第一章 「がらくたの街」 g
三十分後きっかりに三人は目的地に到着。
着いたとき、北部は比較的涼しいとはいえ、初夏の日差しの中歩き
続けウォルシュとメーベルは汗ばんでいた。
デブリの町は、ぐるりと円を描くように石壁に囲まれている。壁の
高さは五メートルほど。町唯一の出入り口の門から、若い男性の
門番に
「ようこそ、デブリへ」
温かい歓迎で三人は町へ入った。
中は、いかにものどかな町の風景が広がっていた。田園が所々に
あり、人家は木造で統一されていた。
「ここが、俺達の泊まるところですか」
ウォルシュは民宿を見上げていた。
歴史を感じさせる、二階建ての老舗の民宿。
三人が民宿に入ろうとしたとき、
「カーソンッ。早かったな」
後ろから誰かが話しかけた。
「マット! ・・・・・・あ、こちらはウォルさんとベルさん」
カーソンは一言目は少し驚きながら、次に落ち着きを取り戻し
言った。
「初めまして。この町の工場長を務めている、マットです」
マットは二人に明るく自己紹介した。マットは、白衣姿の長身で
体格はカーソンよりはがっちりとしている。眼鏡をかけた容姿端麗な
青年で、黒みがかった赤色の髪は肩ぐらいの長さがあった。
「どうも」
ウォルシュが出来るだけ明るく言って、メーベルは軽く会釈する。
二人を上から下まで軽く見て、
「ふーん。ま、仕事、最初にしちゃ上出来だな」
カーソンの肩にポンと手を置き
「ご観光、お楽しみくださいね」
二人に笑顔を向け、マットは去って行った。
二人に用意された二階の一室。十二畳分の広さ。床にはクリーム
色のカーペットが敷いてある。
「やっぱり、今からでも、部屋もう一つ用意してもらおうか?」
ベランダへと続く東向きの窓ガラスを開け、ウォルシュが気まず
そうに訊ねる。
「あなたにお任せします、三度は言いません」
部屋に入って右手のシングルベット付近で、スーツケースの中身を
出し入れしながら、メーベルが答えた。
「確かに、さっきはカーソンさんや宿の人に悪いと思ったり、ベルが
そう言ったりしたから俺がいいですって言っちゃったけどさ・・・・・・。」
たどたどしい口調でウォルシュが言って、メーベルは溜息をはく。
「ベルは、俺と相部屋嫌じゃない?」
ためらいがちにウォルシュが聞いて、メーベルが少し苛立って即答。
「だから、嫌じゃないです!」
それには、言われた者も言った者もびっくりした。
右手で口をおさえ、少し気恥ずかしがっているメーベルに
「あ、そうか。うん、分かった」
自分も恥ずかしくなってきて、精一杯それを隠しつつウォルシュは
言った。
ウォルシュは、部屋に入って左手のベットに腰を下ろす。ベットの
上のボストンバックに手を届けようとして
「所長・・・・・・、あの・・・・・・」
「ウォル。土産屋でも呼んでたぞ」
「すみません、気をつけます。あの、私、早速温泉に・・・・・・」
「分かった。あと敬語じゃなくていいって。・・・・・・なぁ、ベル」
「何でしょ、・・・・・・何?」
「一回ウォルって呼んで」
ウォルシュの真剣な眼差しに、メーベルは背を向けて
「ウォル、さん」
「さんはいいから。もう一回」
「ウォル・・・・・・」
弱々しく言った。
メーベルの後ろ姿を見つめながら
「もしかして、ホントは名前呼ぶの恥ずかしい?」
「分かってるなら、からかわないでくださいよっ」
「あはは。お前かわいいなー」
ベルは振り向き、目を大きく開けてびっくりし、
「あなたがそんなこと言うなんて・・・・・・」
「そこまでびっくりすること?」
「はい」
メーベルが大きく首を縦に振った。
三時半前。
メーベルが浴衣姿で部屋に戻ってきた。髪はまだ少し濡れていて、
頬はうっすらピンク色。
「おかえり」
声をかけた主も浴衣姿で、ベットに仰向けになりカーソンに
手渡されたピストルの弾を取り出し、熱心に見ていた。
「温泉行ったんですか?」
「いや、部屋でシャワー浴びた」
メーベルが聞き、ウォルシュが答える。
メーベルがベットに腰を下ろすと
「これ、一人で着れたんですね」
「その口じゃ、ベルも着れなかったか」
「・・・・・・私は、着衣室に掃除しにきたおばさんが、私が
ちゃんと着れなくて困っているのを見て、見るに見兼ねて」
「・・・・・・俺は適当に着てたら、部屋に用があってきた
おじさんが、見るに見兼ねて」
しばしの沈黙。だがそれも束の間、
「ジルがいたら、二人とも不器用ですねーって言うんだろうな。
いや、言う」
「そうですねー」
「あぁ、そうそうきたおじさんは、夕食は六時から大丈夫だけど
どうするって、聞きに来たんだ。六時半にしといたから」
「りょーかーい」
二人の楽しそうな会話が続く。
しかしそれはすぐに終わり、メーベルはベットの上で横になる。
メーベルの重たそうな瞼と、とろんとした瞳に
「寝なよ。夕食には起こすから」
「・・・・・・でもー」
メーベルの眠たそうな返事。
「もしかしたら、今夜依頼を終わらすかも知れないから。今
寝ときなよ」
「じゃあ、今からいろいろ探り、入れないと・・・・・・」
「いいよ、夕食後で。カーソンさんとも夕食後落ち合う予定だろ?
