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第二十八話 闇の深淵と希望の偏光
 


 俺とクロコ、那由他ンの三人は、近未来施設のような、地下迷宮のような、そんな研究所の中を逃げ回っていた。
 三人で、鉄製の通路をひた走る。
 先頭を走るのは、絶対防壁アブソリュートガーディアンを使えるクロコだ。
 危険な一番手は俺に任せて欲しいと言ったんだけど……。
 でも、俺が能力を発動させるには、‘タメ’が必要だ。
 普通の能力よりも複雑な演算を必要とする、11次元絶対座標の演算。
 予備演算をしていても、発動までには僅かのタイムラグがある。その僅かの差で銃弾を浴びてはいけないと、クロコの強い希望もあり、今はこの状態だった。
 クロコに危険な先頭を任せるのは心配だったが、クロコの能力には、超電磁砲レールガンを止める程の瞬発力がある。何より『事象停止デッドロック』は、物理現象自体を時間座標上で強制停止させる能力だ。たとえ相手の攻撃が何だろうと――美琴タソの全力超電磁砲に匹敵する攻撃だったとしても、貫く事は不可能。迷ったが、しぶしぶ先頭を任せる事にした。
 同じ11次元系統の能力者と言っても、クロコの能力――‘事象を止める’という演算は、全ての数値に『0』を代入する様な物で、だから能力の発動が早いのだろう。
 なんにせよ、クロコの能力は、ふいの銃撃も防ぐ事が出来る。
 そうして俺達は、警備ロボとの遭遇をなんとかやり過ごしていた。
 しかし、警備ロボを薙ぎ倒しながら逃げようにも、致命傷を与えられるコインは限りがある。警備ロボと遭遇した時は、いくらでも代わりの効く鉄製のコインで一撃喰らわせ、その隙に逃走。出来るだけ交戦を避け逃走していた。
「だけどっ。こう通路が複雑だと、迷子になりそうだなっ」
 走りながら言った俺に、殿しんがりを務めている那由他ンが答えた。
「大丈夫だよっ。研究所の見取り図は一度見てる。私がナビするから『行き止まりに追い込まれてアウト』なんて事にはならないよっ」
「いっ? 地図覚えてたのかっ? それはまた心強いなっ」
 けっこうな広さの研究所だ。
 その見取り図を一見で覚えるなんて、那由他ンってやっぱり凄い。
 まぁ、そんな事より。
 幼い女の子に前後を任せ、俺が一番安全な真ん中ってのはどうよ? って感じなんだけど……現状、警備ロボへの有効打は俺の超電磁砲しかない。俺が倒れたらジリ貧。その状態で一本道の前後を塞がれたりしたら、逃げ場が無くなってしまうのだ。
 それを避ける為には、この隊列がベストだった。
 理屈では、そうなんだけど……やっぱり、やるせない。「せめて殿は俺が」とさっき言ったのだけど、それも那由他ンに拒否された。
 俺はすぐに能力を発動できるよう予備演算をしながら走り、ちょっとでも二人の危険を減らせる様にはしているけど……。
「クロちゃんっ。次、右だよっ」
「りょーかいですのんっ」
 那由他ンの指示通り、クロコが次の丁字路を右に曲がった。
 が、
「――くっ!? またですのんっ!?」
 言うと共に、絶対防壁を展開させたクロコ。
 バリアの様に展開した物体へと事象停止を使用する事により、それは無敵の盾となる。
 そして、その絶対防壁は警備ロボの放つ銃弾をいとも簡単に弾いていき、ガトリングガンの跳弾がそこかしこに飛び散った。
 しかしクロコは、絶対防壁を使う――自身以外へと能力を使うのはかなり苦手なのか、ひたいには疲労から来たであろう汗が流れていた。俺はそれを横目に見ながらも能力を発動し、盾の横に飛び出して超電磁砲を放つ。
「――喰らえっ!!」
 通路に光が突き抜け、体にまで響くような低音の風切り音が鳴る。
 一閃の光は警備ロボへと命中し、その機械の塊は天井や壁に激突しながら数メートル吹き飛んだ。
 追い打ちに那由他ンがグレネード弾を放ち、その爆発と共に俺達は反対の方向へと走り出す。
「……くそっ、判断を誤ったかっ?」
 次々と出くわす警備ロボに、そう言葉が漏れた。
 通路に従って逃走している俺達。
 出来れば天井をブチ抜いて、上を目指したかった。
 が、当然、ここは地下だ。
 そしてこの研究所は、階層が深くなるほど敷地面積が広くなる作りだった。
 なので、地下二階部分が、今居る場所の上に存在しない。超電磁砲で近道を作ろうにも、無茶をすると生き埋めになる可能性がある。
 無理からにショートカットを作っても大丈夫そうな場所までは、とりあえず、道なりに逃げるしかなかった。
 そして『逃げ切るまでに何体の敵を相手にしなければいけないか』それが解らないので、虎の子のコインは温存する策を取ったが……、
「こう行く先行く先で出くわすと……まるで、追い込まれているみたいだな……」
 先ほどの丁字路から右へと延びる通路を走りながら、俺はそう零した。
 その言葉に、小さな体を動かして必死に走るクロコが、前を向いたまま反応した。
「ですわね。罠に誘導されている気もしますのん……何か、嫌な予感が……」
「だよな……こういう場合……」
 そんな会話を交わしていると、後ろを走る那由他ンも混ざってきた。
「え……? 二人とも、なに言ってるの? 逃走ルートになりそうな所を特に固めてるだけでしょ?」
 不思議そうな顔をする那由他ン。
 たしかに、考え過ぎなのかもしれないけど……。
「お兄さんもクロちゃんも、アニメや漫画の見過ぎじゃない?」
「う……」
「ですのん……」
 ちょっと痛い所を突かれ、俺とクロコは走りながらも押し黙った。
 まぁ、俺もクロコも、ヲタク趣味だけど……。
 でも、こういう場合って……絶対何か、良くない事が起こるよな?
 現実的に考えれば、那由他ンの予想の方が正しいんだけど……。
「そういえばっ、那由ちゃんは警備ロボを倒せる武器とか持って来てないのかっ? 『メタルイーター』とか、そういうのっ」
 俺は顔だけを向けてそう振ってみる。
 後ろを走っている那由他ンが呆れた顔になった。
「はぁ? メタルイーターって……あんな馬鹿デカい対戦車ライフル持ち歩く訳ないじゃんっ。グレネードのオプションパーツだって本当はスタングレネード用だよっ。それだって、五発しか持ってきてないし……爆発式の弾だってあと数発しかないっ」
「そう、なのか……くそっ」
 彼女もこんな状況になるとは思っていなかったのか……?
