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猫になって君にキスをして
作:水沢 莉



俺はバカなのかカバなのか


「ねぇ聡史、起きてよ」
「んんー…もうちょっと」
「さっきから、もうちょっとって言ってるじゃない」
「じゃー…あと5分」
「ホントに5分?」
「…ん、ホントに5分…」
「ちゃんと時間計ってるからねっ」
「…わーった…」

うるせー…。
さっきから起きろ起きろとわめく紗希の声をなんとかかわし、身体を丸めて入っている布団の感触が何ともいえず心地いい。
今日は土曜。
久々の土日連休だ。
こんな日は一日くらいゆっくりと布団の中で丸まっていたい。
春眠なんとか…って言うし。
って、今は秋だが。俺には春夏秋冬関係ない。
とにかく布団が好きだ。
温かく俺を包み込んでくれる、この布団。
決して入るななどと言わない布団。
むしろ入って下さいとばかりにそこにある布団。
俺は布団が好きだ。
丸まってると安心する。
布団と結婚してもいい。
それは嘘だ。

「あと2分」
紗希のヤツ、本気で時間計ってやがる。
今何時だと思ってるんだ。
昼だぞ。
ってもう昼か。
それでも休日だ。まだ十分に寝ててもいい時間じゃないか。
頼むから寝かしてくれ。

「あと1分」
あああ…時間を意識し出すと、目を瞑っていても何故だか頭の中で秒針がチクチクと動いていく。

(あと30秒…)
って何で俺がタイム計りをしなきゃなんねーんだよ。
くそー。
(あと10秒…)
くそー。

「はいっ!5分!」
時計と睨めっこ状態だった紗希が大声を上げて、布団の中で丸まった俺にダイブしてきた。
「起きて!5分たったよ!」
(起きてるっていうの。っていうか5分間全然寝れてねーし)

「約束したでしょー。今日は水族館に行くって!」
(…したか?…覚えてねーんだけど)
「早く!起きて!」
(…無理)
「ちょっとぉー!聡史!」
「…んー…あと5分」
「はぁ?!」
「…んじゃ、あと10分」
「増えてんじゃん」
突っこむところはさすが紗希だ。
ボケたつもりは無いが。

「…そんな約束したっけ…」
「は?」
「水族館」
「したよ」
「…いつ…」
「先週からずっと言ってたじゃん」
「…そうだっけ」
「そうだって!」
「…そうだっけ…」
「そうだってば!」
「……」
「…ちょっと」
「……ZZZ」
「ちょっと!」
「ちょっと」
「…聡史、あんたナメてんの?」
いや、だからボケてはいない。

ボスッと紗希が再び覆いかぶさってきた。
布団の上からボンボンと俺を叩く。
ちょっとは手加減しろ。
脇腹にカウンターが何度も入る。

「痛てーな!」
何人たりとも俺の眠りは妨げさせん!
無性に腹が立った俺はガバリと起き上がった。
ほとんど無意識のうちにだったのだが。

「うるせーんだよ!」
「…は?」
「一人で行って来い!」
「はあ?」
「俺は寝る!」
「はあー?!」
俺は再び布団に包まった。
やんわりと温かい綿の匂いが何ともいえない。

ボカッ…とケツに一発紗希のケリが入った。
これはかなり痛い。
布団越しとはいえ、かなりの勢いだった。
「…って」
ケツを摩りながら布団を剥ぐ。

「聡史のバカ!」
「…あ」
見ると、仁王立ちしたままの紗希の大きな目からは、これまた大きな涙の粒が流れていた。
「バカバカバカバカバ!」
俺はバカなのか、カバなのか…。
いや違う。
紗希が真っ赤になって泣いている。
少し焦った。
一応俺も男だ。
女の涙には焦ってしまう。
「ああ…ごめんごめん、紗希」
「もういい」
「あ?」
「もういいよ」

そうか、もういいのか。
これで安心して寝れる。
ほっとして布団をたくし上げた。

「あんたって人は…」
震える紗希の声がする。
「全然分かってない。優しくない」
…なんだよ。もういいって言ったじゃないか。
仕方無い。なだめてやるか。でないと後が怖い。
「もう別れる!」
(へ?)
驚いた俺は布団から顔を出した。
まだ泣き顔の紗希が俺を睨んでる。
「おい、紗希、何言ってんだよ。分かったよ、行こう、水族館。今起きるからさ」
「別れる」
「また冗談なんだろ。ちょっと待ってろ。今準備するから…」
紗希は喧嘩するたびにいつも「別れる」と言う。
まあ、前はそんな事は無かったのだが、ここ最近その言葉を聞くことが多くなっているのは確かだ。
それでも別れることなくこうしているわけだから、紗希の「別れる」の言葉など本気で考える必要はない。
それでも、後が面倒だ。機嫌取りに精を出さなきゃならない。
ムクリと起き上がり、Tシャツを脱ぎ始めたときだった。
「ホントに別れるんだから」
「え?」
Tシャツが絡まって紗希の顔が見えない。
「あんたなんか、猫にでもなっちゃえばいいのよ!ずっと布団に絡まってれば!?」
ドンドンドンと紗希の足音がする。
バタン!…と玄関のドアが閉まる音がすると、一気に部屋の中はシン…と静まりかえった。

「紗希…?」
やっとTシャツが脱げ、その名前を呼ぶも、紗希はどこにもいなかった。
本気で部屋から出ていった。
「別れる」と口にしても、その場を離れる事など一回もなかったのに。
「マジで…?」
俺はしばらく放心したが、足元に残る布団の温かさに負けた。
ま、どうせ少ししたら戻ってくるだろうと思っていた。
そのまま眠ってしまった。
再び目を覚ました時には午後三時を廻っていた。
しかし目を覚ましても、そこに紗希はいなかった。
しばらく待ってみたが戻ってもこなかった。
携帯に電話をしてみたが、拒否られていた。

ホントに終わってしまった。










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