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第180話:招かざる客

 ローブを着た老人がペンの形をした金属棒に魔力を込める。金属棒の先に淡い光が灯り、縦一メートル、横三メートルほどの長形の板に問題を書いていく。


「1+1は?」


「はいっ! はいっ! 2だよっ!!」


「うむ。ナマリ、正解じゃ」


 元気よく答えるナマリの姿に、老人の顔が綻び笑顔になる。ナマリは周りの子供達を見渡し、どうだと言わんばかりであった。


「あーっ! ナマリちゃん、ズルいよ。私だってわかってたのに~」


「早い者勝ちだもんねっ。俺が一番!」


 インピカが頬を膨らませてナマリの袖を引っ張る。


「ふむ、ではナマリ。これの答えを言いなさい」


 老人は長い顎髭を撫でると、すらすらと板に問題を書いていく。


「うぇっ!? 2、27+31? えっと……」


 ナマリは慌てて両手の指で数える。ナマリがわかるのは、二十以下の足し算と引き算であった。ナマリの周りにいる子供の手には、老人の持っている金属棒を一回り小さくした物とA4サイズほどの板を持っていた。子供達は金属棒に魔力を込めて問題を書くと、一生懸命計算をし始める。

 この授業で使われている金属棒に板は、ユウとラスが錬金術で創った魔道具である。金属棒に魔力を込めることにより、板に思いのまま文字を書くことができる。子供の内から魔力を使わせることで、特に魔法を苦手とする獣人の魔力とMPを増やしているのである。これ以外にも各家庭にある火力を調整できる五徳や水が出る魔道具、農具なども魔力を込めないと使えないように作られていた。


「ナマリちゃん、わかった?」


「う~ん……指の数が足りない」


「私の指も使う?」


 ナマリとインピカが協力して問題を解こうとするが、まだ二人には難しいようであった。他の子供達も苦戦している中、一人の子供が板を掲げる。


「む、カンタン正解じゃ」


「すっげえ!」


「カンタン、すごーい!」


「なんでわかるの~?」


 堕苦族の子供カンタンは口が利けないのだが、子供達はそんなこと関係ないとばかりに褒めたてる。褒められ慣れてないカンタンは恥ずかしそうに板で顔を隠した。


「カンタンはね。王さまとやくそくしてるんだよねー?」


「オドノ様と?」


「そうだよー。えっとね。さんすうで一番になったらお空のおさんぽにつれてってくれるんだって」


「「「いいな~!!」」」


「これこれ。静かにせんか」


 騒ぐ子供達を老人が注意するのだが、それを子供達の後方から見ていたもう一人の老人が面白くなさそうに「チッ」と舌打ちする。


「なんじゃコンラート、文句でもあるんか?」


「文句? あるに決まってるわい! いつまで面白くもない授業をやってるんじゃ! そろそろ儂の番じゃろうが、このクソジジイがっ!」


「なにをーっ!? クソジジイはお前の方じゃろうがっ! 儂を見よ! お前と違って腰も曲がっとらんし、髪もふさふさじゃ!!」


「はんっ! どこがじゃ! ふさふさなのは、その鬱陶しい髭だけじゃろうが!!」


 口論する老人二人は次第に興奮していき、取っ組み合いになるが。


「おじいちゃんたち、けんかしちゃだめだよ!」


 インピカが腰に手を当てて、「めっ!」と叱る。他の子供達もけんかしちゃだめなんだよと老人達を注意する。


「そうじゃな。インピカの言う通りじゃ、喧嘩はよくないの」


「エーヴァルトっ、自分だけズルいぞ! インピカ、儂も喧嘩なんぞしとらんぞ?」


「ほんとにー?」


 インピカは顔を傾げて、エーヴァルトとコンラートの顔を下から窺う。インピカの真っ白でふわふわの尻尾が、二人の老人を疑うようにフリフリと左右に揺れる。その可愛らしい姿に二人の老人の目尻が下がる。


「本当じゃ」


「うむ! 儂らは仲良しだぞ」


 老人達は肩を組みインピカに仲の良いところをアピールする。喧嘩が治まると、子供達が老人達に群がり授業の続きを催促する。様々な種族の可愛らしい子供達の姿に、老人達はだらしのない笑みを浮かべていた。

 この二人の老人、名をエーヴァルトとコンラートという。元々は貴族の子供を相手に家庭教師をしていたのだが、あるときついた貴族の子供がわがまま放題に育てられていたために、言うことを全く聞かなかったのだ。成果の上がらないことに苛立った親は二人の教え方が悪いと解雇する。解雇された二人は次の雇い先を探すのだが、二人を雇っていた貴族は如何に二人が無能であるかを周りの貴族へ伝えたのだ。なんの後ろ盾もない二人には、広められた噂が嘘であると主張することもできない。仮に嘘八百と申し立てれば、貴族を侮辱したとして処刑されていただろう。

