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第79話:ピンキリ

「おい……おいっ……なんか言えよ」


 ユウは苛ついていた。その理由は――


「用がないなら俺の横を歩くな。その顔見てると苛つくんだよ」


 ユウの横をジョゼフが歩いている。普段のジョゼフであればくだらない話を延々とするのだが、今日のジョゼフは何も喋らず下唇を突き出して、何やら考え込んでいた。

 朝食を食べてからずっとこの調子で、さすがにユウも苛つきを隠せず態度が横柄になっていく。

 ユウに何を言われても当のジョゼフは、どこ吹く風で視点の定まらないまま、ユウの横を歩き続けていた。


「め、めんどくせぇ」


「どうすればいいんだ……」


「知らねぇよっ」


「だ、旦那っ取りあえずこっちを手伝って欲しいな~なんて」


「なんで?」


「なんでって……この状況を見て下さいよ」


 

 ユウ達から十数メートル離れた場所から、ジョゼフに助けを求めたラリットの頭上を、巨大な物体が轟音と共に通り抜けて行く。


「あっぶね! エッカルト、しっかり防げよ!」


「むり゛、言わないでほじいんだな。これだけの数を『挑発』であづめるのは、難じいじ出来でもオデが死ぬんだな」 

 

 ユウとジョゼフは散歩の如く歩いていたが、ラリット達は魔物に囲まれていた。

 魔物の姿は見る者によっては、魔物とは気付かないかもしれない。

 何故ならラリット達が戦っていた魔物は、全長4~5メートルはある樹、トレントだったからだ。身長2メートル50センチのエッカルトが子供に見える巨体だ。

 今もその巨体を活かしてエッカルトの頭上へ枝を振り下ろす。エッカルトは盾で受け止めるが足が地面にめり込む。




「モーランっ私が惹き付けておくから枝を切り落として! メメットは火系統以外の攻撃魔法でお願いっ!」


「任せなっ」


「わかった。重ね合せるは水の層、重なり合うは刃、鋭き水の刃となり我が敵を――」


 アプリがスキル『挑発』で敵意を惹き付け、モーランが切り込み、メメットが止めを刺す。いつもの必勝パターンに入る。

 トレントの攻撃をアプリが受け流し、その隙を突いてモーランが枝を切り落として行く。メメットの黒魔法第2位階『ウォーターソード』が完成するタイミングで、モーランがトレントから距離を取ると同時に水の刃がトレントを切断する。


