御伽草子
【酒呑童子】
大江の山の鬼童子
畏怖と恐怖と侮蔑の標
彼の狙った獲物は
都で一番と謳われた美姫
一目見るなり恋に堕ちた
どうか自分を愛してくれと
酒呑は姫に懇願する
だが彼に返ってきたのは
恐れと嘲りに満ちた拒絶の言葉
絶望に打ちひしがれ
酒呑は姫を殺め
その亡骸を口にした
憎い 愛しい 憎い 愛しい
相反する想いを抱き
酒呑は鮮血の涙を流した
人でないこの身であるから
愛してはもらえぬのか
愛してはもらえぬから
人ではないのか
大江の山の鬼童子は
哀しい恋に破れた 成れの果て
【かぐや姫】
月帝玉都より落とされた吾身は
罪深き 咎人
許されぬ罪を背負って
異界へと巡り着た
二度と再び 帰る事は叶わぬと
そう思うていたからこそ
この地で安らぐ事を
己に許したというのに
いかなる気まぐれか
月帝よりの使者が来やるという
吾身を愛しみ育んでくれた
年老いた両親を捨て
心寄せるあの方を忘れ
月へと帰る事の出来ようか
これこそが
吾身に科せられた
真の御罰なのやも知れぬ
今日まで見上げたあの月が
これほどに憎く見えようとは
露ほどにも 思いもせなんだ
あの満月が 恨めしい……
【耳なし芳一】
今宵 お集まりの皆々様
お招きにあずかり 厚く御礼申上げます
わたくし 盲の琵琶法師
どうぞしばし お耳を拝借いたしまする
今宵謳い上げまするは 壇ノ浦の合戦
海に消えたる平家一門の物語
波間に果てたる 幼き天子と
主に殉じた 二位の尼
悲しき一族の物語
今宵はここまでと致しまする
やや なんと申されましたか 御住職
わたくしが参っておるのは
この世ならざる方々であると?
いやいや 決してそのような
はて 今なんと?
もう一度 あの方々に召されれば
わたくしの命がなくなると?
どうぞお助けくださりませ 御住職!
御住職の手によって
霊験あらたかなる ありがたい経文をば
この身一面に記して頂いた
今宵一晩 何があっても声を出さず
身動きしてはならぬとのお言いつけ
きっときっと守ってみせましょう
おお なんと面妖な
おお なんと恐ろしい
いずこかより わたくしを呼ばわる声
盲た眼には映らねども
禍々しき足音に 背の震える
南無 南無 御守り下され
なんと 熱く冷たい指の 我が耳に触れおる
ああ やめて やめて やめて下され!
ああ 熱い ああ 痛い
わたくしの わたくしの耳が
ああ ああ ああ……
お集まりの皆々様
しがない琵琶法師の弾き語り
今宵はここまでに致しとうございます
【柘榴】
石榴は血の味 肉の味
千の子を持つ訶梨帝母
人の子を取り 好んで喰らう
これを憂えた御仏が
千子のうちの一子を隠す
帝母嘆き悲しみ子を探す
いずこに いずこに いずこにありや
髪を振り乱し 泣き叫ぶ
子を失う悲しみを知り
帝母は仏の御前にて伏して誓う
二度と 二度と 子は喰わぬ
人の血肉を欲するときは
柘榴を喰ろうて 己を律す
故に柘榴は人の味
訶梨帝母の喉を潤すその果肉は
禁じられた誘惑の味
【八百屋お七】
恋しい愛しい 吉三さま
大火に追われて逃げ込んだ
あの場所で出会うた 凛々しいお方
お会いしとうございます
もう一度 もう一目
恋しい愛しいあなたさま
どうぞこの想いを知ってくださいませ
ああ 吉三郎さま 吉三さま
もう一度 あなたさまにお会いできるなら
お七は何でもいたしましょう
たとえ地獄の業火に この身を焼かりょうとも
お七に悔いはございませぬ
そうだ 火をつけよう
この風が町へ広げてくれる
この火が吉三さまをお七の許へ
きっときっと 連れてきてくれる
愛しい恋しい 吉三さま
お七はこの恋のために夜叉となり
生きながら地獄へ堕ちましょう
それで吉三さまに会えるなら
お七は喜んで鬼にもなりましょう
おお 燃える ああ 焼ける
大火よ 炎よ
八百八町を焼き尽くし
お七を吉三さまの許へ
愛しい恋しいあの方を
お七の許へ連れてきておくれ
【黄泉津比良坂】
あれ程 見るなと頼んだに
あれ程 見るなと願うたに
何故 約定を違えられたか
あな 憎らしや あな 恨めしや
げに醜きこの様を
そなたにだけは 見られとうはなかったに
何故 我が想いを汲んでは下されなんだ
女であれば 誰であれ
愛しき君に己が身の
醜く変じた様を知られとうはないものを
なぜ 逃げる
我の醜きこの体
灯の下に晒したは そなたであろう!
逃がしはせぬぞ 逃がしはせぬ
我と共に この地の底で
いや いや それでは気が晴れぬ
この身の如く 心も醜い鬼となって
憎きそなたを 我が爪で
千々に引き裂き 喰ろうてくれよう
許しはせぬ
そなた一人を
光の下へ帰そうものか
我が醜きこの様で 根の国に残るというに
何故 そなたのみが
何故 そなたのみが
あな 憎らしや あな 恨めしや
これより永劫の時を
そなたを呪って過ごしてゆくのじゃ
そなたが五百の産屋を建てようなら
我は千の命を召そう
そなたが千五百の産屋を建てようなら
我は二千の命をこの地へ招く
愛しきが故に 許すまじ
そなた 我に 恥見せつ
【金毛白面九尾狐】
天下泰平の世など くだらぬ
争いのない世など つまらぬ
人は争い合っておればよい
互いを騙し 謀り 裏切り
醜くいがみ合っておればよいのだ
その叫びが 我が糧となる
その嘆きこそが 我が喜びよ
強き者が弱き者を虐げ
浮かれ騒ぐ者供を
更に強き者が蹂躙していく
かくして世に憎悪が満ちる
それこそが美味
それこそが快楽
ただ虫けらの如く
我に命を差し出せばよい
我こそは純粋なる恐怖
この世で最も邪悪なる者
この世に住まう全ての者は
我を楽しませるためだけに
生きておればよい
【御神渡り】
先刻まで吹き荒れとった風が
急に静まり返る深更
なぁんの音も聞こえねぇ
こんな晩にゃあ きっと
御神渡りがあらしゃる
湖にいらしゃる男神さんが
山の女神さんに逢うために
かたぁく氷りついた波の上を渡り
足跡を残していかしゃる
この夜があけたらば
大きく裂けた神さんの足跡を
おらが目で拝む事もできようほどに
今は静かに息を潜めて
神さんの逢瀬を邪魔しちゃなんねぇ