 まぁ俺だって、もし何かあったとしても、必殺のコインは一ケースで事足りると思っていた。人の事は言えない、か。
 でも那由他ン。今の所はスタングレネードを使っていない。どうしてだ? ソレを使えば警備ロボから逃げる必要も――いや、囲まれた際への切り札か。
 俺の能力でも、さすがに全周囲精密射撃なんて出来ない。取り囲まれた時は、彼女のソレが切り札となる。
「クロちゃんっ。次の十字路を左、突き当りにドア、ロックは私が外すからっ」
「オッケーですのんっ」
 返答しながら、クロコは先の十字路を曲がり、俺も続く。
 今度は警備ロボの姿が無く、数十メートル先に那由他ンの言った鉄製のドアが見えてきた。

 
 ―第二十八話 闇の深淵と希望の偏光―


「ここは、何の場所ですのん……?」
 扉の向こうへと出たクロコが、そう漏らした。
 俺も警戒しながら、鉄枠の分厚い扉をくぐり抜ける。
「広い、な……何かの実験場か?」
 大きさは大規模な体育館程の、金属の壁に囲まれた四角い空間。
 辺りには、大小の鉄の塊がゴロゴロと転がっていた。
 たぶん、銃器の残骸だろう。破壊されたロケットランチャーとおぼしき物体まである。
 そして、向かって左手の、壁の上部――二階部分に当たりそうな場所には、ガラス張りの箇所があった。こちら側を観察するような形で、通路が通っているようだ。
 そんな空間に足を踏み入れ――
 俺は、自分がまるで、ラットケージに押し込まれたマウスの様な、実験動物モルモットにされてしまったかのよう様な、そんな寒気を覚えた。
 本能に訴えかける、死臭と悪寒。
 そんな感覚がする場所だった。
 冷たいモノが走った首筋を動かし、なんとなく視線を下に向けてみたが――
「ここ、は……」
 足元を見れば、薄黒い汚れが、床にこびり付いていた。
 その汚れは「科学溶液を使っても完璧に拭い去る事は出来なかった」と、そう言わんばかりに、床へと染みついている。
 溢れるほどの大量の‘ソレ’が、何度も何度も、幾度となく床に染みていったと、そう、示しているのだ。
 それほどの‘人間の血’が、ここで流されたと。
「――ぐっ!」
 ギリッと奥歯を噛む。
 いったい、何人のクローンがここで殺されたのか……。
 目を逸らしていた現実を見せつけられ、後悔、焦燥、憤慨、嫌悪、様々な感情が頭の中で渦を巻いた。
 『殺されたのはクローンだから』
 それで割り切れるほど、俺は諦観ていかんできなかった。
 たとえ、殺されたのがクローンだったとしても……普通に暮らしていれば、嬉しいと思う事も、怒ったりする事も、悲しいと感じる事も、楽しい時間を過ごす事も、そんな、普通の人と変わらない、色々な事が出来ただろう。
 なのに……。
「‘どこでも’一緒だって、解ってはいるけど……くっ!」
 所詮、この学園都市では、全ての人間は良い様に使われるモノなのか。
 木山ねぇの生徒達、妹達シスターズ、誰もかれも、全ては取るに足らない存在だと。
 誰かを助けようと頑張っている――自分の身さえ削って助けようとしている、あの女子高生、那由他ン、木山ねぇ、みんな……。
 その苦しみも、その痛みも、すべて、取るに足らない事だと……。
 そう思い拳を握り締めたが――鬱積する感情を透明に塗り潰し、俺は言った。
「……那由ちゃん? あそこの、壁の上の方にあるガラス張りの場所、あれって地下二階部分だよな?」
 嫌悪も後悔も、後でいくらでもすれば良い。それより先に、やるべき事がある。
 早くこの研究所から逃げ出さないと、クロコや那由他ンの身まで危険だ。
「お兄さん、あそこから地下二階へ行くつもり?」
「どうするんですのん?」
 背の低い二人が、俺を見上げ聞いてきた。
 俺は二人の幼い顔付きを一目見て、そして、視線を元に――壁の上部へと戻した。
 ガラス越しに見えている、通路であろう部分。
 あそこへとショートカットできれば、一気に出口へ近づける。
 クロコが疲れを見せているし、この際、ちょっと無茶臭くてもさっさと逃げるのが優先だ。
「俺のレールガンでガラスをぶち壊すから、那由ちゃんの義体パワーで、俺とクロコをあそこまで放り投げたり出来ないか?」
「……それはまた、随分と無茶苦茶な作戦だね。壁に激突して骨折しても知らないよ?」
 素っ気なく言う彼女だけど……那由他ンの事だ。ちゃんと注意を払って送り届けてくれると思う。それに、この方法が一番手っ取り早い。
「クロコは、オッケーですのん。お兄様の作戦で、いきましょう……」
 少し荒い息で頷いたクロコ。
 その顔にいつもの生気はなく、随分と疲れが溜まっている様にも見える。
 『自身以外に能力を使うのはかなり大変だ』という事だし、ここに来るまでに何度も絶対防壁を使い、だいぶ消耗しているのだろう。
 時間座標に干渉するという、俺とクロコの能力。
 11次元絶対座標を演算している性質上、空間移動能力者テレポーターと同じで、自分以外に能力を使う方が簡単そうに思えるんだけど……俺とクロコの能力は、そうじゃない。
 俺の場合だと、他人や触れた物に能力を使用する事は出来ない。
 多少は周囲の空間へ影響があるにしても、微々たるもの。それだって、無意識レベルの事だ。制御は出来ない。もし自分以外に――周囲にも能力を使えるのなら、超電磁砲を撃てる強度で時間を圧縮する時、息が出来なくなるのはどうにかしたいと思う。
 つまり、どういう理屈かは解らないが、時間制御系は自分単体に能力を使う方が容易いようなのだ。
 他の能力でも『自分に使う方が簡単』ってのはあるらしいから、それぞれの能力に特性みたいな物があるんだろうけど……。
 まぁそれより、クロコにはかなり無理をさてしまった。
 初めて会った日からこっち、俺の貞操が危ないと解ってからは一緒に寝てやったりはしてないんだけど……無事に帰れたら、今日くらいは一緒に寝てやろうか。
 そんな事を考え、俺は視線を上の方へ――地下二階部分の通路へ向けた。
「あのガラス、たぶん防弾だろうけど……レールガンなら撃ち抜けるよな?」
 この広い実験場。
 ここが、妹達シスターズと第一位の戦場として用意された物だとしたら、構造自体、相当に頑丈な作りだろう。けど『特殊加工のコインでも貫けない程』って訳じゃないと思う。
 ショートカットすれば危険もそれだけ減るし、たとえ一発で粉砕できなくても、数発くらいなら試してみても良い。
「二人とも、破片が飛ぶかもしれないから、一旦、入口の方に戻って――」
 俺がそう言い終わろうとした。
 次の瞬間。
 まったく予想していなかった事態が起きた。
 百か二百メートルほど先にあった、奥の壁。 俺達の入ってきた方向とは反対側。
 そこで、ドゴォオオオオオオオオオンッ!! と大爆発を起こった。
 実験場に、地響きも伴うような轟音が鳴り響く。
 そして、何が起こったかを判断する間もなく――
 爆煙の中から俺達の方へと向けて――

 超電磁砲が突き抜けた。

 神速の光線が実験場を突き抜け、一瞬で俺達に迫る。
 が、咄嗟に絶対防壁を展開したクロコが、その閃光を弾いた。
 跳弾した超電磁砲は背後の壁へと着弾し、鉄の塊を衝突させた様な重音が辺りに響いた。
「――なっ!? 今のはっ!?」
「レールガンですのんっ!?」
 吃驚きっきょうの声を上げた俺とクロコ。
 ‘そういう使用目的’で作られたこの部屋は、並の攻撃ではビクともしない作りだろう。床に打ち捨てられた銃器類を見るに、少々の爆発じゃ傷も付かないと見て良い。