「へへっあたし達の手に掛かればこんなもんだな。それよりあっちは大丈夫なのかい」


 モーランがシャム達の方を見ると、5体のトレントに囲まれておりシャムが孤軍奮闘していた。


「しっかりしろ!トレントの巨体と膂力は脅威だが、落ち着けば苦戦する相手ではない」


「くそっあんな女子供でも倒せているんだっ! ドッグ行くぞ!」


「わ、わかった」


 シャムはトレントの攻撃を躱しながら、得意の魔法剣で斬りつける。炎を纏った剣で斬られたトレントは奇っ怪な声で鳴くと、巨体を振り回す。

 トレントの振り回す枝がドッグに直撃すると、まるで石ころを放り投げるかの如く吹っ飛んでいく。


「げふっ……」


「ドッグっ!」


 内臓を損傷したのか、ドッグは吐血し地面に赤い染みを作る。

 ドッグの元へと向かおうとするシャムだったが、周りのトレントがそれを許さない。身動きの取れないドッグに1体のトレントが近付いて行く。


「ま、まずい! ドッグ、逃げろ!」


 サモハが叫ぶがドッグからは反応する様子はない。蹲ったままの状態で、トレントが近付いているのにも気付いていなかった。

 蹲るドッグの顔に小さな影が差す。 


「がふっ……だ、誰……だ?」


「……めんどくさい」


 レナはめんどくさいと呟きつつも、ドッグへヒールを掛ける。徐々にではあるがヒールの効果で、ドッグの青白い顔に赤みが戻っていく。


「済まない……助かっ――後ろ」


 ドッグがレナの後ろから迫り来るトレントに気付いたが、既にトレントはレナに向かって枝を振り下ろしていた。

 トレントの枝がレナに接触する瞬間、ドッグは思わず最悪の想像をしてしまい目を瞑る。

 次の瞬間鈍い音がし、ドッグが恐る恐る目を開くと、レナは何事もなかったかのように立っておりヒールを継続していた。

 トレントはへし折れた自身の枝を一瞬見るが、残った枝で再度レナに攻撃を繰り返すが全てレナの結界に弾かれる。


「お前……俺にヒールを掛けながら結界も維持しつつ、トレントの攻撃を弾いているのか!?」


「……もう治った。あとは自分でなんとかして」


 レナはドッグの怪我が完治すると興味が失せたのか、トレントと向き合う。

 ドッグへヒールを掛けながら準備していた黒魔法第3位階『雷轟』が、レナの握るミルドの杖へと集束していく。トレントは尚も枝を執拗にレナへと振り下ろすが、レナの展開する結界にはひびすら入らない。


「……しつこい」


 レナの放った雷轟がトレントの身体を駆け巡り、至る所から煙が上がる。





「トレントの攻撃に耐える結界に、トレントを一撃で倒す威力の魔法だと!?」


「なあ、なんで火の魔法剣を使ってるんだ?」


 シャムがトレントと戦闘しながら、レナの高い戦闘力に驚いていると不意にユウから声を掛けられる。


「ここは森の中ってわかってるよな。なんで火の魔法剣なんだ?」


「今はそんな話をしている場合じゃない」


「そんな話をしている場合だ。お前の魔法剣は無駄に炎を垂れ流している。

 もし火の粉が木々に飛んで燃え広がったら、どうする気なんだ」


「お前はバカかっ! 周りを見てみろ、トレントに囲まれているのがわからないのかっ!」  


「馬鹿はお前だ。もうお前と俺の周りにしかトレントは居ない」 


シャムは周りを見渡すとアプリ、ラリット達だけでなく、ニーナ達もトレントを倒していたことに驚愕する。


「わかったか? お前が何しようが好きにしたらいいが、巻き込まれる方は――」


 ユウの背後から4体のトレントが襲い掛かる。

 ユウは振り返りもせずに後方へと左手を振るう。手が振り払われると、黒魔法第1位階『ストーンブレット』が数十発展開されると同時に放たれる。放たれた石粒ほどのストーンブレットは、トレントに接触すると爆ぜ、咲き乱れる。

 トレントは自身の身体にできた大きな穴を枝で押さえる。まだ何が起きたのか理解できていないようだったが、そんなことを考えている暇はなかった。放たれたストーンブレットは数十発。3体のトレントは原型を止めないほどのストーンブレットを受けると倒れていく。

