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第96話:つかの間の平穏

 都市カマー冒険者ギルド大倉庫、ここは冒険者から買い取った魔物の素材、宝石、貴重な草花、装飾品等を管理する為の場所だ。

 大倉庫内では、慌ただしく動き回る受付嬢達が、所狭しと並べられていた品を依頼主へ送る為に梱包作業を進めていた。


「ひぃっひぃっ……毎度のことながら、この作業が地味にきついわ」


「レベッカ、泣き言を言うのを止めなさい」


 エッダの叱責にレベッカがはぁ~いと気の抜けた返事をする。いつものレベッカとエッダのやり取りであるが、扱っている物は然るべき所で売れば、数年は働かずに済むほどの物だ。

 庶民からすれば信じられないほど高額な商品を扱っているだけに、職員が横領をしないのか? とよく庶民の間で挙がる話題の1つであるが、冒険者ギルドにかかわらず、ギルドで働く職員のほとんどは契約魔法によって行動を縛られている。奴隷が付けている奴隷の首輪も契約魔法を込められた物だ。勿論ギルド職員の行動を縛っている契約魔法は、奴隷の首輪ほど強力なものではない。それ故に抜け道はある。


 モーフィスはある(・・)冒険者が持ち込んだ素材や宝石類の山を眺めていた。


「おじ――ギルド長どうかしました?」


「エッダ、今儂のことを年寄り扱いしようとせんかったか? まぁいい。

 これを見るがいい。ユウ達が迷宮から持ち帰った物だ」


 エッダはモーフィスに促され机の上に並べられた品々を見ていく。

 霊木の枝、ユルーテスの草、月の雫、ドルボラの根などの植物から、ランク4~5の魔物達の素材にエメラルドやルビーの宝石類。

 机の上に並べられている品は高価な物で埋め尽くされていたが、特に月の雫とドルボラの根は薬剤の材料で、都市カマー周辺では入手することができない貴重な物だった。

 この中に魔玉がないことに気付くエッダだが、冒険者の中には冒険者ギルドではなく、商人ギルドや錬金術ギルドに売却する者も少なからず居るので、そこまで気にはならなかった。


「ユウちゃんの持ち込んだ物ですね。Bランク冒険者が持ち込んだ物と言われても納得する品々ですわ」


「その呼び名じゃが、自分の歳を考えんか。気持ち悪いぞ」


「うふふ、ご自分の方が気持ちの悪い頭をしているのにご冗談を」


 エッダの毒舌に、モーフィスの頭からはらりと数本髪の毛が抜け落ちる。


「ぐはっ……い、今は儂の髪のことはどうでもいい。

 流石にこれだけの品物を一度に市場へ流せば、王都までユウの名は広まってしまうじゃろう」


「あら、それの何がいけないんですか? 冒険者であれば有名になることは、誰もが望むことですわ」


「引き抜きや良からぬことを考える輩が動き出すじゃろう。実際にカマーでも何人かの貴族が動いておる。最悪なのはウードン王国以外の国が動き出すことじゃな」


「ではどうします?」


「儂が一旦買取、少しずつ市場へ物を流す。物によっては依頼主へ渡す必要があるがの」


 モーフィスも昔は冒険者。蓄えはあったがユウの持ち込んだ物を全て買取るのは、流石にモーフィスといえど懐に大打撃を受けることになるだろう。それでもモーフィスは買取る必要があった。万が一、ユウが他国へでも引き抜きされれば……それを考えるだけでモーフィスは気が気ではなかった。


「ところでギルド長、首から下げている瓶はなんですか?」


 目ざとくエッダはモーフィスが首から下げている瓶を見付ける。モーフィスは態とかと思われるほど大袈裟に動揺する。


「こ、これは……ある植物の汁を濃縮した物じゃ。いや、儂も製法は知らんのじゃ。本当じゃぞ!」


 モーフィスの動揺にエッダの目が細くなる。何かあると女の――いや、長年モーフィスをいびり続けたエッダの勘が訴えかける。


「どのような効能があるんです?」


「し……成長…………じゃ」


「あ? 聞こえませんわ」


 エッダの威圧にモーフィスの顔から滝のような汗が滴り落ちる。


「し、植物の成長を……促す効果がある汁を濃縮した物じゃ」


「あはん? まさか、それは、ユウちゃんから貰った物でしょうか? もし、万が一、ありえないと思いますが、冒険者ギルドのギルド長が賄賂なんて受け取っていたとしたら、私はどうすればいいんでしょうね」


 エッダの冷笑に他の受付嬢達が適当な理由で大倉庫から出て行く。モーフィスも大事な用事を思い出したと椅子から立ち上がろうとするが、エッダがモーフィスの肩に優しく手を載せ、立ち上がることを許さない。


