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花鳥諷詠  作者: 橘 伊津姫
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月影の歌

【月の桂】


貴女が望むのであれば

私は夜空に輝くあの月の

月帝の庭の桂の枝を

きっと貴女に捧げましょう


白銀に輝くその枝に

黄金の木の葉を飾らせた

この世に二つとない宝


月の都に生うる木の

麗しの一枝を折り取りて

きっと貴女に捧げましょう


たとえ月帝の怒りに触れ

御罰をこうむっても

私に悔いはないでしょう


貴女の望みが叶うなら




【十六夜】


東の空に 躊躇うようにかかる月を

一人静かに待つように

貴方のお出でを ただ待っているのです


そっと忍んで来て下さい

夜陰に紛れて 私の許へ


十六夜の月は

十五夜よりも遅れてかかる

その僅かな闇夜の隙に


裏戸の鍵は 開いております

この高鳴る鼓動を静める為に

どうぞ忍んで来て下さい


今宵は十六夜

恋人達の為に

月も躊躇う夜だから




【朧月】


春の夜 天空にかかるその月は

私の心のように 霞んでいる


ぼんやりと はっきりしない輪郭は

どっちつかずの私の気持ち


貴方にただ一言

「好きです」と言ってしまえば

それですべてが決まるのに


貴方が「是」と言うのが怖いのか

それとも「否」と言われる事が怖いのか


霞む朧月に問いかけても

応えはなく


ただぼんやりとした月光が

私を見下ろしているばかり




嫦娥じょうが


西王母の苑の奥にある

不老不死の桃花の神酒


その酒甕を盗み出し

一人の仙女が月へと逃げた


見上げる夜空にかかる

白い面のあの月に映るのは


寂しく生を連ねる仙女の姿

ただ一人で永遠の命を生きる


己の美貌の枯れないように

己の寿命の尽きないように


それがどんなに空しいか

それがどんなに虚しいか


空に輝く月に逃げ

空に晒され 月に縛され


愛する者に 愛されもせず

愛する想いを 遂げられもせず


老いる慈悲も

死する喜びも


届かぬところへ零れ落ちた

孤独な仙女 嫦娥の姿




【天狼星】


全天において

もっとも明るく輝く星は

またもっとも禍々しき星となる

地上に凶事の起こる時

ひときわ強く輝くのだ

まるで天空より

大地を見下ろす

冷たい玉都天帝の瞳のように




【月の涙】


丸く丸く満ちた真円の月から

黄金色の雫が滴り落ちた

やがてその雫は大地に至り

地中深く届いて輝石となった


宙の海を行く舟の様な弓張月から

白金色の雫が滴り落ちた

やがてその雫は大海に至り

海中深く没し真珠となった


猫の目の様に細く鋭い三日月から

七色の雫が滴り落ちた

やがてその雫は下界に至り

世界に広がり希望となった


この世にある美しいものたちは

月の涙から生まれたのだ




【紅月】


夜空にかかる

鋭く細い月が

冷たく静かに地上を照らす


信じられない程 鮮やかに

紅ゐに輝く その月は

無慈悲な隻眼の女神


黄泉よりの使者

彷徨う魂を

誘う門




【月見うさぎ】


ぺったりこ ぺったりこ


月の都の玉帝さまに

不老不死なる仙薬を

ぺったりこ ぺったりこ


栴檀せんだん 白檀びゃくだん 抹香まっこう 乳香にゅうこう

金 銀 雲母うんも 玉の粉


月の桂の臼と杵

菖蒲に蓬に韮に仙人花

菊で醸した長命酒


蒸して ほぐして こなして 搗いて


ぺったりこ ぺったりこ


月に住みたる二匹の玉兎

今宵も休まず働いてござる




【良宵朗月】


朗月が私の私の影を照らしている


冬の引き締められた夜気の中で

天宮の頂上に嵌め込まれた巨大な銀盤が

慎ましやかに天青の輝きを放っている


その玄妙な厳かな光の中を

一人 影を踏みしめながら歩いて行く


美しく 優しく 柔らかな光によって


私の中の穢れが洗い流される

ああ なんと気持ちが良いのか


このまま夜気に紛れ

青とも紫ともつかない

天青の光に溶けてしまおうか


朗月のある冬の夜

私は一人想う



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