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忘れられた神様の名前

作者:衣都悠歌

 それは夏休みを間近に控えた、雨がしとしとと降る蒸し暑い朝のことだった。

「ねぇ、あの商店街。もうすぐ潰れちゃうって知ってる?」
 通勤や通学のために電車にぎゅうぎゅうと大勢の人が押し込められた、狭苦しい車両の中。そんな声が隣から飛んできた。

「商店街……あぁ、学校から少し離れたとこにあるやつ? あれ、まだ営業してたほうが意外なんだけど」
「ははは。ほとんどシャッター閉まってるもんね。お年寄りたちが道楽でやってたらしいんだけど、今度大きめのショッピングセンターが建つとかで、完全に取り壊しが決まったらしいよ」
「へぇ……いい店が入るといいなぁ。あのブランド店とか」
「こんな田舎にそんなのありえないでしょ!」
「だよねー」

 他愛のない女子高生の噂話。彼女たちの話題はあっという間に次の休日の予定へと展開していった。
 それを図らずとも盗み聞ぎしてしまった私は、ただでさえ雨で沈んでいた気分が最低ラインまで急降下してしまった。
「あそこも……かな」
 頭の中に浮かんだのは、噂の商店街の奥にある小さな神社のことだった。



『○○商店街をご愛顧いただき誠にありがとうございます。当商店街は今月をもちまして閉鎖することに決定いたしました。つきましては――――』


 入口にある掲示板に貼られた、閉鎖のお知らせを告げる用紙は雨に濡れ、すでに悲惨な状態だった。だが、それで困る人間がいるかと言われれば、残念ながらいないだろう。
 国鉄にほど近いという中々優れた立地にあるにもかかわらず、この場所はいつも静かだった。
 かつて――私が生まれる数十年前であれば、多くの人が集う町の中心地点であっただろう。立ち並ぶ店舗の数がそれを物語っていた。
 今ではその店の三分の二以上、鉄の幕が下ろされている。わずかに残った店も人はおらず、おそらく裏で店仕舞の用意をしていることだろう。
 私はそんな無人に近い商店街をゆっくりと歩く。
 ここを知ったのは数か月前。高校に入学したのち、周辺を散歩していた時に偶然立ち寄ったのが切っ掛けだった。正直、そこまで思いれがあるわけではない。あるのは一つだけ。
 商店街を突っ切り、一本道路を挟んだ先にある大きめの森林。その中を少し入ったところにある大樹の影に、とても小さな神社が存在していた。
 長らく人の手が入っていないと一目でわかる、荒れ果てた鳥居に原型を辛うじて留めているだけの祠。
 私はずっと、この神社が気になっていた。もともと昔からファンタジー小説などを好んでいたのが転じて、こういった宗教やその土地固有の神様などには興味があった。だが、この神社に関してはただの興味を超える何かを感じていた。
 こういった場所に祀られているのは純粋な神様ではなく、悪霊や妖怪などの場合が多いので手を出すのは危険である――と、どこかで見た覚えがあったが、それでも好奇心を抑えきれずに何度も足を運んでいた。
 だがそれも……もうすぐできなくなってしまう。
 そう思うと、なんだかとても辛かった。いや、悲しいのかもしれない。

「…………そうだ。この神社の、神様の名前」

 知りたいと思った。残された時間はごくわずか。その間に何としても知らなければならない――そんな使命感を抱いた。



 学校の図書館は空振りだった。もともと近くにある、というだけなので期待はしていなかったためダメージはそんなになかった。
 だが。
「信じられない……」
 休日の朝早くから市立の公共図書館を訪れた私は、片っ端から本を持ってきて机の一画を占領しながら資料を読み進め、ついに呪詛めいた低い声で呟いた。
 この地区の歴史管理は一体何をしているのか。商店街の成立前後の記録がだいぶ怪しく、しかもあの神社の記述が不自然なほど無い。
「そんなに不味い神様を祀ってるの……? でもなら猶更伝えられていなければおかしいし……」
 悪しき神の怒りに触れるのは絶対に避けなければならない。だからこそ日本は昔からそういった方々を神社で手厚く祀り上げ、信仰してきた。忘れられた神様は妖怪へと成り下がってしまい、人々を祟らずにはいられないのだから。
「………………」
 そこまで考えて、胸が痛んだ。
 あそこにいらっしゃる神様は、どうして忘れられてしまったのだろうか。
 パラパラと資料のページをめくりながら、名も知らない神様の手がかりを探し続けた。