 仕事を失った二人が行き着く先は、荒くれ者や職にあぶれた者達が辿り着く最後の職、冒険者であった。腐っても貴族を相手に仕事をしていた二人である。下品で粗野な他の冒険者とは馬が合わず、唯一馬が合ったのも同じような境遇で冒険者になった後衛職の男のみであった。三人でパーティーを組むも、三人共後衛職である。しかもなりたくてなったわけでもない冒険者。これではうまくいくわけもなく、三人は日銭を稼いでは酒に逃げていた。日に日にクエストを受けることも減っていき、ついには借金が原因で奴隷として売られてしまう。売られた先は亜人が住む島。亜人など冒険者以上に卑賤な者である。戦々恐々しながら警戒していた二人であったが、待っていたのは亜人の子供達に勉強を教えることであった。

 亜人の子供達は自分達を先生と慕い、姿を見かけると笑顔で擦り寄ってくる。エーヴァルトとコンラートは、島からレーム大陸に戻ることはできないと聞かされていたが、そんなこと最早どうでもよくなっていた。今は毎日を子供達と過ごすことに幸せを見出していた。二人には奴隷であるにもかかわらず給料が支払われていたが、その金で酒を買うこともなかった。あれほど酒に溺れていたのに、今では一滴も飲まなくなっていた。気がかりなのはパーティーを組んでいた後衛職の男のことである。自分達と同じように貴族に嫌われて仕事を失ったあの男のことを考えると、なんとかできないかと心配になるのである。今度、主であるあの黒髪の少年に教師として勧誘しては如何と、打診してみようと思う二人であった。




 ネームレス王国の南は果樹園が拡がるが、そこを通り過ぎると農耕地が延々と続く。今日も奴隷のイザヤが鍬を肩に担いで、作物の成長具合を確認している。周りにはイザヤと同じように鍬やフォークを手に、汗を流しながら農作業に従事するネームレス王国の住人がいた。


「イザヤさん、そろそろ休憩にしませんか?」


 魔人族の男が手ぬぐいで汗を拭きながら、イザヤに声をかける。


「そうですね。一回休憩を入れますか」


「お~いっ! 休憩するぞっ!」


 皆が休憩場所に行くと、そこにはいち早く聴きつけたシロが皆を出迎えた。当初は恐怖の対象でしかなかったシロであるが、今ではイザヤも慣れたものである。


「シロ、いつも助かるよ」


 イザヤに頭を撫でられると、シロは嬉しそうに触手をイザヤに絡ます。


「イザヤさん、俺達は作物を育てるって習慣がないんだが、こんなにも早く育つ物なのか?」


「とんでもない! 一月でここまで大きくなるなんてここくらいですよ」


 ネームレス王国と呼ばれるこの島は、イザヤの持っている常識からは考えられない場所であった。作物を育てるのに適した土壌を持つ島であるが、ネームレス王国と同レベルの土地は探せばいくつもあるだろう。ではネームレス王国と他の国とでなにが違うのかと言えば、精霊の数である。特に土の精霊は育てる作物に大きな影響を及ぼすのだが、作物を育てるので来て下さいねと言って、気まぐれな精霊が集まってくれることなどない。それこそ魔法で精霊の行動を縛ろうものなら、怒りを買って手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。それほど精霊の力とは大きい物なのだ。人にできることは、精霊が宿る豊かな大地を見つけ、精霊の機嫌を損なわないようにしつつ、大地を耕すことくらいだ。

 だが、ネームレス王国では違う。どういったわけか、通常では考えられないほどの精霊がいるのだ。ジョブに農業(ファーマー)を持つイザヤには、土に宿る精霊を感じることができるのだが、ここでは精霊の力が強すぎて可視化できるほどであった。


「普通なら一月で小麦は葉をつけ始める頃なんですが、もう茎が伸びて小麦の色が黄褐色に変わってきてるんですよ。小麦は種を蒔いて収穫までに六~七ヶ月ほどかかるんですが、ここはこのまま順調にいけば一~二ヶ月ほどで収穫できるでしょう。それだけではありません! 作物は大地から力を吸い取って成長するんで、収穫後は土地を休めたり、違う作物を育てたりするんですが……。ここならすぐに次の種を蒔いても問題ないでしょう。それがどれほど凄いことかわかりますか?」


 立ち上がって熱弁するイザヤであったが、獣人を始め他の種族の者達も作物を育てたことのない者ばかりである。それがどれほど凄いことなのかわからなくても当然であった。


「イザヤさん、熱くなっているところ申し訳ないが、俺らにはそれがどう凄いのかわからないんだ」


「あっ、すみませんでした。少し興奮しました」


 顔を赤くしたイザヤは、誤魔化すように座ると水筒の水を飲む。


「私は奴隷になる前は農夫をしていました」


「おお、そりゃ王様から聞いてるぜ」


「俺らに農業を教えるために王様が買ったんだよな」


「自分で言うのもなんですが、農業に関しては自信がありました。雇われ農夫でしたが借金をして土地を買って勝負にでたんです。自分の土地を持って農耕地を拡大して、いずれは農民を雇って地主になるのが夢でした。家族に少しでも良い生活をさせようと思っていたんですがね。運が悪いことに大量発生した害虫が私の農場を喰い荒らしました。残ったのは荒れ果てた土地と借金だけでした」


