里山の詩
【里山の秋】
実りの季節を迎えた里山は
秋の彩りに染まる
稲穂は深く頭を垂れ
風が吹くたび波となる
裾野に揺れる波頭は薄
広がる景色は金色の毛氈
いかな高貴な君主とて
これ程美しい敷物を持ってはおるまい
山を染めるは
数多の赤・紅・朱
いかな高貴な姫君だとて
これ程豪奢な錦の衣を持ってはおるまい
何と贅沢な秋の彩りであることよ
【夕焼け】
今日という日の名残に
空が薔薇色に染まる
ほんの一瞬のわずかな時に
太陽が輝きを放つ
やがて至る夜の闇に
天空の座を譲り渡すための儀式
約束された明日を迎える そのために
太陽は地底の大河で禊ぐ
来る明日
美しい朝日を輝かすために
【降臨】
一面の雲の海
風もなく ただゆるやかに たゆたう
霞んで見える 山頂に
厳かに 天照大神が姿を現す
金色の被布を打ち振り
世界を 光に染めていく
この世のものとも思えぬ 美しさ
それはきっと 神代の景色
【黄熟】
日輪の恵みを一身に浴びて
稲穂は重たく 頭を垂れる
風に揺られ
あちらへ ゆらゆら
こちらへ ゆらゆら
黄金に色付いた その房の中に
新しい命をギッシリ詰めて
稲穂は招く
おいで おいで
ここへ おいで
黄金の波が 楽しく揺れる
【村祭り】
幟が立つ
笛の音 太鼓の音
澄み渡った秋空に
子供たちの歓声が響き
大人たちの笑い声が弾ける
感謝に満ちた 実りの季節
神に捧げる 奉納の祭り
やれ めでたや
今年も豊作であったわい
やれ 嬉や
これもみな 鎮守の社のおかげじゃわい
男も女も面をつけ
歌えや 踊れや
飲めや 騒げや
鎮守の社の氏神様も
こっそりのぞいて 笑ってござる
秋の夜に いつまでも鳴り響く
神楽の音色 鎮守の祭り
【人生の四季】
人は生まれてより
青き春の迷宮に惑い
傷付き 時に思い悩む
若さゆえの無知・無謀
人を愛してのち
朱き夏に焼かる
焦がれ 妬みにもだえる
愛するがゆえの恋慕・憎悪
人は老いてより
白き秋に遊ぶ
笑い 慈しみ育て
老いるがゆえの心の平穏
人は死に面して
玄き冬に臨む
静かに 来世を見つめて
命果つるがゆえの魂の安寧
【狐の嫁入り】
晴天から前触れもなく
いきなり雨が降ってくる
見上げた空に雲はなく
何とも不思議な気分になった
小道の脇の木立の中を
なにやら進むものがある
ああ そうか
私はしゃがんで目を閉じた
これは狐のお嫁入り
余所者は見てはならぬ
花嫁を見られた狐達は
とても怒るというからな
晴天から降り来る雨は
「目を閉じよ 見るなかれ」
とする狐の合図
【降霜】
夜空で輝く星の光が
凛と冷え渡った空気の中を
降りてくる
やがて光は大地に触れ
その輝きを取り戻す
翌朝 太陽に照らされて
人々は足許に その輝きを見る
力強く大地を押し上げ
顔を覗かせる霜柱は
夜空の星の置き土産
【冬将軍】
刈り入れが終った田畑に
山から吹き降ろす
野分の風が季節を告げる
深い雪と厳しい寒気を引き連れて
霜の鎧に氷の色の馬に乗る
冬将軍の到来
激しく静謐で無慈悲な冬
人々の上に重く垂れ込める
暗天を背に
世を制する将軍
【六花】
音もなく降り積む雪は
はらはらと
花の散りゆく様にも似て
ほんの僅かな風に乗りて
宙を舞う
天高く 風に巻き上げられた
爪の先程もない塵が
目に見えぬ程の水と結ばれる
やがて生まれる氷の結晶は
自然が造り出した
奇蹟の造形
【黄昏】
昼と夜とが交じり合う時
明るいのか暗いのか
曖昧な世界は
裏に隠されていた
もう一つの顔を見せる
誰ぞ彼刻
辻に立つ人影を見つけても
決して問い掛けてはいけない
彼は誰刻
陰と陽が混じり合い
明と暗が転じる刻
目には見えない
異界への扉が開く
黄昏刻
人は容易く
別世界へと
迷い込む
【年の瀬】
畳を替えよう
障子を貼ろう
いつもより念入りに
掃除をしよう
松を飾ろう
餅をつこう
何だか心が浮き浮きしてこないかい?
あれは買った?
これはどこにある?