 なのに、俺達の後ろ側にある壁は、人間大の大きな凹みがベコリと出来ていた。まるで、戦車の砲弾でも当たったかの様だ。
 その光景を見て、今の攻撃がどれ程の脅威かを実感した。
 そして、超電磁砲の衝撃波によって晴れた煙の先、そこに佇む影を捕えた那由他ンが、口を開く。
「あれは、まさか……」
 目に映る光景が信じられないと、彼女の目は驚きに見開かれてゆく。

「ファ……『FIVE_Over』!? そんな物がどうしてここにっ!?」

 遠く見えてきたのは、身長が五メートルほどの、まるでカマキリのような駆動鎧パワードスーツ
 いや、基本のシルエットは人型に見えるかもしれない。二本の脚で立ち、二本の腕がある。ただそれに、肩からはカマキリの様なさらにもう二本の腕、腰の裏側には尻尾の様にカマキリの腹部分があった。
 人型の駆動鎧に、カマキリのパーツを取り付けたようなシルエットだ。
 そして、その駆動鎧の背中には、横倒しにしたドラム缶のような物体がある。そのドラム型の部分から、カマ状の腕へと、弾層のようなパーツが伸びていた。
 ――まるで、ガトリングガンの弾倉のように。
 それを見て特大の脅威を感じ、即座に最大圧縮率で能力を発動させた。
『――くっ!!』
 停止したと言っても良い様な空間の中で、俺は、独り焦った。
 先ほど、クロコが弾いた超電磁砲。
 跳弾してもなお、あの破壊力。
 そして、実際に目に映った閃光と、肌に感じた衝撃波。
 さっきの超電磁砲の威力は、本家の全力さえ超えていたかもしれない。
 そして、那由他ンの驚き様と、駆動鎧の背に見えた、ガトリングガンの弾倉にも見えるパーツ。
 もし、駆動鎧のスッペクが、脳裏に過った想像通りなら――
 目に映る、特殊な形状の駆動鎧。
 ファイブオーバ―と呼ばれたそれはまさに、警備ロボを雑魚と表現して良い程の、圧倒的な威圧感を持っていたのだ。
 ――次に撃たれれば、終わり。
 そう直感した俺は、皮手袋越しに、二十枚もの必殺を握り締めた。
 肌を凍て付かせる様な危機感に、残弾四十五の必殺の内、その半数をも握り締めたのだ。
 そして、時の流れが極限まで遅くなった世界の中で、俺は駆動鎧に向けて全力で拳を突き出した。
 放たれたのは、必殺の爆散超電磁砲ブラスティングレールガン
 時間の流れが元に戻り、電光石火の反撃が空気を引き裂いた。
 複数の超電磁砲は同時に突き抜け――
 それこそ、警備ロボ程度ならゴミ屑のように蹴散らしてしまう程の、それ程の威力を持った光条の塊が、光の軌跡を描く。
 その閃光は、ファイブオーバ―へと直撃する射線で、まさに一瞬で突き抜けた。
 が、
「――っ!?」
 爆散超電磁砲が着弾するよりも先に、事が起こった。
 ファイブオーバーのカマ状をした腕、さらにその先端。ザリガニのはさみのようになっている部分に収められた、三本の銃身。
 その銃身から、信じられない威力を持った攻撃が放たれた。
 それは、ただ一発で、強固な壁をも粉砕する威力を持った、超電磁砲。
 逆に俺の撃った超電磁砲は、威力で完全に劣っていた。弾体の初速は1,000メートル/秒ほど。対してファイブオーバーの超電磁砲は、本家の全力、初速4,000メートル/秒さえ軽く超えていたかもしれない。
 そして、それが――
 信じられない速度で連射された。
 秒間数十発――いや、一秒間で百発にも迫る勢いで、超電磁砲が放たれたのだ。
 ファイブオーバ―の放った超電磁砲。
 それは、その全てが、レベル5の全力さえも軽々と凌駕していた。
 俺の超電磁砲を優に超える初速、そして、その速度が生み出す威力と、驚くべき連射性能。
 その強大な攻撃の前に、爆散超電磁砲はチリの如く薙ぎ払われ、俺の身に、連続した破壊の光が襲い掛かった。
 しかし、
「――お兄様っ!!」
 絶対防壁の範囲外に出ていた俺を、咄嗟にクロコが庇っていた。
 クロコの倍はあろうかという絶対防壁。
 それは次々と襲い掛かる閃光を防ぎ、超電磁砲が跳弾を起こしたガガガガガッ! という音が響く。
「ぐ……なんて、威力なんですの……」
 衝撃波に顔をしかめたクロコ。
 だが、盾自体に衝撃がきているからではない。
 絶対防壁は、衝撃も貫通力も全てを無効にするという、まさに人知を超えた超常の盾。
 それでもなぜ、クロコが顔をしかめたのか――
 それは、ファイブオーバーの超電磁砲が、ただその余波だけで、絶対防壁の後ろ側にまでも衝撃波がやってくる程の威力だった。それだけだ。
 そして、クロコの絶対防壁に弾かれた超電磁砲は、背後の壁へと次々に大穴を開けてゆく――
 が、破壊の限りは、それだけに納まらない。
 跳弾した超電磁砲は大きな実験場の中を方々に飛び散り、俺達の居る鉄箱の中が四散する光線に埋め尽くされた。
 絶えず爆撃に晒されているような、そんな、撃滅の嵐。
 破壊された壁や床の金属片が辺りに飛び散り、実験場の様相がものの数秒で無残な姿に変わってゆく。
 十も数えない内に、その場は、砲弾や爆弾を散々に撃ち込まれた戦場跡の様な――そんな無残な姿に変わってしまい、そして、その破壊の嵐は収まる事を知らず、次々と辺りを喰い散らかしていった。
 そんな中――
 俺は、守るようにクロコを後ろから抱き締め、そしてクロコは、疲労の滲む顔で絶対防壁を展開させていた。
 駆動鎧の超電磁砲から身を守れる、僅か二メートル大の防空壕。
 そこには、那由他ンも身を屈め入っていた。
「――ちっ。お兄さん、今のが全力?」
 爆風に金髪をなびかせる那由他ンが、俺に向けて言う。
 そして、腕の中に居るクロコ。
 クロコの辛そうな顔に危うさを感じながらも、俺は那由他ンに答えた。
「ああ。残念ながら、今のが全力だよ……那由ちゃんは? アレをどうにか出来るか?」
「私も無理かな。まぁ、見た感じAI制御みたいだから、絡めて手でなら、何とか出来るかもしれないけど……今の状況じゃあ、どうにも出来ない」
「そうか……」
 那由他ンの返事を聞きながら、俺は、クロコを抱き締めている腕に、力を込めた。
「クロコ、大丈夫か? お前、やっぱり無理してたんだな……?」
「い、いえ……そんな事、ないですのん。クロコは、全然平気ですのん」
 苦しそうに息を吐きながらも、クロコはそう言う。
 その吐息には、いつもの元気な様子とは真逆の、今にも消えてしまいそうな儚さが混じっている。
 抱き締めている体にも、いつもの子供っぽい高めの体温も伝わってこない。まるで病人の様に体が冷えていた。たぶん、相当に憔悴しょうすいし切っているのだろう。
 ファイブオーバーの超電磁砲を辛うじて防いでいるこの状態も、長くは保てない。
 何より、クロコにこれ以上無理をさせる訳はいかなかった。
「那由ちゃん。俺が隙を作るから、クロコを二階部分へ、あそこまで運んでくれるか?」
 壁の上部にあった通路へと、俺は目を向けた。
 ファイブオーバーの超電磁砲がこの実験場を破壊し尽くしているのだ。防弾ガラスなど、とうに粉砕されていた。通路自体、すでに滅茶苦茶に破壊されている。
 けどそれなら――ファイブオーバーの攻撃をなんとかすれば、あそこから逃げ出す事も可能だろう。
「……で、お兄さんはどうするの? 捨て身のヒーローにでもなるつもり?」
「だけど。それくらいしか――」
「いいから、ちょっと待って」
 那由他ンは俺を制して、背に負っていたランドセルを下ろし、それを開く。
「クロちゃん? 後、どれくらい持つ?」
「……もって……数十秒、ですのん……」
