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番外編 蜂蜜は甘くない
 昨日は本当に何でも無い日だった。

 朝、妹の部屋の窓を眺めながら花壇に水やり。

 昼、散歩に出た妹を尾行。

 夜、妹の寝室に忍びこもうとして、一番目の弟に引きずられながら自室へ帰る。

 そう、まさにいつも通りの平和で健全な日常だったのだ。

 それなのに、何故。

 何故、ベッドで寝ていた私の上に、女性が馬乗りしているというのだ?

「お目覚めかしら? マイダーリン」

 そう言うと、彼女は金色の瞳で愛おしそうに――人をというか愛玩動物を見る様な感じだが――私を見下ろした。

 *

「いやー。ついに一人前になりましたか、アン兄様も」
「カトル! 笑い事じゃないぞ! 兄様の一大事だ!! な、何爽やかに笑ってるんだ!」

 昨夜の出来事に関する情報は、狭い城内を風のごとく走り去ってしまったのだ。情報通のカトルが知らないはずがない。図書館の隅に縮こまっていた兄を見つけると、すぐさまその話題を振ったのであった。
 兄の身に起きたハプニングを、カトルは三流ゴシップくらいに思っているらしくその笑顔は爽やかに見せかけて真っ黒であった。

「カ……カトル……、私はどうしたらいいのだろう。テルルにも誤解されてしまって。朝顔を合わせた時『今度私にも紹介して下さいね』とか言われたんだぞ! 超可愛い笑顔で!」
「あ、僕にも紹介して下さいよ」

 兄の話を流し、超輝いた笑顔で話を進めるカトル。

「だから! 違う! 別に何もなかったんだぞ」
「それはトロワ兄様の口癖でしょう?」
「トロワと一緒にするな! あいつは何かあってもそう言うんだ!」

 アンはそう反論したが、どうやら墓穴だったらしい。兄様もでしょう、といった生温かな視線をカトルに送られる結果となった。

「でも、これで我が国も安泰ですね」
「……何でだ?」
「何でって、第一王子の結婚が決まったんですから」

 にこりとアンに微笑みかけるカトル。途端、アンの顔から洪水のような汗が溢れ出す。

「わ……私は結婚なんてしないぞ!!」
「あら、殿下は責任もとらないでお逃げになるおつもりなんですか?」

 突然降ってわいた第三者の声に、アンはもちろんカトルも驚いて振り返った。
 二人のすぐ後ろにいつの間にか、ふわりと波打った美しい栗毛の美人が、妖しい微笑みを浮かべ立っていたのだ。

「ウ……ウルリーカ」
「アン様ったら、おはようの挨拶もなしに部屋を出て行ってしまうんですもの。本当にせっかちなお方」

 頬に手を添え、ほんのりと顔を赤らめるウルリーカ。彼女のその様子とアンを交互見てにやにやするカトル。アンは誤解されてはいけないと手を大きく振りながら、必死に反論を述べた。

「何もない! なかった! 断言できる! 私は朝目が覚めたら丈夫な紐でぐるぐる巻きにされてたんだぞ! 部屋から逃げた後に、怪訝な顔したアーサーに縄を切ってもらうまでぴょんぴょん跳ねて移動してたんだからな!」
「でも、兄様が体の自由がきかないってことは、こちらのレディに好きにされててもおかしくないってことですよね?」
「男を縛り上げて馬乗りになるような女のどこがレディだ!!」
「つっこむとこそこですか?」

 こんな時でもマイペースな兄に呆れた視線を送るカトル。そんな様子を愉快そうに見ていたウルリーカがここに来て再び口を開いた。

「自己紹介がまだでしたわね。私、ディーナの第一王女、ウルリーカと申しますの。アン王子とは幼馴染ですのよ」

 ウルリーカはエメラルドのドレスの裾を軽くつまみ、カトルに微笑みかけた。

「ディーナ……というと北の大国の。確かあそこは姫しかいませんでしたよね。それで第一王女ということは、兄様を婿に?」
「いいえ。王位継承権は妹に譲る予定ですの。しっかりした妹ですから、私は心おきなくアン様の后になれますわ」
「それは良かったです」
「良くないだろ! 何勝手に結婚前提に話を進めているんだ! あとカトル! お前は何父親面してるんだ!」
「いやだなぁ。僕の息子だったらもっと出来がいいはずですヨ?」
「相変わらずひどい!」

