猫になって君にキスをして(11/18)縦書き表示RDF


猫になって君にキスをして
作:水沢 莉





微妙なスキップで去った水沢の後ろ姿を見送った。
アーケードの赤レンガが終わるとすぐ目の前は、車の行き交う国道だ。
地面からさほど距離のないところに頭がある今、目の前を走る車のタイヤと言ったら、むやみやたらと怖い。
グルグルと激しい回転をしながら目の前をタイヤが行き過ぎる。
「にゃ」(怖ぇ)
車が走り去った後に身体に吹き付ける風もかなりのものだ。
巻き込まれたら一溜まりも無い。
人間に戻る前に…いや人間に戻れるのかも危うくなってきたが、猫の姿のままでは死にたくない。
って言うか、まだ死にたくなんて無い。

横断歩道を渡れば、向こうは駅だ。
目の前の信号は赤。
俺は大勢の人間の靴たちに囲まれて、一緒に青になるのを待った。
前にいる、“7:3”と言うよりは“10:0”と言っても大げさではないくらいに異常な髪の分け方をしている親父の足が臭い。
「にゃ…」(臭せぇ…)
時折、左から吹く風にその髪が吹かれ、頭上で弧を描き、反対側へふぁさりと垂れる。
もはや洋服を着た落ち武者だった。
慌てて髪を直すそのオヤジを見上げながら、信号待ちの間、俺は何度も噴き出さずにはいられなかった。

隣りのギャルのピンヒール。
10cmはあろうかと言うそのヒールが、赤信号にイラつきながらカツカツと音を出している時なぞ、気が気でなかった。
あのヒールで踏まれたりなんかしたら、ヘタすると車に引かれる前に身体に穴が開いて死んじまう。
聡史:享年23歳。死因:ピンヒールによる頭部圧迫で死亡。
勘弁してくれ。
それでも注意してギャルの足元まで身体を寄せた。
何故って、そこにミニスカートがあるからだ。
見上げる。
パンツ丸見えだ。嬉しい事にTバック。
生温い違和感に鼻先をぬぐうと、白い右前足は赤く染まっていた。
猫になって初めての鼻血は、ギャルのケツによるものだった。
おかげで俺は、白い、しっぽの先が黒い、右前足が赤い猫になってしまった。
「にゃ…」(猫になってまで鼻血か…)
つくづく俺はスケベだ。
悪いか。そうか。

信号が青になるのと同時に、一斉に周りの人間が歩き始めた。
慌てて俺もその流れに乗る。
小走りしないと、後ろから蹴られてしまいそうだった。
隣りを行くギャルのピンヒールにも細心の注意を払って歩いた。
しかし、そこは横断歩道。
こちらからの人の流れだけではない。
前からも当然人がやってくる。
目の前と後ろからやってくる敵を、身体をよじりながら交わす。
もはや体験型ゲームの世界だ。
めっちゃ怖い。
でも何だか面白い。
前からやってくる人の股の間をくぐったりもした。
わざと足を踏みつけてやったりした。
鼻血をつけてやった。

無事に横断歩道を渡りきった俺は、そのまま真っ直ぐ駅へ向かった。
今時珍しい伝言板を見上げる。
『フィウリルさん、(=^. .^=)ミャーさん、
 美和子さん、にゃんべ?さん、評価ありがとう!
 メモリー・ブレンドへの評価をしてくださった方もありがとう!
 BY 水沢 莉 』
……もはや何でもアリの小説になってきたな。

紗希のアパートは電車に乗って3つ目の駅だ。
とりあえず切符売り場まで歩いた。
たしか310円…

…っておい!
忘れてたぜ!すっかり!
俺、今猫じゃん!
猫利用してTバック見たばっかじゃん!
鼻血出したばっかじゃん!
金、持ってねーし!

…ってそういう問題じゃ、ねーじゃん!
猫がカゴに入らずして、一匹で改札を通る場合、子供料金を払うのか、大人料金なのか!?

…ってそういう問題じゃ、ねーじゃん!
そもそも電車に乗ろうって発想が、間違ってんじゃん!
俺、アホじゃん?

電車で3つの紗希のアパートまで歩けってか。
勘弁してくれよ。
切符販売機を見上げ、肩を落とし、赤くなった前足を見つめていた俺の後に切符を買う人の列ができていた。
…お前らもアホじゃん?

