第148話:邂逅
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グツグツと鍋が煮え、蓋を取ると湯気が立ち昇る。夜になると急激に気温の下がる腐界のエンリオ内で、温かい食事ほどありがたいものはない。
昼食の残り物の鍋にスライスしたパンを投入すると、鍋の汁を吸ったパンがキツネ色に変わる。その上にチーズを載せて少し待てば、トロ~リとチーズが溶けて食べ頃の合図だ。
くぅぅ……。可愛らしい腹の音が響いた。
「……マリファ」
「なっ!? ち、違います! ご主人様、私ではありません!! レナっ! あなたという人はなんてっ!! 違うんです! 私じゃありません! 信じて下さい!!」
興奮するあまり言葉がうまく出てこないのか、慌てふためくマリファの姿にナマリが大笑いする。
「……私は名前を呼んだだけ」
「っ!? もう許しません!」
「レナとマリちゃんはいつも仲良しだね~」
「オドノ様、もう食べていい?」
ナマリが待ちきれずにユウの袖を引っ張る。モモも、ユウの頭の上で女の子座りをしながら身体を揺らす。
「今から配る。だからケンカするな」
器にスープ、具を取り分けて皆へ渡していく。全員に行き渡ると食事が始まる。迷宮内での数少ない楽しみの一つが食事である。
「あひゅっ」
ニーナは熱々のパンに噛り付くと、溶けたチーズが伸びて落ちそうになる。レナは熱いのが苦手なのか息をこまめに吹きかけながら、食べていた。マリファの側ではコロとランも食事に夢中になっており、ただ一人? 食事の必要がないラスが辺りを警戒していた。
「お腹一杯~」
満腹になったニーナがユウにもたれ掛る。マリファが目ざとく見つけるが、今は後片付けの最中で「むっ」と悔しそうに声を漏らすのが精一杯であった。
「バカが罠に掛かりやがった」
「わっ、ユウ~急に立ち上がらないでよ~」
ユウが突然立ち上がった為に、もたれていたニーナがころんっと転がる。
「少し離れる。一時間以内に戻るからそれまで休憩だ。警戒は怠るなよ」
「う~んと、付いてっちゃだめ?」
「ダメだ」
ユウがニーナ達から離れると、当然のようにラス、ナマリ、モモは付いてきた。
「ラス、お前は残れ」
「マスターっ!? な、なぜですか?」
ユウに忠実なラスにしては珍しく声を荒らげた。
「ニーナ達をそのままにするのが心配なのもあるが、お前が自分で言ってたじゃないか。「自分の復讐相手は人間の国です」って、今回の相手は死徒。お前の復讐相手じゃない」
「それは……し、しかし」
尚も食い下がるラスであったが、ユウの決定は変わらなかった。
ユウの頭の上では、モモが可哀想にとでもいう風にラスを見詰めていたが、ユウはモモを手の平で優しく包み込んで頭の上から降ろす。
「モモ、お前も今回は留守番だ」
「!?」
まさか自分が留守番することになるとは思わなかったのか、モモの目は見開かれ口は開いたままになる。その後も嫌々するモモをラスに預けると、ユウとナマリはその場を後にした。
「ふむ。錆色骸骨騎士、銅の骸骨騎士、鉄鋼骸骨騎士か。さしずめ骸骨騎士団といったところかのぅ」
「ふぁ~、アーゼ眠くなってきちゃった」
「眠くもなるか。この程度で儂らを倒せると思っているとはのぅ!」
ドルムの槌が轟音を発しながら錆色骸骨騎士の一体へ迫る。ランク6の魔物とはいえ、ドルムの一撃を受け止めるには力不足であった。しかし、錆色骸骨騎士の次の行動にドルムは驚く。
「なんじゃと……儂の攻撃を受け流しおったっ!?」
錆色骸骨騎士は盾で槌をまともに受け止めようとはせずに、角度を変え受け流したのだった。驚くドルムをよそに、銅の骸骨騎士、鉄鋼骸骨騎士の槍が次々放たれる。ハリネズミになると思われたドルムだが、無傷で立っていた。逆に槍の穂先がへし曲がり、骸骨騎士達の腕には亀裂が走っていた。
