第８２話：妖樹園の迷宮②
「ちょっちょっと待ちなさいよ～」
「普通、私達みたいなかわいいピクシーが歓迎したら、人族は大喜びするでしょうがっ」
「信じられないっ私のピクシーとしての誇りに傷がついたわ」
「この子、良い匂いがするよ～」
「髪の毛が黒色なんて珍しいよね」
現在、ユウはピクシー達に囲まれて説教されていた。
ユウがそっと扉を閉めて帰ろうとしたが、後ろから追いかけて来たピクシー達が、ユウの髪や服を引っ張って部屋まで連れ戻したのだった。
ピクシー達はユウを木の根本まで連れ戻すと、好き勝手に喋り始めた。肩に乗って話す者、太股に寝転ぶ者、木の後ろから恐る恐るこちらの様子を窺う者。
「ごめんなさいっ！ この子達も悪気はないんですが、久し振りの人族を見て興奮してるんです」
「ちょっと、この子はドライアードなのに人族が好きでドライアードから仲間外れにされて、今は１人ぼっちなんだからひどいことしたら許さないわよ！」
「うっ……本当のことだけどひどいよ」
マシンガンのように次々と話し続けるピクシーの剣幕に、ユウは口も挟めずにずっと黙ったままでいることにした。
「ユウ～大丈夫っ。わぁ！ 妖精だぁ。初めて見た。かわいい」
「……私より小さい。かわいい」
「私の住んでいた森ではピクシーはよく見ましたので、珍しくもありませんね」
部屋に入って来たニーナ達が、初めて見るピクシーに目を輝かせて近付いて来ると、ピクシーの頭を撫でたり頬をツンツンしたり思い思いに可愛がる。
ニーナとレナの態度に満足したのか、ピクシー達はユウを見るとどうだと言わんばかりに胸を張った。
「若干１名、生意気なダークエルフが居るみたいだけど、これが普通のピクシーに対する人族の態度なのよ！」
「そうよそうよっあなたの態度が私達の誇りをどれだけ傷つけたか――あっ！ し、信じらんない！ この子、目を瞑って寝てるわよ！」
ユウは寝てたのではなく煩いピクシーを無視する為に目を瞑っていたのだが、その態度が更にピクシー達を怒らせていた。
「俺も何回かピクシーを見たことはあるが、こんなに人懐っこいピクシーは初めて見たな。それに人の前に姿を現すドライアードもな」
「だな、ドライアードは木を傷づげる人間を嫌っでいるがら、めっだに姿を現ざないがらな」
ニーナ達に褒められて少しは気が済んだのか、ピクシー達はニーナの胸の上やコロやスッケの頭や背に乗って寛いでいる。
ドライアードもその様子に安心したのか笑顔が戻る。
「これ樹液です。よかったらどうぞ」
ドライアードの手のひらには樹液がこれでもかと満たされていた。差し出された樹液を見つめるニーナ達。ドライアードは満面の笑みを浮かべて期待の眼差しを向けてくるだけに、無下にはできないのでどうしたものかと考えていると、ピクシー達もニーナ達の反応を期待の目で見る。
「その子の樹液はパラビートルや麻毒蛾にも大人気なんだよ」
そら虫には大人気だろうとユウが心の中でツッコミつつ、ドライアードを見るとユウが樹液を欲しがっていると勘違いしたのか、どうぞと手を差し出す。
「気持ちは嬉しいが人間は樹液を好んで食べない」
ユウの言葉にドライアードはシュンと落ち込み、ピクシー達からはなんてひどい人族と罵倒される。
耳元で騒ぐピクシー達を無視しながら、ユウはアイテムポーチからルビーストロベリーで作ったジャムを取り出すと、スプーンでジャムを掬ってドライアードの口元へ持って行く。
「え、食べていいんですか？」
「人間はこういった物を食べる」
ドライアードは目を瞑りジャムを恐る恐る口に入れると、次の瞬間に目を見開き表情を輝かせるとユウに抱きつく。
「おいしいっこれすごくおいしいです！」
「え～樹液よりおいしいなんて嘘よ！」
ピクシー達が騒ぎ出すがユウは無視してドライアードを引き離そうとするが、ドライアードは興奮しているのか結構な力で抱きついていた。ドサクサに紛れてニーナとレナも抱きつこうとするが、マリファが全力で阻止していた。
ドライアードの木の後ろから、こちらの様子を窺っているピクシーが好奇心と不安の間で迷っていたが、ユウがジャムを掬って差し出すとルビーストロベリーに齧り付く。全身に電撃でも走ったかのように震えると再度、ジャムの瓶に顔を突っ込み顔がジャム塗れになる。
その様子を見ていたピクシー達がお互いに顔を見合わせて頷くと、一斉にユウの手にあるジャム瓶目掛けて突っ込んで来た。
「なにこれ！ お、おいしすぎる」
「ちょっと、あなた食べ過ぎよ。あ、あ、甘いあぁぁぁぁん」
「人族のくせに生意気っでも止まらないやめられない」
あっという間に瓶の中のジャムは食べ尽くされて空っぽになる。
「ふん。さっきの生意気な態度は許してあげるわ」
ピクシーが腕を組み背を反らしながら言い放つが、顔がジャム塗れなので威厳がまったくない。ニーナ達から笑みが溢れる。
ユウの頭の上には、木の後ろに隠れていた大人しいピクシーが髪を掴んで座り込んでいる。
「人族の食べ物はこんなにもおいしいんですね」
「ここにはよく人間が来るのか？」
「たまに迷い込んで来るんで、出口まではこの子達に案内してもらってます」
「えっへん！ あなた達、道に迷った時は私が案内してあげるわ」
十分な休憩を取れたのでユウ達が装備を付け直すと、それを見たドライアードが慌てて呼び止める。
「ま、待って下さい。もう少しゆっくりしていって下さい。それにこの先はすっごく恐いトレントが居るんですよ」
「確かにこの子の言う通り。この先の部屋にはおじじのトレントが居るわね。すっごく強いから戻った方がいいわよ」
「年老いたトレント……エルダートレントか！ ランク５の魔物だぞ。年老いたトレントは魔法も使ってくるし強敵だな。当然、名持ちだろうし……」
ラリットが進むべきか悩んでいるが、ユウ達は進む気満々で装備を付け直す。レナは杖を握り締めてブンブン振り回している。ピクシーと戯れていたコロとスッケも立ち上がり、マリファの側に控えていた。
「本当に行っちゃうんですか？」
ドライアードの眉がハの字に下がり庇護欲を唆る。ピクシー達も止めときなさいと顔の周りをブンブン飛び回るが、ユウは気にせず出口へと進んで行く。
「あ、あ、あのまた来て下さい。私、待ってます」
「次来る時はさっきのジャムってやつを山ほど持って来なさいよね」
「私は他の食べ物でもいいよ～」
ニーナ達はずっとこちらを見つめるドライアードとピクシー達に手を振って扉を通り過ぎる。エッカルトの頭にはピクシー達が挿した花が刺さったままだ。
「おい、いい加減降りろ」
ユウの頭の上には一番大人しいピクシーが乗ったままだったが、名残惜しそうに頭から飛び立つ。
「またな」
ユウが去り際に小さな声で呟く。だがドライアード、ピクシー達にはその声は届いており、満面の笑みを浮かべてユウ達を見送った。