俺はその場を離れ、とぼとぼと自動改札へ向かった。
「にゃ…」(はぁ…)
ピンポーンと音が成り、あの恐ろしいほどにガタンっと音を立てて閉まる扉に挟まれたオヤジを見つめる。
「なんだよ!俺が何したっていうんだよ!」
自動改札にマジギレするオヤジ。
(あそこを巧く通りきればいいんだよな…)
なんて考えていた時に気づいた。

「にゃ」(あれ)
なんだ。
俺って本当に馬鹿。
猫だけど馬鹿。
何を悩んでるんだ?
俺のこの身長をみろ。
あの扉に挟まれることなどあるわけないではないか!
巨大猫ではないのだ。
ましてドラ○もんでも無い。
そのまま通り抜けるだけでいいんじゃん。
猫、やっぱりラッキー。

人に紛れて、そこを通り抜けようとした時だった。
ぎゅっとしっぽを掴まれた。
「にゃ!」(いでっ!)
先の黒いしっぽを振り返ると、ニカリと笑う婆さんがいた。
「また会ったな」
金歯が光る。
煮物の婆さんだった。
「にゃにゃ!」(何だよ、婆さん!)
「お前、電車に乗るつもりかい?」
「にゃにゃにゃ」(それより煮物つくりに帰ったんじゃなかったのか、婆さん)
「変な猫だねぇ。どこさ行くと?」
「にゃにゃ…」(…煮物は…)
「婆ちゃんと一緒に乗っか?」
「にゃ…」(婆さんこそ、どこ行くんだよ…)
「どれ、んじゃ行ぐが?」
「にゃにゃ…」(婆さん、どこ出身…)

ちぐはぐな会話を交わすと、突然婆さんの手が、俺の首へ伸びた。
「んにゃにゃ!」(ちょっと!ちょっとちょっと!)
首根っこを、むんずと掴まれ、紙袋に無理やり押し込まれた。
「にゃにゃにゃー…」(どんだけ〜〜)
おい、婆さん!
俺、自分で乗れるって!
バタバタと暴れるも、引きずられる紙袋の中で、俺は逆さまにもがくだけだった。
それにしても何だ、この紙袋の中の匂いは。
煮物…の匂いじゃねーな。
婆さんの匂いの代名詞とも言える…線香?
ん、そうだ、こりゃ線香の匂いだ。
それに混じってタバコの匂いもする。
おれは暴れながらも、逆さまになった背中に当たるものの匂いを当てた。

「にゃ?」(どこ行くんだ?)
…と思った時だった。
背中に感じていた地面の感触が、いきなり下へガツンとさがった。
と思ったら、またさがった。
と思ったら、また…
って、痛いんですけど!
階段か!

「にゃー!」(婆さん、痛てーよ!)
衝撃に耐えきれなくなった俺は、にゃにゃにゃっと紙袋の中でもがけるだけもがき、
なんとかそこから脱出した。
「これこれ、猫」
これこれ、じゃねーよ。
俺は婆さんを撒いて先にホームへ行ってしまおうと階段を下りきったが、どうも婆さんの事が気にかかり、その場でしばらく婆さんを待った。
「よっこらせ」と掛け声と共にゆっくりと階段を降りる婆さん。
俺のところまでやっとたどり着いた婆さんが、俺の頭に手をかける。
「にゃ!」(やばい!)
また杖代わりにされちまう。
慌てた俺は急いで婆さんから離れた。
婆さんの手が宙を舞う。

「にゃー」(待っててやるから杖代わりにはしないでくれよ)
俺は登りの階段の前まで行き、婆さんを待った。
俺が一段先を登る。
婆さんがその後に続く。
その繰り返しで3〜4分かかってやっとホームへたどり着いた。
「お前は賢い猫じゃのぅ」
ハアハアと息を切らしながら、婆さんが俺の頭を撫でた。
少しビビッたが、杖にされる事はなかった。

黄色い線の内側で、腰の曲がった婆さんと並び、一緒に電車を待った。
人が前を横切っては、俺と婆さんを交互に見ていく。
線路から吹き上げる風が、すーっとホームをなぞり、鼻先までやってきては長い髭を揺らす。
乾いた風が少し冷たい。
案内板の隣りにぶら下がる時計を見上げると、時間は4時10分前を差していた。









ネット小説ランキング>恋愛コミカル部門>「猫になって君にキスをして」に投票





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう