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第194話:そのカードじゃない

 都市カマーの商店街が並ぶ通りに一軒の本屋がある。取り揃える商品は子供向けの絵本から後衛職が読むような魔法関連の書物など、幅広く取り扱っているのだが紙はまだまだ庶民にとっては高級な代物だ。そのため、この本屋に来る客層は貴族や商人などの富裕層がほとんどを占めていた。


「おや、レナちゃんじゃないか。昨日来たばかりなのにどうしたんだい?」


 温和そうな老人がズレた眼鏡を戻しながらレナに微笑みかける。


「……今日は私じゃない」


「おはよう! 今日は俺が本をかいにきたんだぞー」


 レナの横でナマリが元気よく挨拶する。老人は少し驚いた顔をするが、直ぐ様レナに向けたときと同じように笑みを浮かべる。


「こりゃレナちゃんに負けず劣らずの可愛い子じゃないか」


「……私はナマリみたいな子供じゃない。大人のレディ」


「俺だって子供じゃない。強い魔人族なんだぞー!」


「ふふ、そうかい。ナマリちゃんは強いのか」


 老人が目を細めナマリの頭を撫でる。

 高価な物を扱う店だけに客のほとんどが大人である。子供を連れての来店もあるといえばあるのだが、子供は商品の絵本に夢中で「あれを買ってほしい。これも欲しい」と親にお願いするのに忙しく、店主である老人など眼中にない。そんな老人の密かな楽しみが、レナとのお喋りである。レナは言葉少ないが、老人に最近どのような本が入荷したのか、魔導書が入る予定はあるのか、今までどのような魔法関連の書物を取り扱ったことがあるのかなど、一生懸命に聞いてくるのだ。その姿が愛らしく、店主である老人はレナを孫のように可愛がっていた。


「文字が少なくて絵が多い本が欲しいんだね」


「うん! みんなにかってくるってやくそくしてるんだ」


「よしきた。それならこっちの方がいいかな」


 老人は頑丈な鍵といくつもの防犯の魔法がかかったケースを解除し、ナマリの要望に見合う絵本を取り出し、カウンターの上に積み重ねていく。子供向けの絵本とはいえ、高価な紙を使われた本は装飾も凝っており、表紙を見るだけで子供の想像を掻き立てわくわくさせる。それはナマリも例外ではなく、老人が絵本を取り出す度に興奮した様子で絵本を凝視した。


「おジジ、これはなんの絵本」


「これはね。勇者と魔王の絵本だねえ」


「勇者っ!? こっちは!」


 興奮したナマリが老人に話しかける度に、老人は嬉しそうに答えていく。その様子を見守っていたレナがナマリの裾を引っ張る。


「……ナマリ、お姉ちゃんになにか言うことは?」


「ないよっ!」


「……あるでしょ」


 振り向きもせず答えるナマリに、旋毛のアホ毛を逆立てたレナがしつこく食い下がる。


「ええ……。もうっ! 良いところなのに~」


 ふんす! と鼻息荒いレナに根負けしたナマリが、渋々といった感じでレナの方へ向き直ると。


「レナ……おねえちゃん、今日は本屋さんにつれてきてくれてありがとう」


 棒読みのナマリの姿に老人が苦笑する。


「……お姉ちゃんまでの間が気になる。でも、許す」


 レナは満足そうに頷き、アホ毛が嬉しそうに左右に揺れる。


「ぜ、全部買うのかい?」


「うん! おジジのすすめてくれたのおもしろそうだから、ぜ~んぶかう!」


「勧めたのを買ってくれるのは嬉しいんだけど、安いのでも銀貨五枚はするよ?」


 老人がチラリとレナを見る。レナが見た目とは裏腹に若くしてCランク冒険者だということを老人は知っていた。なので、ナマリが本を買うと言っても、レナが支払いをするものだと考えていたのだが。


「……大丈夫。ナマリはお金を持っている」


「あ~! おジジ、俺がレナにかってもらうと思ってたのか。ちゃーんと、お金もってるからね」


「……お姉ちゃんでしょ」


 レナのツッコミをスルーして、ナマリは胸ポケットに縫いつけているアイテムポーチに両手を突っ込むと、両手いっぱいに鷲掴みした金貨をカウンターに置いた。お金に対する扱いが、まるでどこかの誰かさんとそっくりである。


「こ……これは全部ナマリちゃんのお金なのかい?」


「そうだよー。俺がたおした魔物のそざいをうったおかねなんだけど、オドノ様がむだづかいしちゃだめだからって、おこづかいでもらってるんだ」


「これが……お小遣い!?」


「うん! えっとね。月にこのピカピカしてるやつが百五十枚だよ」


 金貨百五十枚。千五百万マドカである。子供のお小遣いと言うには途方もない金額であるが、ナマリがユウと一緒に倒してきた魔物の素材を売った金額を考えれば数十分の一にも満たなかった。

