第105話:強者と強者
聖ジャーダルクの誇る諜報員達は、今回の任務のために50名以上の人員を用意していたにもかかわらず、ゴーリアとニーナの手によって、すでに半数以上が命を落としていた。
「隊長……あ、現れました。ユウ・サトウで間違いありません」
「よし、少女の確保はどうなっている?」
「3名向かわせています」
意識を失い地面に墜落したレナは、ミスリルのローブの高い防御性能のおかげで軽傷で済んでいた。
地に横たわるレナに影が差す。
レナの傍で立っている3人の男達は、レナを確保しようと向っていた聖ジャーダルクの諜報員達だった。男の1人がレナの状態を確認しようと手を伸ばすが、結界によって弾かれる。
「結界……だとっ!? 意識を失っているはず――」
その時、凄まじい殺気が男達に叩きつけられる。男達は咄嗟にレナから距離を取ろうとするが遅かった。黒い壁が男達へ迫る。黒い壁の正体はユウの放った黒魔法第1位階『ストーンブレット』、石礫を壁と見間違うほど大量に放たれたものだった。
「躱せっ!」
「む、無理だ。こんな数どこ――」
最初の石礫が男の腕に当たる。小さな石礫は当たると同時に飛散し、男の腕の肉を巻き込み吹き飛ばす。次々と死の石礫が男達に襲い掛かる。石礫は逃げようとする男や盾で防ごうとする男、諦めて光の女神イリガミットへ祈りを捧げる男も容赦なく挽き肉に変え、平等な死を与える。結界で守られていたレナの周りには、3人の男達だったと思われる血溜まり以外何も残っていなかった。
「無茶苦茶だ……あの女と一緒であいつも狂っていますよ!」
「待て。こっちを敵と勘違いしている恐れがある」
ニーナ達の惨状に、ユウがゴーリアと自分達を仲間と思っている可能性があると判断した隊長は、ユウへ呼びかけようとする。しかし呼びかける前にユウの口が動く。ユウと聖ジャーダルクの諜報員達との間には数十メートルの距離があり、普通に話しても聞こえる距離ではなかったが、聖ジャーダルクで諜報員となるべく訓練を受けていた男達には、口の動きからユウの言葉を読み取っていた。内容を読み取った聖ジャーダルクの諜報員達に戦慄が走る。
お前が隊長だな。他は要らない。
「アースウォールを使えっ!!」
隊長が叫ぶのとほぼ同時に、黒魔法第1位階『アースウォール』が次々と展開されていく。聖ジャーダルクの諜報員達の目の前に、幾重にも展開されたアースウォールが守りを固める。アースウォールの向こう側からは、爆撃でもされているかのような炸裂音が鳴り響く。
「あ、ありえん。普通のストーンブレットの威力じゃない……すでに2つ目のアースウォールが突破されているぞ」
「そもそも、何故隊長がわかったんだ?」
「ハッタリかもしれん」
「いや、あの顔は間違いなく……隊長、それは……!?」
男の言葉に隊長へ視線が集まる。隊長と呼ばれた男は結界で守られていた。いや、正しくは囚われていたと言った方がよかったのかもしれない。
聖ジャーダルクの諜報員達は、アースウォールがユウからの攻撃を防いでいる間に逃げるべきであった。アースウォールとストーンブレットのぶつかり合う激しい音に気を取られ、足元にクモの巣状に拡がる魔力の糸に気付くことができなかった。
「お前達、散れっ!」
魔力でできた糸から黒魔法第2位階『アイスバーン』が発動、地面から聖ジャーダルクの諜報員達の足首まで氷が覆う。動きを止めた後に、黒魔法第2位階『アースランス』が止めを刺していく。かろうじて生きている者達も居たが、アイスバーンと返しの付いているアースランスによって地面に縫い付けられていた。
ユウの創り出したアースランスには、返しの他に細かな穴と中が空洞になっており、貫かれた者は血が壊れた蛇口から出る水のように、止めどもなく流れ続けていた。
結界内に囚われた隊長は、一瞬にして20名以上の屈強な諜報員達が絶命または瀕死の状態になったことが信じられず、地面に膝をつく。
