう? 例え婚約していても、人生何が起きるかわからないと。これで君は自由だね。それでは、改めて━━カルメン・マルキ嬢、私と結婚して下さい」

突然の求婚に、それも帝国の次期宰相とされる人物からの申し出に、場が騒然となった。ただジュナやオリヴィアたちは頬を紅潮させても、嬉しそうに微笑んで祝福していた。

彼女たちは聞き知っていた。
幼い頃に母を亡くしたカルメンが学園に入学するまで、父親と共に諸外国に付いて回り、各国での交渉をずっと側で見てきた事を。その際に、他国の言葉もマナーも完璧に覚え、幼く愛らしい外見から油断した人の目を掻い潜り、情報を集めて父に教えたり、母を亡くして連れ歩いていると同情を刷り込んだりして、交渉を有利に進めたりしていた事を。
あちこち訪問する国には当然、帝国に訪れる事が何度もあった。その時の滞在先が、帝国の筆頭公爵家のジークリッドのところだった。
初めはお互いに猫を被り、表面上だけの付き合いだったが、帝国である事件に遭遇してカルメンが負け、四歳年上のジークリッドに助けられてから二人の距離が縮まり、簡単に言うとジークリッドが惚れて婚約を申し込んだ。
当時カルメンは十二歳で、滅多に会わないとはいえシュベルトという婚約者がいたので断ったが、何が起こるかわからないという言葉通り、彼は婚約の申し込みを繰り返し、自身は誰の婚約の申し込みも受け付けなかった。

「ジークリッド様、まず申し込むのは婚約ではありませんか?」
「婚約してから結婚するから問題ないよ。それで返事は?」
「……」
「━━今度こそ君自身が、彼らを守るんだろう? そして私に借りを返すと言ってくれたよね?」

相手の思い通りになるのが何となく悔しくて、返事をお預けにしたらジークリッドに囁かれ、カルメンが嘆息した。彼には敵わない。━━心を鷲掴みにされたあの時から。
花が綻ぶように可憐な笑顔を向ける。

「お受け致します。お約束通り、私があなたの盾となり、雑事と憂いを払いのけて、あなたを支えお守りしますわ」

勇ましい誓いの言葉に、ジークリッドが目を丸くして破顔した。立ち上がり、カルメンに手を伸ばして抱き締める。

「ようやく、やっと手に入れた。これで堂々と君の隣に立てて、触れられる」

万感の思いが込められた言葉に、まるで少女の憧れが詰まったかのような一連の玉の輿劇に、場が沸き起こる。
王子や高位貴族の子息たちの断罪という気まずい卒業式が、一途に思い続けた歴史ある帝国の麗しい青年貴族と冤罪をかけられても己で火の粉を振り払った可憐な令嬢の婚約の場、歴史的な一幕へと早変わりだ。

明るくお祝いする雰囲気になり、断罪された四人を除いて、国王を始め、会場中が口々に祝いの言葉を述べる。
暗い瞳で見つめる四人の側を通る際、カルメンは美しく笑って挑発した。

「逆恨みするのであれば、私がお相手致しますわ。返り討ちにして差し上げます」

その一言で、腑抜けていた四人がギラついた復讐心を宿す。横で聞いていたジークリッドが苦笑した。

「友達の未来を守るのに、何も全て被らなくても良かったんじゃないか?」
「彼女たちが何の憂いもなく未来へ進める事が最善でしてよ。それにあんな小物なんて、何かのついでに払えますからご心配なく」
「……極悪令嬢なんて彼らに言われていたのに、彼らの生きる糧である恨みの対象になるなんて優しいね。嫉妬しそうだ」
「彼らのどこに嫉妬する必要がありますの? 私が今後ずっと一番に関心を向けるのはあなたの動向ですのに」
「……私を守るためにね」
「ええ。愚かな子供だった私を助けて、一人泣く私を見つけて慰めてくれたあなただけですわ」
「………。やっぱり君は極悪だね。そんな言葉で落としてくるなんて」
「まぁ、何の事かしら? でもそれなら丁度釣り合いが取れますわね。とうの昔に、私は、他でもないあなたに落とされていたのですから」

ジークリッドが「参った」と幸せそうに苦笑し、ダンスに誘う。その手を取り、カルメンたちは息の合った優雅なダンスを披露した。
会場全体が賑わい、陽気な雰囲気が包み込む。
それぞれが社交に励む中で、婚約破棄されて悩むオリヴィアとマリアに、カルメンはジークリッドと共に歩み寄った。
非がなくても、一度立てられた噂や冤罪をかけられた事を瑕疵と考える者、隙なく振る舞えなかった事実が無くなる事はない。阿呆たちが何も考えず仕出かした事でも多少の影響はあるのだ。
カルメンとジュナ、アンジェリカは今後の予定が決まっているが、二人は違った。家名に傷をつけた、扱いに困る令嬢と自分を思い込む彼女たちに声をかけ、カルメンは提案する。

「マリア様は歴史学に興味がおありで、様々な年代の大陸の歴史を独自に研究されてましたわね。この国ではようやく職業婦人が出てきたばかりですが、帝国では大分女性が進出しておりますわ。研究者兼教師になるのは如何でしょう? 丁度、帝国のマズール学園に歴史学の講師募集がかかっておりますし、城では研究者を募集しておりますわ。どちらも試験がございますが、試してみてはどうでしょうか」

