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第119話:魔人族の子供 後編

「痛っぅ……なんだあの化け物は」


「俺に聞くな。まだ身体中が痛い」


 魔人族の村の広場ではユウに返り討ちにあった魔人族の男達が、今も抜けないダメージから座り込んでいた。

 腐界のエンリオで隠れ住んでいる魔人族はおよそ100名、少ない人数ながら多くの外敵を退けてきた魔人族の男達の誇りがたった一人の少年によって崩れ去ったのだから、いまだ立ち直れないのも仕方がなかった。


「や~い、いい気味だ! オドノ様に手を出すからこんな目に遭うんだぞ! これからは――痛っ! 誰だ!? ひっ……カ、カムリ」


 誇りをズタボロにされた魔人族の男達に、追い打ちを掛けるように貶める発言をする魔人族の子供に魔人族の女性――カムリが拳骨を落とした。


「あんたはどっちの味方なのっ!」


「オドノ様に決まっ――いだっ! 何度も殴るなよ! バカになったらどうするんだよっ!?」


「あんたは十分バカだよっ!

 大体あんた、また村の外へ行ったでしょ! あんだけ外は危ないから行っちゃダメって言ってるのに!」


「う、うるさい! カムリの怒りんぼ! 俺は魔物に見つかるようなヘマはしないよ~だ」


 魔人族の子供はカムリにあっかんべーをすると、そのまま逃げていく。


「待ちなさい! もう何回言ってもわからないんだから」


 カムリは腰に手をあて溜息を吐く。カムリは魔人族の女性の中でも若く年齢は18歳、口うるさいのも生意気な魔人族の子供が可愛くて仕方がないからであった。


「ひゃっひゃ、よほどオドノ様のことが好きなんじゃろう。この村には坊以外に子供がおらんからとくにのぅ」


「ババ様、私は心配です」


「まぁ大丈夫じゃろぅ、坊は勘がええからのぅ。これまでも村の外に何度も出ておるがぁ、な~んもなかったじゃろう。それに坊が隠しとる秘密の場所とやらも村の者は知っとるしのぅ」






 髑髏蜘蛛の頭部が金属を磨り潰すような音と共に砕け散る。全身が骨で構成されている髑髏蜘蛛が頭部を失い、カタカタと全身の骨を震わすがやがてピクリとも動かなくなる。ユウは髑髏蜘蛛の頭骨に埋まった鋼竜のハンマーを持ち上げると二度、三度振るい骨の破片を振り落とす。

 魔人族の村での出来事など何事もなかったかのようにユウは魔物を狩り続け、気付けば辺りは暗くなり始めていた。


「晩御飯でも食べるか」


 ユウが呟くとモモが嬉しそうにユウの周りを飛び、シロは全身を震わす。

 焚き火でベーコンをカリカリになるまで焼きパンの上に載せる。次にチーズをとろけるまで炙り同じようにパンに載せると、ユウはパンに齧り付く。ベーコンから滲み出る油とチーズの濃い味が口の中一杯に拡がり、温めた牛乳でパンと共に流し込む。ユウの膝の上では、モモがビクルというセロリに似た野菜を小さな口で端からポリポリという音を立てながら食べていた。


「モモ、これうめぇぞ!」


 魔人族の子供はベーコンを千切ってモモの口元へ持っていくが、あまり肉類が好きではないモモはぷいっと顔を背ける。


「あはは、モモは肉が嫌いなのか、好き嫌いしてるとおっきくなれないっておババが言ってたぞ」


 ユウが牛乳を飲みながら横目で魔人族の子供を見る。


「オドノ様、どうした? あっ! このパンは俺のだぞ」


「俺のもクソもそのパンも飲み物も俺のだろうが」


「あはっ、オドノ様は面白いな」


「面白くねぇよ。大体お前はなんでここに居るんだよ」


「ご飯を食べにだよ。オドノ様、知ってるか? 村のご飯はすっごく不味いんだぞ! もう不味すぎて何回吐きそうになったか、飲み物だって泥水と変わんないんだぞ。それに比べてオドノ様のご飯はうめぇな!」


 魔人族の子供はユウの質問の意味がわからないようで、パンに齧り付くと伸びたチーズが地面につかないように器用に顔を動かして口の中に入れる。チーズの一部が口の周りに付いて汚れるが、それを見たモモがお行儀の悪いと言った目で魔人族の子を見ながら、ユウが匙で掬った牛乳を飲むと魔人族の子供と同じように口の周りが牛乳塗れになっているのは内緒だ。