 クロコの吐く息が荒い。
 重病に侵された病人のように顔は苦痛で歪み、肌からは生気が失われている。
 絶対防壁が絶対防壁である由縁。その元となる、事象停止。
 事象停止は、防護性能のみを見れば、第一位の反射さえ超えるかもしれない能力だ。
 それだけの、常軌を逸した能力。
 それを『物体に使用する』という苦手な方法で、さらには休む暇なく使い続けている。
 その連続的な使用に、クロコは急激に消耗している――そう感じた。
「クロコ……」
 冷えた体に少しでも温もりが戻るようにと、俺はクロコの小さな体をさらに抱き締めた。
 その横で、那由他ンはランドセルの中を探り、いくつかのグレネード弾を取り出していた。
「……ファイブオーバーのガトリングレールガンは、永遠に連射する事は出来ない。レールガン自体が大量の熱を生み出す装置だから、冷却期間があるの。そこを突いて、突破口を開くっ」
 言って、那由他ンは取り出した弾体をライフルのグレネードランチャー部にセットした。
 ガチャリと弾が装填され、那由他ンはさらにもう一つの弾体を手に持った。
 そんな彼女へと、俺は問う。
「……それで、どうするんだ?」
「いま装填したのが、スタングレネードだよ。光学、サーマル、音波、ほとんどのセンサー類をマヒさせる弾なの。それと、電波欺瞞紙――チャフ弾も使う。レーダー式の走査も無効に出来るし、遠隔操作にも切り替えられない。ま、ここは地下だから、モニターしてる奴がいる可能性は半々だけど」
「あいつに……ファイブオーバーに、それが効くのか?」
「確かに、あれの耐ジャマー性能は半端ないけど……こっちも同じ『学園都市製』の弾だよ? 十分通用する。それに、今のアイツはAI制御。人が乗っている時よりも格段にバカ。それは、オーバーヒートのリスクも考えないで、ガトリングレールガンを使い続けている事からも分かるでしょ? いくらアレが無茶な相手でも、このスタングレネードを着弾させれば、十秒か、二十秒か、少なくとも、数秒くらいは動きを止められる」
 実験場を破壊する閃光の嵐、それを生み出す元凶、彼女はそれを見据え――命を軽々と刈ってしまうカマキリの様な駆動鎧へと、刺す様な視線を向ける。
 ガトリングレールガンが止まったその隙に、スタングレネードを撃ち込む算段なのだろう。
 たしかに、今撃っても、超電磁砲の余波に邪魔をされ、直撃は望めない。
 だけど、クロコの消耗具合から考えて、出来るだけ早くなんとかして欲しいと思った。
「那由ちゃん、今すぐには、それを撃てないか?」
「スタングレネードは近距離ほど効果大、それはこの弾も一緒だよ。もし中途半端に手の内がバレたら、相手が対策を――レールガンの掃射を止めて、こっちのグレネード弾を優先して破壊しようとする。そうなれば、もう打つ手がないよ」
「く……そうか……」
 相手がオーバーヒートを起こすまで、クロコに頑張ってもらうしかない。
 そういう事だ。
 だけど……。
 絶対防壁でガトリングレールガンを防いでいるクロコ。
 すでに足からも力が抜け、俺にもたれ掛るように歯を食いしばっている。
「ぐっ……ぅ……」
「クロコ……」
 苦痛が少しでも和らぐようにと、俺は強く抱き締めてやる。が、その程度では、なんの力にもなってやれなかった。
「お兄、様……。那由ちゃん? あと、どれくらいですのん……?」
「ごめん……ファイブオーバーは試験運用段階だから。私も、正確なところまでは……」
 そう話した那由他ンの顔には、焦慮しょうりょが見て取れた。
 彼女も、クロコの事を心配してくれているのだろう。
「でもクロちゃん。ガトリングレールガンはたしか、バッテリーと冷却装置、どっちにもまだ問題があったハズなんだ。レールガンの掃射は、数分も続けられないハズだから……」
 あと少し凌ぎ切れば、状況を打破する糸口を掴める。
 そうクロコを励ます那由他ンだが――いよいよ、クロコの体から力が抜けてくる。
 俺に全ての体重を預けるようにもたれ掛かり、荒かった呼吸も今は虫の息だ。
 クロコは、今にも意識を失ってしまいそうだった。
 それでも、自分の手に俺達の命が掛かっていると、それだけは絶対に手放さないと、クロコは絶対防壁を固く握り締めているが……。
「おにい、さま、は……クロコが……守って……」
 絶対防壁がガガガガガッ! と超電磁砲を弾く音と、実験場を蹂躙している爆音。
 それに掻き消されそうになりながらも、胸元から響いてくるクロコの儚い声。
 今はただクロコに頼るしかない自分の、その力の無さに、胸が締め付けられた。
 が――
 俺は、ある事に気付いた。
 ガトリングレールガンは、一分間に数千発もの超電磁砲を発射する装置だ。
 発砲音は一つの音の塊となり、それに連続性はない。それは着弾音も同じのハズ。
 しかし、絶対防壁がガトリングレールガンを弾く音は、明らかに連続した音として聞こえている。
 振り返れば、実験場の四方の壁の中で、後ろの壁だけがやけに破壊されていた。
 つまりは、全弾が絶対防壁に弾かれている訳ではない。
 ガトリングレールガンの命中精度は、極めて低かったのだ。
 俺はそこに一つの可能性を見出し、口を開く。
「能力を使えば、避けられる、か……? それに、このままなんて……」
 腕の中に居るクロコ。
 その辛そうな顔を見て、俺は覚悟を決めた。
「やっぱり、クロコにこれ以上無理をさせる訳にはいかないっ! 那由ちゃん! 俺がオトリになるからっ、その隙にクロコを頼む!」
「……いいの? お兄さん?」
 那由他ンは厳しい表情で俺を見返し――
 クロコは、血の気が失せた幼い唇を、微かに開いた。
「おにいさま……ダメ、ですのん……」
 消耗し切った体の、その首だけをかろうじて動かして、クロコは俺の方へと顔を向けた。
 今にも消えてしまいそうな、無垢な意思。
 それを感じて、俺は、さらに強く思う。
 クロコが俺の事を心配してくれる気持ちは、わかる。
 だけど、俺だって、こんなクロコは見てられないんだ。
「クロコ? 俺は大丈夫だよ? 能力を使用した状態なら、ファイブオーバーのレールガンだって軽く避けられるさ」
「ダメ、です……のん……」
 クロコは、掠れた声で言った。
 俺の能力を詳しく知っているのだ。気休めでは効かないらしい。理屈を返してくる。
「それは、長時間、の、使用が……能力が、切れたら……」
 その瞳さえも霞ましているのに、まだ自分で頑張りたいのだろう。
 たしかにクロコの言う様に、俺は能力を最大出力で使うと、空気の抵抗が上がり過ぎて呼吸が出来なくなる。使用できる時間は、実時間に換算すれば数秒もない。稼げる時間は僅かだろう。
 だけど……。
「どっちにしろ、ファイブオーバーよりもお前の限界が先に来たら、みんなやられる。もう、いくらも持たないだろう?」
「いえ……クロコは……ぜっ、たい……守って……おにい……さまを……」
 話すのさえ辛いのか、その声は次第に細くなっていった。
 極限にまで能力を酷使して、疲労も通り越し、もう、本当に限界なのだろう。
 まるで、死に際の病人にさえ見えた。
 それでもクロコは、絶対防壁を握り締めるのだけは、何としても止めない。
 自分の限界まで俺達を守ってみせると、その凛とした心を曲げなかった。
 どんなに辛かろうが、苦しかろうが、守りたい物があるのなら、最後まで諦めない。
 それは、クロコの、どうしても曲げたくない意思なのだろう。
 それを感じた俺は、無思慮な事まで考えてしまった。