とにかく、これは命令だ。今すぐ寝ろっ」
ウォルシュはおだやかな口調で言って
「分かりました。命令とあらば・・・・・・。では、お言葉に
甘えさせていただ、き、ます」
ゴソゴソと毛布の下に体を入れ、メーベルは寝入ってしまった。
ウォルシュは弾丸をピストルに戻し、バックに入れ、バックの中で
黄緑の蛍光色の光が発せられているのに気づいた。光っているのは、
メガネのフックのようなものから短いコードがのびていて、その
先にはイヤホンのようなものがついていると言ったもの。
ウォルシュはそれをすぐに取り出すと、静かにベランダを出る。
そして、右耳にフックをかけ、左耳にイヤホンをつけ、イヤホンの
外側にある出っ張った小さなボタンを押した。光は一瞬にしてなく
なり
「もしもしー、あなたのジルですよー」
即座に陽気な声がウォルシュの耳に伝わる。
「何だよ?」
ぶっきらぼうにウォルシュが言った。
「いやー、無事着けました?」
「何とか、な。今、宿の・・・・・・相部屋のベランダ」
「先輩は・・・・・・」
「・・・・・・寝てる」
「まぁ、疲れたでしょうしね。襲っちゃダメですよ、真っ昼間から」
「しねーよ。夜でもな」
ジルのからかいに、どすの利いた声でウォルシュは返事をする。
「まぁ、お二人が一夜の過ちを犯しても僕は構いませんけど」
「あのなぁ・・・・・・」
長い長い嘆息がもれる。そして、町の景観を眺めながら
「てかさ、俺ってそんなに危機感ない?」
ウォルシュは弱々しく言った。
「はい? ・・・・・・あー、そういうこと。所長、先輩にそんなに
相手をしてもらいたいんですか? 何だかんだ言って」
「違うけど、なんか哀しくないか? 男として。すぐに何の抵抗も
なく寝られるって」
寝ろと言ったのは俺だけど。ウォルシュはそうジルに言おうとして
止めた。
「・・・・・・まぁ、先輩ですし。それに、それだけ信頼されてるん
ですよ」
「どうかな」
呆れながらウォルシュがつぶやき
「どうでしょう」
ジルも曖昧な返事をした。
ジルとの通話が終わり、ウォルシュは小さく欠伸をする。
「さて、俺も寝ますか・・・・・・」
六時十分。
ピピピピッピピピピッピピピピッピピピ。
部屋に備えつけられていたアラームが鳴り、すぐに止まる。
ウォルシュは何回か呻きながら寝返りをして、ようやく起きた。
のびをして、ベットを出る。
「メーベルー」
ウォルシュがまだ眠そうな声で言うが、メーベルから返事はない。
「ベルー。メーベルさーん。まだ寝てますー?」
「起きてまーす」
気の抜けた寝起き声の返事があった。返事はあったが、起き上がる
気配はない。
「・・・・・・これは警告だ。速やかに起きなければ減給だぞっ」
ウォルシュがそう事務的に言った途端、がばっとメーベルが
ベットから起きた。
「いただきます」
食堂のテーブルには、所狭しと野菜と川魚がメインの料理の皿が
並べられている。
二人は合掌して、箸を動かし始めた。
二人は言葉少なく黙々と食べ、昼間には取って代わってウォルシュ
が先に箸を止めた。
メーベルがあとから自分も箸を置くと、
「それだけで足りるんですか?」
「ん、あぁ」
まじまじと自分と目の前に座る者の食べた量を見比べてしまった。