「わ、賄賂ではない。取引じゃ……そう! 儂はユウの情報を不必要に流出しないようにする。その代わりユウは儂に毛……げふんっ植物の成長を促す液体を定期的に提供する。何の問題もないっ! 何の問題もないんじゃっ! では儂は大事な用事を思い出したので失礼する」


 慌てて立ち上がろうとするモーフィスだったが、椅子からは1cmも腰を浮かすことができなかった。何故なら、モーフィスの肩に置かれていたエッダの手が、凄まじい力でモーフィスを押さえつけていたからだ。


「爺……」


「ゆ、ゆるちて」


 可愛く懇願するモーフィスを見るエッダの目は氷のようだった……




 都市カマーの郊外、西門を抜けて進めば見える屋敷。以前ムッスが所有していた頃は、庭師が管理していたので草木は綺麗に整えられていたが、今では当時の面影は見る影もなかった。

 元々、ユウが大森林や迷宮で採集した植物を持ち帰って育てていたのだが、朝早くから来た居候の影響で植物は良い意味で異常繁殖していた。

 薬草や魔力草は繁殖させるのは非常に難しいにもかかわらず、今では屋敷を囲う塀にまでびっしりと葉を生い茂らせていた。異常繁殖の原因はだらしのない笑みを浮かべていた。


「ユウさんの髪の毛はサラサラですね」


 ドライアードに髪を撫でられながらユウは読書をしていた。

 妖樹園の迷宮から引っ越して来たドライアードは、屋敷の庭に根を生やし、その影響で庭に植えていた植物が異常繁殖していた。


 ユウはドライアードの木を背に読書をしていたが、周りは騒がしかった。

 ドライアードは何か気付く度にユウに話し掛け、ピクシー達はブラックウルフの背に乗り遊ぶ者や舐められて涎塗れになる者、ユウに集まって来る精霊を追い返す者など。


 大人しくユウの肩で読めない本を眺めるモモや、ユウの膝を枕に昼寝しているニーナ、片目を開けて騒がしいピクシー達を眺めるコロは、煩そうに耳を伏せる。スッケの背には寝そべって読書をしていたレナからは小さな寝息が聞こえてくるので、フワフワのスッケの毛触りに勝てなかったのだろう。今はスッケの毛に埋もれて姿が見えなくなっている。マリファはユウの側で待機しており、ユウが喉が乾いたと思う瞬間に絶妙のタイミングで紅茶を淹れて出す。


「こ、この~蜂のくせにあ、あたしにケンカ売ろうって言うの? ちょ、やめてよ~人族、助けなさいよ! 助けて~」


「あはは、この狼の毛艶々だ~」


 ジャイアントビーに追い掛け回されたピクシーがユウの胸元に潜り込む。


 偶にはこういった日常も悪くないなっと、ユウはマリファの淹れてくれた紅茶を飲みながら思う。

 

 







「明日決行だ。ムッスは今日の昼には王都へ向かうだろう。子飼いの冒険者や傭兵も一緒に連れて行くだろう。カマーの高位冒険者達も指名依頼で遠征中だ」


 薄暗い部屋の中、聖ジャーダルク諜報員リーダー格の男の言葉に、周りの男達の表情が引き締まる。唯一人を除いて。


「ひっひ、やっとかよ。俺は我慢できずにお前等を皆殺しにするところだったぜ。

 あ~早く殺してぇな。女、子供、年寄りもいいな。無抵抗な奴を殺すと、すっとするんだよな。

 今回は我慢した分、収まらねぇぞ……ナムバの村で殺した記録を塗り替えてやるぞ。ナムバじゃ139人まで数えてんだけどよ、興奮し過ぎて途中から数えるの忘れちまったんだよな。笑うよな?」


 狂気を孕んだチー・ドゥの笑みに、都市カマーは唯では済まないと男達の頭を過る。

 ナムバの村、聖ジャーダルクの領内にあった(・・・)500人ほどの村だったが、イリガミット教ではなく、名も知らぬ神を信仰していた。イリガミット教へ改宗するよう派遣されたのがチー・ドゥだった。

 結果は――悲惨なものになった。

 改宗を拒むナムバ村の者達をチー・ドゥは皆殺しにした。文字通り皆殺し。子供だけはと助けを懇願する母親の前で子供を、妻子だけはと訴える夫の前で妻子を、自分達は殺されてもいいから他の者はと土下座する老人達を、チー・ドゥは皆殺しにした。

 やり過ぎたチー・ドゥは聖騎士団師団連隊長を剥奪されるが、本人は何とも思っていなかった。寧ろ動きやすくなったとすら思っていた。

 

 フォレストパンサーを背に眠るチー・ドゥは、明日のことを考えるだけで自然と笑みが浮かぶのを止められなかった。

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