 ――どんなに無謀だろうと、どんなに苦痛を浴びたとしても、その信念を貫き通す事だけは、絶対に止めない。
 そんな所まで、クロコは彼女に似ているんだな、と。
 けど、似ているからじゃない。
 俺は、クロコだから、守りたいと思うんだ。
 この世界に来て、初めて温もりをくれた子だから。
 その温もりで、俺の心を支えてくれた子だから。
 そして、一度は見捨ててしまった子だから。
 強く、本当に強く、守りたいと思う。
 だから、無理をして欲しくはないし、辛い目にも合わせたくはない。
「――那由ちゃん、クロコを頼んだぞっ!?」
 俺はそう言い切り、クロコの身を那由他ンに預けた。
 ふいに渡された体を、彼女はしっかりと抱き止めてくれた。
 那由他ンに背を預け、クロコは力なく、こちらに顔を向けてくる。
 幼い体に強い信念を秘め、俺達を守ってくれていたクロコ。
 今にも閉じてしまいそうな弱々しい瞳で、俺を見つめてきた。
 そして、何かを伝えようと口を動かし、片方の腕を頼りなく伸ばしてくる。
 が、俺は動く。
 今から身を投じる、死滅の嵐。
 その恐怖に、体中の神経に意識が通ったように、感覚が増してくる。
 俺はその感覚さえも利用して、11次元絶対座標の演算に入った。
 時間座標の圧縮率は、レールガンの軌道さえも知覚できる程の強度設定。
 実時間に換算された時の使用時間も考慮して、出来るだけ圧縮率を低く――けれども、超電磁砲をかわせるであろう強度に設定する。
 少しでも長い時間オトリとして動けるように、だ。
 だが、超電磁砲を回避出来る程の強度。限界の圧縮率ではないにしろ、呼吸は満足に出来ないレベルだった。
 果たして、その状態で、どれだけの間、能力を使い続けていられるか……。
 緊張で溜まった唾を飲み込み、俺は、深く息を吐き。
 そして、絶対防壁から飛び出す寸前、呼吸と共に能力を使った。
『――くっ!?』
 スロー再生の中で襲い掛かかる、無数の超電磁砲。
 軌道はなんとか読み取る事が出来た。
 そして予想通り、ファイブオーバーは、攻撃の効かないクロコ達にではなく、俺へと銃口を向けてくる。
 こちらに向かって次々と発射される、ガトリングレールガン。
 だが、さっき見た通り、無数に放たれる攻撃に精密さは無い。
 直撃し、致命傷になりそうな物は少なかった。
 俺は超電磁砲の軌道を予想し、危険と判断した物だけをかろうじて避けていく。
 だが、ファイブオーバーの超電磁砲は衝撃波だけでも相当な威力を持っていた。圧縮された時間の中で、その衝撃波は、まるで壁の様な空気の渦となっている。
 重さも超越した、硬ささえ伴う余波に晒されながら、俺は数発の超電磁砲を躱していった。
 ――いける! そう感じ、張り詰めていた思考に多少の余裕が生まれた。
 残してきた二人の方を見れば、那由他ンがクロコを横に抱き、地下二階部分に飛び移ろうとしている所だった。
 那由他ンに抱かれているクロコ。能力を解除した事で緊張が解けたのか、それともやはり限界だったのか、その体に力はなく、目は閉じられていた。
 気を失っているのかもしれない。
 クロコ……。
 ありがとう。
 今度は、俺が頑張る番だ。
 そう気を引き締め、視線をファイブオーバーへと戻した。
 明滅する、ファイブオーバーの銃口。
 ガトリングレールガンがオーバーヒートを起こすまで避け続ける事が出来れば、こちらの勝ち。冷却中に那由他ンがスタングレネードを撃ち込めば、逃走するのも破壊するのも簡単だろう。
 しかし、俺の体感時間は、すでに分を超えていた。
 粘つく空気は、肺へと満足に酸素を送ってくれない。息苦しさが、刻々と増してゆく――
 無理をし過ぎると窒息し、意識が落ちるかもしれなかった。
 だがそれでも、超電磁砲の直撃を喰らうよりかは、よっぽどマシだ。
 呼吸も満足に出来ない状態に本能が警鐘けいしょうを鳴らし――そして、それにも構わず、俺は全力で体を動かして超電磁砲を避けていった。
 秒間百近い弾丸の軌道を読み、音速の十倍にも達する攻撃を、圧縮された時間の中で避ける。
 我ながら、人間離れした事をしていると思った。
 速さだけなら、聖人の域に達していたかもしれない。
 が、それも、やがて限界へと近づいていった。
『――っか、はっ』
 肺が何かしらの痙攣を起こし、音のない世界で喉が鳴ったと錯覚した。
 息苦しさに意識は薄れ、能力を保つ演算さえ困難になってくる。
 しかし、ファイブオーバーはまだ超電磁砲の掃射を続けているのだ。
 もしここで能力が途切れれば、俺の命はあっという間に刈り取られてしまう。
 ……今まで稼いだ時間は、実時間にして十秒もないだろう。
 たったそれだけの時間で、俺はもう限界に近かった。
 飛びそうになる意識をやっと保っている状態だ。
 能力の使用を保つ演算だけで思考は精一杯となり、弾丸の軌道を読むリソースさえも危うくなる。
 超電磁砲の余波に体を巻き込まれそうになり、体を硬い衝撃波が襲った。
 果たして、あとどれだけ凌げれば、ガトリングレールガンはオーバーヒートを起こすのか――
 俺は、重たい空気に押しやられながらも足に力を込め、致命傷になる範囲だけはなんとか避けていく。
 そうして、幾つもの閃光の中、もう数発のガトリングレールガンを避けた所で――
 ついに、限界が来る。

 ――意識が、ブラックアウトした。

 俺の体は通常の時間座標へと戻され、そして、耳に再び、超電磁砲の轟音が鳴り響いた。
 その凄まじい音に、一旦は落ちた意識を無理矢理に再覚醒させられた。
 超電磁砲の余波に巻き込まれ体が宙を舞うと同時に、息苦しさに激しく咳き込んでしまう。
 そして体は床に打ち付けられ、痛みと共に上下が回転した。
 自分が今どういう状況なのかさえ、まともに判断が出来なかった。
 しかし、
 次の瞬間には、超電磁砲で殺される。
 それだけは、本能的に感じた。
 獣の様に鳴る自分の喉を、まるで他人事のように感じながら、俺は処刑の時を待つ身だったが、
「――お兄さんっ! 目と耳! 塞いで!!」
 那由他ンの声が響いた。
 見れば、彼女は壁の上部――地下二階部分の通路から下方へ向けてライフルを構えていた。
 それだけの状況判断をする間にも、俺に死は訪れていない。
 違和感を覚え那由他ンの視線の先を追うと、ファイブオーバーが蒸気を出しながら固まっていた。
 すんでの所で、ガトリングレールガンはオーバーヒートを起こしていたのだ。
 その状況を見て、体から力が抜けた――が、休んでいる暇はなかった。
 那由他ンは隙を逃すまいと、俺の方へと一瞬目配せしただけで、ライフルの引き金を引いた。
 俺はその意思をくみ取り、慌てて耳を塞ぐ。
 鋭く構えられたライフルの先から、バシュッとグレネード弾が発射され――
 そして、辺りの様子に意識をやれば、チャフ弾はもう破裂させた後なのか、消しゴム大の薄い金属片が無数に舞っていた。
 オーバーヒートした直後。チャフ弾による撹乱かくらん
 那由他ンはその二重の虚を突き、スタングレネードを直撃させる隙を生み出していたのだ。
 撃ち出されたその攻撃が、ファイブオーバーへと迫る。
 それに反応を見せたファイブオーバーだが、振り返った時にはもう遅い。
 スタングレネードは、着弾する寸前だった。
 俺が目を瞑り顔を背けると同時に――耳を塞いでいても鼓膜が破れるんじゃないかという程の甲高い音が鳴り響いた。
 瞼の裏に閃光が焼き付き、俺も一瞬ひるむ。が、この隙を逃す訳にはいかない。