メーベルも食べたにしては少ない量だが、ウォルシュは一皿一口
ぐらいしか食べていない。
「行くか。食後の運動に」
「よろこんで」
二人は立ち上がり、宿を出る。
時刻は七時少し前。
初夏のために、外はまだそれほど暗くない。
ウォルシュとメーベルが外に出ると、宿の前にもうカーソンが
いた。カーソンは二人を温かく出迎え、
「では、夜の町をご案内させていただきます」
楽しそうに言って、三人は歩き出す。
さほど観光するところはないが、ウォルシュとメーベルは神経を
集中させ、町の通りを把握していた。そして最後に訪れたところで、
「ここが町唯一の工場です。町中央に位置し、今日お二人がお会いに
なったマットが工場長を務めています。様々な機械が中にあり、町の
ために役立てられているんです」
カーソンは不自然な笑顔で説明した。説明だけでも分かるように、
ここが三人の本命の場所であった。
工場にしては小さいが、町の他の建築物に比べれば大きいと
言える。工場の出入り口には、警備員が一人ずつついていた。
三人から一番近い警備員の中年の男性が、三人に気づき、じっと
カーソンを見た。ウォルシュはそれに気づき、警備員を注意して
見ている。その警備員は、ウォルシュの期待を大きく裏切り
「カーソンじゃないか。そちらの二人が、旅行の方だね。そんなとこ
じゃなくて、こっちへきて我が町一の工場を案内しろ」
満面の笑顔で三人を工場出入り口前へ招いた。
ウォルシュとメーベルは顔を見合わせ、歩き出したカーソンに
ついていく。
警備員の元に来ると、カーソンの変わりにその警備員が工場の
詳しい説明を始めた。旅行の方は、一応ちゃんと聞いている。
説明が終わり、世間話もそこそこに、三人が帰ろうとしたとき、
「カーソン。また興味本位でいじくりに来るなよっ。工場長も
呆れてたからなっ」
「分かってますよ。それじゃ」
警備員がからかうように言って、カーソンは苦笑いで返事をした。
帰り道。
「カーソンさん、明朝決行していいですか?」
隣にいたカーソンに、聞き取れるか取れないかの声でウォルシュは
言った。
「・・・・・・はい。では何時頃?」
平然とカーソンもささやき声で言う。
「七時です。都合が悪ければ変えてください」
「分かりました。では―」
「あっ、そうだ! カーソンさんに渡したいものがあって。これ、
首都で人気のお菓子です。どうぞ」
カーソンの声を遮り、ウォルシュは元の大きさの声に戻し、どこに
持っていたのやら正方形の小さな紙箱をにこやかに差し出した。
カーソンは訳が分からなかったが、
「どうも」
一応受け取った。
「家にでも着いたら開けてみてください。それで明日の予定なんです
けど、俺も彼女も疲れているので、明日また考えます。それでいい
ですか?」
カーソンはなんとなくウォルシュの意図を理解し
「えぇ、構いませんよ」
二人に微笑んだ。
『明日の午前三時に依頼を果たしに行きます。それより前に、二人で
あなたの家へ伺います。箱が発信機になっていますので、ご心配なく』
カーソンが自宅へ戻り箱を開け、中のメモ用紙に走り書きでそう
記されていた。
誰もいない部屋で、カーソンは悲痛な面持ちで
「カーソン、あなたが私のしていることを知ったらどうしますか?