「お前さ……村の中で俺が暴れたの見てたよな?」


「見てた見てた! あいつ等、オドノ様は俺の友達だって言ったのにオドノ様を囲んで魔人族の恥だな! 俺がビシッ、と言っておいたからな!」


「お前の仲間を俺はぶっ飛ばしたよな?」


「あれすごかったな! オドノ様は素手でも強いんだな」


「なんとも思わないのか?」


「なんで?」


 ユウはこれ以上話しても仕方がないと悟ったのか、黙って食事をする。食事を終えたモモがうつらうつらし始めたので、ユウが牛乳で汚れた口元を布で拭ってやるとそのまま飛行帽の中に潜り込んで寝てしまう。魔人族の子供も食事を終えて口元を腕で乱暴に拭い立ち上がる。


「オドノ様、ごちそうさま!

 本当はもっと居たいけど、あんまり遅くなるとカムリの怒りんぼがうるさいから帰るね。またね」


 魔人族の子供はユウの返事も聞かずに暗闇の中を走り去ってしまう。


「シロ」


 シロはユウが何も言わずともわかっているとばかりに土の中に潜り込む。

 ユウは焚き火に枯れ木をくべると火の勢いが増し炎がユウを赤々と照らす、目を擦ると手の甲には血が付いていた。


「やっぱりダメか……」




 翌朝、モモが欠伸をしながら飛行帽の中から出てくる。ユウは温めた牛乳の中に蜂蜜を一匙入れてかき混ぜる。甘い匂いがモモの鼻腔をくすぐり、ふらふらと飛び上がるとユウの太腿の上に座り込む。


「ほら」


 ユウが匙で牛乳を掬いモモに渡すと、寝ぼけ眼でモモは匙へ顔を突っ込んでしまい顔中が牛乳塗れになる。ユウはそんなモモの姿に苦笑しつつ、コップの牛乳を飲み干す。


「今日は57層に下りる」


 ユウは56層の探索をほぼ完了しており、これ以上留まっても得るものはないと判断してのことであった。モモはユウの決めたことに反対などするわけもなく、頷くと牛乳のお代わりをするのであった。


 朝食を終えて57層に向かってユウ達は移動を開始する。ユウの肩に座っているモモは、進んでいる方向が魔人族の子供が秘密の場所と言っていた方向だと気付き、思わず笑みを浮かべてしまいユウに睨まれると慌てて口元を手で隠す。


「なんだよ。こっちの方が近いからだぞ」


 やがて魔人族の子供が耕していた場所にユウ達が近付くと、何やら様子がおかしい。魔人族の子供以外の魔人達が群がっていた。

 魔人族達もユウに気付くが昨日とは打って変わって静まり返っていた。魔人族達の中心には髑髏蜘蛛が何本もの剣や槍が刺さった状態で死んでおり、その横には魔人族の子供が横たわっていた。


「オドノ様……お前達、退きんさい」


 魔人族の子供におババと呼ばれていた老婆がユウに声を掛けると、魔人族の男達は道を開ける。ユウは魔人族の子供を見下ろすと、所々かすり傷がある程度で目立った外傷はなかった。


「ちっ……だから弱い奴は嫌いなんだよ」


 ユウは魔人族の子供にヒールを掛ける。見る間に魔人族の子供の傷は塞がり見た目は全く問題のない状態になる。


「ほら、いつまで寝てんだ」


「オドノ様」


「起きろって言ってんだろ」


 ユウは魔人族の子供の頬を軽く叩く。


「オドノ様、無駄ですじゃ……」


 ユウはおババの声が聞こえていないかのように魔人族の子供の頬を叩き続ける。


「オドノ様、坊は……死んどる。勘のいい坊が……魔物が近付いているのに気付かんとは、よっぽど嬉しいことがあったんじゃろう。こんなに耕してのぅ……なーんも生えてこん腐った大地じゃのにのぅ」


 誰も声を発さず、辺りを静寂が包んだ。


「だから弱い奴は嫌いなんだよ……」


 ユウの呟きを誰も怒らずただ黙って聞くのみであったが、やがて魔人族の一人が諦めた表情で呟く。


「仕方がない。俺達は魔人族だから……」


 魔人族は魔人族の子供の死を仕方がないと受け入れた。迫害され続けた彼等は皆がどこか諦めた表情をしていた。だが一人だけそれを許さない者がいた。


「仕方がない? ふざけるな……こいつはお前等と違って諦めていなかった。腐った大地に……満足に食事もできなくても泥水を啜っても……それでもこいつは諦めなかった。お前等と一緒にするな」


