第十八話 とある憑依のあすなろ園4
「「「お誕生日、おめでとー」」」
子供達の元気な声が部屋に響く。
ここは、あすなろ園にある大きな部屋のひとつ。
その部屋の中央には、二つのケーキがテーブルの上に鎮座していた。俺と黒子タソ、寮監さんと大吾先生の作ったケーキだ。
長く大きなテーブルの上にはたくさんのピザ等もあり、部屋には飾り付けもされている。
子供達の数は20人近く居るし、こんなに大勢でお誕生日会なんて実は俺も始めてだ。高校生ながら少し楽しくなってきそう。あの恐怖の鬼教官もニコニコ顔だしな。
「……うーん。でも、寮監さんと大吾先生、思ったよりラブラブにならなかったな。ねぇ? 黒子タソ?」
寮監さんの恋を実らす為に決行された『愛の結晶作戦』。
寮監さん、大吾先生、俺、黒子タソの四人でケーキを作り、俺と黒子タソがラブラブなフリをするという作戦だ。こっちの空気に当てられて、向こうのペアもラブラブな感じにするのが最終目標。
だが、結果は芳しくなかった。
俺は大吾先生達には聞こえない様に、この後どうしようかと黒子タソに話しを振ってみる。
彼女はさっきから明後日の方を向いて「彼はただの同僚、彼はただの同僚……」とか呟いているけど。
……それ何の呪文?
「ふぇっ? そ、そうですわねっ。あああ、あんまり上手く行かなかったですわね……っ」
ドモりながら返事をした黒子タソは、俺と目が合うと真っ赤になって目を逸らしてしまった。
作戦に託けて黒子タソと相当ベタベタしたからな、やり過ぎ怒ってしまったんだろうか?
そう俺が気を揉んでいると、隣に座っていたクロコがニヨニヨした顔で言葉を漏らす。
「ふふふ、黒子お姉様ったらそんなに真っ赤になって。落ち着いてきたらノリノリでイチャイチャしていたのが恥ずかしくなってきたんですのね。作戦は大成功みたいですのん」
その呟きに、佐天タソと初春タソが反応したようだ。
「だねっ。さっすがクロちゃん。もうめちゃめちゃ意識しちゃってるよね。これは」
「あの、私、なんか後半の記憶がないんですけど……上手くいったならよかったです」
初春タソは微妙な表情で、佐天タソはクロコと小さくハイタッチなんかして作戦の成功を祝っているようだけど。
「え? みんな何言ってんの? 寮監さんも大吾先生も全然イチャイチャしてなかったじゃん。大吾先生は相変わらずみたいだし。作戦失敗じゃない?」
「……」
「…………」
「………………」
……………………。
ええっ!? 三人の冷たい視線がビシビシ俺に突き刺さってくるんですけどっ! なんでっ!?
――第十八話 とある憑依のあすなろ園4――
まぁそんなこんなでお誕生日会は始まり、みんなで料理に手を付けていく。
三人にジト目で見られた理由は解らないが、とりあえず愛の結晶作戦は失敗したのだ。このままではミッションコンプリートできない。なので、次の策がないか聞く為に、俺は黒子タソに耳打ちする事にした。
「ねぇねぇ黒子タソ。もう他にくっつける方法とか考えてないの? このままじゃ寮監さんイカズゴケになっちゃうよ?」
「ひぅっ!? きゅ、急に耳元で囁かないで下さいましっ! 心臓に悪いではありませんか!」
おう……真っ赤になった凄い顔で睨まれたぞ。
黒子タソはバッと身を引き俺との距離を少しでも取ろうとしていた。だいぶ警戒しているみたいだ。
……やっぱり、悪乗りし過ぎて怒ってしまったのか。
くそぅ。最近は黒子タソといい感じだったのに、また怒らせてしまうなんて。俺の馬鹿。なんとか許して貰わないと。
そう思った俺は、黒子タソに頭を下げた。
「ごめんなさい黒子タソっ。さっきは調子に乗り過ぎましたっ」
座ってる場所が狭いので土下座はできないが、心を込めて謝る。
「恋人でもないのにあんなにベタベタされたら誰だって嫌だよね。ホントごめん」
うん。悪いと思ったらちゃんと謝らないとな。黒子タソの嫌がる事はしたくないしね。
「い、いえ別に。嫌という訳では……」
謝った俺に、黒子タソは少し困っているような顔を向けてくる。
なんでだ? と疑問に思う俺をよそに、黒子タソは身を縮めて囁いた。
「そ、そんな風に謝られると、逆にちょっと寂しくなりますの……」
指をイジイジしながら、ボソボソと話す黒子タソ。
ん? 今のはちょっと聞き取れなかったけど、嫌じゃないって事はそんなに怒ってないのかな? じゃあなんで真っ赤になるほど怒ってんだろ?