なんて仰いますか?」
夜九時。
宿へ戻った二人は、ベットの上にいた。一人は読書をし、もう
一人は仰向けになりぼんやり天井を見つめる。
メーベルがぱたんと本を閉じ、ベランダに向かう。
「どうした?」
「少し空でも見たくて・・・・・・」
そう言ってメーベルはベランダへ出た。
ひんやりとした空気が漂う中、メーベルは空を見上げた。満点の
星々。そして、レモン形の月。
ガラガラ。
メーベルが振り向くと
「お嬢さん、月見にお茶としませんか?」
ウォルシュがベランダへ顔を出して誘った。手には二つのお茶が
入ったカップと、大きな袋。
「いいですね。ぜひ」
二人はベランダのベンチに座った。二人の間には、中身が栄養補助
食品の開けられた袋と、コップが二つ置いてある。右にウォルシュ、
左にメーベルが座り
「食べれば? お腹空いてるでしょ」
「何で、分かるんですか? 実は超能力者?」
「いや。まぁ、今日は動いたしな、お互い」
「でも、ちゃんと夕食食べましたよ。なのに・・・・・・、満腹
どころか空腹で・・・・・・」
メーベルの独り言のようなつぶやきに
「そんな日もあるって! 今日ぐらい、いいだろ夜食も。明日も
いっぱい動くだろうし」
励ますようにウォルシュは言う。
「・・・・・・そうですね。食べたら、それだけ動けばいいんです
もんね」
「そうさ。それにしても、明るいな。首都ほどじゃないけど」
「でも月明かりに星明りだけって言うのも、いいじゃないですか。
首都は明るすぎる」
時折食べたり、飲んだりしながら二人は話し続ける。
「あの月、こぶしの月みたいですよね」
「俺もそう思った。・・・・・・なぁ、ベル」
楽しそうに続けていたが、最後の一言はウォルシュの、さっきまで
とはまるで嘘のような真剣な口調で終わる。
「何ですか?」
ウォルシュと目を合わせ、メーベルが訊ねる。そして次の瞬間、
ウォルシュがメーベルを抱きしめた。メーベルはみるみる頬を紅潮
させる。
「気づいてるか?」
耳元でささやかれたその一言に、
「はい」
顔をほてらせたまま、メーベルは目をつむって答える。
「何人かは、気を使って行ってくれたな。いや、全員行ったか・・・
・・・?」
メーベルは深呼吸して
「はい、全員」
こもるような声で言った。
「今回どうにも癖ある依頼のようだ。目的といい、それを取り巻く奴らといい・・・・・・」
ウォルシュが不満をこぼし
「それよりも、何で私達が目をつけられているかが、私は心配です。
私達がしようとしていることを、監視し阻止するためなら、カーソン
さんにも監視が行くのに、監視者は全員私達狙いだった。町に入って
からずっと、代わる代わる私達を監視しているなんて、一体・・・
・・・」
「珍しく弱気だな」
「この町は、周りのスアが奇妙な具合に散在していて、少しやり
にくい気がして」
「本当か? もしアレなら、俺一人ででも」
「そこまで心配は及びません。仕事に支障はきたしませんから」
メーベルがそう言い終わると、ウォルシュは目を閉じ
「もう、いいか」
ゆっくりとメーベルから離れる。同時に
「今日はごちそう様でした」
メーベルが恭しく頭を垂れ
「じゃあ、明日に備えて少し、休みます」
ベンチから立ち上がる。
「おやすみ」
ウォルシュが優しく言って
「おやすみなさい」
メーベルはさっと部屋へ戻る。
一人取り残された者は、月を仰ぎ
「柔らかかったなー」
ポツリとつぶやいた。
翌日午前二時半。
薄明かりの中で、ウォルシュとメーベルは部屋で荷物をまとめて
いた。
ウォルシュは、上は黒の長袖の薄いシャツに、中にはスアで強化し
着やすくなっている防弾チョッキを着ていた。下は動きやすい黒い
ズボンをはいている。
「さて、どうするか・・・・・・」
ウォルシュはボソリとつぶやく。右手には、手の平サイズの、
おもちゃにしか見えない黒い銃が握られ、左手には銀色の短銃が
握られていた。持ち主は、うなり悩んだあげく、左手の銃を右ポケット
に入れる。銃はすっぽりとポケットにおさまった。
一方メーベルは用意が終わり、首や肩を軽く回していた。上は、
黒の薄い七部袖のジャケットで、胸元辺りは中に来ているレース
使いの服が見えている。下は黒のキュロットスカートで、足には黒の
エレガントなブーツを履いていた。
ウォルシュがバックを肩にかけると、メーベルもスーツケースを
