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  十六夜 作者:文月 優
崩壊後
 バンッ。
 思いっきり何かを叩いた音。
「いってぇー!」
 続けて少年の悲痛な声。
 廃墟と化したような瓦礫の山の一角に、二人の人間がいた。
二人共、年は十代半ば前後と言ったところ。
「動かないでください、所長。傷の手当てが出来ないじゃないですか」
 半ば呆れて、半ば冷たく少女は言った。瓦礫の上に座っている
少年の左足の太股から、血が流れ出ていた。傷口付近の黒いズボンの
破れたところから、鮮血が滲み出て、傷口の周りのズボンの布地を
よりどす黒くしていく。少女は手早く傷口を白いガーゼで押さえ、
傷口の上から透明な液体をかけた。消毒液の独特な匂いが
立ち込める。
 少年は涙目で、あまりの痛みに近くの赤煉瓦の壁を叩く。先ほどの
音の正体はこれだった。
「もうちょっと優しくしてくれよ」
懇願するように少年が言う。地面に跪き、少年の足の傷の応急手当を
している少女は、一旦手を止めた。そして、少女は上目遣いに少年を
心配するかのような眼差しで、少年に向かい
「優しさで傷が治るなら、そうします」
「・・・・・・そうですか」
 何かを少しでも期待した少年は落胆し、少女はすぐにもとの表情に
戻す。少女は手当てを続けながら
「でも珍しいですね。所長がケガするなんて」
「全くだ。体が鈍ってきたのかな。敵の銃弾に当てられるなんて」
 少年のつぶやきのような同意に
「弾が貫通していただけ、良かったじゃないですか。それに、この
ごろランクの低い仕事しかなかったから、腕がさびても仕方ないですよ」
 少女は、励ましや慰めとは到底言えない返事をした。
 ふいに、一陣の風が起こる。やけに乾いた風。風は、辺りの砂埃を
撒き散らしていく。砂煙も立ち上った。
 二人の、上から下まで黒ずくめの服も、はたはたと風で揺れる。
少女の結われていない胸ほどの長さの髪も舞い上がり、少女は左手で
何とか押さえつけようとしていた。少女の右手にはピンセットが
握られ、血がたっぷり染み込んだガーゼがその先についている。風と
戯れているような少女の髪を見ながら
「やるせない仕事だったな」
 少年は独り言のように言った。
 少女は何も言わず、顔を上げて少年を見る。少年のここではない、
どこか遠くを見ている風に思わせる瞳を見る。焦げ茶色の眼。少女の
視線に気づかず、少年は目の先にある何かをずっと見つめていた。
まるで、意識のない人間の抜け殻のように。


足を引きずりながら、少年は少女に肩を借り、瓦礫の中を進んで
いく。
「いってぇ」
「腕じゃなく、足なだけ我慢してくださいよ。しかも、足も利き足
ではないし」
「そういう問題? 」
 二人の会話はそこで途切れた。
 少年は歩きながら、雲に隠されはっきりとした光を届けていない
日輪を仰ぐ。空の雲は、ゆっくりと形を変えながら棚引いていた。
「もし・・・・・・」
「もし、何ですか? 」
「俺が死んで困る人は、いるのかなって」
「困りますよ、私は。あなたが生き延びてくれて、良かった」
 少女の意外な発言に、少年は心底驚き、少しうれしそうな顔で
少女の横顔に目を移し
「メー」
「だって、あなたがいてやっと、まともな給料がもらえるんです
から」
 少年の言葉を遮った、少女のその嘘偽りのない返事に、ぐったりと
肩を落とした。
「あ! やっと日が出てきましたよ、所長」
 雲から顔を覗かせた太陽の光が、辺りを明るく照らし始める。
少年は顔を上げ、青々と広がる空を見つめた。そして、同じように
見つめる隣の少女に目を移す。以前の面影ひとつない、キャラメル
ブラウン色の髪。陽光のために、より明るく輝いている。少女と同じ
眼の色の髪を眺めながら、少女の頭に天使の輪ができているのに、
少年は気がついた。触れたら、消えてしまいそうな天使の輪が。


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