 ユウは魔人族の子供に手を翳すと死霊魔法を発動する。暫くすると魔人族の子供の瞼がピクリと動き、眠そうに瞼を擦って起き上がる。


「あれ? オドノ様……? 俺、魔物に襲われて死んだと思ったんだけど夢だったのかな? なんで皆居るんだ?」


「こりゃ驚いた……死霊魔法の使い手とは……」


「死者を蘇らせるなんて神に対する冒涜だ」


「許されることじゃないぞ。こんなこと神が許さない……天罰が下るぞっ」


 ユウの死霊魔法に驚く者や死者を蘇らせる禁忌に対して不快感を示す者もいたが、ユウにとってはどうでもよかった。


「神が許さない? 天罰が下る? いい加減に気付けよ……神なんて居ないんだよ。お前等魔人族が何かしでかしたか? こいつが何か悪いことをしたから死んだのか? 神に祈るな、神に頼るな。このガキの方がよっぽどお前等よりマシだ」


 状況がわかっていない魔人族の子供をユウは左手で抱えると魔人達に振り返り言い放つ。


「こいつは俺が貰う」


「ふ、ふざけるなっ!」


「見ろっ! こいつは魔人族の子供を拐うのが目的だったんだ! 本性を現しやがったぞっ!」


 魔人族の男達が激昂し中には手に武器を持っている者まで居たが、騒ぎ立てる魔人族達を押し分けるようにおババが前に出てくる。


「オドノ様は優しいなぁ……」


 おババの言葉に周りの魔人達が「どこがっ!?」「ババ様はどうかしてしまったのか」と騒ぎ出すが、おババはゆっくりとユウに近付き空いてる右手を握る。


「坊はもう何年経っても成長しないんじゃろぅ……村に居れば辛くなるだけじゃぁ……オドノ様、坊のことを宜しくお願いします」


 おババは魔人族の子供を孫のように可愛がっていた。それだけにユウへ頼むその姿は実の家族を思わせたが、そんなおババの気持ちも知らずに魔人族の子供は脳天気に。


「オドノ様~、付いて行くのはいいんだけど畑はどうしたらいいかな?」


「わかった。シロ」


 ユウの声を待ってたとばかりにシロが大地を突き破って飛び出す。突如現れた巨大な腐肉芋虫に魔人族は驚き戦闘態勢に入る。


「な、なんだあれは! へ、変異種の腐肉芋虫だとっ!?」


「腐肉芋虫っ!? あんな馬鹿でかい腐肉芋虫いてたまるか!」


「ババ様を護れ!」


 動揺する魔人達を尻目に、おババは魔人族の子供が「シロ~」と手を振っているのを見て、危険はないと判断し魔人達に落ち着くよう促す。


「シロ、ここら一帯を頼む」


 シロは全身を震わすと凄まじい勢いで大地を喰らっていく。大量の腐った土がシロの口内へと入って行くが、食べれば出るのが自然の摂理。同じように肛門から大量の糞が出てくる。


