第16話 忍び寄る影
幽州に新たな属性が付与された。それは“妖艶”“小悪魔”の2つ―――加入した新武将は黄忠、馬岱の二人。
一刀は彼女らの真名を預かり、ともに乱世を平和に導く仲間として迎え入れる。
「行ってしまいましたな」
「うん」
でも、しょうがないかも。
「説得が必要ないとのことでしたが」
「うん」
そう、必要ないと思う。彼女の気持ちは、きっと変わらないから。だって―――
「御遣いとやらはそこまでの人物なのでしょうか」
「うん」
――― 一刀さんに、惹かれてしまったのだから。
「会いたいな……」
「儂も会ってみたくありますのう。桃香様と紫苑、そして蒲公英までもがここまで懸想するそ奴に」
平和になればいつだって会える。
その平和のためには何が必要か。
戦力で劣っている場合に戦争が起こった時に戦争をやめて欲しいとお願いするのは、相手からすれば命乞いに他ならない。対等な立場でなければ話すら聞いて貰えない。争いをなくすことを謳ってきたけど、だからこそ。
(私もいろいろもっと、頑張ろう。みんなに心配をかけないで……自分の身くらい自分で守れるように)
「桔梗さん、弓を教えてください」
「……儂の特訓は厳しいですぞ?」
一瞬顔をキョトンとさせた桔梗さんが口角を上げてニヤリと笑むのに背筋の寒さを覚えながらも―――
「やります!」
―――決意が揺らぐことは無かった。
◇
「さて、緊急の軍議を開いたのには当然理由がある」
「ついに来たか……」
曹魏、幽州へ宣戦布告。
徐州を手中に収め、さらに領土を拡大した曹操。その次の矛先はうち、幽州だった。
当然といえば当然である。地盤が固まっていない南方に進出しても良いが、孫呉は防衛戦かつ経験豊富な水上戦のため比較的楽な戦闘に持ち込めるし、さらに曹魏の領土は位置関係上で孫呉と関係が良好な幽州に挟撃される恐れがある。幽州を狙うのならば孫呉は陸戦・侵攻戦のため孫呉は援軍も出せないだろう。
すでに曹操軍は西涼方面に進出しているため、これ以上戦線が伸びて攻撃を受けるリスクを避けたいのだ。孫呉と同様に劉蜀も地盤が安定していないわけだし。
「雛里、五胡に対する備えも当然必要だよな?」
「はい、むしろ今まで動きがなかったことが異常です。袁紹軍との戦いはこちらが短期戦で勝つことを見越したのかもしれません。ですが相手が曹操軍となると……」
「戦が長引くから、好機というわけか」
反董卓連合で軍勢が終結した際もある程度余力を残して参加した。
だが、今回は総力戦になるだろう。五胡に対する備えも幾分か減らさなくてはならない。
「白蓮、今は妹さんがいってるんだっけ?」
「ん? ああ、紅蓮と睡蓮なら……じゃなくて範と越ならそれぞれ遼東と遼西に行ってるな」
遼東。リャオトン半島としても日本人が知っているであろう土地だ。当然ここからは距離がある。
「うーん、遼東・遼西ともに現状維持かな」
「そうだな……うん、一刀の言う通りでいいだろう。それでもいいか、雛里?」
「はい、仕方がありません」
紫苑と蒲公英が加わって他の将たちの負担が大分減るはず。それでも魏の国力を考えれば総力戦で良くて五分、なおかつ北方の警戒もしなければならないので劣勢といったところになるだろうか。連携や指揮系統の乱れがあったらすぐに押されてしまうだろう。
「五胡が攻めてこなければいいが……」
「そううまくはいきませんでしょうなぁ」
地図を覗き込むようにして現れたのは星。そう簡単に物事が運ぶのならこれほど苦労はしていないだろうし。
「だよなぁ……」
「伝令、伝令っ!」
来たか。
「曹操軍が我が領土へと侵攻を開始!」
前もって前線からは民、兵士、倉庫内の物資すべてを引き払った。
本城周辺で防衛戦を展開、隙を見て攻勢に出る。勝てば戦況次第ではそのまま追走するし、厳しければ追い払ったことで良しとする。
幽州勢単独で侵攻戦に持ち込めない場合は孫呉・劉蜀に余裕ができるまで防衛戦を続けるしかない。幸いにして物資は沢山ある。