 俺は呼吸も荒い状態で再演算を始め、残りの全ての必殺をコインケースから取り出し、握り締めた。
 能力の最大使用、それを可能にする再演算が終了するまで、あと数秒。
 俺はまず、自分の状態を判断した。
 痛みはあるが、体は動く。そして視覚も、顔を背けていた事が幸いしたのか、それほど失われてはいない。
 十分に、爆散超電磁砲を放てる。
 俺は動きの止まったファイブオーバーを睨み付け、弓矢を撃つ様な体勢に入った。
 右手の皮手袋越しにコインを握り、左手の指先を照準にファイブオーバーへと狙いを定める。
 そして、矢が通る射線をイメージして、散弾の中心点を決めた。
 那由他ンの方へと向き直っていたファイブオーバー。
 その凶器の塊は、俺には左半身を晒している。
 背か正面でないのは惜しいが、スタングレネードが何秒有効かも分からず、ガトリングレールガンの冷却期間も不明。
 今この瞬間を逃したら、もう逆転のチャンスはない。
 再演算が終了すると同時に、即座に能力を発動させた。
 時が止まった――そう表現して良いような空間の中。
 俺は、重い空気を掻き分ける様に、拳を突き出してゆき――
 爆散超電磁砲を放った。
 音速の三倍で撃ち出されたコインは熱を纏い、オレンジ色の閃光となって実験場を突き抜ける。
 同時に放たれた、二十もの超電磁砲。それは、無防備な姿を晒していたファイブオーバーへと一閃し、爆散超電磁砲が生み出した光の奔流が破裂する。
 ガゴォオオオオオオオオン!! と凄まじい音を響かせ、ファイブオーバーの体躯がまるで紙細工のように吹き飛んだ。
 巨大な駆動鎧はそのまま実験場の壁へとブチ当たり、ドゴンッ! と周囲の壁に自身の三倍ほどの凹みを生み出す。
 そして、一瞬そのままの状態になったファイブオーバーは、地へと落ち、ズシィィイインと床を震わせた。
「やっ、た……」
 爆散超電磁砲が直撃したファイブオーバーは、見るも無残な姿に変わり果てていた。
 左半身は大破。カマ状の腕も人型の腕も吹き飛び、連結部だった箇所は内部の機器を晒してバチバチと火花を散らしている。弾薬庫であろうドラム型の部分も半壊していた。
 頭部やボディにも、激しい凹みや亀裂が走っている。
 動くような状態には、とてもじゃないが見えなかった。
「は、ぁ――」
 と息を付こうとして、俺は酸欠状態に激しく咳き込んでしまう。
 気を張っている時は一種のトランス状態だったのか、むせびかえる体には、痛みか痺れのような感覚が走る。
 喉が痛む程に咳に、膝は折れてしまった。
 地に手を突き、俺が咳き込んでいると、
「お兄さん……大丈夫?」
 いつのまに来たのか、ゴホゴホと苦しむ俺の背中を、那由他ンが撫でてくれた。
 しばらくそうして貰っていると、呼吸もだいぶ落ち着いてくる。
「ゴホッ……那由ちゃん……ッ……ありがとう。もう大丈夫。……クロコ、は?」
「クロちゃんなら、私の背中。気を失っちゃったみたい」
 言われて俺は振り返り、那由他ンの背を見た。
 負ぶわれているクロコは、苦しそうにか細い息を吐きながら、目を閉じている。
 ほんとうに、限界まで頑張ってくれていたんだろう。
 ……けど。クロコの顔を見ていると、また別の懸案が浮かんでくる。
 クロコがこれほどに憔悴し切った理由。
 それは、なんだ?
 『能力を使い過ぎたから』。本当に、ただそれだけか? 能力を使い過ぎたってだけで、こんなに衰弱してしまうのだろうか?
 ――いや、確かに俺も‘あの研究所’に居た頃は、失神するまで能力開発を受けた事もある。けど……。
 他にも、何か――
「お兄さん、動けるならもう行くよ? 警備ロボだってまた来るかも……うんん。まだ逃げ切れた訳じゃない。途中できっと出くわす。早く動いた方がいい」
「あ、ああ」
 クロコを休ませるにしても、研究所から逃げ出さない事にはどうにもならない。
 気になる所もあるが、今はとりあえず、脱出する事が優先、か……。
「那由ちゃん。じゃあまずは、あそこまでお願いするよ」
 滅茶苦茶に破壊された地下二階部分の通路を見上げながら、俺は言う。
 もう、虎の子のコインも、クロコの絶対防壁もない。
 後は、俺と那由他ンだけで、なんとかして逃げ延びるしかない……。
 一刻も早く、逃げ出さないと。
 痛む体に力を入れて立ち上がり、俺は、向かう先を見据えた。



 そして俺達は、研究所の地下を走り抜ける。
 クロコは、那由他ンに背負われたままだ。
 那由他ンは見た目幼い小学生だけど、体のほとんどが義体。力もスタミナも、俺よりある。
 なので、俺が先陣。警備ロボと出合い頭に超電磁砲を撃つ役目だった。
 クロコは『俺が能力を発動する前に、相手に攻撃される可能性』それを心配していたけれど、予備演算を行っておけば、そうそう相手に先手を取られる事はない。
 幸いにもまだ、能力の発動も間に合わない程の状況――発砲する寸前の敵が、突然目の前に現れる様な状況では、警備ロボと出くわしていなかった。
 研究所の中を出口へと向かう、俺と那由他ン。
 今までは、俺が超電磁砲で警備ロボを吹き飛ばし、止めに那由他ンがスタングレネードを使って隙を作っていた。爆発式の弾は、もう切れている。が、スタングレネードなら、警備ロボから逃げなくても済む。行動不能に陥っている間に相手とすれ違い、俺達は最短ルートで出口へと向かっていた。
 それと、自分達までスタングレネードの影響を受けたりしないよう、俺と那由他ンはヘッドホンを首に下げていた。着弾する前に装備する為だ。ちなみに、クロコにはデフォで装備させている。那由他ンが人数分持ってきてくれていた。
 これなら、なんとか逃げ切れそうだが……、
「――っち。こっちの残弾はあと二つ! お兄さんはっ?」
「俺はとっくにコインが打ち止めだよ! さっきから小銭を弾体として使ってるけど……アルミや銅じゃ威力が出ないし、実質、あと5発。那由ちゃん、小銭持ってないっ?」
「残念っ、私は全部カードっ」
「くっ、最近の小学生は進み過ぎだろっ」
 緊迫する空気へとそんな事も口走りながら、通路に靴底を滑らせ、十字路を曲がる。
 スタングレネードがあと二発に、超電磁砲が五発。
 それが、今ある武器の全てだった。
 那由他ンはアサルトライフルを持っているが、相手の装甲が固過ぎて、普通の弾では歯が立たない。グレネードが弾切れを起こしたら、もうお仕舞だ。
 後はもう、俺の能力を使って適当な物を投げ飛ばすしか、攻撃方法がない。
 そう考えたが――後ろから、歓喜の混じった那由他ンの声が聞こえた。
「――った! お兄さんっ、次の丁字路を右へ! それで地下駐車場へと出れる! そこまで行けば、外まですぐだよ!」
「りょーかい!」
 那由他ンの言葉を聞いて、俺の声も弾んだ。
 これでやっと、脱出出来る。
 今までの出来事からみて、警備ロボは『俺達を殺しに来ている』というよりも『通りかかる侵入者を排除している』という動きだ。外まで出れば、追われる事もないだろう。
 ……ファイブオーバーだけは、何かしらの目的を持って動いていた様だけれど、それも撃破した。
 警備ロボが足止め役で、ファイブオーバーが侵入者排除役だったのか、それとも、もっと別の理由か……それは解らないが、どちらにしろ、研究所から脱出すれば助かる。
 俺はそう思い、左右に目配せしながら最後の丁字路の壁へと手を付き、走る勢いをそのまま右側へと向けた。
 そして通路を走り抜けると、突き当りに鉄の扉が見えて来た。