持ち二人はベランダの窓の前に立つ。
「いないか?」
レースのカーテンを睨みながらウォルシュが聞いて
「・・・・・・いません」
メーベルが目をつぶって言った。ブーツとその周囲が、キラキラと
光り輝く。
「準備はいいですか?」
「心の準備は大丈夫だ」
メーベルが左にいる者の返事を聞き、左腕をその者の腰に巻く。
右手には、しっかりスーツケースを握りしめ
「じゃあ、いいですね?」
メーベルが再確認し
「あぁ」
ウォルシュはこくりと頷き、左手で窓を開けた。
ビュンッ。
窓が開いた瞬間、二人は消えた。二人が消えたところには、まるで
粉雪が振り落ちているかのように、ホタルの光に似た光がきらきら
輝いていた。
コンコンッ。
「はい」
ガチャッと玄関のドアを開け、昨日と同じ格好のカーソンは二人を
招き入れた。
二人は静かに木造一階建ての家の中に足を踏み入れる。
「こんばんは」
カーソンが静かに言うと
「こんばんは」
二人も静かにあいさつする。
「では奥の部屋へ」
案内されたのは、テーブルとソファーだけの整然とした客間
だった。ソファーは二つあり、間にテーブルを挟んでいる。一つに
カーソンが座り、もう一つに二人が座った。
「では単刀直入に聞きます。工場への侵入ですが、何かご所望はあり
ますか? ・・・・・・私達は屋上でも小さな窓からでも侵入できます。
その機械がどこにあるかによって侵入する場所を決めてもらっても
いいですし、好きなところからでも結構です」
「・・・・・・機械は工場の上層部にあって、屋上から侵入出来る
ならお願いします」
「分かりました。では、・・・・・・着いてからの案内はお願いしますね」
「はい」
ウォルシュとカーソンのやり取りはしばらく続き、時刻は三時四分
前となった。
「あの、荷物お願いしていいですか? 依頼が終わるまで・・・・・・」
「ええ。では、客間に置いておきますね」
家の玄関先でウォルシュが聞き、カーソンが言うと二人は軽く会釈
して外へ出て行った。
三時二分前。
三人がデブリの町へ入った門の、石壁の上に二人は立っていた。
メーベルは両手で耳をおさえ、ウォルシュはそんなメーベルを軽く
左腕で抱き寄せている。ウォルシュはズボンの左ポケットから取り出した
昨日手に入れたピストルの引き金を、銃口を空に向けて引いた。
デブリの町上空に、花火を打ち上げたときの音とともに、赤紫色の
小さなきのこ雲が現れた。
「よし、もういいぞ」
ウォルシュがそう言うか言わないかのうちに、二人はその場から
消えていた。やはり、ホタルの光のような煌めく光を残して。
三時一分前。
外の玄関先できのこ雲に見とれていたカーソンの前に、光が火の粉
のように舞ったかと思うと、ウォルシュとメーベルが現れた。
「カーソンさん、私の肩に腕を。隣の方のように」
現れていきなり、メーベルが言う。
ウォルシュは右腕をメーベルの方に回していた。カーソンは言われた
ようにメーベルの肩にウォルシュの腕の上から左腕を回し、メーベルが
二人の腰に腕を回すと
「じゃあ、行きますっ」
メーベルが言って、光り輝くブーツを思い切り蹴った瞬間、三人は空高く、浮かんでいた。
メーベルが空中でまた足を蹴る。
すると、三人は工場の長方形の屋上上空にいた。
「す、すごいっ」
「ありがとうございます」
カーソンの驚きながらの一言に、メーベルは冷静に言った。
三人は徐々にゆっくりと下降していく。
「・・・・・・見張りが一人いますね。どうします?」
メーベルが至極あっさりと言って
「俺がやる」
ウォルシュが左手でズボンの左ポケットから先ほどのピストルを
取り出し、ターゲットに狙いを定める。そして、勢いよく引き金を
引いた。
銃声はほとんどなく、屋上でボーっと突っ立っていた警備員に
放たれた弾丸が、警備員まで一メートルのところでボフッと白い煙を
立てて破裂した。
煙がはれると、警備員は頑丈に縄で縛られ、口にはさるぐつわが
かませられ、気を失って倒れていた。
「改造したんですか、そのピストル?」
「いや、弾丸を入れ替えただけ」
メーベルとウォルシュは、屋上に足をつけて言う。
時刻はちょうど三時。
一方その頃、工場の警備員達はこくこくと居眠りをしているか、
きのこ雲の現れた方を見ていた。警備員の何人かは、その現場へ
