第一話 始まりはラブコメから
学園都市の第七学区。
その街の風景はどこも近代的で、見える景色のほとんどは、つい最近施工が終わったばかりの目新しいスポットにも見えた。
そんな中にある、待ち合わせ等によく使われる、とある駅前の公園。
そこで、一人の少女が待ちぼうけをしていた。
駅前にある公園、と言っても、その公園はそこそこ広い敷地を締めていて、中央には花時計などもあり、それを取り囲む様に小さな噴水まである。
デートの待ち合わせ場所としては、中々に良い雰囲気を出してくれていた。
そんな中で待つ、一人の少女。
夏の日差しを和らげてくれる木陰のベンチに背をあずけながら、ツインテールの髪を揺らした少女の口から溜息が洩れた。
「はぁ……あの変態は、いつまで待たせれば気が済むんですの?」
白井黒子。
この街の治安組織、風紀委員の一員にして、レベル4の空間移動能力者。
そして、ここに呼び出した相手を「変態」などと呟いているが、黒子も負けず劣らずの変態だ。まぁ、本人はその事実をあまり認めていないようだが……。
数週間前までは、ルームメイトの「お姉様」に行き過ぎた愛情を向けていた彼女。だが、最近は彼女の言う変態の影響で、少し様子が変わってきている。
「ですけど彼。「大事な話」って、いったい何の話ですの? 昨日は話す間もなく追い返されてしまいましたし……」
特にやる事がないので、黒子はここに呼び出されるまでの経緯を思い返してみる事にしたようだ。
昨日、待ち人の変態が、ある女の子を救出する為にとある研究所に一人で乗り込んで行き、黒子も彼の後を追った訳なのだが。
現場に着いてみると、変態はその名のごとく変態行為に走っており、見知らぬ裸の女の子と抱き合っていた。
そして幼女に手を出す変態を退治する為、と嫉妬で(これも黒子本人は認めないだろう)彼を踏みつけにしてみると、女の子の方が話し掛けてきた。
どうやら久しぶりに彼と会う事ができたので、感動の再会を果たしていたらしい。
その女の子から、研究所に捕らわれていた訳ではない、という事も教えられ、「今日くらいは水入らずで会話をさせてくれ」と言われてしまった。
そういう訳で、黒子は昨日、彼と話す間もなく帰宅する事になってしまったのだ。
そして、内に宿るもやもやを解消する為にお姉様と戯れて? いると、携帯が鳴った。
なんでも、「大事な話」があるので、今日ここで待っていてくれ、という事だった。
「まさか、昨日の女の子とお付き合いを始める。なんて事は……」
昨日の様子から察するに、あの変態と女の子はかなり親密な仲の様だった。
探していた生き別れの思い人と再開し、勢い余ってお付き合いを始めた。なんて事を言ってきても不思議ではない。
もしかして? と不安になる黒子だが、すぐにその妄想を振り払う。
あの変態は自分の事を大好きだと公言しているし、事あるごとに飛びつこうとしたりパンツ見せろなどと言い出したり、まぁ、その態度から見るに、自分にかなりご執心のようだ。
それがいきなり心変わりするとは考え難い。
「でしたら、まさか……」
こんな良い感じの公園で、花時計の前で待ち合わせ、それに「大事な話」とくれば。
(お、お付き合いを申し込んでくるとかですの!? い、いけませんわっ! わたくしにはお姉様というものがありますのっ! それが、ちょっとキスしてやったくらいで……)
キス。
と聞くと、普通は付き合ってからするものだと思うが。
黒子と彼がキスをした経緯は、普通ではない。
ある戦いに巻き込まれ、待ち人の彼(変態)は意識不明になってしまった。
そして、彼が「キスをしてくれるなら無事に戻ってくるから」と言っていた事を思い出して、黒子は思わず彼に口付けてしまったのだ。
そして、なんでかはよく分からないが、もう助からないと思われていた彼が、それで無事に意識を取り戻した。
(そうですわっ! 彼にキスをしたのは助ける為であって、わたくしはあんな変態の事なんてなんとも思っていないんですの。それに、お姉様に捧げると決めていたわたくしのファーストキスをいきなりディープなキスにしてくるなんて……気持ち良かったですの……、って違いますわっ! あんな無神経な殿方、わたくしの好みではありませんの!)
