好きな子のブログが炎上した
奏さんを苛めから守りながら12月中旬まで過ごし、冬休みが始まった。
クリスマスに奏さんを誘う勇気なんて、俺にはない。
だって流石に、ねえ?クリスマスは恋人同士の特別な日だもん。
どんな鈍感な人だって、クリスマスに誘われたら気づくって。
そんなわけで奏さんとたまにメールのやりとりをしつつ冬休みを送っていたのだが…虚しい。
現在クリスマスイブの午後8時、奏さんは家族と一緒に過ごすそうな。
俺の両親はデートに出かけてしまいました。明日の夜まで帰らないらしい。
気分転換がてら、外でもぶらつくことにするか。
家を出て商店街へ。うっ、カップルだらけだ…行くんじゃなかった。
クリスマスイブに一人寂しくうろつく男も寂しいが、カップル見ながらアルバイトしてる子も何だか可哀想だねえ。
「ケーキいかがですかー」
特にあそこでケーキを売ってるサンタ服の女の子、こんな冬にミニスカートですごく寒そうだ。
「って、水面じゃん」
「な、あ、愛生」
ミニスカサンタ服でケーキを売っている女の子は果たして水面だった。バイトしてたのか。
俺が声をかけると、顔を真っ赤にして取り乱す。
「サンタ服似合ってるね」
「か、か、帰れ!」
あはは、やっぱり水面も女の子。ミニスカサンタ服を知り合いに見られると恥ずかしいんだな。
あまり冷やかすのも可哀想だし、恥ずかしそうにこちらを睨んでくる水面に別れを告げて家に戻る。
家に帰って、部屋でごろごろ。
…寂しい!寂しいよぉ!奏さんにメールしたいけど、クリスマスイブに女にメールする男とか寂しすぎる!恥ずかしくてメールできない!
そんな感じで部屋でじたばたともがいていると、午後11時にピンポンと家のチャイムが鳴った。
ひょっとして、サンタ服の奏さんが俺に会いに来たのだろうか。
そうだ、そうに違いない!俺はダッシュで玄関を開ける。
「奏さん!…何だ、水面か」
「失礼ね」
しかし、そこにいたのは奏さんではなく、私服姿の水面だった。
「何か用?」
俺が尋ねると、水面はケーキの箱を俺に手渡す。
「売れ残りのケーキ。もらったから1つあげるわ」
「寂しいから、一緒に食べてってよ」
勘違いもしない、気軽にこういう事を誘える幼馴染にそう頼み込むと、
「…しょ、しょうがないわね」
水面は顔を赤くして、家にあがりこむ。ひょっとして風邪でもひいたのだろうか、あの寒い中ミニスカサンタ服で接客をしていたし。
「サンタ服どうしたの?」
「貰ったわよ。多分もう着ないけどね」
「似合ってたけどなあ」
「……」
そんな事を話しながら、俺の家で水面の持ってきたケーキを食べた。
そして日にちがたって1月3日。部屋でゴロゴロしていると、携帯電話が鳴る。電話だ。
誰からだろうと思って見ると、奏さんから。一体どうしたのだろうか。
「もしもし、奏さん。どうしたの?」
通話ボタンを押して、応対する。喘息のような、すすり泣く声が聞こえてきた。
「ひぐ、えぐ、ひぐ、あ、葵さん…ううっ」
「何があったんだ」
「私の、ブロ、ブログが、うう、う、うおえええっ」
ビチャビチャ、と生々しい音がする。ひょっとして嘔吐してしまったのだろうか。
しばらくして、落ち着いたのか奏さんは事情を話しだした。
「私、ブログやってたんです。それが、その、クラスの女子に見つかって、掲示板とかでも、犯罪者のブログとして晒されたらしくて、うっ、うっ」
「なるほど、炎上したんだね。…奏さん、そういうのは、対応しちゃ駄目。徹底的に無視するんだ。大丈夫、誰も奏さんが犯罪者だって思ってない。そういう掲示板から来て炎上させてる人は、単に理由をつけてストレス解消がしたいだけだから、奏さんが本当に犯罪者だろうとなかろうと彼等にはどうでもいいことなんだ。自分を根拠のない書き込みに騙された被害者だと思い込んでるんだよ。そして奏さんが何かをやったって証拠があるわけでもないし、すぐに別のターゲットを見つけて飽きるよ。だからそれまでの間はブログを辞める、もしくはそのブログを捨てて別名義で新しく始める。ひょっとして、ユーザー名とか本名でやってたりしない?」
「はい、本名は使ってません。けど、クラスの女子が…」
「…クラスの女子が、ネットで勝手に本名晒したんだね。とにかく、そのブログはしばらく触らない方がいい」
「…はい、ありがとうございました。葵さん、やっぱり頼りになりますね。では…」
そう言って、電話が切れる。頼りになると言われるのは嬉しいが、喜んでいる場合じゃない。
本名を使っていないのにクラスの女子にばれたということは、どこの学校に通っている、とか何があった、とかそういう情報をブログで出しているのだろう。検索サイトで自分の通っている高校の名前と、クラスで起きた事件などを色々試行錯誤して検索してみると、それは見つかった。
『かなかな』というそのブログは、学校であった出来事や、ちょっとこそばゆい詩などが掲載されていた。俺に親切にしてもらった事なども書かれている。ちょっと嬉しく思った。
ただ、最新の記事のコメント欄は酷いものだった。
学校でいじめを受けているけれど、きっとすぐ誤解は解けますよね?という内容の文章だったが、
『加害者の癖に自分を被害者のように見せるなんて賤しい女ですね』
『早く死んでください』
というコメント。恐らくクラスの女子によるものだろう。
そして掲示板に晒されたのは本当なようで、
『××高校に通う奏〇奈子は毎日猫を殺している異常者!』
というコピペのコメントも見受けられた。異常者はお前らだ。
俺の指示通り奏さんが無視した結果、粘着して荒らしのコメントをするクラスの女子が無駄な労力だとわかったのか、犯罪をした証拠がないのでただの私怨だ、踊らされた奴は反省するように、という俺のコピペがネット住民に効いたのか、炎上は3日でおさまった。
「葵さんの言うとおりにしたら、騒動がおさまりました!ありがとうございます!」
「どういたしまして。それじゃ、また新学期で」
「はい、本当に葵さんは頼りになりますね、ふふっ」
奏さんからの感謝の電話を聞いて、俺は新学期になっても奏さんを守ろうと誓った。