挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

秘密箱

作者:馬耳東風
 2011年3月11日。世界は豹変してしまいました。
 恵みをもたらし、そこに暮らす人を大きく包み込み、優しく見つめていた海は、その瞬間に恐ろしい悪鬼の表情となり、獣の様な牙をむき出しにしました。横たわっていた体を起こし、大地に向かてすべてを薙ぎ払いながら向かっていきます。陸に到達した海は、どす黒い色に変色しながら、普段は決して歩みいれることのない領域にまで踏み込み、白い泡が鋭い爪や牙の様に大地に食い込み、あらゆるものを呑みこんでいきます。大地が、建物が、そして人が、凶暴で強大な力を解放した海に抗う術もなく呑みこまれていきました。恐怖が支配する時間が過ぎ、強大な力が去っていったその後は、人の文明、叡智などは無力な存在でしかないことをまざまざと見せつけ、果てしない絶望感を押しつけるような光景が残るのみでした。
 人類の文明を載せながら、その生活を足元で支えてきた大地は、その日、突如として手の平を返します。すべての人を、建物を、街を、森を、山を、川を揺さぶり、慌てふためく人々を弄んだのです。山を崩し、大地を割り、文明を壊し、人に恐怖を与える大地。普段、何も疑うことなく大地に寄り添っていた我々は、決してこの大地が温かく優しい存在ではなく、強大な力を持ちながら眠りについている大いなる生命体であることを改めて気づかされ、人の文明などどれだけ年月を重ねてもその前では無力だということを、多くの失われた命、財産を持って思い知らされることとなりました。
 一度壊れた世界は元には戻りません。あの日から、時間は途切れることなく続き、人は前に歩きだしています。しかし、その歩みは決してあの日以前には戻りません。あの日までの世界は崩れ去り、そこで終わったのです。我々がこれから歩んでいくのは、変わってしまった世界、予想していたものとは違う未来しかないのです。

 これらの出来事は皆さんにも、鮮明すぎるほどに脳裏に焼き付いている出来事かと思います。本当に痛ましい、そして、とてつもなく巨大な力が襲いかかった大災難でした。
 しかし、この大きな地震は、地球というマクロな視点に移しますと、天体の一部が身震いするように微動した、そんなスケールになります。つまり視点を変えると、あまりにも悲惨な大災害を引き起こした大地震、それがわずかなプレートの揺れと水面に浮かんだ波紋になるのです。決して、災害がちっぽけなことといているのではなく、地球がわずかに動いただけで、我々の世界はいとも簡単に崩壊し、変貌してしまうということの比喩に過ぎません。しかし、視点の転換で一つの事象がまるで別の表情を見せてくるのは、現実の所は事実であります。天から神の如く見下ろす目から見える波紋が、大地で暮らす我々の様な存在にとっては巨大な災害である様に、この未曽有の災害にはまだ別の視点が存在します。それは、人類にとって取るに足らないことであっても、この母なる地球の視点では一つのカタストロフィの始まりかもしれません。本日は、みなさんにそんな母なる地球の視点、神の視点から見えてくるお話をしましょう。

