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猫になって君にキスをして
作:水沢 莉



大町二丁目アーケード出口3m手前


真治の鼻の穴から飛び出したラーメンを思い出し、その度に「にゃにゃ!」と一人…一匹笑いしながら何メートルか歩いた。
もうすぐ赤レンガのアーケードも終わりだ。
向こうには、国道に激しく行きかう車の流れが見える。
そのまた向こうには、駅が見える。
アーケードの臭ささに、排気ガス臭さがプラスされた空気が鼻に入り込む。

アーケードの出口近くまで来ると、ドーナツ屋の前でポヤーンと立っている女がいた。
店の入口にかけられた、でかいタペストリーに見惚れ、ブツブツと何やら呟いている。
俺はその隣りに立ち、耳をすました。
どうやら「しゅてき、しゅてき」と言っているようだ。
二十代後半といったところか。
栗色と言うよりはハニーブラウンに近い髪にややウエーブがついた痩せっぽちなその女は、飽きることなくタペストリーに映る男を見ている。
その女の横に座り、俺もまたタペストリーを見上げる。
「にゃにゃ」
すっきりとした顔立ちのいい男だ。
ったく女ってヤツは。
この女も例に漏れずってヤツか。
ま、俺も嫌いでは無い。
あのドラマは最高だった。特に白目・変顔は最高だった。

猫と女、一匹と一人、タペストリーを見つめながら、しばしの時間が過ぎた。
通行人の視線をやや感じる。
タペストリーを見つめていたら、何だか無性にドーナツが食いたくなってきた。
さっきラーメンを食ったばかりだったが、何だか急に甘いものが食いたくなった。
ビールで腹がカポカポと音を立てているが、そこは甘いものだ、別腹だ。
猫にだって別腹くらいある。
俺は隣りでポヤンとする女の足にちょんちょんと触れた。
ピクンと反応しながらも、まだタペストリーに魅入っている。
今度はやや強めに猫パンチした。
さっきの真治の二の舞にならないように、今度は爪を出さないよう慎重に。
それに気づいた女が俺を見下ろす。
「なんだ、猫」
やや不機嫌そうな面持ちで、それでもしゃがみ込んで俺を見る。
「あんたもファン?」
「にゃ」(いや)
「あっそ」
「にゃにゃ」(ドーナツ)
「あ?」
俺は女が抱えている紙袋をカサカサと叩き、ドーナツを催促した。
「ドーナツ?食べるの?」
「にゃ!」(食う!)
「あんた…さっきラーメン結構食ったじゃん。ビールも飲んだじゃん」
「にゃ…」(そうだけど…)
って言うか、何で知ってるんだ?見てたのか?

「そんで、またドーナツ食うの?」
「にゃ」(別腹だ)
「猫に別腹なんてあるか、ボケ」
「にゃにゃ!」(デザートだ、食後の!)
「デザートって」
「にゃ」
驚いた。
会話がスムーズだ。
分かるのかこの女。猫語というものが。
「ま、食ってもたぶん、がっかりすると思うけど」
そう言うと女は紙袋からライオンのタテガミ的ドーナツを取り出した。
「にゃにゃ」(俺、これ好き)
「半分な」
「にゃ」

パクリ。一かじりする。
ん?なんだ?
味が無い。美味くない。
ただのグニャグニャした小麦粉その他の塊じゃねーか。
「にゃーにゃ」(これホントにドーナツか?)
「何に見えるよ?ドーナツ以外の。穴、あいてんじゃん」
「にゃー」(変だなー)
「猫にはね、甘さを感じる味覚センサーが無いんだよ」
「にゃ」(え?)
「残念だったな、聡史」
「にゃー…」(そうだったのか…)

って、あれ?
何で俺の名前知ってるんだ?
確かに今「聡史」って言ったよな。
「にゃにゃにゃ、にゃーにゃ!」
なんだ、なんだ?
何で俺を知ってるんだ?
「にゃにゃ!」(俺のこと分かるのか!)
「分かるよ」
「にゃ!」(なんで!)
「だって作者だもん」
ぅえ〜〜?
なんだよそれ。
どうりで話が通じると思ったよ。

って、そんなんかよ!
「にゃにゃ!」(作者って!)
「にゃ!」(そんな小説あるかって!)
「まあ、いいじゃん」
まあ、いいじゃんって。
「にゃー」(暇だなー)
「その逆だ、ボケ」
「にゃ」
「忙しいんじゃ。仕事終わって更新する苦労分かるかお前に」
「にゃ」
「変に読者さん増えてきてるからさぁ」
「にゃ」
「変なプレッシャーと義務感が…」
「にゃ」
「本当はこの話、適当に終わらそうかと思ってたんだけど」
「にゃ!」(適当って!)
「いや、適当っていうか、方向性がずれてきてて」
「にゃ?」
「いやね、頭と終わりはイメージ出来てたんだけどさ」
「にゃ」
「思いつきで始めたっていうか。あんたには悪いけどね」
「にゃ!」

