第15話 新たなる―――
一刀が帰還し歓喜に沸く幽州に舞い込んだ報。それは孫呉が独立したというものだった。
ひと月後には各地に散らばっていた同朋の協力もあり、旧呉領を支配下に置く。
まだ地盤が完全には固まっていない状況で劉備たちを領内に受け入れた呉。なぜ、両者に繋がりがあったのか。
それは、一人の男――― 一刀によるものだった。
「えっと、ありがとうございます、孫策さん」
「いーのいーの、御遣いさんからのお願いだし。それに報酬もらってるしねー♪」
「報酬?」
「そ。お・さ・け♪」
楽しそうな孫策・黄蓋ら酒豪とは異なり、“断金”の周瑜は頭を抱えていた。
「お、お酒ですか」
同時に、対価がお酒というのもどうなのだろうと諸葛亮も考え込んでいた。
「ああ、いいんだ。酒を貰わずとも彼の頼みは聞いていたさ」
「だよねぇ。御遣いさんの頼みだも~ん♪」
一刀の評判は孫呉でも上々のようで、それを知った桃香が頬を膨らませていたのを一刀は知らない。
「では、とりあえず西進させてもらいますね」
「ああ。此方にも体面というものがあるから一応監視は付けさせてもらうぞ」
「はい。よろしくお願いします、周泰さん」
桃香たちの目的は、天然の要塞―――蜀を支配下に治め、太守劉璋の悪政から民を救うこと。
一刀という共通の知人―――友人を通して、両者は結ばれる。
「しかし雪蓮、思い切った決断をしたものだな」
「んー、まだ地盤固まってないし蜀からちょっかい出されないとも限らないしねー。それに……」
言葉を区切り、雪蓮は愛する妹のいる方向を見つめる。
「それに?」
「蓮華が教えてくれたのよ。御遣いさんみたいな人となら共同統治でもいい、っていうか統一しなくてもいいかな、ってね。確かに一国支配のほうが続くかもしれないけど、逆に末端まではその統治や思想が行きわたらなく滅んだ王朝も多い。だから賭けてみようかなと思ったのよ、誰にでも優しい……北郷一刀に、ね」
「雪蓮……」
大陸を手中に収めることを目標としていた雪蓮。
袁術配下での苦境、そして一刀との―――直接面識は無いが―――交流によって、彼女の考えは変わっていた。
「ふっふーん、見直した?」
「……過去の王朝なんていつ勉強したんだ? 熱でもあるのか?」
「ぶーぶー! それくらい知ってるわよ……冥琳私を莫迦にしすぎー!」
その後桃香たちは劉璋の統治下・益州に侵攻。その道中で厳顔・魏延と言った猛将を下し、地理を知るその2人に道案内を任せてついには益州を支配することとなった。
そのころの幽州というと。
「西は桃香、南は蓮華たち。後は……」
「曹操だけ、か」
白蓮と一刀は地図に目を落とす。
まだ地盤が不安定な両者ではあるが、確実に敵対することは無いし、むしろ友好国である。
幽州・孫呉・劉蜀。その全ては基本的に専守防衛。
しかしながら。
曹魏だけは、大陸を手中に収め、自らの統治下にすることによって民の安寧を図ろうとしている。
そのため青州・徐州を皮切りに西へ克[エン]州・冀州・予州・并州・司州・雍州・秦州・涼州と長く伸びる形になる魏は、後方の憂いを絶つためにもおそらく最初に幽州に侵攻してくるだろうことが予想されていた。
その対策として、近頃は頻繁に軍議が行われていた。
「烏丸や匈奴が怖いんだよなぁ」
「ですね。曹操さんたちと事を構えるにしても国境の警備は怠ることが出来ましぇん……せんっ」
少し頬を赤らめながら噛んだ言葉を訂正する雛里の頭を撫でている一刀を見ながら白蓮はいいなーうらやましいなーとか思いながら他の将に目を移す。
「主戦力は星・凪・真桜・沙和か……曹操軍は夏候姉妹にえーと」
「張遼さん・許緒さん・典韋さんですねー。こちらには白馬義従がいるとはいえあっちにも張遼さんがいます。将の数が少しばかり足りないのですよ」
魏の有名武将は6人で、対する幽州勢は一刀と白蓮を入れてやっと6人という現状。
大勢の決していた袁紹軍戦とは違って一刀は御旗として気軽に前線へ投入できるはずもなく、且つ白蓮は大将である。
「華雄と朧がいればとは思うけど、無い物ねだりをしてもしょうがない。現有戦力で対処だな」
そう結論付け、解散。一刀は私室へ向かう。
部屋に入ってベッドに寝転び、天井を仰ぐ。
(桃香も蓮華も今は大変な時期だしな。体制が整うまで魏が攻めてこなければ一番いいんだろうけど……)
それは無理だよな、と溜め息をこぼす。
「主、入っても?」
「ああうん、いいよ」
星が戸を開けて中へと入り、一刀の横へ腰を下ろす。