 あまりのことに驚く老人であったが、ずり落ちた眼鏡を戻すとなんとか心を落ち着かそうと大きく深呼吸した。




「ボリス、見ろ。いつか来るとは思っていたが昨日の今日で来るとはな」


「ああ、チャンスだ。見たところ私服で大した装備もしていないぞ」


「簡単な仕事と思ってたのにな。依頼を受けてもう何ヶ月経ってるのやら」


「ライナルトさんも財務大臣にせっつかれているみたいだぜ」


 路地よりレナ達のいる店内を窺う四人の男達の姿があった。男達の正体はクラン『龍の牙』に所属する者達である。

 当初、『龍の牙』盟主のライナルトより依頼内容を聞いた際は、レーム大陸中に鳴り響く『龍の旅団』の下部クラン『龍の牙』が、なぜそんな盗人みたいな真似をしなくてはいけないのかと納得のいかない者達もいたのだが、依頼者がバリュー財務大臣となれば話は別であった。ウードン王国でもっとも力を持つ貴族であるバリュー財務大臣と繋がりを作っておけば、ウードン王国内での『龍の牙』の勢力拡大もやりやすくなる。

 相手はたかが四名の弱小クラン。簡単な依頼だと『龍の牙』の誰もが思っていたのだが。『ネームレス』を調べるにつれ、それが容易いことではないことに気付く。『ネームレス』盟主であるユウ・サトウは冒険者登録して、一年も経たずにBランク冒険者となる化け物であった。さらにはサトウの周りには護衛するかのようにムッスの食客であるジョゼフ・ヨルムが徘徊し、屋敷の周囲は複数の勢力の諜報員達の姿が見え隠れしていた。これではサトウからアイテムポーチを奪うのは至難と判断し、『龍の牙』はターゲットをニーナ、レナ、マリファの三名に変える。この三名の内でもっとも行動が把握しやすかったのが、レナであった。ニーナは斥候職のジョブを持っているだけに、接近を勘づかれる可能性が高く。マリファは常に主であるサトウと行動を伴にしていた。『龍の牙』の団員達は対象をレナに絞ることによって、レナの行動範囲を調べ上げた。その結果、レナは屋敷と冒険者ギルド、そして今目の前にある本を扱う商店を中心に行動していることを突き止めることができたのだった。


「よし、レナが店から出てくると同時に仕掛けるぞ」


「誰に仕掛けるって?」


 背後より声をかけられ『龍の牙』の男達が警戒感をあらわにする。レナを監視していたために周囲への警戒が多少薄れていたとはいえ、ここまでの接近を自分達に気づかれることなく許すことなど通常ではあり得ないからであった。


「お前ら何者だ?」


 ボリスが声をかけてきた二人組の男へ問いかける。


「おいおい。質問してるのは俺達の方だろうが、お前らこそどこの者だ?」


「俺達は都市カマー冒険者ギルドに所属する冒険者だ」


 この二人組にレナを尾行していたことを知られるのは拙い。さらにここで自分達が『龍の牙』の団員と知られることはもっと拙い。都市カマーで活動する冒険者は数千人にのぼる。咄嗟にボリスは嘘を吐いてもバレることはないと踏んだ。


「ほうー、冒険者か。あんまり見ねえ(つら)だな。どれ、カード(・・・)見せてみろや」


 冒険者がカードと言われて思い浮かぶのはステータスカードである。ここでカードを見せるのを断ってもよかったのだが、この二人組は装備こそ冒険者と似通っていたが、どこか纏う空気が自分達とは違っていた。ボリスは揉めるのは得策ではないと判断し、ステータスカードを提示する。