「那由ちゃんっ。頼むぞっ?」
「うんっ!」
 返事をした那由他ンが俺を追い越して、一足先にドアまで辿り着き、電子錠のドアロックを外す作業に入った。
 俺も遅れて、ドアの前まで辿り着く。
 そして、俺達は地下駐車場へと足を踏み入れた。



「敵は……居ない、な?」
 言って俺は、この場が安全かどうか、辺りを見回してみる。
 太い柱が規則的に並ぶ、広大な地下駐車場。
 ここの壁は、打ちっ放しのコンクロートで作られているようだ。
 天井は、二、三階建て程の高さだった。先ほどのファイブオーバーや、大型車なども出入り出来る様に、との事だろう。
 そして、他の施設へのバイパスなのか、駐車場の四方の壁全部に、大きい通路があった。
 あとは……当然だが、駐車スペースに車の姿はなかった。
「お兄さん、出口はあっちだよ」
 言われ、那由他ンが顔を向けた先――五十メートルほど先に見えた、幅広の通路に目をやってみる。地上へと続くように、坂道になっている所があった。
 俺と那由他ンは頷き合い、そこへと向けて走り出す。
 しかし、行く先に、またもや警備ロボの姿が見えてきた。
 柱の陰で見えなかったのか、それは一体だけではなく、5体程の警備ロボが行く手を阻む進路に居る。
 その凶器はこちらに気付いたようだが――
「あの程度なら……那由ちゃんっ!」
「うん!」
 二人で戦闘態勢を取り、突破を試みようとした。
 が、俺が能力を発動するよりも先に、警備ロボが不審な動きを見せた。
 まるで道をあける様に左右へと別れ、その装甲も閉じたまま、武器を出す様子も見せない。
 一瞬どう対応しようか迷い、能力の発動は見送り、
「なんで……?」
 出口へ駈けながらも、そう漏らした。
 が、
 その答えを、すぐ自覚する破目になった。
 背後から聞こえてきた轟音。
 襲ってきた爆風。
 そして、俺と那由他ンの間を突き抜けた、極太の光線。
 その光跡は向かう出口の方へと着弾し、コンクリートを爆砕した。
 それが超電磁砲だと気付いたのは、衝撃波に体が宙を舞い、床に叩き付けられ地を転がった、その後だった。
「ぐっ……今の、は……」
 痛む体を起こし、タラリと‘何か’が流れてきた額に手を当てる。
 ヌルリとした感触に寒気を覚え、そして俺は、視線を背後へと――光のやってきた方向へと向けた。
 そこには、
「ファイブ、オーバー……」
 半身を無残に破壊されたそれは、まるでゾンビのように、崩れ落ちた壁の向こうから顔を覗かせていた。
 突き出されているカマ状の腕からは、蒸気が立ち上っている。
 ファイブオーバーは、その残った右腕で、超電磁砲を放ったのだ。
 しかしさすがに、そのボロボロな状態で超電磁砲の連射は出来ないのか、すぐに次弾がくる事はなかった。
 代わりに、まるで超電磁砲に使う電気を貯め込むように、ファイブオーバーの体躯から漏れ出る稲妻が――バチバチバチッと鳴る放電現象が、次第に大きくなってゆく。
「――くっ!?」
 その光景を見て息が詰まり、俺は咄嗟に能力を使用した。
 流れる光景が、極端に遅くなった世界。
 その中で俺は体勢を立て直し、残りの弾体、その全て握り締め――
 爆散超電磁砲を放った。
 駐車場の中を一閃した、五つの超電磁砲。
 その閃光はファイブオーバーへと命中し、ガゴォオン!! という音を響かせ、相手の体躯を怯ませた。
 が、全力の爆散超電磁砲でも倒しきれなかった相手だ。今の攻撃では、とてもじゃないが止めにはなっていない。
 そう判断し、那由他ンに向けて声を上げる。
「那由ちゃんっ! スタングレネードをっ!」
「わかってるよっ!」
 俺と同じように吹き飛ばされていた彼女。
 クロコの体も、銃も放り出されていた。
 俺は、まるで人形のように倒れているクロコに向かい――そして那由他ンは、銃の方へと体を跳ねさせた。
 彼女は、義体を生かした瞬発力を駆使して、地面に転がる銃へと一瞬で飛び付き、そして、流れるような動作でライフルを構えたが、
「――きゃあっ!?」
 ファイブオーバーの超電磁砲。
 それが、彼女を襲った。
 反応する間も与えない、神速の一撃。
 彼女の瞬発力を持ってしても、避ける事は不可能だった。
 しかし運良く直撃はまぬがれ――それでも、超電磁砲の衝撃波は那由他ンの片腕を強引に引き千切り、彼女の小さな体を、ドンッ! とコンクリートの柱へと叩き付けた。
 それこそ、本当に、ボロ人形のように、柱へと叩き付けられた彼女。
 片腕を失い、その無残な姿を晒した彼女は、冷えた床へとドサッと落ちた。
 そして、そのまま動かなくなってしまう。
 見える彼女の肩口からは機械的な物も見えているが、彼女の流した液体は、赤い。
 ただの幼子にも見える少女から広がってゆく、真紅の色。
 まるで惨殺された後のように、真っ赤な血溜まりが出来上がってゆく――
 それを見て、喉を圧迫されたような焦燥に駆られ、
「那由ちゃんっ!」
 叫ぶが、反応はない。
「――くっ!!」
 どうか無事で――そう祈り、俺は胸を締め付けられながらも、再演算を始めた。
 感傷に浸かっている暇は、無かった。
 何より先にファイブオーバーを撃破しなければ、全員の命が危うい。
 焦り11次元絶対座標の演算を行うが、思う様には終わらない。
 俺は、能力の使用が可能になるまでの間、なんとかファイブオーバーへの有効打を見つけようと、周りにも意識を向けた。
 真っ先に思い浮かんだのは、スタングレネード――しかし、そのライフルは、那由他ンの片腕と共に破壊されてしまった。
 銃の残骸が遠くに転がっているが、もう使用出来る状態ではないだろう。
 ――なら、残りの弾を使えば。
 そこまでは、思考した。
 だが、視界に、目を疑うような光景が映った。
 そう。
 それは、
 信じたくはない、
 絶望的な光景だった。
「そ、んな……」
 地下駐車場の、左右の両端。
 そこにあった大きな通路から、五メートル大の人影が姿を現す。
 ズシンッ、ズシンッ、と地を揺らすような重たい足音を響かせ、こちらへと向かってくる、二対の影。
 それは――
「まだ、居たなんて……」
 見えたのは、真新しいファイブオーバー。
 その光景に、比喩でもなんでもなく、体から血の気が失せた。
 寒気を通り越し、体から全ての力が――感覚が無くなった。
「あれが、あと二体も……」
 茫然として呟く。
 たとえこちらが万全の状態でも、たとえそれが一体だけでも、苦戦を強いられた相手だ。
 それが、クロコも那由他ンも動けないこの状況で、ゆっくりと迫ってくる。
 かするだけで腕をもぎ取る程の威力を持った、高威力の超電磁砲。
 そして、まだ無傷の新たなファイブオーバーは、レベル5さえ軽々と凌駕する連射性能は健在。
 対してこちらは、必殺のコインも底を突き、相手の攻撃を防ぐ術も無い。
 万事休す、どころじゃない。
 打破する手立てを考えようとする気持ちさえ、薄れていた。
 何より、合計二十発に及ぶ必殺でも、倒しきれなかった相手だ。
 それらを倒すには、本家の全力にさえ引けを取らない超電磁砲が要る。
 かつては、俺も放つ事が出来た、正真正銘の超電磁砲。
 強化されたAIMバーストさえほふった、全力の爆散超電磁砲。
 あれ程の攻撃を放つ事が出来なければ、どうにもならない。
 だが、それを可能にしていた、極限にまで高められた時間圧縮率。今の俺に、そこまでの強度で能力を使用する事は不可能。