……いやそれよりも。
ほんのりと頬を染めて、両手の人差し指を付き合わせている黒子タソは……。
――たいへん萌えます!
ああごめん。文にしたら10行くらい前に黒子タソの嫌がる事はしたくないとか思ったけどそんな可愛い仕草を見ていたらもう俺は辛抱溜まりませんいますぐ黒子タソに抱き付いてハグハグしたいですというかこの仕草と表情もしかして黒子タソ照れてる?
…………。
ま、待て。落ち着いて考えるんだ俺。俺とイチャイチャしたから照れてるとしたら俺の事をけっこう意識してるという事でそしてこの反応はエロゲで言うともうエロシーンまであと選択肢1つくらだろもう落ちてるよなこれはいやでもここはゲームの世界じゃないしそんな事はないだろそれに何日か前に同じ様な勘違いをして黒子タソにブン殴られて学園都市引き摺り回しの刑にされなかったか?
…………。
うむ。いま黒子タソを刺激したらブッ飛ばされる気がする。
というかそれ以外の光景が思い浮かばない。
そうだぞ俺。俺は『女の子との距離がちょっと縮まったからって「もしかして俺に気があるんじゃね?」とか思うような青二才』とは違うハズだっ!
ここで黒子タソに「あ、それってもしかして俺にラブラブって事? カッコ笑いカッコ閉じ」なんて言ってブッ飛ばされたらちょーカッコ悪い。そんな事になったら末代までの恥だ。
俺はそんな見え見えのブッ飛ばされフラグなんて――。
「――あー、お兄さんとお姉さんラブラブだーっ」
「「「ほんとだーラブラブー」」」
子供達が元気な声でフラグを立てた。
「ら、らぶ……ラブラブ……?」
黒子タソがプルプル震えている。
……マズい、不味いぞ。せっかく隊長が避けたのに慣れない新兵が地雷のスイッチを踏んでしまうなんて……いやでも、俺はしっかり避けたよな? どこが爆破されるんだ?
「わ、わわわたくしと彼がですの?」
「うん。ラブラブに見えたよー。ラブラブ」
「そ、そんな事――」
なっ!? 元気にお返事した女の子がターゲットにされてしまったかもしれない! このままではいたいけな子供が爆破の餌食に――。
「ダメーっ! 黒子タソっ! いくら地雷踏んだからってそんな小さい子をブッ飛ばしちゃダメーっ!」
「……へ? な、なんですの急に?」
目をバッテンにした俺の必死な叫びは黒子タソに届き、プルプル震えていた体は止まり爆発の危機は去る。
だが我に返った黒子タソは、少し冷めた目で俺に聞いてきた。
「何を言っていますのアナタは? なんでわたくしが子供を吹き飛ばさないといけませんのよ?」
「え? ……だってこの前、真っ赤になった黒子タソに「俺の事好きになっちゃった?」ってツッコミ入れたらブン殴られたから。そういうツッコミを入れた者は容赦なくブッ飛ばされるのかと思って」
「…………。ふんっ!」
イタッ! ブッ飛ばされはしなかったけど肘打ちを喰らった。地味に痛かった。
「タタタ……痛いけど、そういう元気な黒子タソも俺は好きだ」
「わたくしはアナタのそういう所が嫌いですのっ」
プイッと横を向いてしまう黒子タソ。
お腹を押さえて席にうずくまる俺に見えたのは、ちょっと顔を赤くした黒子タソだった。
……あ~ぁ、やっぱり怒らせちゃったのかな?