興味を引かれた様子のマリアに、ジークリッドに詳しい説明を任せて、カルメンはオリヴィアに向き直る。

「オリヴィア様は王妃になれる資質をお持ちで、その勉強を全て終えられてますので各国の王家から歓迎されるのは勿論ですが、マナーも素晴らしいですわよね。結婚や令嬢方の家庭教師をするのもいいですが、もしよろしければ幼い帝国皇女の話し相手兼指南役になってみませんか? 皇女の指南役は帝国の城に行儀見習いで入るよりも高いステータスになりますから、悪い話ではないと思いますの」
「私がですか?」
「ええ。きっとお二人とも活躍できますわ」
「……これ以上ない有難い申し出ですわ」
「本当に。ですが、なぜ私たちに」

戸惑う二人に、カルメンか微笑む。内緒話をするように声を落として、そっと告げた。

「もし自由になった前途有望なお二方が困っていらしたら、帝国に来る未来を示して欲しいと、あちらの皇子から頼まれておりましたの。帝国は実力主義ですわ。いつでも貪欲に人材を求めております」
「その分、人同士のトラブルやいざこざも多々あり、折衝が得意だろうからと調停役もこなす外交官がいるくらいなんだ。そう言うと不安だろうけど、大丈夫。お二人には心強い味方がいるから」

ジークリッドがカルメンの肩を叩く。

「カルメンは幼少より各国を回って得た言語やマナー、人脈の多さから、我が国で外交官をして欲しいと頼まれていてね。試験を受けて合格したら、見習いから始めて貰う予定なんだよ」

テナ国では令嬢のマナー指南役等が貴族女性の唯一の働き場所と言っていい。どんなに能力があっても国に仕える役人にはなれないが、帝国は違った。周りも現場も厳しいが、余すとこなくカルメンの持つ能力を使える。

「私も友人二人がおりますと、とても心強いですわ。それにお二人がご自分を責めるのを見るのも嫌です。ですから、皇子殿下に頼まれずとも元々、お声がけするつもりでしたの。新しい土地で心機一転するのもよろしいかと。ぜひ考えてみて下さいませ」

二人が微笑み、先程までの思い詰めた様子が和らいだ。家族に相談してからと保留にはなったが、新しい将来を見据えて前向きに考え出した友人二人に、カルメンも安堵の笑みを浮かべた。




多少のゴタゴタがあったものの、恙無く卒業式のパーティーを終え、醜態を晒したアルトたち四人はマルキ伯爵の後釜としてセルス領を任せられた。

公爵位を賜るのが普通だが、アルトは伯爵位を賜り、領地経営をする事になる。一人では大変だからと不慣れなシュベルトたちも手伝うよう地方に追いやられた。領民はマルキ伯爵たちを敬愛しており、彼らは厳しい目で新たな領主を迎え、前の優秀な伯爵と比べてダメ出しし、四人の監視役に陳述した。彼らが再び登城を許されるのに、六年かかった。

その間にもジュナは帝国のラッタ伯爵と結婚し、帝国の商会を拠点に各国各地へと販路を拡大させ、大陸で三本の指に入る大商会へと発展させ、夫婦仲良く稼ぎ、慈善事業にも力を入れた。

オリヴィアは各王家から妃にと打診があったが、それを断り帝国の城で幼い皇女の話し相手兼マナー指南役を務めた。帝国貴族から求婚されたが、皇女の実兄である第二皇子に見初められ、皇太子妃のサポートをしながら他国からの使者や貴賓の接待をして、円満な関係を築く一助になる。

マリアは帝国のマズール学園で研究者兼教師になり、研究に没頭するあまり長らく独身を貫いたが、嘗ての教え子が彼女の研究所に入り、熱烈なアプローチに負けて結婚した。
尊敬する夫と時に論争し、時に共同で歴史を編纂しながら、後の歴史家たちの指針となる歴史書をまとめあげ、夫婦揃って後世に名を残すようになる。

一方、カルメンは華々しく活躍する三人に比べ、人々の間で大きく話題になる事は無かった。ジークリッドとの婚約中に若手外交官として城に仕官するものの、国内の人事の折衝をこなし、他国との交渉も補佐役で終わった。その内に公爵夫人となり、職を辞して公式な場以外ではあまり表舞台に出なくなる。

ただ、知る人は彼女の功績を知っていた。
重要な土地の貴族同士の争いや、大きな商会同士の利権争い、暴動を起こした国境の小競り合いや、忍び寄る軍国が様々な侵略戦を仕掛けられた時、見習い外交官や公爵夫人として、宰相を務める夫の憂いと火の粉を振り払う為に、影で多大なる貢献に尽力し、国内外で大きな問題になる前に密やかに事態を収束させた功労者である事を。

大きな争いや問題もなく、平和な帝国の日常で、宰相が雑事に頭を悩ませることなく、帝国の発展に尽くす事が出来たのは一重にカルメンの存在があったからこそ。
そんな公爵夫妻は、帝国でも知られた鴛鴦夫婦として有名で、カルメン公爵夫人は子育てをしながら、故国からやって来る四人の美麗な使者を毎回すげなく冷たく扱い、ボロクソに扱き下ろして取引をはね除けたと言われている。
「この極悪令嬢が!」と四人の貴公子たちに罵られたが、「今は夫人ですわ」と軽くあしらって追い返した話は有名で、喜劇にもなった。

こうして、婚約破棄された令嬢たちは、各々が勝手に未来に進んで、適度に幸せに暮らした。



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