「お前、何勝手にオイラの獲物に手を出してるんだ」
目の前で虐殺が行われたにもかかわらず、ゴーリアはいつものお調子者の雰囲気を崩さなかった。
一方のユウも20名以上の命を奪ったにもかかわらず、結果を確認するともう興味はないとばかりに、ニーナの下へ歩いて行く。
「そいつにやられたのか?」
「ちっ違うのっ! これはちょっと血が出て大袈裟に見えるだけで、大したことないよ! 本当に大丈夫だから心配しないで!」
ニーナは自身の傷をユウから隠すように太腿に覆い被さるが、大量の出血により顔は青く、ニーナの周りは血溜まりが出来ていた。
「もう大丈夫だ。俺が皆殺しにしてやる」
ユウは魔力の糸を通じて、ニーナへ白魔法第5位階『グレイトネスヒール』をかける。ユウの込めた莫大な魔力が治癒の力に変換され、ニーナの消失した足を再生しながら全身を癒していく。
「おい、オイラを無視するなよ。
その黒髪……お前がユウか? 想像よりずっと子供だな。まぁ、魔法の力は認めてやるよ。オイラの攻撃を防ぐ結界なんて並大抵の奴にはできないからな。
あ~あ、どうせなら後衛職じゃなく前衛職なら、オイラも楽しめたのにな~」
ゴーリアとユウの距離は2メートル、すでにお互いの殺傷圏内に入っていた。
先に動いたのはゴーリア、横薙ぎに鋼竜のハンマーを振るう。様子見で放った攻撃であったが、超重量級の武器が空気を切り裂く轟音は、当たればどうなるかを容易に想像させた。
対するユウは武技『縮地』を使用し、一瞬にしてゴーリアの懐まで潜り込むと、武技『発勁』を顔面へ叩き込む。以前権能のリーフの団員達に使用した際は、顔を吹き飛ばすほどの威力を誇った『発勁』だったが、喰らったゴーリアはさして効いていないかのように首を何度か鳴らす。
「へぇ……接近戦もそこそこできるんだな。オイラ、ビックリ」
目の前で余裕の態度をとっているゴーリアを無視し、ユウは魔力の糸を拡げていく。ニーナ、レナ、マリファ、コロとはすでに魔力の糸を繋げ回復魔法を送り込んでいたが、スッケに関してはまだ見付けることができていなかった。
「お前……その魔力の糸みたいなの止めろ。オイラと戦ってるのにそんな余裕があると思っているなら、間違いなんだな」
少し苛立つゴーリアを無視し、ユウは範囲を更に拡げる。ユウの態度にゴーリアから剣呑な雰囲気が漂ってくる。鋼竜のハンマーを握る右腕が一回り膨れ上がる。
「オイラを舐めるなよっ!」
ゴーリアが槌技『剛槌』を発動。ユウの頭上より、先程とは比べ物にならない速度で鋼竜のハンマーが迫る。
生け捕りにするよう言われていたのを思い出すゴーリアだったが、一度発動した『剛槌』を止めることは、ゴーリアにもできなかった。
ユウは背負っている魔法の盾を左手に装備し、『剛槌』を受け止める。
(馬鹿がっ! オイラの『剛槌』を片手で受け止められるわけが――)
鋼竜のハンマーと魔法の盾が激突する。空気から伝わってくる震音が如何に凄まじい激突かを物語っていた。
「オイラの攻撃を……片手で受け止めたっ!?」
ゴーリアの攻撃を受け止めたユウは、足首まで地面に埋まる。絶好の追撃をするチャンスにもかかわらず、自身の攻撃を片手で受け止められたことに、ゴーリアはショックを受けていた。その為、ユウの次の攻撃をまともに喰らってしまう。
武技『剛脚』、お返しとばかりにユウの放った蹴りは、重装備のゴーリアを十数メートル吹き飛ばす。
ひとまずニーナからゴーリアを引き離したユウは、焦燥した顔で辺りを見渡す。
吹き飛ばされたゴーリアにほぼダメージはなかったが、倒れたまま空を見上げていた。その表情は驚きから歓喜へと変わっていく。軽快に立ち上がると鋼竜のハンマーを肩でトントンッと叩きながら、首をぐるりと回して音を鳴らす。
「ユウ・サトウだっけ? 強いな。攻撃、防御、魔法、隙がないな。だけどオイラ負けないよ」