そんな事もあったお誕生日会の後、俺は女の子の遊び相手をしていた。
「うわぁ~、お兄ちゃんのかみひこうきすご~いっ。どうやったらそんなにとぶの~?」
「うむうむ、すごいだろー。折り方にちょっとコツがあるんだよ。ほら、教えてあげるから、ちょっとそれ貸してみ?」
本来はまだ作戦途中のハズが、なんでこんな事をしているかと言うと。
寮監さんがイカズゴケの身の程知らず年収1000万ハンターになるのを防ぐ為に行われた愛の結晶作戦は、とりあえず終了したからだ。
なんか、作戦を実行するまでもなく、自然にくっ付いたっぽい。詳細は省くが、さっき地震が起こった拍子に勝手にいい感じになっていた。
そして、そうなれば愛の結晶作戦実行部隊の面々は晴れてお役御免となる訳だ。
今はもう、みんなで子供達の相手をしている。
美琴タソは子供達と鬼ごっこをして、初春タソと佐天タソは遊具の方で、それぞれに子供達の面倒を見ている。
そしてクロコは、室内で子供達に絵本を読み聞かせているみたいだ。
優しい声色で子供達に童話を読み聞かせている姿は、クロコの幼さに反して立派なお姉さんに見える。
……小さい時は、俺がクロコに色々なお話を聞かせて上げていたのにな。
しばらく会わないうちに随分と立派になっちゃって。俺は嬉しいよ。クロコ。
と、それにしても、こうして子供達が遊んでいる平和な光景を眺めていると、逆に思ってしまう事もある。
ついこの前、那由他って子に襲撃されたのに、こんなに‘のほほん’と過ごしていて良いのだろうか? なんて考えだ。
黒服の人達は頑張って情報収集してるのに、自分だけ何もしないでいると、少し引け目を感じてしまう。
まぁ俺は凄腕探偵って訳でもないし、手伝える事なんてたかが知れてる。それに、俺が変な素振りを見せると黒子タソ達が余計な心配をするかもしれないし、現状は適材適所と言った所だけど……。
「ねぇねぇ見て、お兄ちゃんっ。わたしのひこうきも、すっごいとんだよ~っ」
「そうかそうか、よかったなぁ。折り方は覚えられた?」
俺が頭を撫でて上げると、女の子は日溜まりのように笑って返事をしてくれる。
「うんっ。こんど、あーちゃんにもおしえてあげるのっ」
「そっか、あーちゃんってあすなろ園の子じゃないのかな? 学校のお友達?」
「うんん。ちがうよ。わたしが、ありがとう、っておてがみをおくったら、お友だちになってくれたの。会ったことはないの」
「そっかそっか、じゃあ今度、そのあーちゃんにも教えてあげな?」
「うんっ」
女の子の言う事を適当に流しながら答えてあげる。子供と話す時って、こういう話し方も必要だったりするのだ。
そんな事を頭に巡らせて、俺は女の子が飛ばした紙飛行機に目をやった。
紙飛行機はまるで重力に縛られていないかのように、穏やかな風に乗って飛んでいる。
「おおー。すごい飛んだなー。お兄ちゃんの飛行機よりも随分遠くまで……って飛び過ぎだろ」
紙飛行機はあすなろ園の敷地を出て、道路の方まで飛んで行ってしまった。
そして、ビュウッと風が吹いたかと思うと、あっさり堕ちてしまう。
「あ、おちちゃった。……お兄ちゃん、わたしとってくるね?」
「だめだめ。道路の方まで行っちゃったから危ないよ。お兄ちゃんが取ってきてあげるから、ここで待ってな?」
しゃがんでそう言ってあげると、女の子「はーい」と素直に答えてくれた。
俺はあすなろ園の出口の方に足を向けながら、本当にこんな平和でいいんだろうか? なんて、また同じ事を考えてみる。
……いや、だってさ。
黒服の人達に仕事押し付けて俺は遊んでるみたいなもんだろ? これ。
ただでさえ妹達の件で負い目を感じているというのに……俺だけ何もしないでいると、何かこう、みんなは頑張って働いてるのに、自分だけ何もしていないニートの気分というか……。
お、俺だってやる気がない訳じゃないよっ?