戦力の分散配置を避けて集中させる。
曹操軍をもってすれば小城などでその勢いを止めることはない、むしろ無人であることによって伏兵の警戒をさせる……なんてまだまだ素人考えだ。
人がいようがいまいが当然侵攻戦では伏兵を警戒するわけだし。
もう距離的には半分を切っているころあいだろうか。
そろそろ警戒の度合いを高めねばならない。
足が、腕が、全身が震える。反董卓連合や対袁紹の防衛戦などとは比べ物にならないほどの重圧。
「ん……?」
ふと、肩に感じる温かい感触。
「一刀」
「白蓮……」
スゥっ、と震えが引いていくのがわかる。
「最近さ、思ったんだ」
「うん?」
「なにも曹操と戦わなくてもいいんじゃないか、降伏すれば民への苦しみはもとより兵士たちの安全も保障される。俺たちは殺されるかもしれないし、なにかしらの職をもらってどこか遠隔地へ、はたまた取り立てられて重用されるかもしれない」
「一刀……」
ああ、そんな目をしないでくれよ白蓮。俺が本当に言いたいのはそうじゃない。
「でも」
前を向いて、曹操軍がやってくるだろう方角に目を移す。
「決して、万能じゃない」
治世の能臣、乱世の姦雄と称された曹操だって。
「確かに仕事はできるし武芸にも秀でているみたいだけど」
王として本拠地に構えるのが必然であり、遠方には部下を置いてその周辺地の政[まつりごと]を任せなければならなくなってくる。
「委任した部下がどれだけ忠心高くたってその末端まで行くとどうだかわからないよね」
たとえ君主、曹孟徳が信賞必罰を掲げていたとしても、それは中心―――機能中枢から離れるに従ってどうしても影響力は低くなっていく。
「それを起こさせない、或いはそういう綻びを補うのが俺たちであって、桃香たちや呉の面々だと思う」
蜀だって呉だって民が安心して暮らせる世であれば統一つまり領土的野心は持たないだろうと俺は思っている。これはきっと願望もかなり入り混じっているのだろう、けど。
「自画自賛するようだけど俺たちは幽州の民に好かれているよ。それを自らの覇道のために武力で侵攻してきた曹操軍には、治安の整った―――法で安心が保たれる街―――としても違和を感じざるを得ないだろうね」
それぞれの土地には、それぞれに合った治世が。決して緩いというわけでなく厳しいというわけでもない。
北東には俺たちが。南方には呉が、西方には蜀が。本当は北西に馬家がいて、中央を曹操が……。
各国が連携し、情報を交換し。
理想論だけどそれでいいんじゃないか、それがいいんじゃないかと思うんだ。
「だからさ、白蓮。この戦……勝とうな」
「……ああ!」
しっかりと右手を繋ぎ合って互いの想いを伝えあう。
「……敵騎影、見えましたッ!」
戦いの火蓋が、切って落とされた。
「華琳様、敵は戦力を城の周辺に集中させることを選択したようです」
「ふむ……妥当ね」
あちらは物資が豊富な幽州勢は防衛、あるいは籠城戦に持ち込めば勝機は高まる。
幽州は農・商・工業どれをとっても栄えているわけだから資源の枯渇を待つことも出来ない、か……。
「ご苦労様、桂花。この戦い、覇権を握るといっても過言ではないわね」
幽州と蜀・呉は友好的な関係にあると聞く。それもまた『あの男』という接点があってこそだ。
「ふふっ……」
そう、それでこそ。
私が肉親以外で唯一認めた男。
「楽しませてもらうわ」
◇
「公孫賛と曹操の戦い、これをみすみす見逃す手はない」
幾千、幾万もの兵士たちが平野を駆ける。
「くくく……これまで機を待った甲斐があったというものだ」
曹魏と幽州の一大決戦、当然北方の防備は薄くなる。
「行くぞ貴様ら! 待ちに待った略奪の瞬間だ!」
「「「ウオオオオオオオォォォォォーーー!」」」
重なる歓喜の声。
「金も! モノも! 女も! 全て喰らい尽くせッッッ!」
それは収まることなく。欲望の渦は幽州との国境にあと20里のところまで迫っていた。