 カトルが笑顔言うキツイ言葉に少し傷ついたアンだったが、ここで折れては話がどんどん進んでいってしまうと悟ったのか態勢を整え大声で宣言をした。

「私は妹が好きなんだ! 度のつく程のシスコンなのだ!」
「存じていますわ。ですけど、兄妹では結婚は出来ませんでしょう?」
「そうそう、兄妹で結婚できる法律がある国に亡命するしかないね」
「あら、それよりももっと確実な方法がありましてよ?」

 ふっと微笑んだかと思うと、突然ウルリーカの瞳がきらりと光る。

「私がカトル様と結婚して妹になった後、カトル様がお亡くなりになれば、私は義妹で尚且つ独身ですわ」
「アン兄様! 妹、妹言ってないでちゃんと現実に向き合った方がいいですヨ! それに男たるもの責任は取らなきゃネ」

 しゅたと手を上げると、カトルは爽やかな笑顔で即座に後ずさった。無理やり結婚させられた上、亡き者にされてはたまったものじゃない。カトルは一切の迷いも無く、兄を生贄に捧げるとさっさとその場を後にした。

 カトルが去った後、ウルリーカはアンに向き直り、真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。

「私、約束を守りましたわ」
「約束……?」

 ウルリーカの言葉に、アンは不思議そうに首をひねる。

「跡を継がせる男児のいないせいで、私は小さい時分から後継ぎとしてお父様に厳しく育てられていました。十数年前の事でしたわ。どうして私ばかり、と庭で泣いていたら絵本から飛び出したような金の王子様が現れましたの」
「もしかして、それが……」
「ええ、アン様ですわ」
「昔は良く母様について、ディーナの城に行っていたからな」
「泣いていた私にあなたはおっしゃいましたね、『強くなれば、何だって叶えられる。そうしたら泣かないでも平気だよ』と……」

 泣いている少女を見て、「僕が強くなって守ってあげる」と言わないところがアンらしいといえばアンらしい話である。

「とても、励まされましたわ。私、一瞬で恋に落ちましたの」
「ウルリーカ……」
「まあ、正直に申しますと顔が非常に好みだったことが、好きになった理由の九割を占めていますが」「遠まわしに中身はカラッポ宣告!?」

 少しショックを受けたアンのことなど意にも介さず、ウルリーカは自身の話を続けた。

「強くなる、とアン様とお約束いたしました。だから、私一生懸命勉強をしました。一生懸命剣の稽古をしました。泣きたい時も、約束を思い出して涙を堪えました」
「そうか……」
「そして、かねてからの父上の悲願でした周辺国十三の統一を私一人で成し遂げましたの!」
「……へ?」

 感動的な思い出話が一気にスケールの大きい武力闘争話に切り替わり、アンは目を点にした。
 国の統一を、この華奢な姫が筆頭で?

「もちろん話し合いだけでは解決しないこともありましたわ。そう言う時は、少々……いえかなり実力行使もいたしました」
「は……はあ」
「でも! 仕方ありませんわよね! 崇高なる目的の為ですもの!」

 子供のようにキラキラした瞳で両手を合わせ、そう語るウルリーカ。しかし、彼女の目が光に満ちていくと同時に、アンの瞳は黒く淀んでいくのであった。
 朝のことも、城の人間に二人がそういった関係だと思い込ませるための企てだったのだろう。

「国も安定してきましたから、後は妹達に任せアン様に会いに来ましたの。私の今の目標は、アン様と幸せな家庭を築くことですわ」
「いや、しかしだな……」 
「ドゥー殿も私達の結婚に大賛成してくれましたのよ? 式の日取りまで計画し始めてましたわ」
「弟よ!!」

 ドゥーにまであっさり裏切られていたことを知り、アンはとうとう逃げ場を見失ってしまった。おそらくウルリーカをアンに部屋に手引きしたのも彼の仕業だろう。
 ここまで来てもまだうだうだ言っていたアンに、ここでトドメの一言。

「一国の王子が、子供が出来たから渋々結婚、というのも外聞が悪いでしょう?」

 笑っているのに、笑っていないウルリーカの瞳にアンの背筋が凍りつく。
 ――襲われる!

「ねえ、アン様。私、強くなって本当に良かったですわ。だって一番の願い事がこれから叶うんですもの」
「ウ……ウルリーカ……?」
「ハニーと呼んで下さって構いませんのよ? マイダーリン」


 天使のように微笑む悪魔。
 彼女になら「恐怖心」を「恋心」にいつか変えることも出来るのかもしれない。


 
題名は「蜂蜜(ハニー)は甘くない」と読みます(笑)
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