「……ここは?」
見慣れない部屋で目覚めた木村 悟史は、頭を抱え重くなかなか言う事をきかない体をゆっくりと起こした。
「…ここは何処なんだ?」
わけが分からず、少しパニックになりかけていた悟史の目に、横たわる女性らしき姿が写った。
「あっ、あの…大丈夫ですか?」
二メートルほど離れた所に横たわる女性に、悟史は恐る恐る近付き、肩をポンポンと叩いた。
「…!?美紀か?おい、大丈夫か!」
そこにいたのは悟史の彼女である遠藤 美紀であった。
悟史の声に反応した美紀は、ハッと目を覚ました。
「…悟史?」
眠そうに目を擦りながら起き上がった美紀だったが、辺りを見渡し今自分の置かれている状況に気が付いたようだ。
「えっ、悟史?ここ何処なの?」
「分からない…俺もさっき気が付いたんだ」
部屋は学校の教室ほどあり、壁には窓は無くコンクリートで覆われており、天井に蛍光灯が数本あるだけで薄暗く不気味な感じであった。
この薄暗さが一層二人の不安を大きくさせた。
「悟史…怖い…」
美紀は不安そうに悟史の腕を強く掴んだ。
「大丈夫だよ、心配ない」
美紀を励ます悟史だったが、正直不安で一杯だった。しかし、こういう状況でこそ自分がしっかりしなくてはと自分にいいきかせた。
「美紀はここにいて、ドアを調べてくる」
部屋の端に頑丈そうな扉があった。しかし悟史が押しても引いても扉はびくともしない。苛立った悟史は扉を強く蹴った。
「くそっ!どうなってるんだ!」
「悟史、落ち着いて!」
美紀の声で我に還った悟史は取り乱してしまった自分に反省した。
「ごめん…」
「取り合えず落ち着いて考えよう」
美紀は不安で一杯のはずなのに、明るい笑顔で言った。
「他にも出口があるかもしれないよ、手分けして探そう」
美紀の笑顔に元気をもらった悟史は、両手で頬をパンと叩いて気合いを入れた。二人は何かないかと壁を触って歩いた。
しかし、二人の期待とは裏腹にコンクリート剥き出しの壁には出口らしに所はなかった。
「一体誰がこんな事を…」
悟史は記憶をたどってみたが、人に恨まれるような事をした事がない。それどころか、おとなしく内気な性格故に、人と接するのが苦手で彼女がいるのが不思議なくらいなのだ。
悟史は深く溜め息を吐きながら座りこもうとしたその時だった。
「ザッ、ザザーッ…残念ながら出口はないよ…」
急に天井辺りからノイズの音とともに男性らしき声が聞こえてきた。
「誰だ!一体俺達をどうするつもりなんだ!!」
悟史は天井に向かって大声で怒鳴った。
「まぁ落ち着いて聞いてくれ、とは言ってもこの状況は無理か」
天井に付いている小さなスピーカーから男は冗談混じりに言ってきた。
「ふざけるな!」
怒りを抑えきれず壁を思いきり蹴りつけた悟史だったが、美紀の今にも泣き出しそうな表情を見て怒りを抑えた。
「木村くんだったかな?君はおとなしそうな性格だと思っていたけれど意外だねぇ」
「俺を知ってるのか!?お前は誰だ?」
スピーカーの男は悟史の言葉を無視するかのように話し始めた。
「君達にはこれからちょっとしたゲームをしてもらう。といってもルールはいたって簡単だ。君達の体に毒を仕込ませてもらった、もうすぐ効いてくるだろう」
「なんだって!どういう事だよ!?どうして俺達が?」
「まぁ最後まで聞いてくれ、この部屋のどこかに解毒剤が隠してある。それを見つければいいだけの事だ」
男は少し笑いまじりの声でいった。
「あと十分ほどで毒が効いてくるだろう、それからもって五分ってところかな?それでは頑張ってくれ」
「おっ、おい!ちょっと待ってくれ!」
慌てて叫んだが、悟史の声は届いていないようだ。
美紀は泣き崩れてしまった。正直悟史自身も泣きそうだった…。
訳が分からず、知らない所に連れてこられ、自分の体に毒が仕込まれていると聞かされて普通でいられる訳がない。
「くそっ!一体誰だ!」
拳を床に叩き付け、取り乱しそうになる自分を必死に抑え、冷静を装った。
「美紀!大丈夫だから、俺がいるから!」
震える美紀の体を抱き締め、大丈夫だと美紀と自分に強くいいきかせた。
「美紀、男の話が本当だとしたら急がなくちゃ!このままじゃ二人ともヤバい」
「…分かった」
泣きやんだ美紀は、服の袖で涙を拭った。
「手分けをしよう、部屋の中心から半分ずつ探そう、俺はこっちで美紀はそっち」
