第93話:権能のリーフ壊滅
ニーナ達は37層から逆走し、現在は22層を疾走していた。
飛び出したユウをニーナ達が追跡するのは思いのほか簡単だった。何故なら目印のように魔物の死骸が横たわっていた。おそらくユウに襲い掛かった魔物が返り討ちにあったのだろう。
立ち塞がる魔物を皆殺しにしながら進んでいるのにもかかわらず、ユウの後ろ姿すら捉えられないことにニーナは焦っていた。
「マリちゃんっ急ぐよ」
「はいっ!」
「おいっ! あのガキも生きて捕まえろ!」
カロンの言葉に、権能のリーフ団員達は信じられないという表情でカロンを見る。
8名の仲間がたった1人に殺された上に、こちらは傷一つ付けることができていない。
「カロンさん、あのガキを生け捕りになんて無茶な話ですよ。
ガキを殺してドライアードを生け捕りでいいじゃないですか」
周りの男達が無言で頷くが、カロンはそれを許さない。
「お前達には詳しく言っていなかったな。
バリューさんからはドライアードの捕獲以外にも依頼があってな。それがユウ・サトウっていう名のガキを拐う、だ。
俺も最初はなんでガキなんか拐うのか疑問だったんだが、あのガキ……錬金術のそれもとんでもない秘密を知っているそうだ。
ドライアードとあのガキを捕獲すれば、バリューさんは俺を貴族にしてくれるって約束までしてくれたんだ。勿論、お前等も爵位はないが貴族に俺がしてやるっ!」
カロンの言葉に権能のリーフ団員達に厭らしい笑みが広がっていく。口々に貴族になれるのか、俺はやるぞっと気勢が高まっていく。
「なーに、何もお前等に無駄に死ねって言ってるわけじゃねぇ。俺のとっておきの対人魔法で弱らせるから弱ったところを捕まえればいい」
カロンには勝算があった。
ユウは天網恢恢を蜘蛛の巣状に広げ、引っ掛かった者に魔法を叩き込んでいる一方で瀕死のピクシーと魔力の糸を接続し、そこから回復魔法を注ぎ込んでいた。身体の小さなピクシーだが数が多く、現在のユウは見た目ほど余裕はなかった。
ユウに余裕がないことにカロンは気付いており、ピクシー達が完全に回復する前に決着を付けるつもりだった。
「よしっ! 今から俺が魔法を放つから、その後にお前等が突っ込めっ」
カロンの命令に権能のリーフ団員達は勢い良く返事をし、各々武器を握る手に力が篭もる。
一方でカロンも魔法の準備を開始する。カロンのとっておきとは精霊魔法第5位階『アイアンミキサー』、土の精霊の力で鉄の刃を具現化し対象を包みこむと、高速回転する鉄の刃が対象を粉砕する凶悪な魔法。勿論威力をコントロールし、死なない程度にするのをカロンは忘れない。
「カロンさん、まだか?」
「うるせえっもう少しだ!」
カロンはパッシブスキルに無詠唱を持っており、団員に説明しながら魔法の準備を進めていたが、おかしなことに土の精霊の集まりが悪かった。
(どういうことだ? 精霊が……土の精霊が普段の半分も集まりやがらねぇ!)
予想外のことに焦るカロンは精霊魔法第5位階『アイアンミキサー』を未完成のまま放ってしまう。
「よっしゃっ今だ! 突っ込むぞ」
権能のリーフ団員達が気勢を発しながら突っ込んで行く。
カロンの放ったアイアンミキサーをユウは躱すわけには行かなかった。後ろには未だ瀕死のピクシー達とドライアードが居たからだ。
鉄の刃が幾重も重なり合いユウを包み込む。ドライアードとピクシーが叫ぶが回転し始める刃の勢いは止まらない。高速回転する刃と刃が接触し火花を周辺に撒き散らす。
(いつもより回転速度も遅い。威力も3分の1もねぇぞ)
興奮して叫ぶ権能のリーフ団員達とは裏腹に、カロンからは余裕が無くなっていく。
高速回転する鉄の刃の速度が徐々に遅くなり、精霊魔法で具現化していた鉄の刃が消えていく。権能のリーフ団員達は全身をズタボロになったユウが現れるのを期待していたが、中から現れたユウは魔法の盾で頭に乗っているピクシーを庇い、全身に傷を負っているものの五体満足の状態だった。
「どうなってんだ……あのガキピンピンしてるぞ」
「せ……石壁、いや鉄壁だっあのガキ盾技の『鉄壁』で防ぎやがったんだ!」
「馬鹿かっ! カロンさんの『アイアンミキサー』は第5位階の精霊魔法だぞ! 鉄壁で防げるかっ!」
「現に防いでるじゃねぇかっ!」
動揺が広がる権能のリーフ団員達にカロンが叫ぶ。
「慌てるな! ピクシーを狙え! あのガキはピクシーを守ってる」
「そ、そうだ。捕まえたピクシーを盾にすればいいんだ」
カロンは命令を出しつつ、古参の団員だけが分かるハンドサインを出す。捕まえたピクシー達の籠へ向かう者と、ユウが守るピクシー達へ遠距離攻撃を繰り出す者が居る中で、古参団員達が気付かれないようにカロンの元へと集まる。
「カロン、どうしたんだ?」
「仕切り直しだ。一旦退却してバリューさんに増援を依頼する」
「ドライアードは諦めるのか?」
「命あっての物種だ。あのガキ、傷付いたピクシーをありえない速さで治してやがる。ピクシー達が治ったらどうなるかは言わなくてもお前等なら分かるな?」
カロンが古参の団員達へ状況を説明している間にも、ピクシーの入った籠へ向かった者は、地面から放たれたアースランスに貫かれ絶命し、遠距離からの攻撃もユウの結界が防いでいた。
「あれを見ても俺の言うことが信じられないか?」
カロンの言葉に反論する者は居なくなっていた。
カロン達はゆっくりだがユウから距離を取り始めながら、攻撃を続ける団員達には前進を命じた。
「何なんだよっ! この化物が!」
ジリ貧に耐えられなくなった男の1人が剣を振り被りユウへと襲い掛かるが、剣技『柳』で受け流しすれ違いざまに首を刎ねる。
残された団員達は混乱し、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「逃すわけないだろう」
逃げ惑う権能のリーフ団員達に対して、ユウは剣技『剛一閃』を放つ。真横に放たれた剣閃が権能のリーフ団員達を通りすぎて行く。
「何だ? 今、何か通り過ぎ――ひっお、俺の腹がっ」
権能のリーフ団員達の腰回りに線が走る。その線に触れると線を境に上半身と下半身がずれ落ちていく。慌てて傷を押さえるもズレていく上半身と下半身を止めることは叶わず、男達の身体が二つへと別れ絶命。その数13名。
カロンと古参の団員達は死んだ団員達を見向きもせずに、入り口へと既に移動していた。
「残った奴も皆殺しだ」
ユウは逃げるカロンを追い掛けようとしたが、その時視界にピクシー達が入ってしまった。ユウの回復魔法で傷は塞がっているが、四肢を欠損した者、まだ襲撃のショックから立ち直らぬ者。そんなピクシー達の瞳をユウは見てしまった。
「ねぇ。あいつ等、追い掛けなくていいの?」
「あんな奴等、本当は私達だけでも余裕だったんだからね! ……でも皆を助けてくれたことは感謝してるわ」
「あいつ等、なんか偉い人間の部下なんでしょ? あなたは大丈夫なの?」
元気になったピクシー達が、ユウの頭の周りを飛び回って鬱陶しいことこの上なかった。
ユウは結局カロン達を追い掛けずにピクシー達の治療を優先した。それが非常に不味いことも理解していた。理解していたのにどうしてそのような行動を取ったかは、ユウ自身にも分からなかった。
「ユ゛ユゥざん、ありがどうございまず」
ドライアードが涙と鼻水塗れの顔でユウを抱き締める。
「汚っ取り敢えず鼻水を拭けよ」
ユウの頭に乗っているピクシーが顔をムッとさせると、ユウに抱きついているドライアードの頭をユウから離すべく押すが効果なし。その様子を周りのピクシー達がさも面白そうに笑う。
「お前達、これからどうするんだ?」
ドライアードとピクシー達の秘密の花園は、今は見るも無残な姿に変わり果てている。
「どうするって言われても」
ドライアードが困った顔で周囲を見渡す。
「なんだったら俺がもっと下層に連れて行ってもいいぞ」
「ばかっ私達がそんな下層行っても他の魔物達にやられちゃうわよ!」
ピクシー達がそうよそうよとユウに群がる。
「何処かあてはあるのか?」
ユウの言葉にドライアードとピクシー達はムフフと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「ありますよ。多分、この辺りで一番安全な場所です!」
気弱なドライアードが自信を持って答える。周りのピクシー達も背中を反り返して頷く。
「そうか。そりゃよかったな。もう人間に見つかるような場所に住むなよ」
ユウは振り返らず手を上げて挨拶し、出口へと向かって行く。
「よ~し。皆、引っ越しするわよ」
「お~!」
ドライアードの言葉にピクシー達が元気よく返事する。
ユウは気付いていなかったが、ユウの頭には人見知りのピクシーが乗ったままだった。ドライアードとピクシー達は念話によって繋がっている。そして多少離れていても相手の位置がわかる。