 この度の大津波は、言うまでもなく海で起こった自然災害です。これが我々の目に起こった巨大な現象です。では、この大津波は海で発生しましたが、我々は海での変化をすべて把握したのでしょうか。いいえ、それはできておりません。なぜなら、我々ははこの海の底、太陽光の侵入を一切許さない暗黒の世界での出来事を、理論上でこうであろうと体系づけることはできても、この目で確認することができません。有人の深海調査潜水艇がかなりの深度まで潜れるようになり、1万メートルぐらいまでは潜水が可能となりました。しかし、水深1万mで1平方㎝当り1tという高い水圧が潜水艇の構造を制限し、さらにかかるそこにかかるコストが生産数を制限します。また、暗黒の海底ではサーチライトが照らす狭い範囲でしか、この肉眼で海底世界を見渡すことができません。このような人知れない世界で何が起こったのでしょう。
 あの日に時計を合わせましょう。2011年3月11日。場所は日本の三陸沖、深さは2万4千キロメートルの海底。最初にお話ししたように、この地震をマクロな視点で俯瞰すると、太平洋プレートと北アメリカプレートの境界域です。あの日、太平洋プレートによって限界まで引きずり込まれたユーラシアプレートがものすごい勢いで反動で引き戻され、その際に起こった揺れや海に及ぼした水流が、地上に住む我々に大地震、大津波になった次第です。
 スケールの大きな話ではありますが、我々の乗った板が足元で予想外のずれを生じて、その上に乗っていた我々が転倒させられた、と言いましょうか。では、これほど大きな力を及ぼした火元の海底では、他にどんなことが起こったのでしょう。
 引きずり込まれたプレートが、それまで加えられた力を伴って持ちあがってくるのですから、海底でもとてつもない力が加わっています。地上でも地割れなどが起こるわけですから、海底でも地形の変動などを伴う凄まじい力が加わっていることは、想像に難くありません。地上で見られたように、あちこちで裂け目ができるでしょう。また、プレートの急激な動きによる地盤の隆起も起こりえます。
 地盤が上がると、当然地表は高くなります。そのことに我々は目を奪われがちですが、その側面に目をやると、様々なタイプの層が折り重なっている地層がむき出しになっていることがわかります。地層は、この地球の大容量記憶媒体であり、この地球で過ぎていった、またかつて現在だった時間の保管庫です。この地層からの発掘によって、我々は過去を知り、その歴史、出自、進化の過程、そして地球の歴史を知る手掛かりとなります。地層に眠るものは、過去の我々の歴史、そしてそこで眠る者にとって、われわれは未来の存在です。過去と未来が交錯し、現在を織りなすと言えましょう。
 そんな過去の記憶媒体は、もちろん海底にも存在しえます。むしろ、地上から見つかるものよりも、海底の地層に眠る過去の記憶の方が多いかもしれません。ただ、それは普段は暗闇と高い水圧によって厳重に警備され、我々の及ぶところではありません。しかし、もしも、あの地震が鍵となり、まるで複雑なからくりで守られた秘密箱を開ける様に、過去の記憶媒体に込められた情報が解き放たれたとしたら。
 あの日、大陸を乗せたプレートを揺らすほどの力が地球で発生しました。プレートの乗っているものに、その揺れは平等に降りかかります。地上を襲ったあの恐怖の揺れは海底でも起こります。誰も知らない海底にあの揺れが襲った時、奇跡と言いましょうか、災厄と言いましょうか、ある小さなことが起こりました。
 巨大な力で発生した振動は、海底にあった断層にも強烈な力を加えました。断層とは、大きな力が加わり地層や岩盤にずれが生じたものです。ですから、他の場所に比べると強度が落ちるので、大地震の際にはそこが一番大きい動きを見せ、元々あったずれがさらに進み、前後にずれたり、上下に隆起や陥没を見せることになります。
 地上であれだけの災害を起こしたのです。海底でも動きがありました。暗く冷たい海の底、激しい揺れが襲います。すると、ある個所で激しい砂埃が舞い、静寂の空間に激しい水流が起こりました。普段は沈黙の中で暮らしている深海魚にも、驚天動地の出来事です。長い混乱の後、ようやく静寂が訪れた時、海底のある個所にある変換が見られます。
 海底の砂の下に合った小さな断層が、下方から来るプレートの巨大な力によって押し上げられ、飛び出してきたのです。小さなと言っても、震源に近いだけ規模は地上とは違いますから、数キロに及ぶ長い隆起です。広大な海底に刻まれた、地球の小さなかすり傷。これがすべての始まりです。
 かすり傷から露出したのは、地球の歴史を記憶した何層もの地層。そこに生命や星の歴史が記録されています。しかし、それだけではありません。現代の地球環境からは想像もつかない、現代の常識も及ばないものがそこに秘められていました。本来なら、厚い地層の間、水圧と暗闇と冷温で厳重に保管されていたものが、長く強い揺れ、何度も繰り返される余震によって、まさに偶然としか言いようのない条件が重なって、厳重な封印を解き、ぱっくりと口を開いて眠らせ置くべきものを時はなってしまったのです。複雑な操作をしなければ開けることのできない秘密箱のからくりを解いて、中身を開け放つように。
 解き放たれた秘密箱から何が出てきたのか。よくは見えません。もっと目を凝らさないとそう、じっと眼を凝らして、小さなものも見逃さずに。そう、こんなに小さなものが暗く詰めた海底の床下に隠されていたのです。太古のウイルスです。
 聡明な方は、何を馬鹿なことをと仰るかもしれません。ウイルスは生物に取りつくことによって生きていけるのだと。そんな海底の地層の中で生きていけるはずがあるまいと。その通りです。ウイルスは単独では生きてはいけません。宿主の体が必要なものです。他の生物の細胞を利用して自己を複製し、自分は細胞を持たない、それがウイルスです。そんなウイルスがなぜ、海底の地中で生きていけましょう。それが、「現在」の我々の知識であり、常識が導く答えです。