色々と言い訳する黒子だが、その殿方の意識が「もう戻る事はないだろう」と聞かされた日など、一晩中泣いていた訳だが。
(……ですけど、いったい何時まで待たせる気なのでしょうか? もうかれこれ、30分は過ぎていますわよ?)
少し遠目の花時計に目をやって、黒子はそう思う。
いくら日陰とはいえ、七月も終盤に入ったこの炎天下の中で、30分も待って居るとなるとさすがに厳しい。
黒子は彼に連絡を付けようと、膝の上に置いていたカバンを脇に置き、ポケットからスティック状の物体を取り出した。
黒子が横に付いているつまみを掴んで引っ張ると、中から半透明のシートが出てくる。スティック状の物体の中に巻かれて収納されていた様だ。そしてシートは液晶画面の様になっていて、黒子はそのタッチパネルを操作し始める。
まぁ、解り難いので簡単に言うと、黒子の取り出したスティックは携帯電話だった。
学園都市はそれ以外の街に比べ、科学技術が三十年程も先を行っている。
なので、こんなありえない品物も特段珍しい訳ではない。
この公園でも、ドラム缶型の清掃ロボットが空き缶を拾っている姿を目にできるし、少し目線を上げてみれば、街の至る所で、何本もの巨大なプロペラが風力発電を行っているのが確認できた。
黒子は、プロペラを回す生暖かい風を頬に感じながら、携帯のメモリーを呼び出し、ここに自分を待てせている張本人に連絡を取ろうする。
が、ふと手を止めた。
(いえ、でも、もしお付き合いの申し込みなのでしたら、電話などではなく、直接、彼の口から聞きたいですの……。って、だから! なんでそういう事になりますのかしら!? わたくしはあんな変態とお付き合いする気なんてありませんのよ!?)
そう思うのならとりあえず連絡だけでも付けて、お付き合いのお申し込みは会ってから聞けばいいのだが、黒子は絶賛混乱中のようだ。思考回路が破錠している。
そして、セルフツッコミで一人遊びをしている黒子の横から、その待ち人の声が聞こえてきた。
―第一話 始まりはラブコメから―
俺が急いで待ち合わせ場所に来てみると、黒子タソが何やら一人で悶えていた。
怒った顔になったりちょっとエッチな顔になったり、ピンク色に頬を染めた萌え顔になったりしている。
可愛かったのでもうちょっと眺めていたかったけど、待ち合わせに遅れている手前、俺はすぐに話し掛ける事にした。
「黒子タソごめんよ? 遅れちゃって。ちょっと、色々ドタバタしてたから」
俺が話しかけると、黒子タソは驚いた感じで俺の方に振り向き、少し上ずった声で返事をしてきた。
「なっ!? も、もう来たんですの? ちょ、ちょっとお待ちになって下さいましっ、その、まだ心の準備が……」
「え、もう来たって? 約束の時間より遅れてると思うけど……?」
「そ、そうでしたわね……。ってそうですの、こんな日差しの中で何十分も待たせるなんて、殿方として礼儀がなっていませんわよ?」
「う。は、はい。ごめんなさい」
俺はそう言って、少し真面目に謝る。
「お詫びにお茶でも奢るからさ、それで勘弁してくれない?」
「いえ、別に。そこまでしなくてもよろしいのですけれど……」
黒子タソはそう言うと、今度は顔を真っ赤にして、目線を横に逸らしながら聞いてきた。
「あの……、それで……。だ、大事な話というのは」
「そうそう、その事なんだけど――」
「や! やっぱり待って下さいですの!」
俺が話そうとすると、黒子タソは慌てて俺の言葉を遮る。
視線がせわしなく動いて、とても動揺しているようだ。
「ん? 大丈夫? 黒子タソ。なんか落着きがないけど、話はやっぱり今度にしようか?」
「い、いえ! 今聞きたいですの!」
そう言うと、黒子タソは思いっきり深呼吸をし始めた
「すぅ~、はぁ~。すぅ~、はぁ~。……ふぅ。い、いいですわよ? さぁ、おっしゃって下さいまし」