「ふははっ。その程度の攻撃では、千年百足の甲殻から作り出したこの鎧に傷一つつけることは出来ぬ。今の攻撃もわざと受けたと言っても、アンデッドの身では理解できぬか? ほれっ!」
巨大な槌が消えたかと見間違うかのような速度で振るわれる。骸骨騎士達は先程と同じように受け止めようとするが、盾ごと上半身が消失する。
「少しは遊べるかのぅ。儂と緋龍の槌をがっかりさせんでくれよ」
龍、国家が一丸となって立ち向かっても滅ばされることもありうる存在。それが龍という存在であった。ドルムの持つ槌は緋龍の素材から作られた物であった。
緋龍の槌がドルムの気合に応じるように振動し始める。盾、剣、槍、斧、甲冑、全てを粉砕しながら骸骨騎士達を滅ぼしていく。防御が通じないと悟った骸骨騎士達は攻めに転じる。その姿に潔しと、ドルムの顔が狂気に染まっていく。瞬く間に半分の骸骨騎士達が塵と化す。
「どこぞの人間の騎士より、余程歯ごたえがあるのぅ」
乱れた隊列を整える骸骨騎士の間から、黒色の外骨格の骸骨騎士が一体、二体、次々と現れる。総勢十体の黒の骸骨騎士達が、各々が得物を手にドルムの前に並び立つ。
「手を抜いたとはいえ、錆色骸骨騎士如きが儂の攻撃を受け流すことなど、普通であればできん。お主等の主は凄まじい使い手のようじゃな」
ドルムの問い掛けに答える骸骨騎士は居なかった。寧ろ問い掛けを開始の合図とばかりに地を駆ける。
槍の使い手が槍技『螺旋・剛』を放つ。唸る槍が空気を貫きながらドルム目掛けて迫るが、槍が貫いたのはドルムの残像であった。懐に潜り込んだドルムは真下から天目掛けて緋龍の槌を振り上げようとするが、両側からそうはさせぬと剣が迫る。剣技『疾風迅雷』『閃光』共に速度を重視した技であるが、全身甲冑に体重百二十キログラムを超える身でありながら、ドルムは容易く躱し、後方へ飛び退いた。
「おお……槍技に剣技、連携まで使いこなすか! 面白いっ!!」
「あ~ぁ、おじいちゃん、あんなに興奮しちゃって」
岩の上で座っているアーゼロッテは退屈そうに見守っていた。
十体の黒の骸骨騎士達による、一糸乱れぬ怒涛の攻撃がドルムに襲い掛かる。剣、戦斧、槍がお互いの得意な間合いで攻め立てるが、ドルムは喜ぶばかりで余裕の笑みを浮かべてすらいた。一方でドルムが包囲を破れぬのも事実であった。ここからどのような手で打破するか、普通であれば頭を働かすところであるが、ドルムが取った手は、常人の考えとは逸脱していた。
「ほおれぇっ!」
防御を捨て前に出るドルムを見逃さずに十の刃が攻め立てる。
「くっく……くっはははぁっ!」
刃はドルムの身体に僅かな傷を付けることすら叶わなかった。
ドルムは満足気に嗤い、緋龍の槌を握る手に力を込める。放たれたのは槌技『號槌』、馬鹿げた破壊力がドルムを中心に巻き起こる。半径五十メートルの地面は陥没し、土砂が大量に巻き上がると円柱の壁を形勢する。アーゼロッテはもうっ、と溜息を吐くと、風の精霊魔法を発動。風が押し寄せる土砂を押し返した。
「良き戦いじゃった」
汗一つかいていないにもかかわらず、ドルムの表情は満足気であった。周囲には無残に砕け散った骨が散乱していた。
何やら怒っているアーゼロッテのもとへ戻ろうとしたドルムの後方から、声が聞こえた。
「あー、オドノ様が作った骨が壊されてる~。い~けないんだ~いけないんだ~」
子供の声であった。このような場所で場違いにも程があった。
ドルムはゆっくり振り返ると、そこには人間の少年と魔人族の子供がこちらを見詰めていた。
「死徒ドルムにアーゼロッテだな。死ね」
返答を待たずに、ユウの右手から魔法が放たれた。