でも実際問題、現状どうしようもないというか……。そ、そうだっそうっ、俺が悪いんじゃないっ。こんな現状の世界が悪いんだっ!
…………。
なんてダメダメな自問自答なんだ。
「はぁ……。めっちゃ自嘲。ネット風に言うとテラ自嘲……」
下らない事を口走りながら、俺は道路に落ちた紙飛行機に手を伸ばす。
今は情報待ちだけど、出番がきたら精一杯頑張ろう。
そう思い、紙飛行機を拾い上げる。
だが、視線を上に戻すと、さっきまでの平和な光景とは正反対の物が見えた。
俺を殺伐とした世界へと誘う、金色のツインテール。
木原那由他と名乗った、幼い少女だ。
「やぁ。お兄さん。確かにお兄さんは軽蔑に値するけど。自覚があったんだね?」
赤いランドセルを背負った容姿からはとても想像できないような、深い、深い闇を背負った一人の少女。
その少女が片手を上げて挨拶をし、どこか歪んだ笑みを浮かべていた。
「――くっ!?」
さっきまでボケていた空気が、一気に張り詰める。
「何でこんな所にっ!? さっきのは見間違いじゃなかったのかっ!?」
黒子タソと話していた時。チラッと見えただけでも緊張感は走ったが今度は目の前に現れた。
一気に危機感が現実味を帯びてくる。
ここで戦ったら子供達まで巻き込む。銃でも乱射されたら。悪夢のような光景が確かな現実として脳裏に過ぎり、背筋に冷たいモノが走った。
俺はどう状況を打開しようか必死に目を配らせるが、
「凄い警戒のされようだね。……まぁ、それもしょうがないけど」
少しだけ残念そうに肩を落とし、彼女は呆れたような表情をして軽く両手を上げた。
「私は別に、お兄さんを襲う為にここに居る訳じゃないよ。ほら、武器だって持ってないし、今はランドセルに銃なんて入ってない。だから……」
上げた手をフラフラさせた彼女は、赤い目で俺を見据える。
「だから、いつでも加速できるように予備演算したり、ポケットにある物騒なコインを握り締めたり。そういう事はしないで欲しいな」
「そんな言葉、従うと思うか?」
「はぁ……だよね」
彼女は脱力したように手を下して、俺に言った。
「わざわざ自分の弱味を教えてあげる必要なんてないんだけど。……まぁ、お兄さんには迷惑を掛けちゃったし、間違ってもこんな所でレールガンなんて撃って欲しくないからね。教えてあげるよ」
そう言って真面目な顔を作り、彼女は話す。
「たしか「私はチャイルドエラーの子と友達だった」それくらいはお兄さんにも話したハズだけど? あすなろ園は私が寄付してる施設の一つだよ。私だって、ここに居る子達の笑顔を、曇らせたりなんてしたくない」
そう話す幼い声の中には、強い信念のようなモノが混じっていた。
あの激闘と激情の中で、少なからずは彼女の人となりを知っている。何より、襲撃された時に感じた、肌が焼けるかと思う程の敵意。今はそれを感じない。
そう思った俺は、素直に演算を解いた。
とりあえず、戦う気がないってのは信じていいようだけど……。
「……じゃあなんで、君はこんな所に君が居るんだ? って愚問か」
「ん? ……ああ別に、私はあすなろ園に用事があるって訳じゃないよ? 施設に顔なんて出した事ないからね。私はお兄さんと話しに来たの」
「話しに? ……この前は殺る気満々だったのに、随分と友好的な事で」
今の彼女からはピリピリした物を感じないが、彼女がやった事を忘れた訳じゃない。
不審を表した俺の問いに、彼女は苦い顔をした。
「あ~、そこはなるべく突っ込んで欲しくないんだけど、信用ないなぁ。って当たり前か」
一人自己完結した彼女は、眉を寄せる。
「う~ん、このままじゃ情報を渡しても曲解されたりするかも……せっかく、『忠告』してあげようと思ったのにな……」
彼女はランドセルのベルトに手を掛け、何かを考えているようだ。
考え事をする時の癖なんだろうか?
……というか。
隙だらけだな。おい。
まぁ、俺が奇襲なんてしない事は、解っているんだろうけど。
「私が前と違う理由、ね。しょうがない、話してあげるよ」
余り気の進まない様子で、彼女はその理由を言い出した。
「例えばお兄さんの学校に、イケメンで人望もあって女の子からの人気も高い、そんな人が居たとするよね?」
「はぁ? 何か急に話しが脱線したな?」
いきなり俗っぽくなった話題。俺が疑問を感じると、彼女は「まぁまぁ、最後まで聞いて」と言ってきた。
そう言うなら最後まで聞くけどさ。
なんかこの子……前に会った時と雰囲気が違う? いや、違い過ぎないか?
この前と違って刺がないというか……あすなろ園のそばだから? 自分の家だと気が抜けてしまう、みたいな?
いや、それにしても変わり過ぎだ。
何よりも、あの恐ろしいまでの敵意がまったく無いって事がおかしい。
そりゃあ感情には波があるし、平静を装う事もできる。でも、あの時の彼女は「百回殺しても飽き足らないくらい憎んでる」それくらいの感情を俺に浴びせていたハズだ。
いくら大切な物がある場所だからって、そんな奴を相手にこんな平然と話す事が出来るだろうか?
……この子、まさか――。
「それでそのイケメンはね。良いのは上っ面だけの嫌な性格で、実はすっごい女ったらしなの」
俺が思考を巡らせている間も、彼女は人気者イケメンの話しを続けているようだ。
「それで、その女ったらしは女の子に手を出しまくってはポイ捨てする最低野郎。そんな人、お兄さんはどう思う?」
「うん。そんな奴は全殺ししても飽き足らないな」
彼女の話に、俺は頷いた。
……ってちょっとマテ。
「もしかしてそれが俺? 相手がそんな奴だったから、遠慮なく半殺しにしようとした、と?」
「うん。その時は、そう思わされていたから」
ん? ……『思わされていた』?
やっぱりこの子、心理操作系の能力でも使われていたのか?
いや、それも大事な事だけど。まず先に、重大な誤解を解いておこう。
「おいおい。言わせて貰うけどな。俺はイケメンでもないし、そんな女ったらしじゃ……まぁ……うん、説明すると長くなるから、それは省こうか……」
ちょっと心辺りがあるので否定しきれなかった。
「と、とにかくっ。俺はそんなスケコマシじゃないよっ! それよりもっ! もしそいつが悪い奴だっていう情報が間違ってたりしたら、一体どうするんだよ? いくら何でも問答無用で半殺しにしちゃいかんだろ」
能力で操られてた、って状況よりも、誤解されていた、って方がよくある話しだしな。
お茶を濁す為に話を変えてみると、彼女は「ああ、それね」なんて言ってスカートのポケットを探った。
「うん。だから自分でも調べてみたよ? んで、出てきたお兄さんの映像が、これ」
言いながら携帯端末(PDA)を俺に向けてくる。中に写っていたのは……。
『むっは〜っ! 黒子タソっ! 黒子タソっ! 黒子タソっ! あぁなんて芳しいかほりなんだ! あぁ、しかもっ! このぬくもり! 黒子タソの恥ずかしい所の熱が直に! あぁ、もうこれなら死んでも――』
バシッ! とPDAに向かって手を伸ばすが、避けられてしまった。
「お、おま、い、いったい何を発掘してきてるんだっ!? そりゃあ黒子タソへの思いがちょこっと暴走しちゃってる時はトリップしてるから恥ずかしくないけどなっ! 冷静に動画なんて見せられたらさすがの俺も恥ずかしいわっ!」
いきなりの羞恥プレイに「あああああ」と頭を抱える俺。
あんまりな映像に、続けてツッコミを入れてしまう。
「しかもソレっ! かなり最初の方のちょっと痛い感じの時のヤツじゃないかっ! 他人の黒歴史を勝手に発掘するとか、ホワイトドールのお怒りを買うぞっ!?」
「まぁそれで、遠慮なく今回の仕事を引き受けたんだけど――」
「おいっ! スルーすんなっ! その動画を消せっ! 今すぐ消せっ!」
くそっ! コイツ、前と違うと思ったら嫌な方向に変化してるやがるっ!