「あの、こんにちはー!」
 数日後、再び商店街を訪れた。
 資料あさりが空振りに終わってしまい、焦燥感が胸の中をぐるぐる回っている。
 残された手段はこの場所で聞き込みをすることぐらい。正直あまり期待していないが、しないわけにはいかない。少しばかり顔なじみになっている、老夫婦が経営する喫茶店に顔を出した。
「……あら、いらっしゃい」
 少しばかり暗い表情のまま微笑んだ老婆が小さく告げた。席をジェスチャーだけで案内して、裏へと戻っていく。注文は覚えられているのだろう。ほどなくしてアイスコーヒーが運ばれてきた。
「お爺さんは片付けですか?」
「ええ。あとちょっとだからね」
 そう、残されてた時間はあと少し。
 一口コーヒーを啜り、私は恐る恐る老婆に尋ねた。
「あの……この商店街の奥にある神社なんですけど、あそこってなんていう神社なんですか?」
 私の問いに老婆はぽかんとした表情で首を傾げた。何を言ってるのかわからない、と音もなく告げられたような錯覚を覚える。
「神社? ここにそんなものあったかしら」
「道路を挟んだ向こう側の、大きな木があるとこです」
「…………ごめんなさい、覚えがないわ」
 ズキン、と痛みが増した。やはり、と失望感が胸を締め付ける。
 ここの人たちはあの神社のことを知らないのだ。こんなにも近くにいる人々が知らないのなら、私のような部外者でなんの知識もない人間がわかるはずない。
 悔しくて、悔しくて……零れそうになった涙を必死に押し込み、ぐいっとコーヒーを飲み込んだ。いつもの数倍は苦くてとても辛かった。



 ざ、と雑草を踏みしめる。
 あれ以降も聞きこみを続けた結果、商店街周辺の住人たちも神社のことは知らなかった。ダメ元で市役所に行ってみようかとも思ったが、ただの学生でしかない私に教えてくれるとは思えず、やめた。もしかしたら、役所ですら把握していない、なんて現実を見せ付けられたくなかったからかもしれない。

 ――――今日で、この商店街は立ち入り禁止となる。

 近くには黄色い建設機械が待機している。明日には工事が始まるだろう。そして、あっという間にここを更地にして、大きくて便利なショッピングセンターがそのうち完成する。
 別にそれは悪いことじゃない。けれど、ここに神社があったことだけは、誰も知らないまま。それは、嫌だから。

 今にも倒れそうな鳥居の前で一礼し、初めて神社の中へ足を踏み入れた。
 本当は……少しだけ怖かった。霊感なんてこれっぽっちも持ってないけど、ここには何かいるような気がして。勝手に入って怒られるかも、なんて考えて、いつも林の入り口から覗くだけだった。
 でも、今日が最後なんだから。最後くらい挨拶しておきたかった。そして、謝りたかった。無力な私を許してほしい、と。
 祠の中は空っぽだった。ここには最初から誰も居なかったのかもしれない。それでも構わず、持ってきた五円玉をお供えし手を合わせる。
 願い事は、ひとつだけ。


 ――――あなたの名前を教えて下さい――――





 夜中、ふと目が覚めた。
 暑くて寝苦しかったわけでもない。夢見が悪かったわけでもない。何故か私はベットから身を起こしていた。
 そのまま何も考えずボーッとしていたら、聞き覚えのある音が暗闇に響いた。


 ぷるるるるる、ぷるるるる――


 電話が鳴っている。携帯ではない、家の固定電話だ。
 後になって思えば、非常識極まりないこんな時間帯に鳴るはずがないのに、その時の私はボーッとしたまま漠然と電話を取らなければ、と思った。
 目をこすりつつ部屋を出て、受話器へ手を伸ばす。緩慢な動作だったから鳴り始めて結構な時間が経っているにもかかわらず、家族が起きだす気配はなかった。

「はい、もしもし……」



 ざぁああああああああああ――――



 耳どころか頭までおかしくなりそうな音量のノイズ。普段なら反射的に耳を離していただろう。なのにこの時の私は、ノイズに混じった小さな音を聞き取ろうと逆にギュッと受話器を耳に押し付けた。


 ざぁあああああ――――! ざぁあああああ――――! ざざざざあああああああ――――!


 耳が痛い。頭がカチ割れそうだ。
 でも、聴かなくては。微かに聴こえる、ノイズの奥に隠された本当の声を。



 ざざあああああぁ――――ざあああああざあ――――――ざざ……ざ…………ざぁ――――――――――――――――ぶつん。



「……ありがとう」

 知らないうちに涙を流していた。



 翌朝、いつの間にかベットで眠っていた私は、普段の三倍早く用意をして家を出た。
 走って走って、息を切れ切れにさせながら走って、商店街前の電柱に手をついた。
 そこはすでに通行止めとなっていて、気怠そうな作業服を着た人たちが機械へ乗り込んでいくところだった。
 奥の森林を見る。いつもと変わらないように見える、鬱蒼と生い茂った木々があった。けれど、そこには昨日まで感じていた何かが決定的に欠けてしまっていた。
 きっと、あそこにはもう何も居ない。
 恩恵を与えるものも、怨嗟ゆえに祟るものも、何もかもいなくなってしまった抜け殻。誰も、居たことすら知らないまま消えてしまった。
 だから。

「…………忘れない、絶対」

 心のなかで繰り返す。ノイズの奥に聴こえた、最後の贈り物を。


 ――貴方はもういないけれど、私だけはこの名前をずっと覚えています。


 私は一礼をして、商店街から背を向けた。

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