「星には頑張ってもらわないとね。たとえ無理に割り当てたとしても張遼は白蓮で、三羽烏のうち凪と真桜は許緒、典韋にあてることになると思う。沙和は個人としての武よりは統率型だから無理だし……でもやっぱ星1人に夏候姉妹は荷が重いよなぁ」
星ならば夏候惇と対峙させても大丈夫という信頼。だが夏侯淵と対峙させることのできる人材が、いない。
あと1人、欲を言えば弓に長けた武将が欲しい。
太史慈、黄忠、沙摩柯。
「思春は呉だし、呂布さんは蜀だしな」
どこかに所属しているとは聞かないその3人を思い浮かべる。
「ほう? 甘寧殿は弓も得意なのですかな?」
「俺の知ってる歴史じゃ有名な話があってね。その甘寧さんもまた沙摩柯っていう人に射殺されるんだけど」
一刀は知りうる限りの知識―――三国志“演義”の話を思い起こす。
「でもやっぱ黄忠さんかなー。夏侯淵さんを打ち取ってるし」
「夏侯淵も一騎打ちに手出しをするほど無粋ではないが、他の将兵が標的にされますからな……やはり対抗馬が必要ですな。ま、それはともかく」
「お? っと」
星は身を翻し、一刀を跨いで馬乗りになる。
「戦が始まればこうしている余裕も無くなりますからな、今のうちにと」
「はは……まぁ、それには同感だよ」
一刀は星の頬に手を添え、ゆっくりとその顔を近づけていく。
星も、一刀も目を閉じて―――
「北郷将軍! よろしいでしょうか!」
「……むぅ。某はこんなことが良くありますな」
「確かにね」
苦笑いしながら一刀は扉に向かって返事をする。
「何かな」
「太守様がお呼びです。至急いらっしゃるようにとの仰せでした」
「先程軍議を終えたばかりだというのに白蓮殿はまったく……」
「わかった、今行く」
「はっ、では失礼します」
一刀が行くからには星も行くほかない。ぐちぐちと文句を言いながらもしっかりと一刀のあとをついて行く星だった。
「一刀……お前に、お・ま・え・に、用があるそうだ」
少しばかり黒いオーラを発しながら涙目で睨みつけてくる白蓮をひとしきり慰めた後、一刀はその人物らと対面する。
「お久しぶりですね。最近は見かけませんでしたけど、何かあったんですか? 今日はお子さんもお連れしていないようですし……」
「娘は友人のもとへ預けてきましたわ。友人の求めに応じて少しばかり帰郷していたのですが、そこも落ち着きました。南方も落ち着きを見せていますし、曹魏の動きが活発化していると聞きましたから……。ですのでぜひ、御使い様のお力になりたいと。そうですね……少し時間をいただけますか」
「構いませんが……隣にいるのは」
「はい、この子も北郷様に会いたいとおっしゃいますので一緒に」
そこにいたのは見知った顔。
短い間ではあるが同じ目標を持って行動した彼女。
「……久しぶりだね、馬岱さん」
「久しぶり、北郷さん!」
場所は変わって練兵場。一刀と星は期待に胸を膨らませていた。
「……主、ひょっとすると」
「うん、あるかもしれない」
馬岱さんの実力は護衛してもらった時にも見ているし、何より連れてきた彼女のお墨付き。そして彼女の実力も馬岱さんは認めている。だから彼女の技量だけをはかることにした。
練兵場で、先程の女性の腕前を見ることになっている―――弓、の。
「では、失礼いたします」
「こちらこそ」
互いに武器は訓練用の先を潰した矢、槍。対峙するのは星である。
「……始めっ!」
一刀の合図とともにすかさず弓矢を放つ。
(早いっ……それも三連射だと?)
懐に飛び込めさえすれば勝負はつくのだが。迫りくる矢を払い落としながら星は近寄る術を考える。
「……ここだッ!」
「っ! くっ……」
流石というか、速さには自信がある星。喉元に槍を突きつけようとするが―――
「ちぃっ!」
弓本体で打撃を防がれ、すかさず距離を取る。
「星、終わりだ。もう実力はわかったよ」
「しばしお待ちを、と言いたいところですが。勝敗が目的ではありませんからな、仕方ない」
「では……?」
「うん、貴女の実力はわかったよ。これから宜しくお願いします」
実力を見定めた一刀は戦いをやめさせ、女性に手を差し出す。
「わたくしは黄漢升と申します。以後、紫苑とお呼びくださいませ―――ご主人様」
誰もが見惚れるような笑みで、彼女は名を告げた。
(黄忠さんがなんで幽州にいたのか……歴史との相違点は多く見てきてるから、気にすることでもないのかな)
「蒲公英の真名はたんぽぽだよ! たんぽぽって呼んでね、ご主人様♪」
「うん。蒲公英も、よろしくね」
なんというか、幽州に弓・騎馬を得意とする武将が加入するとともに“色気”という属性が付加された。さて、蒲公英は属性としてどんなキャラなのか。
そんな他愛もないことを考えていた一刀だった。