忙しいはずの年の瀬も
楽しんでしまえば
あっという間さ
さあ もうひと踏ん張りだ
除夜の鐘を聞く時は
のんびり笑っていたいからねぇ
【正月】
真新しい光が差す
昨日の朝と何も違わないのに
決定的に何かが違う
家々の門には 神を招く松飾
それらを道標に
宝船がやって来る
七人の福神が
「幸あれかし」
と光を注ぐ
やがて目覚めた人々は
新しい年の到来を
この言葉で言祝ぐのだ
明けまして
おめでとうございます
生命に満ちた
笑顔と共に
【雪の原】
朝 目が覚めると
外は一面の白
本来 無色透明であるはずの
その角を持つ結晶は
光を受ける事により
目を射るほどに眩しい
白の奔流となる
【初夢】
枕の下には宝船
一 富士
二 鷹
三 茄子
四 扇
五 煙草
六 座頭
めでたい夢を御覧じろ
年の初めの
この宵は
良き夢
佳き夢
善き夢を待つ
【北の海】
海を漂う流氷が
北の海に遅い春の到来を告げる
海鳥の求愛の声
川を遡ってきた魚影が銀鱗を輝かす
森の守り神が巣立ちを迎える頃
北の国は短い夏を謳歌する
幼い仔達が母親の後を追い
新しい世界に心をときめかす
寄せる波に故郷へと帰る魚群
喜多の国へ急ぎ足で来る秋の気配
山野の鳥 海辺の鳥が翼を広げ
独り立ちした獣が厳しい生を歩く
海底の昆布の林が枯れ
北の国は長い冬の来訪を迎え入れる
氷に閉ざされた眠りの中で
来る春に思いを馳せる
【雪解け】
ぬるく 緩やかな日差しに温められて
根雪が融けだす
長い長い冬が終わり
誰もが待ち侘びた春の到来
真っ白だった世界に
鮮やかな色彩が戻ってくる
めぐり来る季節のサイクル
それに いつも最後まで気付かないのは
相も変わらず 私たち人間だ
春泥を踏みながら
かすかに苦笑を浮かべる
【蛙】
けけけ くくくわ
けけけ くくくわ
初夏の宵に響く声
けけけ くくくわ
けけけ くくくわ
軽やかに鳴く 水辺の蛙
風 爽やかに吹き渡り
水田の若き稲を弄う
揺れる水面に映る月を呑み
飽く事無く声を挙げる
あれは水田の守り
けけけ くくくわ
けけけ くくくわ
夜を通して 月に向かって鳴く蛙
【蛍】
夏の宵に飛び交う
ほのかな光は
記憶の底に眠る
過去の人を連れて来る
伝えられなかった言葉を
もう一度伝えるために
大切な人に
もう一度逢うために
小さな光に導かれ
懐かしい人が帰ってくる
迷わぬように
見失わぬように
清らかな水辺よりの使者が
安らかな時を運び来る
【黄葉】
秋風に山の草木の声がする
サヤサヤと ザワザワと
互いの枝をすり合わせ
互いの葉を打ち合わせ
笑いさざめく子等の如く
吹き降ろす風に舞い散る木の葉は
まるで戯る子等の如く
散っては舞い 舞っては散る
朱に赤に 黄に変ずる色彩は
訪れた季節を映し出す
己の想いの赴くままに
子等の描いた絵画の如く
【夕闇】
見上げた空は
深い深い藍色
蒼から藍へ
やがては闇へと
色を変え
移り行く
この世で最も美しい藍は
暮れ行く空の中にある
いつの間にか
花開くように
空に星が
瞬き始める
【真白の原】
きしる きしると雪が鳴く
どこまでも続く真白の原に
童の藁沓の跡が一筋
木立ちを渡る風が渦巻き
陽光に輝る銀粉を含み
綺羅綺羅しく舞い散る
吐き出す息が白く広がり
一心に雪の原を行く童の頬が
薄桃色に染まっている
誰も居ない真白の原を
きしる きしると音を立て
一人 童が歩いている
遠くに聳える銀嶺が
きん と張り詰めた空気によって
手が届きそうなほどだ
【一鱗の魚】
山奥深く 人知れず湧く泉がある
陽光に輝き 月明かりに波立つ
その静かな水盤の下に
一鱗の魚がいる
翻る身を飾るのは
白銀の煌めき 宝玉の焔
優雅に舞い踊り
矢の如くに疾駆する
束縛するものは何もない
金波銀波に身を任せ
鏡を滑るように遊ぶ
まるで滄溟にあるかの如くに
思うままの姿で そこにいる
一鱗の魚がいる
誰も知らぬ湧泉に守られ
ただ そこにいる