ユーチューバーソージ
「よし、やるぞ」
「マジでやんのかよ」
「当たり前だろ、何のために高いカネ出してこんなもん買ったと思ってんだよ」
「……物好きすぎんだろ」
USBのフロッピーディスクドライブが繋がれたPCを前にして、手書きのラベルが貼られた3.5インチフロッピーディスクを手にした俺をほぼ無視するようにして、呆れたように笑ったユーキはベッドの上に寝転んだ。
黒縁メガネの位置を中指で直し、そのまま前髪を掻き上げると、コンビニの袋の中からポッキーを取り出して食い始める。
俺は手に持ったフロッピーに視線を落とし、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「おい、ベッドの上でお菓子食うなよ。ってか今から降霊術やるんだから、ちゃんとスマホで撮ってくれよ」
わざわざ使う予定のないフロッピーディスクドライブまで買って来たのは、霊界とつながってパソコンから貞子ばりの幽霊が出てくると言う噂で発売中止になった、古い同人ソフトを手に入れたからだ。
もちろん、ただの趣味でそんなものを買ってきたわけではない。
今流行のユーチューバー。
夢の一攫千金を求めての事だ。
ユーキはポッキーをくわえたまま、ひょいひょいと指を動かしてムービーを撮り始める。
俺は慌てて姿勢を正して、スマホに向き直った。
「はい皆さんこんばんわ! 今日はこれ、手に入れました。幽霊がPCから出てくるとの噂で発売禁止になった幻の同人ソフト! と言うことでね、えー、もちろん今から起動してみたいと思います」
「ぶっ」
俺の軽快なトークにユーキは吹き出す。
絶対今の音ムービーに入っただろ。……まぁいいや、後でBGMか何か入れて誤魔化そう。
俺はにこやかな表情を崩さないまま、スマホに向かってフロッピーをよく見えるように差し出した。
「回収されてお寺で焚き上げられたモノを除くと、世界に2~3本しかないと言うこのソフト。幽霊が出るのはその中の1本だけだそうです。ラベルが赤黒く汚れてて、極太のマジックでバツ印が付いてるのがいい味出してますね。今回はUSBブート可能なフロッピーディスクドライブを用意しました。実はこっちの方が高く付いたというね……」
黒くツヤツヤのドライブに、呪いのフロッピーを差し込む。
カシャ……と言うアルミの擦れる音を立てて、フロッピーはドライブに収まった。
「なんだか、電源も入れてないのに、既におどろおどろしい雰囲気がしてきます……」
ちらっと視線を向けると、ユーキは少し真面目な顔で、2本目のポッキーを口に運んでいた。
「では……電源を入れます」
「なんかヤバい。ソージ、やめたほういいってマジで」
「オイ黙れよ、録画中だ」
口に人差し指を立ててユーキを黙らせると、俺の指はそのままPCの電源をゆっくりと押す。
じわじわと進む俺の指は、まるでそこに心臓があるかのように、ドクンドクンと波打っているのが頭の天辺まで響いいていた。
シャコン……シュル……カコッ……シュシュシュシュ……
軽快な音を立ててフロッピーは読み込まれる。アナログなノイズが画面いっぱいに表示され、やがてそのグレーの波の中にじんわりと地面にはいつくばっている女性の姿が浮かび上がってきた。
「でたっ! コレマジなやつです!」
女性はゆっくりと地面を這い、少しずつこちらに近づいてくる。
「ゆっくり近づいてきています! 見えるでしょうか?!」
かすかに震えた手で、それでもユーキはPCの画面を撮影し続けていた。
「あと2歩くらいで、多分画面に手が届きます。ここで、撃退できるというおまじない、全部使ってみようと思います。まずこれ『貞子さん貞子さんお帰りください』……ダメですね、帰る気配もない」
ポケットから納豆パックの中に入っている薄いシートを取り出した俺は、そのシートをディスプレイの真ん中に貼り付けた。もちろん、ネバネバの方をだ。
それでも幽霊はじわじわと画面に近づく。
「最後はこれ。ディスプレイに赤いルージュで『立入禁止』と書くと、幽霊は通れなくなる……」
焦り気味にポケットから取り出したドンキで買ったルージュで、画面にデカデカと『立入禁止』と書く。
『止』まで書き終えた瞬間、俺の持ってるそのドンキのルージュの先が青白い指で握られた。
「ひっ」
思わず声が出る。
ヤバい、マジでててきたぞコレ。
これ以上の防御グッズは用意していない。助けを求めてユーキの方を見たが、もう既に体は硬直して、微動だにせずに俺と幽霊の映像を撮り続けている。
コイツには期待できねぇ。
そうこうしている間に、幽霊の頭の先が24インチの液晶ディスプレイから盛り上がる。
俺は「うっ! うわっ! うわわっ!!」と悲鳴の三段活用を声高らかに告げ、無意識のままそのテンプルに向けて右フックと左ストレートをコンビネーションで叩き込んでいた。
『ぐっ』
一言うめいて幽霊は一度液晶の向こう側へとズルズルと落ちてゆく。
勝った。
そう思った俺の襟首が、骨ばった両手で絞り上げられたのはその瞬間だった。
『死ね』
シンプルな言葉。俺のせいかもしれない血だらけの顔。確かにこの幽霊は怖い。両手は正確に俺の頸動脈を締めている。あ、ダメだ……これオチるやつだ……コレヤる前にトイレ行っときゃよかった……
「ソージ! 大丈夫か!」
一言。
そして幽霊の顔面への前蹴り。思いっきり蹴り飛ばしたが、幽霊のチカラは思った以上に強い。俺の体は襟首ごとガクンと液晶の直前まで引っ張られた。
「ダメだユーキ、コイツ離れねぇ!」
『お前らも液晶の向こうの世界へ引きずり込んでくれる』
「ざけんなボケ、勝手に行け」
ユーキはスニーカーの底で幽霊の顔を液晶に押し込みながらバスパワーのUSBドライブを抜く。それでもデータの転送は終わっていたのか俺たちを引きずり込もうとする幽霊の動きは止まらない。
「PCのバッテリーは?」
「5時間位持つわ」
「無駄に性能いいな」
「夏に出た新製品だからな」
「ぶっ壊すか」
「ゼッテーやめろ」
コンセントを抜いても消えてくれない。そのノートPCの液晶面から俺たちの腕に絡みついてきた青白い手にパニックになった俺は電源ボタンを長押しした。
『くくく……死』パチュンぴゅ~ん。
……ごとっごと。
幽霊の声は途中で途切れる。目の前には幽霊の指。
一瞬にしてこちらとあちらの世界をつないでいた液晶モニタは、何も映さない黒い板に変わっていた。
そのノングレア処理された表面にプッツリと切り取られた幽霊の指。
ユーキはコンビニ袋にその3本の指を突っ込むと、早速ヤフオクに出品した。
動画は結局編集せずにアップロード。
結構なアクセス数を稼ぐことが出来た。
今悩んでいるのは続編。
指先の無くなったあの幽霊は、たぶんまだ俺のノートPCの中にいる。
どうやるのが一番アクセス稼げるかな……
俺とユーキは日々、いい売り出し方を考える。
でもまぁそのうち、ネタが無くなったらFDISCの実況でもしてやろう位の事しか考えていないんだが……。