 では、現在の尺度だけで、ウイルスを語れるのか。否です。一つの例として、氷河からの発見があります。氷河の深い部分から採取できる氷の中には、あらゆるものが冷凍保存されています。アメリカオハイオ州の大学では、氷河から採取された氷の中から古代のウイルスが発見されています。そのウイルスは氷の中で冬眠状態にあると言います。ウイルスが生きていける環境について、こうであると断定できる要素がどこにありましょう。我々が知っているのは現代のウイルスのみ。古代のウイルスの形質については知る由もありません。それに、ウイルスは想像もつかない速さで変異もします。そして、変異の方向も予測ができません。ですから、海底の想像を絶する環境で休眠状態にあり、覚醒する環境を待ち続けるウイルスが存在しないと、それでも断言できますか。
 海底の地中から解放された古代のウイルス。しかし、これだけでは彼らに待つのは死滅です。宿主となる他の生物の細胞が必要です。こんな深海にどんな生き物がいるでしょうか。
 例えば深海魚です。発見される深海魚は7000m以上深いところでも発見されていることから、過酷な深海でも深海魚はかなり適応して生きています。ウイルスにとっては願ってもない生存への脱出口です。生物の細胞に接触することで、ウイルスは覚醒し、増殖を始めていきます。ウイルスと言っても、すぐに死に至らしめるわけではありません。ウイルスがもたらす細胞の変化と、生物のとの相性が悪くな限り、悪影響という形では発現しません。こうして、ウイルスは増殖し、他の深海魚などに感染しながら、勢力を広げていきます。
 接触、侵入、そして増殖。これらを繰り返しながら、深海魚たちの体はウイルスのプラントとなり、深海はウイルスであふれていきます。そして、その勢力圏をより上の深度へと上げていきます。新たな生物に出会ったウイルスは、そこでも繁栄するために変異を起こし、姿を性質を変えて、新たな増殖の段階に入っていきます。その様子は、熟成される酒のようにも見えます。酒は、酒樽という空間で酵母の力を借りながらゆっくりと液体は酒へと姿を変えていきます。ウイルスもまた、深海という空間で深海魚たちの体を利用し、さらなる変異を続けていくのですから。
 古代から時間が止まったまま保存されたウイルスが、一体どのような変異を遂げ、どのような形質を獲得していくのかは想像もつきません。地上のウイルスは、わずかな期間に変異を繰り返し、それを積み重ねながら生物の進化や免疫機構に適応してきました。太古のまま時間が止まってしまったウイルスとは、たとえルーツが一緒でも、もはやかけ離れてしまった存在です。そんな太古のウイルスは、再び時間の流れの中に戻り変異を開始した時、彼らが目指す流れの方向は地上の者たちとは全く違った流れを形成していきます。
 数を増やし、変異を繰り返すウイルス。彼らは更なる増殖を目指し、出口を求めて深度をあげて他の種類の生物たちに感染していきます。深度を上げるごとに生物相は多種多様なものに変化していきます。ウイルスにとっては、また新たな形質の獲得の道が広がります。深度が上がれば、そこに生息する生物の数も種類も増えて行きます。増殖の上限は上がり、変異のバリエーションはさらに広がります。目覚めたときとは、もはやその面影を残さないほどに変化し、莫大な数に膨れ上がった未知のウイルス。今やこの海域全体が、未知のウイルスのプラントと化しました。
 次第に深度をあげ、その姿や形質を変えて行き、海面に近づいてきます。海上に到達し、新たな生物に出会うのは避けられないでしょう。それは海の恵みを享受する我々人類にとっても、決して無関係ではありません。むしろ、地上に至る環境にも適応して繁殖できる人類は、ウイルスにとっては自己の進化と増殖にとっては、またとない生物です。
 長い年月の末、海面近くの生物に広く分布したウイルス。そのウイルスに感染した魚が漁船によって引き上げられる日。人類と、古代のままストップした時間から解き放たれたウイルスのファーストコンタクトの時です。すぐに、ウイルスの影響があるわけではありません。やがて、重ねた変異が人類に影響を及ぼし、爆発的な感染を引き越す日が来る感しれません。単なる風邪で終われば、事は簡単です。しかし、気の遠くなるような年月を経て解放されたウイルスに、人類の体は無防備です。しかも、冷たい暗黒の海底という人類の想像も及ばない極限の環境で変異を重ねてきたウイルスです。どのような猛威をふるうとも予想できません。
 20世紀初頭に大流行したスペイン風邪、世界中に猛威をふるった致死率の高い天然痘、アステカ文明を滅ぼした伝説のココリツリ……。ウイルスの変異に人類は常に後手を踏み、未知のウイルスに対しては極めて無力な存在です。地上に放たれたウイルスが、人類と共存可能なものか、殺戮をもたらす死神となるか、一体どちらの存在になるのかは人知の及ばない域にある問題です。

 2011年3月11日。我々を地震や津波という巨大な力が襲いました。そして同じ日に、暗い海底の奥底で、地球が抱えた秘密箱から小さな小さなウイルスが解き放たれました。大地震に勝るとも劣らない大きな脅威、そして恐怖。地球からの小さな贈り物は、姿や性質を変えながら我々の下にいつか届けられるでしょう。

 とは言うものの、そんなに心配なさらずに。危害を加えるウイルスとは誰も断言していませんし、贈り物が届くのは、遥か遠い未来かもしれません。その時に、人類が生きているかも誰にもわかりませんし。死のウイルスの到来、それはただ「ゼロ」ではない確率の中の話ですから。どうですか、安心できましたか。
 それではごきげんよう。
空想科学祭2011

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