第100話:夕日を背負った少年
膨大な種族の情報が集まる冒険者ギルドが危険視する種族が3つある。
1つ竜族、最弱のアースドラゴンですらランク6、強靭な肉体に強固な鱗、ランクが上がり龍になると国家で対応するレベル。
2つ巨人族、人間種と共存している巨人族とは別種、その膂力は並みの魔物など寄せ付けない。特に古の巨人族は龍に匹敵する力を持っており、見かけても決して手を出さないよう冒険者達に徹底させている。
そして――天魔族、古には天使族と悪魔族と呼ばれていたが、現在では同種との見解が過半数の意見として天魔族で統一されている。再生能力、恐怖、魔法耐性、高位の魔法を使う者が多く、単体で国を滅ぼす個体も確認されている。
「おい、付与士。ありったけの付与魔法を掛けろ。
あのデカブツは俺が相手するから残りはお前等で何とかしろ」
「旦那……いくらなんでもアークデーモンを1人で相手するなんて無茶ですぜ」
「呑気に話し合いしてる時間はないようだぜ」
門から這い出たアークデーモンは周囲を見渡し、ジョゼフ達を視界に収めると詠唱を開始する。
「地獄より湧き出る火よ集え、地獄の炎となり我が敵を焼き尽くせ」
アークデーモンの前に黒色の炎が顕現する。凄まじい熱量に門の上に座っているチー・ドゥは結界で熱気を遮断する。
「く、黒魔法第6位階『獄炎』……アニタさん、結界を張ります!」
メメットが結界を展開するが金月花団員達の誰もが理解していた。防げないと――
「『獄炎』」
アークデーモンより放たれた『獄炎』が、レッサーデーモンを巻き込みながらジョゼフ達に迫る。
巻き込まれたレッサーデーモンは高い魔法耐性を持っているにも関わらず、獄炎によって消し炭と化す。
ジョゼフは前に出ると、岩石竜の大剣を上段に構え一気に振り下ろす。
「暗黒剣『吸魔』」
ジョゼフが放った暗黒剣『吸魔』は、以前修練場でユウのエクスプロージョンを打ち消した技であった。
岩石竜の大剣と獄炎が衝突すると、吸魔で吸収しきれなかった獄炎が左右に別れて後方で燃え上がる。
「ちっアホみたいに魔力を込めやがって、吸収しきれなかったじゃねぇか」
ジョゼフの全身から煙が立ち上る。灼熱虎の放つ高温のブレスすら物ともしなかったジョゼフが、ダメージを受けていた。
「ひっひ、流石のジョゼフも無傷とはいかなかったようだな。ほら、ぼうっと突っ立ってる暇あんのか?女共の方へレッサーデーモンが向ったぞ」
「付与士、女の方へ行ってやれ」
「でも旦那1人じゃ……」
「邪魔なんだよ。たく……こんなことになるなら聖魔剣でも持ってくりゃよかったぜ」
「アニタっ」
「今話し掛けんじゃないよ!」
レッサーデーモンが腕を何度も振り下ろし、アニタへ叩き付ける。アニタは白銀のタワーシールドで受け止めるが、白銀のタワーシールドからは悲鳴のような音が鳴り響く。
メメット達、後衛職が魔法を放つが高い魔法耐性を持つレッサーデーモンには効果が薄く、決定的なダメージを与えることができなかった。
「しつこいんだよっ斧技『剛斧』!」
ワーシャンがレッサーデーモンの背後から斧技『剛斧』を放つ。土竜蛇すら斬り裂いた戦斧だったが、レッサーデーモンの肉を数cm斬り裂くのがやっとだった。
「そ、そんなワーシャンさんの攻撃であの程度しかダメージを与えられないんじゃ、勝てっこないよ」
「簡単に諦めるんじゃないよ! 攻撃は私が全て受け止めるから、あんた達は攻撃にだけ専念するんだ!」
金月花で1番攻撃力のあるワーシャンの攻撃が、レッサーデーモンにさほどダメージを与えられなかったことに、唯でさえ戦意の喪失していた金月花団員達に不安が拡がっていく。中にはすでに武器を捨てて諦めている者もいた。