おいおいおい。
俺は今一番気になることをとりあえず聞いてみた。
「にゃ…」
「面倒だろ?“にゃ”、言わなくていいよ。打ってるのあたしだし。っていうかあたしが面倒だし」
「…俺は人間に戻れるのか?」
「さあ…」
「さあ…かよ!」
「俺は、早く人間になりたーい…んだよ!」
「古いぞ。…ベロか」
「…ベロも分かんねー人いるかも」
「分からない人。妖怪人間で検索してみ?」
「そうじゃなくて!戻れるのか、人間に」
「さあ…」
「ひょっとして…」
「キリのいいトコで終わりにしたりして」
「ぅええ?!」
「あたしゃ、恋愛小説が書きたいんだよ。メモリー…みたいな。あ、『メモリー・ブレンド』も宜しくね」
「宣伝かよ!っていうか、猫…の読者はメモリー系の話はきっと読まねーぞ」
「確かに」
「頼むから『はい、聡史の一日はこうして終わりました。次回、“真治の鼻から再びラーメンが?!”』みたいな終わり方やめてくれよ」
「さあ…」
「せめて紗希に会わせてから終わってくれ」
「さあ…」
「やる気あんのか?」
「バリバリ」
「ホントかよ…」
「早くまっとうな恋愛モノが書きたい」
「…ねーじゃねーか!」
「いや、ちゃんと書くよ。あんたの話も」
「頼むよ」
「でもさー。一日平均300人くらい読んでくれてるみたいなんだけど」
「へー」
「反応無いとつまんねー」
「…物書きの一番の叫びだな」
「あ、でも、フィウリルさんって方、評価欄に書き込みしてくれたのだよ。超嬉しい」
「よかったじゃん」
「やる気あがったね」
「ほう」
「他は読み逃げじゃ…」
「それだけの話って事じゃねーの?」
「それを言うなって、猫のお前が」
「お前が猫にしたんだろ」
「明らかにあたしはあんたより年上なので、もっと敬意を表しなさい」
「け」
「猫のままだぞ」
「すみません」
「例え、あやまっても」
「変わんねーのかよ!」
「疲れてんの」
「だから出てきたのか?」
「そう」
「おもいつき?」
「そう」
「PCに向かう前に何か考えたりしないわけ?」
「するよ。でも書きあがると違うものになってるっていう」
「そんなか」
「指が走る。基本、じみーなお笑いが好きなもので」
「…左から来た何かを右に受け流す…みたいなの好きだろ」
「あ、分かる?」
「…今日の設定は?」
「スロ?」
「違うって」
「話?」
「そう」
「猫が可愛い子ちゃんにドーナツ貰って、感謝してその子を好きになってみたいな…ってことも別に考えてないんだけど。たまたま昨日ドーナツ食ったから」
「可愛い子ちゃんって…」
「誰が打ってると思う?」
「…だよね」
「ま、いいじゃん。この手の話は読んでる人が笑ってくれればいいのだよ」
「お笑い系だったのか、この話」
「いや。感動モノにするつもりで始まったんだけど。でも恋愛小説のつもりだからちゃんと先は考えてあげるって。安心しろ」
「…あと何話、俺は猫で頑張らねばならんのだ?」
「さあ…10話を遥かに超えるかもしれないし、1話かもしれないし、ずっと猫かもしれないし、耳だけ猫のままって事もあるかもしれないし、放置プレイになる可能性も」
「にゃー」
「にゃーって言うなって」
「にゃにゃ」
「その、“にゃ”が二回以上続くの面倒なんだよ。急ぐと“にゃなあななな”とか打っちゃうし」
「にゃにゃにゃにゃ」
「なめてんの?」
「すみません」
「ドーナツ、もっと食う?」
「いや、いい」
「タペストリー、もっと見る?」
「…いや、いい」
「えー、見ようよー」
「いいって」
「あっそ」

はあ…と俺はため息をついた。
ドーナツ屋の前でしゃがみ込み、語り合う猫と人。
「見ちゃだめ!」
子供の手を引く親が足早に通り過ぎる。
この画で頭を疑われるのは、俺じゃなく、
明らかに目の前にいる人間なので、まあ、俺は構わない。

「じゃ、あたし寝るわ」
「え?」
「頑張れ猫」
「おい」
「またなー」
「にゃ…」
またって事は、またって事か?
俺とタペストリーにひらひらと手を振った女…作者は赤レンガを微妙なスキップで去っていった。
「にゃにゃにゃー…」(紗希…まさか既に男を作ってたりしないだろうな)
俺はタペストリーに映る相手に話しかけた。
もちろん返事など返ってこなかった。
「作ってたりして」
ええーーー!?
返ってきた。
さすが横書き文章のチカラ!

なんだか不安になってきた。
先を急がねば。
数メートル歩き、俺は赤レンガの大町二丁目アーケードを抜けた。
どーする!?
どーするよ、俺!?
続くーー!!











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