体をカチコチに固めて、握り締めた手なんかはプルプル震えている。
頬っぺたには相変わらず赤味が差していて、まるで、告白を待っている様な姿だった。
そんな感じなので、ただでさえ美少女の黒子タソが、よけいに可愛く奇麗に見えた。
「はぁ……。黒子タソってほんとに可愛いよなぁ~。思わず見惚れちゃうな」
「――っ!」
俺の呟きに、黒子タソの頬がさらにピンク色に染まる。
今にも倒れてしまいそうなほど緊張している様だ。
そんな黒子タソは上目遣いで俺の事を見つめ、そうかと思ったらすぐに視線を逸らして小さく口を開き、風鈴の音の様に澄んだ呟きを漏らす。
「そ、そんなお世辞を言わなくても、わたくしの返事は変わりませんわよ……。って、……え? だからっ、なんでわたくしはOKするつもりなのですかしら!?」
うおっ。なんか、倒れはしないけど、黒子タソめっちゃ混乱してないか? こんなんであの子見せて大丈夫かな?
「ほんとに大丈夫? 黒子タソ? なんか大変みたいだから、話は今度にしとくね?」
「あ……」
俺がそう結論づけると、黒子タソは少し寂そうに声を漏らした。
何を迷っているのか、可愛らしい唇を動かそうとしているが、言葉が出てこない様だ。
と、俺と黒子タソがそんなやりとりをしていると、視界の隅から元気な声で、俺に飛びついてくる影があった。
「お~、にいさまっ!」
「ぐふっ」
いきなり首に抱きつかれ、俺の口からいつもと違う声が漏れる。
そして、俺に抱きついてきたその物体は、黒子タソと同じ声で喋り出した。
「お兄様っ!? クロコを置いて一人で先に行ってしまわれるなんて、なんて冷たいんですのんっ!? 昨日はあれほど深く愛し合ったというのに、お兄様の心はもうクロコから離れてしまわれたのですか!?」
「ちょ、愛し合ったって、そんな誤解を招く様な言い方――」
俺が止めようとするも、抱きついてきた小学生くらいの女の子は、肩ほどまでしかない短いツインテールを揺らして、背中に頬擦りしてくる。
「酷いですのんお兄様っ! せっかくお兄様の為に、黒子お姉様と同じお洋服を買ってまいりましたのに、ちっとも相手にしてくれないなんて。もっとちっさいクロコを堪能して下さいですのんっ!」
黄色と淡い緑色を使った二色のパーカーに、ジーンズの半パン、折れそうな細い脚にはニーソックス。どこかで見た事ある恰好で背中に張り付いていた少女は、そう言いながら、俺にくっついたまま器用に前面に回り込む。
そして、今度は俺の胸に顔を埋めて、また頬擦りをしてきた。
「あ~、お兄様お兄様お兄様。この逞しい胸板、なんて安心するんですのん。あぁ、お兄様。お兄様のかほりに包まれて、クロコはもう! クロコはもう! どうにかなってしまいそうですのん!」
その状況を見て、黒子タソが唖然とした声を出す。
「ぁ゛……。ぁの、こ、この、この子は?」
「あら、黒子お姉様、ご機嫌遊ばせですのん。どうしたのですか? そんなお魚さんみたいに口をパクパクさせて?」
クロコと名乗った少女は俺から一旦離れて、そう言った。
黒子タソの事を不思議そうに見つめて、首を傾げている。
俺は締め付けられていた喉をさすりながら、黒子タソに目の前の光景を説明する事にした。
「あ~、紹介するね? 黒子タソ。この子は俺の知り合いで……。名前はクロコって言うんだけど」
俺はそこまで言って、クロコの方に視線を向ける。
「クロコ、やっぱ変じゃないか? なんで名前まで黒子タソと一緒にしたんだよ?」
「それは、お兄様の理想のタイプが黒子お姉様だったので、新しい戸籍を作った時にどうせだからとそうしたのですわ。お兄様だって大して考えずに名前を付けたのではありませんか?」
「まぁ、そうだけど」
そうだよな、ネットで適当に見ていた人名ランキングにあった名前、ってだけで、俺も安直に「翔」って名前にしたんだし、人の事は言えないか。
って、そんな事考えてる場合じゃないな、さっきから黒子タソが混乱しっぱなしだ。
「まぁそれで、顔まで黒子タソにそっくりなんだけど。あまり深いツッコミを入れられても俺にもよく分からないし、できればすんなりと現状を受け入れてくれると嬉しいんだけど……」
俺がそういうと、黒子タソがやっと俺の方に目をやって質問してきた。
「それでは……。この子の事が、アナタが言っていた「大事な話」なのですの?」
さすが黒子タソ、俺の端的な説明でだいたいの状況は理解できたらしい。
「うん、昨日の女の子って、このクロコなんだ。昨日は髪の毛がストレートだったから分かり難かったと思うけど……。なんか、服と髪型を黒子タソの子供の頃と同じにしたら瓜二つになっちゃたから……いきなり会ったらビックリするかな? って思って」
「そ、そうでしたの……。はぁ……、わたくしはてっきり」
やっと落ち着いてきたのか、黒子タソは肩を下ろして溜息を吐く。その吐息に少し残念そうな含みがあるのは俺の気のせいだろうか?
「てっきり?」
「いえいえ! な、なんでもありませんのっ! お気になさらないで下さいましっ!」
「う、うん。……それで、昨日は詳しい説明とか黒子タソにしてなかったし、遅れたお詫びに奢るからさ、その辺の喫茶店にでも行かない? そこで説明するから」
「分かりましたの……。あ、ご馳走になるのは遠慮しておきますの。でもさすがに随分と待たされましたからね。少し涼みたいですの」
「あ、うん。こんな暑い中待たせちゃってごめんよ?」
「いえ、わたくしは気にしませんが。アナタも殿方なら、もう少しレディに対する気遣いを覚えた方がよろしいですわよ?」
何を指して言っているのか、黒子タソの言葉には言外に何か含まれている様な響きだったけど……。
とりあえず俺は、言った通りに近くの喫茶店を目指す事にする。
お腹に、子供コアラみたいなクロコを引っ付けて。
……さっきからクロコが会話に入ってこないと思ったら、俺と黒子タソの会話中はずっとお腹に頬擦りしていた様だ。
「と、まぁ。だいたいこんな感じなんだけど。黒子タソ、分かってくれた?」
「ええ、大体の事情は呑み込めましたが……(その子がアナタに、さっきから、ずーと、ずーとっ! ベタベタしている理由もわかりましたのっ! わたくしはそんな事気にしていませんけどね!)」
とあるファミレスで、翔(子コアラ付き)と黒子が話し合っていた。
喫茶店でないのは、たまたま目に付いた一番近い避暑地が、ファミレスだったというだけだ。
席順は、黒子と翔が向かい合い、翔の隣にクロコが居る格好になっている。
クロコは出されたイチゴパフェを片手で器用に食べながら、もう片方の手を、翔と恋人の用に絡ませている。
小学生にしか見えないクロコが纏わりついても、普通は、恋人と言うよりも兄妹という感じなのだろうが……クロコは、普通ではなかった。
「お兄様ぁ~ん。そんなに黒子お姉様とばかりお話をしてないで、クロコのお相手もして下さいですのん。そんな冷たい態度を取られると、クロコは寂しいですのん……」
いつのまにスプーンを置いたのか、クロコは翔と組んでいる腕とは反対の手で、彼の胸板に‘の’の字を書いていた。
子供と大人が混在している様な、なんとも形容のしがたい空気をクロコは出している。
が、クロコの悩殺? 攻撃にはビクともせず翔は平然とした態度だった。
「はいはい、今は黒子タソと大人の話をしているんだから、もう少し待ってなさい」
なんて涼しい顔で言う翔だが、その対面に座っている、もう一人の黒子の心情は決して穏やかではなかった。
口の端をピクピクと引きつらせ、額には青筋が浮かんでいる。
(な、なんなんですの? このガキンチョは……。先程も、彼に「あ~ん」してくれなどと言い出して満面の笑みでパフェを食べたり口に付いたクリームを拭って貰ったり……なんて羨ましい……って、違いますのっ! だからっ、なんでそういう事になるんですの!? わたくしが怒っているのは、この二人が人前で恋人の様にさんざんイチャついて不愉快極まりないからですわっ! そ、そうですのっ! これはバカップルを見た時に感じるムカつきと一緒ですのっ! わたくしも彼に同じことをしたりされたりしたいなんて、そんな事を思っている訳ではないんですのよっ!?)
なにやら黒子が一人で悶々としているが、先ほどの態度を見て分かるように、翔は別に、クロコとイチャついているつもりはない。小さな女の子をあやしているのと一緒の対応だ。
翔も「スキンシップが少し過剰かな?」とは思っている様だが、それも長年離れ離れになってしまった反動かと思って、大目に見ている様だった。
そんな事とは露とも知らず、本日二回目の一人ボケツッコミを黒子は脳内で繰り広げていたが……そんな黒子に、遠くから見知った二人が声を掛けてきた。
「白井さ~ん、こんなところで何やっているんですかぁ?」
「あ、翔さん発見! って、なんか知らない女の子とイチャイチャしてるっ!?」
初春飾利と佐天涙子だ。
ショートヘアーの頭の上に満開のお花畑を乗っけている、ちょっとふわふわした感じの方が初春で、黒のロングヘアーに小さな一輪の花飾りを付けた、元気そうな女の子が佐天だ。
夏休みだというのに、二人とも学校の制服を着ていた。初春達の中学校は黒子の通うお嬢様学校とは違い、セーラー服が指定の制服になっているようだ。
そして、このメンバーでは翔だけが高校生なのだが、風紀委員繋がりで全員知り合いだった。
初春達はここで食事を取ろうと思っていたのか、手を振りながら翔達の方に近付いてきた。
ファミレスの中で、そこそこ大きな声で知り合いに呼び掛けるのもどうかと思うが、ちょうど昼食時という事で店内は家族連れ等で騒がしくなっている。
二人の声は、そこまで異質ではなかった様だ。
「翔先輩が探してた女の子って、この子だったんですかぁ。白井さんにそっくりなんですね~?」
「うんうんっ、ほんとにそっくりだよね? 姉妹って言われても違和感ないかも。でも、チョー可愛いよね。頬っぺなんかおもちみたい」
「ふにに。ちょ、ちょっと、おやめになって下さいですのん。わたくしの顔はオモチャではないですのん」
「あ~、佐天さん。そんな事したら可哀そうですよぉ」
「はは、そだね。でもさ、あたしって妹欲しかったから、クロちゃんみたいな子を見ると、つい可愛がりたくなっちゃうんだーっ。なでなで」
「こ、子供扱いはよして下さいましっ」
俺は、食後のジュースを飲みながら、そんなやりとりを眺めている。
クロコが佐天タソに抱きつかれて、思いっきり頭を撫で回されていた。
クロコもまんざらじゃないのか、文句を言いつつも佐天タソにされるがままになっている。
今の席順は、俺と黒子タソが隣同士で、向い側には初春タソと佐天タソ(子コアラ付き)という順番だ。
さっきの席順からは少し不自然な形になっているが……クロコが佐天タソに確保されたのを良い事に、俺は黒子タソの隣に移動したのだった。
それがなぜかというと、「デート中は、向い合わせよりも隣の方がうんたらかんたら」とか言う、ありがた~い雑誌に載っていそうな迷信を、ちょっと実践してみようと思ったからだ。
……そんな編集者が適当に作った様な嘘話を本気で信じている訳ではないが。
というか、たとえ科学的に証明されていても、そんな姑息な手に頼る時点で男としてちょっとどうかと思う。まぁ実際試している俺がそう言うのもなんだけど。
ちなみに、俺は一回死にかけているので、初春タソや佐天タソにも山ほど心配をかけた訳だが、感動の再会は入院中の病室で済ましてあった。
ほんとにあの時は、初春タソなんか大泣きしてしたからな……そう思って、初春タソに目を向けてみる。
「もう、佐天さん……。クロちゃんが嫌そうな顔してますよ?」
ぐりんぐりんと撫で回されるクロコを目にして、初春タソが注意していた。
たしかに。初春タソの言う様に、さすがにちょっと、クロコが迷惑そうな顔をしていた。
でもまぁ。佐天タソは超楽しそうだし、別に害はない。俺から何か言う事もないだろう。
というか、初春タソと佐天タソの間で、クロコのあだ名は『クロちゃん』に決定された様だな。……なんか、どっかのサイボーグ猫みたいな名前だな。
なんて事を思っていると、クロコに頬刷りしている佐天タソが、俺に話し掛けてきた。
「あ、翔さん翔さん。そういえば翔さんの快気祝いまだやってませんでしたよね? せっかくみんな集まってる事だし、どうするか決めちゃいませんか?」
「あー、いや、別に祝う事の程じゃ……」
わざわざそんな事をされると、さすがにちょっと恥ずかしい。俺はあまり色好く答えなかったのだが……初春タソが少し身を乗り出して言ってくる。
「そんな事ないですっ。祝う程の事ですっ」
「そうですよー翔さん? みんなたくさん心配してたんですから。ここはみんなで遊んで、暗い思い出を一気に吹き飛ばすんですっ!」
クロコを手放し、佐天タソも拳を握り締めて力説してきた。
二人の言葉に、俺が、どれだけみんなに心配をかけたのか改めて思い直す。
なので、佐天タンの言う通りにしようと思った。
「うん、そうだね。それじゃ、どこかにパーっと遊びに行こうかっ?」
「はいっ! それが一番です!」
佐天タソが元気良く返事をしてくれた。
俺が意識不明になっている時も、きっとその明るさでみんなを励ましてくれたんだろう。
普段はちょっとミーハーな感じだけど、根はほんとに優しい子なんだ。
初春タソも、きっとめちゃくちゃ心配させてしまったに違いないし……。
なんて、ちょっと感傷に浸かっていると、クロコがどこかに消えていた。
と思ったら、俺の脚の間からひょっこり顔を出してきた。
「あ、お兄様。遊びに行かれるのでしたら、わたくし、良い所を知っていますのん」
「って、おいクロコ、なんでそんな所から出て来るんだ?」
ガシッと頭を掴みながら聞いてみる。
この子、昨日再開した時に分かったんだけど、思考回路がかなりアレだ。
どんな回答が返ってくるか分かりつつも、つい訪ねてしまった。
「いえ、佐天さんから逃げ出してみれば、お兄様の魅惑の股間が目の前にありましたので……これは『机の下から周りに見つからない様にフェラチオをする』という場面に持ってこいだと思い付きましたのん。んで、つい試したくなったのですが、いけませんでしたでしょうか?」
「は、はい!?」
「ふぇ!? ふぇら!? きゅ~」
「な゛、なにを言ってるんですの゛この子は!?」
って、あーぁ。
なんかみんな驚いているよ。
ここは一つ、クロコに注意しておきたいが、その前に一点だけ心の中でツッコミたい。
初春タソ。気絶するという事は、それが何か知っているんだね? 初春タソはもっと純粋な子だと思っていたのに……。
って、まぁ佐天タソの入れ知恵なんだろうけど。
「クロコ、そういう事はもっと大人になってからにしなさいと言っただろ?」
「ですけど、クロコもお姉様とそんなに年は変わらないですのん! やっとお兄様と再会したというのに、そんな悠長に待ってなどいられませんわっ! クロコだけ除け者なんて酷いですのんっ!」
まぁ、年の事はそうなんだけどさ。
でも、この子は俺にとってはちょっとそういう対象とは違うというかなんというか。
黒子タソもクロコも、二人とも大切な人という事に変わりはないんだけど……、恋人と妹の違い、みたいな?
まぁ、そんな感じなのだ。俺にもよく分からない。
「別に除け者にしてる訳じゃないって、だからそういう事はよしなさい」
「うぅ、お兄様のいけず……」
言いながら、クロコはずりずりと這い上がり、今度は俺の脚の間に座ってきた。
ちょうど俺が後ろから抱っこする感じだ。
ほんと、アレなところを除くと手のかかる妹みたいだった。
そんなクロコの頭に手を置いて機嫌を取っていると、隣に座っている黒子タソが話し掛けてきた。
「ちょっとあなた。先程も「愛し合って」どうたらなどと言っておりましたけど、まさか、こんな子に手を出したんじゃありませんわよね?」
黒子タソは、厳しい目付きで俺を睨んでくる。
黒子タソとクロコって、見た目は二つ三つ離れている様に見えるからな。
俺が幼女に手を出す変態か確かめたいようだ。
「いや、さすがに俺も、この子には手を出さないって。そんな、どこかのアクセロリータさんじゃあるまいし」
「はい? アクセ? て、本当なのでしょうねっ? なら、「愛し合った」うんぬんは一体なんなのですの?」
「いや……」
と、黒子タソに返事をしようとする俺を、クロコが邪魔してくるかとも思ったが……どうやら俺の飲み掛けのジュースを「間接キッスですのん」とか言ってストローをチューチューしているので今は大丈夫みたいだ。
俺はとりあえず、黒子タソの質問に答える事にした。
「昨日この子が「一人で寝るのは寂しい」とか言っていたから、添い寝して上げただけなんだけど……」
「そ、添い寝ですの!?」
「う、うん。まだ小さい子だし」
小さいと思って油断していたら、朝にお約束の襲撃を受けた事は黙っておこう。
ここで変な事言ったら、また黒子タソにボコられそうだ。
「そ、そうですか。添い寝ですの……(う、羨ましいですの……。って! だからっ、なんでそういう風に思うのですかしらっ!?)」
ん? なんか黒子タソが一人でブツブツ言い始めてしまった。
声が小さ過ぎてよく聞き取れないが、「わたくしが訳も分からず一人で帰ってやきもきしてる間にそんな事をしていたなんて、この変態は……」とかなんとか言っている。
なんか、黒子タソの顔がだんだん怒りに染まってきている気がするんだが……。
「い、いえ、でも、相手はまだ小さい子供ですし、そんな事で腹を立ててはいけませんの……。久しぶりに会えたのですもの。そ、それくらい普通ですわよね」
また黒子タソに殴り飛ばされるかも? なんて俺がガクブルしていると、よく分からんが黒子タソの怒りは自己完結したようだ。
いつもの展開とは違い、黒子タソに気絶させられる事態は避けらそうだな。
というのはフェイントで、クロコが余計な事言い出した。
「あら、黒子お姉様。添い寝が羨ましいんですのん?」
「な!? そ、そんな事ありませんのっ! なんでわたくしが、こんな変態なんかと一緒に寝たいなんて思わないといけませんの!?」
「あっ。ならあたしが、翔さんと添い寝してみたいなー、なんて」
「もう、黒子お姉様? 黒子お姉様にはツンデレの素質があると思いましたけど、ここまで素直じゃないとクロコもさすがに驚きですのん。 正直になったらよろしいんですのに……」
「なんでそうなりますのっ!? わたくしはこんな変態の事なんて、これっぽっちも気にしてなどいないんですわよっ!」