「アニタさんの言う通りさ! この程度の危機は今まで何度もあったじゃないか。
それに見なよ。ワーシャンさんの攻撃で傷が付いてるじゃないか。傷跡にならメメット達の魔法だって通るさ」
モーランは座り込んでいたカミラの背中を叩き、立ち上がらせる。徐々にだが恐慌状態の団員達に戦意が戻り始める。
「それにしてもあのチー・ドゥって奴はなんで襲われないの?」
ベルが門の上で座り込んでいるチー・ドゥを睨みながら、皆が思っていた疑問を呟く。
「恐らくだけどあのチー・ドゥって奴はビーストテイマーだ。従魔を操る際の魔言でレッサーデーモンをある程度操ってるんじゃないかな」
ワーシャンの予想は当たっていた。チー・ドゥはスキル『使役』を使用していた。但しチー・ドゥと言えど、ランク6のレッサーデーモンを完全に操ることなどできない。チー・ドゥはレッサーデーモン達に餌があると教えただけだった。あとはレッサーデーモンが餌に群がるのでそれ以上チー・ドゥが手を下す必要は何もなかった。
「ぎゃっ、もう1匹来たよ!」
新手のレッサーデーモンが向かって来るが、アンスガーが他のレッサーデーモンを抑えてなければとっくに金月花団員達は全滅していた。
一方、ジョゼフとアークデーモンの戦いは激戦となっていた。
「しつけぇ」
ジョゼフが剣技『一閃』を放ち、アークデーモンの首を斬り裂くが強力な再生によってすぐさま傷が塞がっていく。大技で一気にケリをつけたいジョゼフだったが、チー・ドゥの従魔がそれを許さない。先にチー・ドゥの従魔を倒そうにも従魔はジョゼフから一定の距離を取っており、簡単には倒せなかった。その間にも門からはレッサーデーモンがまた1匹現れる。
「ジョゼフ、どうした? 早くしないとまたアークデーモンが出て来るかもしれないぞ?」
チー・ドゥがジョゼフを煽る。
ジョゼフは何度か門を破壊しようとしたが、門には傷一つ付けることができなかった。
仮にアークデーモンが、いやグレーターデーモンクラスでも門から出て来れば、ジョゼフはまだしも金月花団員達は皆殺しにされるだろう。
「空に漂う数多の雷よ――」
アークデーモンが黒魔法第5位階『迅雷』の詠唱を始める。
「誰が唱えさせるかよ」
ジョゼフがアークデーモンに向って走るが、チー・ドゥの従魔灼熱虎が邪魔をする。
「さっきから邪魔なんだよ」
灼熱虎が高温のブレスを放つが、ジョゼフはお構いなしに突っ込んで灼熱虎を斬り捨てる。
アークデーモンの詠唱はまだ終わっていなかったが――
「『迅雷』」
空より激しい雷がジョゼフへと降り注ぐ。雷に全身を貫かれたジョゼフが大剣を地面に突き刺し、歯を食いしばり耐える。
迅雷が去った後には全身から黒煙を漂わせるジョゼフが立っていた。
「こ、この野郎。詠唱破棄ができるくせに態々詠唱なんてしやがって」
大剣を杖代わりに立っているジョゼフを見下ろし、アークデーモンが笑みを浮かべる。
ジョゼフはアイテムポーチからポーションを取り出し飲み干すと、大剣を背負い一気に空気を吸い込む。
「いい加減死ね! 聖剣技『聖流斬』」
ジョゼフから放たれた剣気をアークデーモンは両腕で防ぐが、両腕はいとも容易く切断され胸元を大きく斬り裂く。深手を負わされたにもかかわらずアークデーモンからは余裕が消えなかった。しかしいつもならすぐさま再生する腕と胸元の傷が一向に再生しないことに、アークデーモンが首を傾げる。
「ば~か、聖剣技で付けた傷がそう簡単に塞がるかよ」
ジョゼフは止めを刺そうとするが、またもやチー・ドゥの従魔が邪魔をする。その間にアークデーモンの傷は徐々にだが再生していく。
「ひっひ、ジョゼフ、俺の従魔が居るのに簡単に倒せると思うなよ?