「わっ! シロのう○ち? すっげぇ量だな」


 魔人族達は顔を顰めるが、子供はう○ちが大好きだ。面白そうにキャッキャッ、笑っていた。


「次は……今なら大丈夫だな」


 ユウは時空魔法で屋敷と腐界のエンリオを繋げる。空間の一部が長方形に切り取られたかのように何も無い状態になる。空間の向こう側からは何やら沢山の声が聞こえてくる。


「あっ、何よこれ? ちょ、ちょっとモモが居るわよ! モモ~」


「モモ? 本当だ! モモ、元気~」


「あ~! あんたどこほっつき歩いてんのよ! 私にも名前付けなさいよ! べ、別に羨ましいからじゃないんだからね」


「え? ユウさんですか?」


 空間の向こう側から妖精やブラックウルフ達が入ってこようとするが、ユウが押し返す。


「こらっ、お前達は来なくていいから。ヒスイ、来れるか?」


「は、はい! 大丈夫です」


 妖精がぶーぶー文句を言う中、ヒスイと呼ばれたドライアードが現れる。おババを始め、魔人族達はあまりの信じられない光景に只々驚くしかなくなっていた。


「ヒスイ、ここら一帯にこの種を撒いているんだが、成長させられるか?」


「大丈夫ですよ~。任せて下さい」


 ヒスイはどこかのほほんとした笑顔で返事をすると、ほじくり返された大地に向かって魔言を放つ。魔言はまるで歌のようで魔人族達はその声に聞き惚れていた。


「芽が……し、信じられん。この腐った大地で植物が育つなんて……」


「芽どころではないぞ! ど、どんどん成長していくぞ」


 魔人族の子供は急激に成長していく植物に目を輝かせながら飛び跳ねる。


「ユウさん、そんな近くで見ていなくても大丈夫ですよ~」


「ここは迷宮内だ。念の為にな」


「あ~、それってもしかして私のことが心配で……やだ」


 ヒスイは身体をクネクネさせながら頬に手を当てて恥ずかしがるが、嬉しさの方が勝るのかユウに思わず抱き着いてしまう。


「おい、抱き着くな」


「大丈夫ですよ~植物もちゃ~んと成長させていま――あっ、モモちゃん、髪を引っ張らないで。いいじゃないですか、モモちゃんはずっとユウさんを独り占めしていたんですから偶には私が甘えても」


 嫉妬に駆られたモモがヒスイの髪を引っ張るが、本気で引っ張っているのではなくどこかじゃれていた。


「ユウさん、こんな感じでどうでしょうか?」


「ああ、無理言って悪かったな」


「えへへ、ユウさんの頼みならいつでも呼んで下さい――わっ、モモちゃん、押さなくても帰れるから押さないで~」


 ヒスイはモモに押されながら空間の向こう側に帰って行くが、向こう側では妖精やブラックウルフ達が羨ましげにユウ達を見ていた。


 シロとヒスイのドライアードとしての力は凄まじく、辺り一面植物が生い茂り腐界のエンリオではあり得ない光景が拡がっていた。


「オドノ様、これは……」


「こんだけありゃ暫くは持つだろう。泥水と魔物の死体を適当にばら撒いておけば勝手に育つからな」


 おババは植物になっている実を手に取る。見た目は赤い西瓜のような実であった。実を割って中身を食べてみると味は悪くなく、今後も実が手に入るのであれば魔人族達にとっては願ってもないことであった。




 魔人族達が驚きながらも、久しぶりのまともな食事に舌鼓を打っている姿をユウと魔人族の子供は暫く眺めていたが、やがて歩き出す。


「オドノ様、うまいもん食べられる?」


「ああ、腹一杯食えるぞ」


「そっかぁ……楽しみだなぁ。ねぇねぇ、いつかおババにも食べさせてやりたいんだ!」


「食べさせてやればいいじゃないか」


 その時、後ろからおババが声を掛ける。


「坊、オドノ様に迷惑を掛けんようになぁ。ちゃんと言うこと聞いて働くんじゃぞ」


「うんっ! 俺、オドノ様の役に立って村の皆にうまいもん腹一杯食べさせてやるんだ!」




 ユウはおババに別れの挨拶もせずに歩き出すが、途中で立ち止まると――


「またな」


 おババは皺だらけの顔を更に皺くちゃにしながら笑みを浮かべ、ユウ達を見送った。






 都市カマーにあるリコリスの酒場、今日もいつものように多くの冒険者達で店内は賑わっていた。迷宮で財宝を手に入れたのか、これでもかと食べ物を注文しエールを呷る冒険者達や、酒場の娘を口説く冒険者の男、皆が楽しい一時を過ごす中で奥のテーブルで静かに話し合う二人組の冒険者が居た。


「その話本当なんだろうな?」


「ラリット、そんな凄むなよ。俺もちらっと聞いただけなんだ。腐界のエンリオで黒髪のガキがソロでとんでもない速さで魔物を狩ってるのを見たってな」


「ニーナちゃん達には」


「言えるわけないだろうが。もしこの話をニーナちゃん達が知ったら……」


 ラリット達は塩コショウでシンプルに味付けされた肉に齧りつき、エールで流し込む。


「それでいい。誰にも言うなよ」


 ラリットはテーブルに銀貨一枚を置くと席を立つ。


「お、おい。どうすんだよ?」


「決まってる。腐界のエンリオに潜る」


「待て、待て待てっ! お前、この前Cランクになったばかりだろうが、ユウらしき奴を見た場所は43層だぞ」


「クラン『緑の守護者』の奴等が、腐界のエンリオ探索で斥候職を探してるそうだ」


「緑の守護者か……確かBランク冒険者ケネットがリーダーのクランだな。だがCランクになったばかりのラリットが入れるか?」


「やるしかねぇ」


 数日後、何人もの希望者が居る中、ラリットは見事『緑の守護者』に選ばれ腐界のエンリオ探索に行くことになる。

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