 残りの1体は一番身体が大きく5メートルはある巨体であった。身体には無数の穴が空いているが戦意は失っておらず、そのままユウへと枝を振り下ろす。

 振り下ろされた枝をユウは飛び跳ねて躱す。飛び上がった高さはおよそ3メートルほど、鎧で身を固めた人間の跳躍力ではない。


「バカ者っ! それじゃ……」


 シャムが叫ぶのも当然だった。上に飛び上がれば下に落ちる。子供でもわかることだ。

 3メートルの高さはトレントにとっては、殴って下さいと言わんばかりの高さだった。トレントもその隙を見逃すわけがなく全力で枝を横に振るう。

 次の瞬間――ユウは更に飛び上がっていた。足場のない空中で更に跳躍したのだから周りの者も一様に驚いていたが、メメットはからくりに気付いていた。

 全力で振るった枝が空振ったトレントは体勢を大きく崩し、ユウは脳天へと斬撃を打ち下ろすと頑丈が取り柄のトレントは呆気なく絶命する。


「魔力にそんな使い方があったなんて」


「メメット、どういうこと? あれは何らかのスキル?」


 トレントを倒し終えたアプリがメメットへと尋ねるが、メメットはブツブツ言いながらユウを凝視していた。


「ちょっと聞こえないのメメット」


「待って……今、説明するから」


 メメットは考え事をする際は爪を噛む癖があった。少しすると考えが纏まりアプリへと説明をする。


「あの子が空中で更に跳躍したのはスキルでもなんでもないよ。

 アプリは気付かなかったみたいだけど、空中で跳躍する瞬間に足元に糸状の魔力が見えたからね。

 あの瞬間だけ魔力を多く注ぎ込んで、足場になるくらい強度を高めたんだろうね。

 多分だけど昨日の親子を見つけたのも、あの糸を周囲に張り巡らしてたんじゃないのかな。もしかしたらあの子はもう迷宮の位置もわかってるかも」


「メメット、空中で跳躍したからくりはわかったけど、親子を見つけたのは別のスキルじゃないの? あの親子が居る場所まで、どの位距離があったかはメメットもわかってるでしょう。私に見えないくらい魔力を薄めていたとしても、とても信じられないわ。

 大体、さっきまでメメットも気付かないほど、糸状の魔力は薄かったんでしょう? そんな魔力コントロールを常時してるとは、とてもじゃないけど考えられないわ」


 メメットはアプリの反論を聞いても納得せず、ユウをずっと見つめ続けていた。モーランは説明に頭がついていかずにぽか~んとしている。




「お、お前……あの数のトレントを一瞬で」


 シャムが恐る恐るユウへ近付いて行く。

 ユウがちらっとジョゼフに視線を移すと、ジョゼフは木の幹に背を預け寝ていた。ユウにはハッキリといびきまで聞こえてくるので間違いない。


「あの野郎……気を抜くな。まだ居るみたいだ」


「なんだと!?」


 その言葉にラリットとニーナを除く全員が武器を構え直す。


「そっちからだっ!」


 ラリットが叫んだ方の草木を押し退けるように、巨大なキノコが現れる。

 その姿はキノコに手足が生えたもので、どこかコミカルな印象を受けるがその魔物の姿を視界に捉えたメメット達の表情は厳しいものになる。


「フ、フレイムファンガスっ! モーラン、メメットわかっているわね!」


 アプリは半ば叫ぶように声を掛けると、二人もすぐに頷き一斉に距離を取る。


「あんた達、ランク4のフレイムファンガスだ! すぐに距離を取りな!」


 モーランがドッグとサモハに声を掛けるが二人は剣を構え、フレイムファンガスに向かって走りだす。


「あの馬鹿っ」


「放って置きなさい。それよりモーラン、絶対に近寄らないでね」




「先程は不覚をとったが、ランク4の魔物なら今まで何度も倒しているっ!」


 ドッグがフレイムファンガスに斬り掛かると、フレイムファンガスは奇声を上げ身体を振るう。身体を震わすフレイムファンガスの傘から赤い胞子が周辺に漂う。


「どうだっ!貴様のような化け物など――ぎゃあああああああっ!!」


 フレイムファンガスの胞子がドッグの腕に触れると、その場所が火が点いたかのように熱くなる。

 サモハがどうしたとドッグへ近寄ると胞子が目に入る。サモハが目を押さえながら転げまわる。その激痛は凄まじく戦闘をするどころではなく、剣を放り投げて目を押さえる。更に呼吸をする度に肺に胞子が入り込み、身体の内部から焼かれる痛みが二人を襲う。