さて俺も仕事をするか。そ~ら、お前等のご馳走はあっちにあるぞ!」
チー・ドゥの魔言にレッサーデーモン達が一斉に反応する。
「ちょっ! レッサーデーモン達が1匹、2匹……沢山来てるよ!」
ベルが慌てるのも無理はなかった。アンスガーが抑えこんでいたレッサーデーモンだけでなく、門から次々と現れるレッサーデーモン達までもがアニタ達の方へ向かって来ていた。
「こりゃ……腹を括るしかないね」
「やだやだ! もっと美味しい物食べたいし、欲しい服も一杯あるんだからね! 死にたくないよ。そだ逃げようよ!」
ベルがワーシャンの言葉に子供のように駄々を捏ねる。レッサーデーモンの攻撃を受け止めているアニタのコメカミに青筋が浮き上がる。
「ベルさんっ来ました!」
アプリがタワーシールドを構える。レッサーデーモンの群れに皆が覚悟を決める。
しかしレッサーデーモン達は、アニタ達の横を通り過ぎそのまま走り去ってしまう。
「ふぇ? 通り過ぎた? やった!生き残ったよ」
「バカっ! レッサーデーモン達が向った先は……」
アニタが怒鳴るのも無理はなかった。レッサーデーモン達が向った先には――
「カマーがある」
ワーシャンが青い顔をして告げる。
レッサーデーモンのランクは6、たった1匹でも都市カマーに入り込めば何百、下手をすれば何千人の犠牲者が出るかわからない。そんな魔物が何匹も都市カマーへ向って走り去ったのだからワーシャンの顔が青くなるのも無理はなかった。
「ひっひ、都市カマーには今は都合よく高ランク冒険者が居ないそうじゃないか。
レッサーデーモンの群れが都市カマーに入れば、唯じゃ済まないな。子供、老人、女、弱い奴からあいつ等は襲い掛かるぞ? 想像するだけで興奮するなぁ」
「追い掛けるよ!」
「今からじゃ間に合わないよ」
アニタはすぐに走り出すがとてもじゃないが追いつけない。
夕日に向って走って行くレッサーデーモンの群れに、アニタ達の胸の中を絶望感が拡がっていく。
「ひっひ……ひゃっひゃっひゃ! 俺の勝ちだ! お前等がどうしようがもうどうにもならねぇ! お前等も都市カマーの奴等も皆殺しだ! レッサーデーモンの――あ? なんだありゃ」
夕日に向かって走っていた先頭のレッサーデーモンが突如倒れる。そして次々に残りのレッサーデーモン達も倒れるとそのまま起き上がることはなかった。
全てのレッサーデーモン達が倒れた後に、夕日を背に2つの影が立っていた。
2つの影はゆっくりとこちらに向って歩いて来る。チー・ドゥは目を凝らす。
「ガキに黒色のゴブリンだと……!?」
1人は大剣を担いだ少年、もう1匹は戦斧を担いだ黒色のゴブリンだった。
「おい、何笑ってんだよ」
大剣を担いだ少年――ユウは後ろにつき従うクロが声こそ出さなかったが、口角を上げているのを咎める。
「おぉ、これは失礼致しました。某、主はあやつ等が全滅するまで放っておくかと思ってましたので。
それにこのレッサーデーモン達を態々倒したのも……クク」
「それは……あいつ等が中々死なないからだ。待ちくたびれただけだ。レッサーデーモンを倒したのは……都市カマーには知り合いが居るからな」
「なるほど。コレット殿やウッズ殿の為ですか」
「そうだ。他の奴等がどうなろうが知ったことじゃないが、知り合いが居るからな」
ユウ達はアニタ達の横を通り過ぎる。その際モーラン達はユウの顔を見て思わず笑みが浮かぶ。
チー・ドゥは門の上からユウ達を見下ろすが、突然の乱入者に不快感を隠していなかった。
「誰だてめぇ……正義の味方気取りか?」
「お前の目は節穴か? 俺のどこをどう見れば正義の味方に見えるんだ」
「ククッ……」
クロが思わず笑い声を抑えきれずに出してしまう。ユウは横目でクロを睨みつけると慌てて口を手で塞ぐ。
「変異種のゴブリンに黒髪のガキ、そうかお前がユウ・サトウか。俺はチー・ドゥだ」
「チー・ドゥ? クロ、知ってるか?」
「聞いたこともありませんな」
「だってさ。俺も知らん」
ユウとクロのチー・ドゥを馬鹿にしたやり取りに、チー・ドゥの顔が憤怒に染まった。