 この状況を打開する糸口がまるでない、救いのない状況だった。
 頭が、考える事を放棄しかける。
 まだ再演算は終らず、相手の攻撃を避ける事さえ許されない。
 それに、たとえ俺が能力を使用したとしても、那由他ンとクロコは意識を失っている。彼女達がファイブオーバーの攻撃に巻き込まれたら、タダでは済まないだろう。
 まるで、死ぬ間際のように、目に前の光景が、ゆっくりと流れていた。
 迫る、次の瞬間。
 逃れようのない死に、全身の感覚が失せてゆき――
 そして、瞳の奥、視覚だけはやけに熱を持ち、目の前の光景を伝えてくる。
 半身が破壊されたファイブオーバーは、充電を終えたようにバヂィッと一際大きな放電現象を起こし、残る二体のファイブオーバーも、カマ状の腕をこちらへと向け、ガシャンッと銃口を解放した。
 戦車さえ易々と貫いてしまうような、その一撃。
 反撃する間も与えない、分間数千発にも及ぶ連撃。
 学園都市の頂点、レベル5の第三位、あの最強無敵の電撃姫さえも超越した、あまりにも凄烈せいれつなその攻撃が――
 人を殺すには過剰過ぎるその破壊の渦が、次の瞬間には、襲い掛かる。
 そんな中、俺は動く事さえままならず、なす術もなく終わりを待つ身だった。
 しかし――

「わたくしに知らせず、一人で事を起こしたら承知しない。前に、そう言いましたわよね?」

 澄み渡る高潔な声が、辺りにシンと響いた。
 聞き慣れた、少女の声。
 駐車場の中央に突如現れた、一人の風紀委員ジャッジメント
 それは、紛れもなく、彼女だった。
 金属矢を数十と取り付けた幅のあるベルトを、たすき掛けに体へ纏い――
 覇気をも纏わせながら、悠然と佇む少女。
「く、黒――」
 思わず声を上げそうになった。が、彼女は俺へと続きを許さず、強く言い放つ。
「一つ聞いておきますわ。あのパワードスーツ。無人機ですわよね?」
 ふいの攻撃にも警戒する様子で、彼女はそう言った。
 囮となる為に姿を現し、自分が攻撃された場合は空間移動テレポートを使って避ける気なのだろう。
 確かにそれは効果があったようで、警備ロボも、ファイブオーバーも、どう対応するか思考している様だ。
 俺はその隙に、彼女へと叫ぶ。
「デカいのも無人機だよ! ――あ、でも、新しいのは解らないかも。でもたぶん無人!」
「ちっ。曖昧な答えをどうもですのっ!」
 そう言い放った彼女の姿が――
 消えた。
 空間移動で死角へと消えたのだ。
 そして、ファイブオーバーらは、彼女の姿を探す様な素振りを見せた。
 カメラアイで辺りを見回し――それ以外の方式でも捜索しているのだろう。
 が、彼女の姿を捕える事は、不可能だろう。
 仮に、センサーかレーダーかの走査で居場所を見つけたとしても、彼女は‘空間移動能力者テレポーター’だ。『連続した線としての移動』を行わない彼女を捕える事は、不可能に等しい。たとえつか、その居場所を判別しても、すぐに別の場所へと転移した場合、また一から探す羽目になる。それだけで、動作は封じられるだろう。
(なら、ファイブオーバーも手を出せない。それに……)
 俺の頭に過ったのは、彼女の本当の強さだった。
 普段は生身の人間を相手にし、拘束する為、あるいはその誇りを掛けて戦う為、そのせいで、普段は抑えられている――
 彼女の、本当の強さ。
 相手に反撃を許さない、行方を完全にくらます空間移動。
 そして――
 次の瞬間。
 無敵だと思われたファイブオーバーに、有無も言わさぬ攻撃が突き刺さった。
 真新しいファイブオーバーの頭部――そのカメラアイに、キンッ! と金属矢が突き刺さったのだ。
 それは、11次元絶対座標を元にした、空間移動による攻撃。
 『空間移動された物体は転移先の物体を押しのけて出現する』という、その特性を利用した、防御力無視の攻撃だった。
 相手がどれだけ強固な装甲をしていようが――核シェルター並の防御性能だろうが、それを無視して突き刺さる、必殺の刺突。
 それはファイブオーバーのカマ状の腕へと、躯体へと、次々に突き刺さってゆく。
 金属矢がファイブオーバーの装甲を貫通する甲高い金属音が連続で鳴り響き、無数の攻撃が繰り出されていった。
 瞬く間に、数十の刺突がファイブオーバーへと突き刺さり――
 比類なき強さを誇っていたその駆動鎧は、最後にボンッと火を噴き、その動きを止める。
 そして、残るもう二体のファイブオーバーへも――警備ロボへも金属矢は突き刺さり、その機能を破壊してゆく。
 目に映った、その光景。
 それは、完全に一方的な蹂躙だった。
 相手には、反撃も、その姿を捕る事さえも許さず、堅牢な装甲さえも意味をなさない。
 それはまさに、真の意味でのワンサイドゲーム。
 ただ、完敗する為だけに、相手の存在がそこにあった。
 手も足も出ない、その次元さえも超えている。
 手に持つ矛をどこに向ければいいのか。相手は、それさえ解らぬままに、勝敗が決してしまう。
 圧倒的な力の差をまざまざと見せつける様な、そんな、壮観とも言える光景。
 ものの数秒で殺人兵器達はただの屑鉄へとその意味を変え――
 やがて、その全ては沈黙した。
 そして、しばらくの沈黙を破り、相手の撃破を確認する様に、彼女は姿を現す。
「……ふぅ。有人機のつもりで攻撃しましたので、完全に停止させられるかは解らなかったのですけれど――」
 軽く言って、彼女は辺りに目を配る。
「どうやら、倒し切れた様ですわね? 良かったですの。金属矢が、もう無くなってしまいましたわ」
 一息つく彼女、その表情は「まだまだ余力を残さんばかり」と言った様子だった。
 たとえ金属矢がなかろうと、空間移動能力者は紙片一つが必殺の攻撃となる。本当に、まだ幾らでも余力を残しているのだろう。
「他の新手も……大丈夫ですわね」
 凛とした彼女の声が、響き渡る。
 静けさを取り戻した駐車場で、彼女は鋭い視線のまま、自分の髪を手の甲で軽く払った。
 覇者然とした、威風堂々としたその姿。
 俺一人ではどうにも出来なかった状況を、一蹴の元に伏せてみせた、麗しくも勇ましい彼女。
 その力強い瞳と、凛々しい顔立ちに、思わず目を奪われた。
 ファイブオーバーという駆動鎧。
 並の軍隊が相手ならば、たった一体で、瞬く間に敵を一掃できる兵器だろう。
 それ程の、驚異的な軍事兵器。
 しかもそれを、三体も相手にし――
 しかしそれを、いとも簡単に――
 分にも満たない時間で、制圧してみせた。
 もしファイブオーバーに人が乗っていたならば、この光景を前に、自分の目を疑っていた事だろう。
 なぜ負けた? と。
 これだけの戦力を持ってして、レベル5をも超える兵器を持ってして、なぜ負けた? と。
 来たのは、たった一人の少女。
 戦力比は、完全に駆動鎧の方が強大だった。遥かに勝っていた。
 しかし、
 並のライフルでは傷さえつかない強固な兵器が――
 学園都市の外でなら、機甲旅団でさえ瞬時に殲滅してしまう程の強力な兵器群が――
 それが、僅か数十秒で、たった一人の少女を相手に、全滅した。
 そんな馬鹿げた事は、夢かもしれない。
 もしこの場に人が居たならば、そう思っていた事だろう。
 それ程の、圧倒的な彼女の強さ。
 今見たその光景こそが、彼女の本当の強さだった。
 凛然と佇む、一人の少女。
 その流麗な姿に、俺は、言葉さえも発せずにいた。



 つづく……
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