そう考える間も俺はPDAに向かってシュパッシュパッ手を伸ばすが、全部避けられた。
……ぐぬぬ。高校生の速度に付いてくるとは、なんという小学生……ってこの子は半分以上サイボーグか。
こうなったら能力で……ってそれもダメだ。
「くそっ、それ消せよっ! そんな映像をバラ撒かれたら、俺はお家から出れなくなってしまうじゃないかっ! ――ッ!?」
途中まで言って、俺はある事に気付く。
「ま、まさか……それがさっき言ってた『忠告』かっ!? 「この映像をバラ捲かれたくなければ、私の言う事を聞け」的な事かーーーっ!!!?」
俺がまるでク○○ンを殺された時のゴク○並に叫んだら、彼女はくすくすと笑った。
「ふふっ、何それ? 私はそんな事しないよ?」
「そ、そっか。……違うんだったら消してもいいだ、ろっ!」
シュパッ→避けられた。
く、くそう。ほくそ笑みやがって。おちょくってやがる……。
俺は悔し紛れに、でも全然悔しくないフリをして、適当な事を並べ立てる事にした。
「ま、まぁ、そんな映像があれば悪い奴だって信じてしまうかもしれない。けどな、その映像も合成とかCGとか、取り合えずそんな感じの偽物かもしれないぞ? 仮にもし映像が本物でも、編集次第でいくらでも真実は捻じ曲げられてしまうんだ。情報ってのはそれくらい注意してみないと、テレビにだって簡単に騙されてしまうぞ? ちょっとそんな風に見えたからって、問答無用で人を襲撃したらダメなんだぞ?」
「だよねー。だから実行する前に、ちょっと様子を見てたんだけどね。……お兄さん、ニヤニヤしながら女の子に恥ずかしい事を言わせようとしてたでしょ? しかも、携帯で録画しようとしてた」
「はッ、その目は節穴ですかァ? 俺はそんな事……」
回想→ビッグスパイダー事件の後。夕焼けに染まった道を黒子タソと二人っきりで帰る(美化)→黒子タソに愛していると言われ舞い上がる(妄想)→よく聞こえなかったとか嘘を吐いて、黒子タソに「もう一度言ってくれ」と迫った。しかも携帯で撮ろうとした(事実)。
…………。
「あ、ああ。たしかに、そんな事があったような無かったような、そんな気がしないでもないな」
なんか、この子には何言っても敵わない気がしてきた……実戦でも一対一じゃ敵わないんだけど。
「い、いや、でもなぁ。いくら悪い奴が相手でも、周りまで巻き込んで、しかも銃を発砲しちゃうとかダメだろ」
「私も、最初はあそこまでしようとは思ってなかったんだけどね。……さっきのムカつくイケメンの話しに戻るけど」
「は? なんでそこに戻るんだよ?」
「ツッコミもいいけど、人の話は最後まで聞いてよ」
「ぐ……小学生の癖に正論を」
「いい? もしお兄さんがその腐れ野郎と戦う事になるとするよね? それをちょっと想像してみて?」
「全殺しでも飽き足らないスケコマシと戦う事になるんだな? ……よし、想像してやったぞ?」
「それじゃあ続きは……頑張っても敵わなくて、お兄さんはそのスケコマシにやられちゃう。それでソイツに、上から目線で「テメェはそんなんだからいつまで経ってもモテナイ君なんだよぎゃはははは」とか言われたら、どう?」
「――デストローイッ!!!」
声高らかに宣言してやった。
…………。
「はぁ……そういう事か」
コンプレックスを刺激されてついブチ切れちゃった、と、詰まりはそういう事を言いたいんだろう。
「正確には『そういう事態になるように、お兄さんへの嫌悪感を増幅されていた』って感じだけど」
「増幅って……能力で、か?」
「理解が早くて助かるよ」
「まぁ、な。大体は予想してたから……ん? でも『増幅』って事は、もしかして、俺のこと嫌い?」