悟史は指を指しながら美紀に合図すると、自分の調べる範囲をゆっくりと細かく見て回った。
美紀も同じくゆっくりと見て回った。
全然納得がいかなかった悟史だったが、しばらくして目つきが変わった。男が言った時間よりも少し早く体に異変が起こった。
なんだか体が重く少しづつ苦しくなってきたのだ。
同じく美紀も屈んで少し苦しそうにしている。
「美紀!」
悟史は慌てて美紀の方に駆け寄った。
「私は大丈夫、それより急ごう」
こんな状況でも美紀は笑顔でいてくれる。その笑顔を見た悟史の目から多量の涙が溢れ出てきた。
悟史は、急げと自分の心の中で何度も叫び、床や壁の隅々まで捜した。しかし時間が経つにつれて体は鈍くなる一方だった。
「悟史!悟史こっちきて!」
「あったのか!?」
美紀は床を指さしながら悟史を手招きした。
美紀の指さした所には、とても小さな取っ手みたいな物がある。悟史は取っ手に人指し指をかけて引っ張ってみると、中から紙切れと液体の入った小さな小瓶が出てきた。
「あった…これだ!この紙切れはなんだ…」
四折りにされた紙切れを広げると、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『よく見つける事ができたね、これが解毒剤だ。
しかし、この小瓶には一人分しかない、これがどういう事か分かるかな?』
読み終えた悟史は、全身から力が抜け肩から崩れ落ちてしまった。
「…畜生!どこまで卑劣なんだ!」
「……悟史」
美紀もまた泣き崩れてしまった…。
この時、悟史の頭には美紀と出会った時の光景が浮かんでいた。
あれは、三ヶ月前の春の事だった…。
悟史は大学生になって二年目にして人生初の彼女ができたのだ。それも大学の男の中では可愛くて頭も良く、とても人気のある遠藤 美紀だった。
出会いは、帰ろうと駅に向かう途中、悟史は自転車のタイヤがパンクして困っていた彼女に会い、そこから仲良くなっていったというとても単純なものだった。
もしかして彼女との関係を良く思っていない者の仕業なのかもしれない…。
昔を振り返っていた悟史はふと我に返り、真剣な表情をして美紀に言った…。
「美紀…お前が飲んでくれ」
美紀は泣きながらも悟史の顔を見て言った。
「いやっ!それじゃ悟史が…」
「俺はいいんだ…美紀と過ごした三ヶ月間とても楽しかった…すごく幸せだって思えた…」
「いやっ!絶対!」
美紀は再び泣き出した。
「美紀!聞いてくれ!俺が一番大切なのは自分じゃない、美紀、お前なんだ!お前にはお願いだから生きてほしい」
だんだんと息苦しさを感じてきた悟史だったが、必死に美紀を説得するようにして言った。
「お願いだ、美紀…短い間だったけど、俺はお前の笑顔、そしてお前自身が何よりも大好きだ!俺は後悔はない…」
悟史は小瓶の蓋を開け、強引に美紀に飲ませた。
泣きながらも美紀は、中身を口に入れゆっくりと飲み込んだ。
「美紀…ありがとう…」
そう言うと、悟史は笑顔でゆっくりと倒れていった。
「悟史!悟史!!」
それっきり悟史は動かなくなってしまった…。
毒が体中に周り、とても苦しかったはずなのに、悟史は美紀に苦しいようなそぶりは全くみせなかった。
「いやぁぁぁあああ!」
美紀の悲痛な叫びがコンクリートの壁に反響して部屋中に響きわたった。そして美紀は悟史を抱き締めるようにして泣き崩れていった……。
しばらくして、頑丈な扉が開きスピーカーの声であろう男がゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「はぁ〜今回も同じだな…」
男は悟史を見ながら不気味な笑みを浮かべながら言った。
「遠藤君、いつまでそうやって演技してるんだ?」
男が言うと、美紀はさっと立ち上がり、さっきまでとは別人のような顔付きをしていた。
「…また同じだったね」
美紀も不気味な表情をして言った。
「まぁ彼で十人目だし、やっとレポートがまとめられるな」
男の言葉を否定するように美紀は言った。
「これだけでは人間の心理はまだ分からないわ、まだ別のパターンがあるかもしれないし…」
「そうだな…もう少し実験してみようか?」
「そうね…」
その後、二人の不気味な笑い声が部屋に響いた……。 |