私は、前に広がる海原をただずっと、ベンチに座って眺めていた。
別に海が見たかった訳では無い。出掛けるつもりも無かった。何故か、気がつくと毎日海の見えるここにいるのだ。
広大な海原からの潮の香り、波の音…癒される。
今、この公園には私以外に誰もいない。寧ろ、ここにいる方が珍しい。
ここは、周りに一軒も民家や建物が無く、人気のない場所。そんな場所に、ポツンとある公園…。何故か、役場はここを更地にはしない。私には、ありがたいが。
公園には、ベンチと花畑しかない。子供達の為に遊具とかがあっても良いのだが…。
私は、ここに毎日欠かさず訪れている。家にいても、誰もいない。だから、ここに来るのかもしれない…いや、ホントの理由は違うだろう。
「…真紀子よ。何故、私を置いて先に逝くのじゃ…。」
(また、呟いてしまった。これで何回目なのだろうか…。)
私は、ゆっくりと溜め息をついた。
「…真紀子や、私の墓は用意してくれたか?」
「何、言ってんですかあなた。そんな事を考えるのは、まだまだ早すぎますよ。」
こんな会話は、晩年の夫婦にとって日常会話だ。まさか、自分の墓の事を心配していた私より先に妻が亡くなるとは思わなかった…。
私らは、20歳の時に恋愛結婚し、5年後私らの第一子が誕生した。その子供も立派に成長してやがて独立。私らの元を離れたと思ったら直ぐに結婚した。孫も生まれ、私は55歳の時に爺さんになった。妻も婆さんとなり、生まれた孫もスクスクと育っていった。今じゃ、少し大人びた高校生になったという。
「真紀子よ…時は早いもんじゃのう…。孫は、もう高校生じゃと。」
この世には、もういないのに、何故か妻の名を呼んでしまう。
「わしゃ、真紀子のいないこの生活が辛く…虚しいんじゃ…。」
私が呟いた一言一言が、波の音で掻き消されてゆく…。
「真紀子や…ワシの声が聴こえるか?」
その時だった。いきなり、強い風が吹いた。明らかに、潮風じゃなかった。
「おぉ…何ということじゃ…。」
この匂いは…
「間違いない…真紀子の匂いだ。」
「なぁ、真紀子よ…ワシの近くにいるのか?返事をしてくれ!」
当たり前だが、死んだ人間が返事を返したりはしない。
「真紀子よ…わしゃアンタがいないと寂しいんじゃ。なぁ、ワシの元へ還ってきてくれよ…。」
ただ時間が流れる…
「真紀子よ…何故、あん時言わなかったんじゃ…。」
私の最愛の妻であった真紀子が死んだのは、今から5年前。自宅で突然苦しみ出し、倒れて急いで病院に搬送された。妻は、病院で懸命の治療により意識を取り戻したが、その後私は妻の担当医師に呼ばれ、残酷な宣告を受けた…。
末期の癌だった。妻は、余命3ヶ月と診断された。
私は、自分を責めた。
“何故、あんなになるまで真紀子を放っておいたのか…”
真紀子は、根っからの医者嫌いで痛くても我慢して“大丈夫だ”と言ってしまう性格だった。だから、私はその言葉を信じてきてしまった、その終わりがこれだった…。
真紀子は、私の薦めで抗癌剤治療を受けた。
しかし、その甲斐なく…余命通りの3ヶ月後、妻はまるで眠るように亡くなった…。
私は妻の葬儀の時、涙が溢れなかった…。と、言うより涙が出なかった…。
やがて私は、放心状態から鬱状態に陥り、一時は自殺しようと思った。だが、妻の遺影を見る度に思い止まった…。
あれから、5年の月日が経ったのだ。もう私自身も、長くない。もうすぐで最愛の妻の待つ場所へ…
「真紀子…私の愛する真紀子よ…どうか待っていてくれ…。そして、そこでまたお互いに愛し合おう…。」
私はポツリと呟いた、遠い地平線の向こうを見つめながら。 |