「うん。大嫌いだね」
断言されてしまった。
「さすがに、今すぐ半殺しにしたいってほど憎んではいないよ? けど、あの時の言葉は私の本心。お兄さんみたいにウジウジ悩むだけで行動していない人は、軽蔑すべき対象だと思うし」
その言葉通りに、凛とした彼女の目から、拒絶の色を感じた。
直接牙を向けたりはしないが、こいつの考え方は気に食わない。そんな感じの色だ。
俺に対する嫌悪感は、能力で増幅されたりしなければそのくらい、って事か。
「まぁ俺も、行動していないって自覚はあるよ」
さっきもそう思ってたばかりだし。
……でもそっか。「あの時の言葉は本心」か。
なら、木山ねぇの生徒達を使い捨てなんかに例えた事。あれは謝っておかないとな。彼女、気にしてたみたいだし。
「誤解していたようだから言っておくけど。『あの言葉』は別に、君の友達を悪く言うつもりで言ったんじゃない。俺は――」
「――いいよ。いくら私が子供でも、それくらいは解る。私も、見苦しい事を言ってたなぁ、って自覚はあるから……。ホント、みっともないよね、あんな……」
彼女は自分の未熟さを悔いるように手を握り締め、情けない自分を振り払うように首を振った。
そして言う。
「まぁ、もう二度と、みんなをそんな風に言わないで欲しい、とは思うけどね」
「うん、わかった。もう言わないよ」
「…………」
「…………」
会話が、一瞬止まった。
「あー、でも、俺を大嫌いって割には、けっこう色々と話してくれるよな? 君っておしゃべりな方?」
続く話題が思い付かなかったので、ついそんな事を聞いてしまった。
少くなからず彼女の気持ちを理解できて、興味が湧いたのかもしれない。
抱く感情に違いはあっても、俺も彼女も「子供達を救いたい」と願った、その一点は同じだったから。
「私は別に、おしゃべりって訳じゃないよ?」
彼女は重たい空気を払うように、表情を少しだけ柔らかくして、続ける。
「能力で操られて暴行なんて失態だしね。多少の負い目くらいはあったから。最初は一言、忠告しておこうと思っただけだよ」
ああそういば、忠告とやらをまだ聞いてないな。
この様子だと、悪意のある忠告って事はなさそうだけど……。
「それにね。さっきまでは余計な事までペラペラ話す気なんてなかったから」
「ん? そうなんだ。じゃあどうして気が変わったんだ?」
「う。それは……」
なんとなく振った俺の話題に、彼女は言葉に詰まった。
軽く疑問に思っただけの、たわいもない問いかけ。
それはいったい、彼女の何を浮きだたせてしまう物だったのだろう?
まるで氷原の中に一人居るような、彼女の冷え切った目。
その目が、急に不安定になり、赤い瞳が行き場を迷う。
その冷たい深紅の裏側に、何を映したのか――
この学園都市を覆う、深く、濁った、汚れた闇に囚われている幼い少女は、それでも無垢な表情をして、まるで恥ずかしがり屋の子供のように、答えてくれた。
「その……ちーちゃんに、紙飛行機の折り方を教えてくれたから。だから、話すついでにお礼くらいは言おうかな、って……」
彼女の口から零れ出た想い。
それは、汚濁の中で抱えるには、余りにも純白過ぎる感情だった。
闇が深ければ深い程、それが純粋であればある程、容易く汚され、簡単に傷付けられてしまう。そんな、無垢な想い。
それを抱えて生きるには、彼女を取り巻く闇は、深すぎるのかもしれない。
だけど、と俺は思う。
彼女はその気持ちがあるからこそ。
どんなに深い闇の中に居ても、瞳の輝きを失ってはいないのだろう、と。
つづく……
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