第27話:夜の戦争
「ひぇぇぇぇ~もう許して~」
この情けない声で叫んでいるのはニーナだ。風見鶏亭のご飯は十分なボリュームに、味も申し分なかった。
食後部屋に戻った俺達は、ニーナに文字や算数などの座学をしたのだが、ニーナは勉強が苦手みたいで、先程から悲鳴をあげている。
「どうしてユウはそんなに頭がいいの?」
「……村でもここまでわかりやすく算術を教える者は居なかった」
俺は地球では、家に居れば虐待をされる毎日だったので、よく市民図書館で時間を潰したものだ。学校も満足に行かせてもらえず、独学で勉強だけはしていたので、こっちの世界の奴等より知識だけなら負けていないはずだ。
ニーナはもう嫌だとばかりに両手で耳を塞いでいる。レナは逆にもっと教えて欲しそうに、こちらに熱い視線を投げ掛けてくる。
「今日はここまでだな。次はスキルに付いてだけど、ギルドで購入した本でジョブ毎の基本的なスキルは載っている。ニーナは『暗殺者』になったけど、スキルは使えるのか?」
『暗殺者』の『暗殺技LV1』に、暗歩というものがあるらしい。効果は隠密や忍び足の更に高度にしたものだそうだが、スキルの特徴・効果が載っているだけで使い方までは載っていないのが残念だ。
「う~ん、ジョブに就いたからって、すぐには使えないよ~」
「……スキルはレベルが上がった際に急に使えるようになったり、長年の鍛錬・師事を受けることで使えるようになることもある」
師事を受けるか……ギルドであったラリットっておっさんが、確か暗殺者だったから、お人好しだし頼めば見せてもらえるだろう。
俺が就いたジョブ『魔法戦士』は、そのままで剣と魔法で戦うジョブだ。その中でも1番特徴的なのが『魔法剣』、武器に魔法を纏わせて攻撃するそうだ。
使用者の魔法が強ければ強いほど効果も高くなり、魔物の弱点属性の魔法を纏わせれば効果は抜群。
「今日ギルドで会ったおっさんが暗殺者だから、明日会えれば教えてもらえばいい」
「ジョゼフさん?」
「違う、お人好しの方だ」
「……変態は死ねばいい」
レナはまだ根に持っているようだ。話している内に風呂が沸いたみたいだ。
この店の売りの1つに、各部屋にお湯を沸かす魔道具が付いている。村では風呂に入る習慣がないみたいだが、これだけ大きな都市になってくると、風呂に入るのもそれほど珍しくないみたいだ。
「風呂が沸いたみたいだな」
「んだね~じゃ入ろう~」
「俺は最後でいいよ」
「え?」
ニーナが何言ってんの? って顔でこちらを見ている。
村ではこいつの嘘に騙されたが、レナからそんな習慣はないと聞いている。
「え? じゃねぇよ! お前の嘘はもうバレてんだ」
「そう……気付いてしまったのね…………レナ、先に入っていいよ」
なんか真剣な顔で悩んでいるようだが、アホなニーナのことだから、碌なことは考えていないだろう。しばらくすると、レナが上がって来た。
「……いいお湯だった」
レナは今日購入した部屋着に着替えている。シンプルな服でパジャマみたいなデザインだ。見事な絶壁が見えるが、言わない方がよさそうだ。
ニーナは最後でいいそうなので次に俺が入る。浴槽はそこそこな広さで、1人だとゆったりできる。村を出てから風呂になど入る機会はなかったので、一気に疲れが飛んでいく。お湯の中に潜って顔を出すとニーナが居た!?
「お……おま!?」
「さすがのユウも油断して、私の隠密と忍び足には気付かなかったようね!」
全裸でドヤ顔のニーナに、いつにも増してイラッとしたが、怒っても懲りないので無視していると、ニーナが後ろに回り込み胸を当ててくる。
「えへへ~気持ちいいね~」
「俺は背中に変な物が当たって、気持ち悪い」
「うぅ~ひどい~」
そう言いながらもニーナは嬉しそうだ。何が嬉しいのかはわからないが、変態なのは間違いなさそうだ。
風呂を出ると、レナがこちらをずっと見てくるが、俺にはやましい事などないので堂々としていた。
ベッドが二つしかないので、ニーナとレナには一緒に寝てもらおうとしたが、二人共、俺が寝ているベッドに入ってくる。ハッキリ言って狭い……力尽くで邪魔しようとするが、ニーナはうまいこと捌いてくる。こういう時は無駄に能力を発揮してくる。レナは更にその隙を突いて潜り込んでくる。
その動きを戦闘でみせて欲しい。風呂に入ったのに、汗だくになるのも馬鹿らしいので諦める。するとレナが鼻をヒクつかせてくる。
「……クンカクンカ」
レナが俺に密着しながら匂いを嗅いでくる。こいつも変態だ。
「ユウは良い匂いするよね~」
そう言いながらニーナは足を絡ませてくる。
「……魅了の匂いを、出している可能性も否定できない」
そんな訳あるか。変態に挟まれながら、寝る羽目になるとは……
ギルド長室ではモーフィスとジョゼフは、酒を飲んでいた。
「早速、ルーキーと一戦やらかしたそうだな?」
モーフィスはジョゼフとルーキーが一戦交えたと聞き、結果に興味津々で
ジョゼフを酒でも飲もうと誘ったのも、結果を聞く為だった。
「ああ、この依頼は引き受けるから、他の奴らには手を出さすなよ。
もし手を出す奴が居れば、潰すからな」
そう言いながら、ジョゼフは度数の強い酒を一気に飲み干す。
モーフィスは驚いていた。このめんどくさがり屋で気分屋が、依頼を素直に引き受けたことに。
「それほどの逸材じゃったか……」
「あの年で剣術レベル5だぞ。勿論、俺が勝ったが……他のギルド……いや、国に出来るだけバレないようにしときな」
「それほど有望ならウードン王国だけでなく、他国も動くかもしれんのう……でルーキーは剣術だけしか使わなかったのか?」
酒を飲んでいたジョゼフの手が止まる。
「どういう意味だ?」
「ふむ、お主のように解析対策で、魔導具を装備して能力を隠してはおらんかったか?」
「爺んとこの受付が、解析で見たんだろうが、隠すもくそもねぇだろうが」
モーフィスも伊達に都市カマーで、冒険者ギルドの長を長年しているわけではない。どこまでカマを掛けているかはわからなかったが、ジョゼフは知らぬ振りをして、ユウが魔法を使えることは黙っていた。剣術がレベル5だけでも、天才と呼んでもおかしくない。更に黒魔法の第4位階の魔法が使えるとなれば、獲得に国中が争うだろう。
「確かにコレットが解析で見たが、幾らでも誤魔化す方法はあるからのぅ……」
(食えねえクソ爺が……)
化かし合いの飲み会は朝まで続いた。