こっそり行ってしまう。
昨日ウォルシュとメーベルトカーソンに声をかけた警備員が
きのこ雲が現れた方を見て一言。
「まずそうなきのこだったなぁ」
「止まれっ、止まらないとっ・・・・・・」
「何ですか?」
メーベルがそういい終わらないうちに、警備員の銃を構えた両手を
光り輝く右足で蹴った。手から銃がはじかれ、空中に放り上げられる。
メーベルがその銃を取りに飛んで、男の前から姿を消すと同時に、
ヒュンッと手で空を切ったような音がした。
メーベルが着地すると、警備員が縄抜け出来ないように縄で縛られ、
さるぐつわをかけられ、横になってもがいていた。
カーソンの案内で、三人は何とか屋上から一つ下のフロアに来ていた。
中は辺り一面が灰色のコンクリート造りで、整然とした部屋と通路の
並びになっている。
三人は下のフロアへ続く階段のある場所へ向かう途中の十字路で、
警備員に出くわしてしまったところだった。
「はぁ・・・・・・」
短い溜め息をつくと、銃を床に置き、メーベルは銃を踏みつけた。
銃は鈍い音と共に、ひしゃげて使い物にならなくなる。
「悪かったって」
「いくら警備員以外の監視がないからって、急に飛び出すのは止めて
ください、最悪死にますよ」
「つい油断して・・・・・・。良かったらベル先頭に立つ?」
全然悪気の見えない少年に少女は呆れて言う。
「はいはい、分かりました」
「これを降りたら広間に出ます。広間のドアを開けたら、機械はすぐ
そこです」
屋上から二つ下のフロアへ続く階段前で、二人の後ろからカーソンは
言った。
三人は階段へこっそり足を踏み入れ、メーベルが後ろの二人に静止
するよう右手で合図した。
「階段近くに・・・・・・、確実に二人はいますね。しかも銃を
構えています」
メーベルはあっさり言って
「どうしましょう?」
カーソンが少し焦り顔で訊ねる。
「ま、堂々と正面突破だろ? ベル。援護は?」
「ご自由に。まず私が先に出ます」
メーベルは静かに階段を降りていった。階段を半分ほど降りて、
「誰だ?」
下のフロアから男の低い声がした。メーベルは黙っている。
「もしかしてまたカーソンか?」
先ほどとは違う楽しそうな男の声。
メーベルが黙っていると
「持ち場に戻れっ。あと、上で騒がしくするな。クビにされたいのかっ?」
最初に声をかけた男の低い声が、荒々しく響いた。
「戻れといわれたのが聞こえなかったか」
低い声の主が言いながら、階段へ近づいてくる足音がして、メーベルは
階段からブーツを光らせ飛んだ。薄明かりの中、神秘的に光の粉が舞う。
飛び出してきたメーベルに、階段へ近づいていた中年の中肉中背の
男が殴りかかった。
右から突撃してくるこぶしを、メーベルはひらりとバク宙してかわす。
「新米かと思ったら、旅行に来られた方じゃないですか。一体こんな
ところに何のようです? 見学とは耳に入れていませんが」
低い声の男が、振り返って睨みをきかせているメーベルに、まるで
先ほどの言動は嘘のように優しく話しかけた。
「それともなんだい? 連れの方じゃ物足りなくて、他に夜のお相手
をお探しかい?」
メーベルはちらりと左に目をやる。ひょろりと背の高い若い警備員
がにやけていた。
メーベルは、目の前の者の左手にしっかりと握られている銃と、
左にいる者が両手でもてあそんでいる銃をちらりと見る。
「お戻りください。ここはあなたの来るような場所ではありません」
にこやかに低い声の男が言って
「そうすれば、見逃してくれますか?」
メーベルもにこやかに言った。
メーベルの目の前の男は、いかつい顔になり、歯をむき出しにして
「それはやはり無理でしょうなっ」
さっとメーベルに銃口を向けた。メーベルは一つも動じず、
おだやかに銃口を見つめている。
「早く取りおさえろっ」
「へいへい」
中年の男に命令され、若い男がめんどくさそうにメーベルに近づいてきた。
若い男がメーベルに手を伸ばそうとしたとき、メーベルは疾風の
ごとく中年の男の左手を蹴っていた。中年の男はメーベルのスピード
に全く反応出来ず、左手からは銃がこぼれる。
「もういい。殺せっ。どうせこいつらは死ぬんだ」
青ざめて中年の男が叫んだ。
若い男は、左に飛んだメーベルに向け銃を撃った。銃弾は見事に壁
にめりこむ。
ちっと舌打ちして、若い男は広間を飛び回るメーベルに焦点を