「よりによって『バルロッテの園』の最下層に生息するフレイムファンガスが、なんでこんなところに居るんだいっ!」


 シャムが二人を助けようにも周辺に漂う胞子が邪魔をして、近付くことができなかった。

 そんなシャムを嘲笑するかの如く、フレイムファンガスは身体を左右に揺すりながら二人へ近付いて行く。

 フレイムファンガスの胞子塗れの腕が、サモハの首を掴もうと伸びた所で吹っ飛んでいく。


「ぐっ……こでは痛い゛ぞんなにながぐは我慢できないんだな」


 盾を構えて、フレイムファンガスへ体当たりをしたエッカルトだが、両腕は既に胞子により炎症を起こしており、激痛に顔を歪ませる。

 吹き飛んだフレイムファンガス目掛けて、メメットの黒魔法第2位階『アイスランス』が突き刺さる。

 フレイムファンガスは、身体に突き刺さったアイスランスを引き抜き立ち上がる。ダメージはほとんど受けていないようで、身体を左右に揺すりながら歩みを開始する。



「フレイムファンガスに近付いたり打撃を与えないでね。どうなるかはもうわかるでしょ」


 アプリがユウ達に向かって叫ぶが、ユウはニーナとマリファに何やら話し掛けると、ニーナとマリファが前に出てくる。


「ニーナさん、あなた遠距離の手段を持っているの?」


 マリファは弓を持っているからわかるが、短剣のニーナが戦力になるとはアプリは思えなかった。


「え~とね。私とマリちゃんの二人で十分だって」


「何を……言っているの? フレイムファンガスはランク4の魔物の中でも上位よ! あいつの攻略法は遠距離からの攻撃で――」


「黙っていて貰えますか。ご主人様が良い経験になると仰られているのです。邪魔をしないで下さい」


 マリファの発言にアプリは絶句する。明らかに自分より格下の冒険者に、邪魔と言われたからだ。 


「ではニーナさん、先程の手筈通り」


「ほ~い」


 ニーナはマリファへ返事を返す。その緊張感のなさに、アプリはこの二人が状況をわかっておらず、痛い目に遭うと予想し止めようとしたがニーナは既に走りだしていた。


「さっきの二人を見ていなかったのっ!?」


 アプリは思わず叫んでしまう。


「胞子さえ防げば只の動くキノコです」


 マリファの呟きにアプリがマリファに視線を移すと、マリファは精霊魔法第1位階『ウォーターボール』を展開していた。


「そんな魔法じゃ、魔法耐性の高いフレイムファンガスにダメージは与えられないわ」


 マリファはウォーターボールを、フレイムファンガスにではなく空に向かって放つ。1発、2発、次々に放っていく。フレイムファンガスの周辺だけ、豪雨のように水が落ちてくる。

 全身を水浸しになったフレイムファンガスから、胞子が飛び立つことは二度となかった。


「ごめ~んね」


 フレイムファンガスの背後からニーナのダガーが振るわれる。左右から挟むように振るわれたダガーは、フレイムファンガスの頭部と思われる部位を切断し、暫く動いていたフレイムファンガスもやがて動かなくなった。


「嘘……倒しちゃった。あんなに簡単に」


 呆けているアプリの前では、ドッグとサモハに治療を施すレナと魔玉を剥ぎ取るニーナ達が居た。



「エッカルト、あんな奴らほっとけばよかったのに」


「へへ、オデもなんでかわがらないげど勝手に身体が動いたんだな」


 エッカルトの両腕にヒールを掛けながら、ユウはエッカルトにお人好しと言いながらどこか嬉しそうな顔をしていた。


「エッカルトもお人好しだな。これからは『お人好しのエッカルト』と名乗っていいぜ」


 ラリットがエッカルトの両腕の炎症を見ながらうへぇっと、声を上げる。


「オデが動いだ時にラリッドも動こうどしてだのはこごだけの話な?」


「う、うるせぇっ!」


 ユウが思わず笑みを零す。顔を真赤にしてラリットはエッカルトを怒鳴りつけるが、どう見ても照れ隠しだった。 

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