「うわっ、完全にスルーされたよ、あたし」
佐天タソまでなんか危険な発言をしたが、二人に完全に無視されて呆気に取られている。
その向いで、俺も黒子タソに「なんとも思ってない」なんて言われて少し凹んでみた。
しかし、少し落ち込んでいる俺達を気にもせず、二人のそっくりさんは口論を続けてとんでもない事を言い出した。
「なんとも思っていないのでしたら、クロコにお兄様のファーストキスを譲って欲しかったですのん」
「「なっ!?」」
え? ちょ。
「黒子お姉様ったら、お兄様とあんなに激しく舌を絡ませて、見ているこっちが恥ずかしくなりましたのに……。クロコもお兄様とあんなキスをしてみたいですのん」
いや、俺が言うのもなんだけど、クロコ? 女の子ならファーストキスはもっとソフトなのを望みましょう。
なんて事を思っていると、三人娘が声を上げる。
「な、なな、なんでその事を知っていますのっ!?」
「ええっ!? 知ってるって、それホントなんですかっ!?」
「白井さんっ! 翔先輩とキスしたって、それってどういう事ですかっ!?」
うわっ、佐天タソまで身を乗り出して驚いてるよ。っていうか初春タソもいつのまにか復活してるしっ!
なんて感じでみんなで驚いているとクロコが続きを言った。
「なんでって……。クロコは黒子お姉様がお兄様の病室に入った時から見ていましたのん。全部知っていますわよ?」
「なっ!? そ、そこから見られていましたのっ!? それではっ!?」
「ちょっと、翔さんとキスしたってほんとなんですかっ!? もうスルーしないで下さいよっ!」
「白井さんっ! 驚いてないでハッキリ答えて下さいっ!」
「あら、佐天お姉様や初春お姉様は知らなかったのですのん? 黒子お姉様ったら、お兄様の病室に入るなりわんわん泣き始めて――」
とクロコがそこまで言うと、いきなり俺の顔面に裏拳が迫ってきた。
「ぐはっ!」
「って、黒子お姉様! なんでいきなりお兄様を攻撃するんですのん!?」
「な、なんでもありませんの。顔に蚊が止まっていましたので、ちょっと叩いただけですのよ? おほほほほ」
「……いま思いっきり、翔さんを殴ってましたよね?」
「あ、あの、大丈夫ですか~? 翔先輩?」
「こ、これがモノホンのツンデレですのん? 実物だと恐ろしいツン具合ですのん……。きっと、お兄様に泣いてる話を聞かれるのが恥ずかしくて、ぶん殴ったに違いありませんのん」
「ちょっとアナタ、勝手な勘違いはよして下さいまし?」
「……、っ! そうだっ。翔さんが気絶している間にあたしも――」
「って佐天さん! なんで翔先輩の顔に迫っていってるんですか!?」
「あ、佐天お姉様、それなら次はわたくしの番ですわよ?」
「ちょっとそこのガキンチョ! あと佐天さんも! ジャッジメントの目の前、しかも公衆の面前で不純異性交遊なんて許しませんわよ!?」
「白井さんだって人の事言えないじゃないですか、あ、でも、白井さんの場合は不純‘同性’交友?」
「佐天さんっ! そう言いつつ翔先輩の顔を両手で包み込まないで下さいっ!」
何やらかなりハチャメチャな展開になっている気もするが、黒子タソの強烈な裏拳を貰い、俺はっとくに気絶していたのだった。
つづく……
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