合わしていた。中年の男は、こぼした銃を拾い上げると、当たり
構わず発砲する。若い男はやれやれと肩をすくめた。
中年の男の銃の弾丸は、わずかに光を帯びている。若い男の弾丸も
よく見るとラメが入っているかのように、キラキラしていた。
「このガキ―」
中年の男が叫んだ瞬間、持っていた銃が右横からきた閃光によって破壊された。銃口から半分ボロボロになった銃を見て、男は右を
見る。右前方の階段下には、ウォルシュが右手で銀の銃を構えていた。
血管が浮き出るほど、頭に血を上らせた男がウォルシュに向かって
襲いかかろうとして、後ろに吹っ飛ばされた。メーベルが、中年の
男の鳩尾に蹴りをくらわしたのである。
若い男は、メーベルのその一瞬を逃さず発砲した。弾はメーベルの
目の前を通り過ぎ、若い男が再び発砲しようとしたとき、メーベルは
若い男の目から消えていて
「連れの方が物足りなくて、他に夜のお相手をお探しなのは、
あなたではなくて?」
後ろからメーベルの声がした。
若い男は首だけ振り向いて、両手に激痛が走る。銃がこぼれ、若い
男の周りに煙がおおわれたかと思うと、さるぐつわと縄のおまけつき
で気絶していた。メーベルが若い男の銃を構えた両手を蹴りその場
から離れ、ウォルシュがもう一つの銃にかえ発砲したのである。
中年の気絶している男もさるぐつわと縄を縛りウォルシュは階段下
で待たせているカーソンを呼んだ。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
降りてくると心配そうな一言。
二人はこくりと頷いた。
三人は広間の奥のドアへ向かう。ドアの上のほうには格子状の
ようなものがあって、中は真っ暗なのが隙間から分かった。
カーソンが後ろの二人を見ながら
「ここが機械のある部屋です」
ガチャっとノブを回したとたん、バンッと勢いよくドアがカーソン
のほうに開き
「どけっ、カーソン」
出てきた警備員の若者がカーソンをおしのけ、
「死ねっ」
持っていた銃を両手で目の前のウォルシュに向け発砲した。
ウォルシュが舌打ちすると同時に、すぐ左にいたメーベルが
ウォルシュの前に立ち目をつぶった。
かすかな光の尾を引く弾丸が、メーベルに三十センチメートルと
言うところで光を失い下へガチャンッと落ちる。今メーベルの周りは、
キラキラと光の粒子が点滅しては消えていた。
「なっ」
若者がそれに驚愕していると、メーベルの左後ろから姿を現した
ウォルシュが右手で銀の銃で発砲し、見事若者の銃に命中させ、使い
物にならなくすると、もう一つの銃を左手で持ち若者に向け発砲した。
その後すぐカーソンは二人に駆け寄った。
「メーベルさんっ。大丈夫なんですかっ?」
周りの光がなくなったメーベルは
「はい」
こくりと頷く。
「・・・・・・聞いてもいいですか? 何が起きたか」
メーベルは目を伏せがちに
「・・・・・・私はスアとの適合者です。周りのスアを扱えて、スア
の力を自分に取り込んだり、失わせたりできます。だから、さっきの
ようにわずかでもスアが使用される攻撃は私に通用しません。・・・
・・・私自身がスアの力を媒介とする道具といえばいいでしょうか」
おだやかに言った。
「・・・・・・そうですか。きれいな力ですね」
「ありがとうございます」
二人のやり取りを尻目に、ウォルシュは開け放たれたドアの中を
見に行った。中に誰もいないことを確認し、
「カーソンさん、すぐに準備お願いしますっ」
カーソンを急かす。
さるぐつわと縄で自由がきかないその若者を、ウォルシュはドアの
脇に寄せ、
「表の仕事じゃありませんでしたっけ?」
ウォルシュの隣でメーベルがつぶやく。
「そのわりには、準備万端じゃん」
「所長こそ」
二人はカーソンが入っていったドアを見る。
「私達殺される予定みたいですよ」
「あぁ、俺とお前がな・・・・・・。奴らがカーソンさんに殺意が
ないのは明らかだし」
ウォルシュはそう言ってから
「警備がうすい。それに話と矛盾する点があるし、どうなってるんだ?」
やや深刻そうに、小声でぼやく。
「いずれ嫌でも分かるんでしたね? じゃあ、とっとと依頼を果たし
ましょう」
「そうするか」
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