 イザヤの話を黙って聞いていた魔人族の男の肩に、蜜蜂の二倍ほどの大きさを持つジャイアントビーとキラーホーネットが止まる。


「はは。それどう思います?」


「それってこの蜂のことか?」


「キラーホーネットとジャイアントビーは捕食、被食関係なんですよ」


「へえ。てことは同じ蜂なのにキラーホーネットはジャイアントビーを食べるのか? それにしては仲良さそうにしてるけどな」


 獣人の男が、魔人族の男の肩で並んで羽を休めているジャイアントビーとキラーホーネットを見ながら呟く。


「そうなんです! ありえないんですよ!! マリファさんが虫を使役しているそうなんですが、キラーホーネットが害虫を捕食しているおかげで、私達はなんの心配もなく畑仕事ができます。キラーホーネットに守られたジャイアントビーは、害虫に襲われることもなく安定して花から蜜を集めています。農業に携わる者にとってこれがどれほど凄いことかっ! おわかり頂けますかっ!!」


「イ、イザヤさん、落ち着きなよ。ようはあれだろ? ここは作物が育てやすくて、マリファさんのおかげで害虫に作物を荒らされる心配もないってことだろ?」


 また興奮して鼻息荒くなるイザヤを、周りの者達が落ち着かせるように話しかける。


「え、ええ。そうなんですよ……。本当にこの島は凄い場所です。それにご主人様が仰られていたんですが、ジャイアントビーが蜜を集める際に花粉が身体について受粉とやらをすることによって、花や森が栄えるそうです。つまりこの島は今後も緑豊かな環境を維持できるそうです。私にはご主人様の話す内容が難しすぎて、全てを理解できませんでしたが、ここが天国だってことくらいはわかります」


 イザヤは水筒を手に持つと、一気に水を飲み干す。そして傍らの鍬に目を向ける。


「この鍬だって先は鉄じゃなくて黒曜鉄製ですよ。そちらのフォークもそうです。おまけに腕力上昇や身体能力上昇のスキルまで付与されている」


「まあ、便利だわな。付与されたスキルを使うには魔力を込めないといけないんだが、なんでも俺らの魔力やMPを増やすためだって王様は言ってたな」


「知ってますか? 私の息子は最近読み書きや簡単な計算ならできるようになったんです。貴族の子供でもない農民の子供がですよ? ご主人様は皆さんに農業を伝えたら、いつでも奴隷を解放すると仰られていました。その上お給金まで頂いています。ですがね。私は奴隷を解放されてもこの島に残りますよ! 妻にも確認しましたが、同じ考えでした」


「そらいいが、あんた俺ら亜人と一緒でいいのかい?」


 堕苦族の男が意地悪そうに笑いながら問いかけた。


「いいんですよ。最初は不安で仕方ありませんでした。だって周りは亜人――すみません」


「ガハハ、いいんだよ。俺ら亜人って呼ばれるのには慣れてるからな」


 魔落族の男が、気にするなとイザヤの背中を勢いよく叩く。


「げほっ、本当にすみません。でも、今では亜人と皆さんを勝手に蔑んでいた昔の自分が情けなくなってきますよ」


 周りの者達は気にするなと言って、イザヤの肩を叩いて農作業に戻っていく。男達のあとを追うように、イザヤは肩をほぐすと駆け出した。




 ネームレス王国、東の海岸。

 着々と港が作られていく海岸で、その日港造りの当番であったアガフォンは海から侵入者が来ないか警戒を怠っていなかった。


「アガフォン、そんなに海を見詰めたってなんもないぜ。お前も人族の爺さん達から聞いただろ? 海は魔物が支配する領域で、たとえ国が持っているような船でも遠くまではいけないそうじゃないか。四方を海に囲まれているこの島に来る奴らなんていやしねえよ」


「わかんねえだろうが。王様は敵が多いって言ってたんだ。島のことを知った敵が来る可能性は十分にありえるだろうが」


「お~こわっ。それにしても、お前の視力じゃ大して遠くまで見えねえだろうが。そういうのは、そこの固有スキル『千里眼』を持ってるナルモに任せればいいんだよ」


「うるせえぞ! おい、ナルモ。なんか見えるか?」


「船が見えるな~」


「ほら見ろ。なんにも――船が見える!?」


「ナルモ、本当に船なんだな?」


「三隻だな。それも見たこともないくらいでっかい船だ」


 この日ネームレス王国に初めて訪れたのは、好意ではなく敵意を持つ者達であった。

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