「銀色……Cランクの冒険者か。だが、違うな」


「アウトだな」


 二人組は互いに顔を見合わせ、頷き合う。


「お前ら――ぶはっ」


「なにをゴチャゴチャ言ってんだ」


 二人組の男が向き直った瞬間、『龍の牙』の一人が顔に拳撃を叩き込む。拳撃を放ったのは、『格闘家』『拳撃士』のジョブを持つ近距離型の前衛職の男であった。


「ドミニク、ここで暴れるんじゃねえよ」


「ボリス、お前が甘い対応するから図に乗るんだよ。こんな怪しい奴らにつき合う必要はないだろうが。

 そこのお前、そいつ連れて失せな。じゃなきゃお前も――」


 ドミニクは完璧に入った拳の手応えに、吹き飛んだ男が少なくとも数時間は目が醒めることはないと思っていたのだが――


「お~痛てて、いきなり殴りやがって」


「お……お前、今のを喰らって意識があるのかっ!?」


「ポト、油断してるおめえが悪いぞ」


 ポトと呼ばれた男が口から流れ出る血を拭いながら、何事もなかったかのように立ち上がる。


「うるせえ! わざと喰らってどの程度か試したんだよ! まあいいや。なにはともあれ、レナちゃんにつき纏う塵を排除するか」


「なんのことだ?」


「惚けんじゃねえよ! お前らがここ数日レナちゃんを尾行してたのは知ってんだよ。俺らもレナちゃんを尾――見守ってたんだからな」


「見守っていた? お前ら何者だ」


「あ? 俺は『銀狼団』のポトだ」


「ばか。今は『レナちゃんファン倶楽部』だろうが」


「いけね。改めて、『レナちゃんファン倶楽部』会員番号072番ポトだ」


「同じく会員番号105番アポロ」


 ポトとアポロは金色に輝く会員カードを自慢げに掲げた。先ほどボリスに見せてみろと言っていたカードとは会員カードのことであった。

 『レナちゃんファン倶楽部』、レナに無許可で設立された秘密クランなのだが、このクランに所属している者達には特典のようなものがあった。設立時のメンバーにはゴールドの会員カードが配布され、週に一度レナから雷を喰らってもお咎めなし。また日に一度レナの五メートル以内に近づくことが許される。シルバーカードのメンバーになってくると雷は月に一度、接近は三日に一度となってくる。常人からすればなにを言っているのだと思われるかも知れないが、彼らは大真面目であり、自らを紳士と思っている。今ではクランの規約はさらに細かく作られ、週毎にレナを尾行――見守る担当などまである始末だ。


「『銀狼団』の……ポトにアポロだと? 名の知れた傭兵クランの盟主と副盟主がなんだってあんな小娘を護ってやがる!」


「おいおい、言葉には気をつけろや。それより、さっさと始めようや」


「ポトの言うとおりだ。さっさと――レナちゃんっ!?」


 アポロの言葉に皆が路地の先を見る。そこにはレナと絵本を抱えたナマリの姿があった。


「……あなた達、さっきからうるさい」


「お店の人がこまるから、どっかとおくでケンカしろよなー」


「チッ。引くぞ!」


 ボリスの合図とともに、『龍の牙』の団員達はポトとアポロの脇を走り抜け、路地の先へと逃げ去っていく。


「レ、レナちゃん、違うんだよこれは。なあ、アポロ?」


「あ? ああ、そうそう。俺ら暴れてたわけじゃないんだぜ」


 レナに睨まれたポトとアポロが慌てて頭を下げる。しかし、背の低いレナでは見下ろすのではなく、見上げる形になる。さらにレナはつま先立ちをして少しでも大きく見せようとしていた。つま先をプルプル震わせて立つレナの姿に、ポトとアポロの顔がだらしなくニヤける。


「……嘘。血が出てる」


「えっ!? こ、これは、あの、その……参ったな」


「……ん」


「レナちゃん?」


「……屈んで」


 ポトはレナがなにをしたいのかわからぬまま屈む。ポトが屈むことでレナとポトの目線が同じになる。レナは腫れ上がったポトの頬に手を当てると回復魔法をかける。見る間にポトの顔の腫れが引き、元通りになる。以前は攻撃魔法に偏っていたレナであったが、最近はネームレス島の住人を相手に白魔法の練習もしており、白魔法の腕をメキメキと上げていた。


「……帰る」


「レナ、こじいんによってもいい?」


「……レナお姉ちゃんでしょ。いいよ」


 レナとナマリが去っていく姿をポトとアポロが見送った。


「いい。やっぱレナちゃん、いいわぁ~。俺、もう顔洗わねえぞ!」


 ポトがレナの触れた頬を撫でながら、レナが去っていった方角をいつまでも見詰める。


「かーっ! さすがレナちゃんだ。回復魔法もその辺の奴らがするのとは大違いだぜ! な? アポロもそう思うだろ」


「粛正だな」


「あはん?」


「なにレナちゃんの手に触れてんだ。これは同志に報告するからな!」


「ば、ばっか! お前、今のは違うだろうが! あれは身体を張ってレナちゃんを護ったご褒美だろうが!! ちょっ、待てよ! アポロ、頼む!! 内緒にしといてくれ~!!」


 ポトの願いも虚しく。紳士達による粛正が後日施される。またこの件があってから、『レナちゃんファン倶楽部』の者達によるレナの護衛がさらに強固となり、クラン『龍の牙』の者達はますます手が出せなくなるのであった。

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