第四話 シスコンは文化
「おおっあれが城か!」
馬車はイネス城を出てから半日かけてようやくグーテンベルクに到着した。本当は真夜中に馬を走らせるのは気が引けたが、少しでも早く城に戻りたかったのだ。
(くやしいが俺一人じゃこの姫を押さえつけられない)
先ほどの出来事で気を失った御者に代わり、アーサーは馬車を走らせていた。先ほどの出来事というのは盗賊団来襲のことではない。盗賊くらいではこの御者は気を失わない。
そう、姫のありえない言動によって気を失ってしまったのだ。
(本当にとんでもない人だ……)
御者の代わりにアーサーが馬をあやつろうとした時だって「私がやりたい!」と言ってきかなかったくらいだ。
馬の扱いには慣れているし、馬車なんてめったに動かせるものじゃないからやってみたい。なぁにやったことはないが、戦闘機の操縦は出来るんだから大丈夫だろ。……とのことだった。
(せんとうきってなんだ? とにかく、冗談じゃない!!)
俺は姫を説得して馬車の中に戻らせてから、(かなり)急いで馬たちを走らせた。
行きは朝早くに城を出発して、イネスの郊外に日がちょうど沈んだ頃に着いた。そしてその日はグーテンベルク王族の縁戚関係にある貴族の屋敷に一泊して明け方にイネス城へ向かった。
このように、行きは結構な時間を要したのだ。それなのに半日で戻って来れたのだからどれだけ急いだかがわかる。
「なんだか城というよりも、大きな屋敷といった感じだな」
確かにグーテンベルク城はイネス城よりもかなり小さい。緑にあふれ、煉瓦造りの家があちらこちらに立ち並んでいた。そして、国全体が森に囲まれ自然の砦となっているのだ。
今はもう真夜中なので、あたりはうす暗く、城のところどころからもれる光だけがぼんやりと輝いていた。
そしてやっと馬車は城門に到着した。
二人の門番は驚いて馬車に駆け寄ってきた。
「アーサーじゃないか! どうしたんだ、今夜はイネスで舞踏会じゃないのか?」
「ああ……そのはずだったんだけどいろいろあって……」
門番の青年二人はアーサーといくつか言葉をかわすと門を開いて馬車を通した。アーサーは馬車を停めて、馬車の扉を開けた。
「着いたのか? おいキャロル嬢、青年、着いたみたいだぞ」
二人はルリの大きな声に驚き目を覚ました。
二人はまだ少し呆けていた。そんな二人を後にして、ルリは差し出されたアーサーの手を無視してひらりと馬車から降りたった。
「姫、これを」
アーサーは自分がしていたマントをとると、ルリに差し出した。さすがに顔に飛び散った血は拭き取ったが、ドレスは血まみれのままだ。
「これで服を隠して、急いでお風呂に行って着替えてください」
国王は近隣諸国同士の会議でちょうど留守だったが、兄王子たちや使用人にこの姿を見られたら大変だ。そう思いアーサーはルリをこっそり城に入れようとした。
「キャロル、ついてやってくれ」
キャロルはすばやく馬車から下りた。
「別に一人でも大丈夫だが……」
キャロルはルリの腕をつかんで涙ぐみながら必死に首をふった。「もう絶対、離さない」といった感じだ。
「城の中のことはよくわからないでしょう? 案内してもらってください」
しかたがないのでルリはキャロルと一緒に城に入っていった。もちろん目立たないように使用人用の裏口からだ。
(夜のお城は怖い、一人でお風呂何て絶対無理といつも涙ぐんでいたのが遠い昔のようだ……)
まあ別人なのだからあたりまえなのだが。アーサーはしみじみしてから自分の頬を叩いて気合いをいれた。
(さて、もうお休みになられているだろうから、朝一で王子たちに事情を説明しなくては)
もちろんウソの事情説明だが。
問題はもう一つ。元盗賊団は仲間の傷が治り次第、グーテンベルクに来ることになっていた。
(これもどう説明するべきか)
アーサーは頭を抱えた。
とりあえず。
御者に口止めをするところからアーサーは始めた。
『愛しているよ。世界の何よりも、誰よりも』
そう言ってあいつは笑った。何万回も聞いたセリフだ。調子に乗ると面倒だから一度も言ったことはないが、私はあいつの笑顔が好きだった。
あいつのことも好きだった。
「蒼……」
そう呟いてルリは目を覚ました。
ルリの隣にはキャロルが寝ていた。昨夜、風呂に入って着替えた後もキャロルは姫の傍をけして離れようとしなかった。元々、怖がりなテルルはキャロルとよく一緒に眠っていたらしい。
(キャロルがいる、ということはまだ元に戻れてないのか)
そう思いながら、蒼の名前を寝言で呼ぶなんて姿を蒼自身に見られなくてよかったと少しほっとした。その時部屋をノックする音が聞こえた。
「姫様、朝食の準備が整いました。着替えて大広間までお越しください」
アーサーではない少年の声だ。キャロルは「ルイス?」と言って目を覚ました。
キャロルは見事な早着替えをして、ルリにドレスを着つけた。ドアを開けるとそこにはキャロルによく似た顔のひょろっと高い背をした少年が立っていた。
少年の名はルイスと言った。キャロルの双子の弟で、城の使用人らしい。アーサーから事情を聞いていたルイスは落ち着いて姫をキャロルと一緒に大広間まで連れて行った。
そこに待っていたのはアーサーと、赤茶の髪のキレイな女性と、四人の青年たちだった。青年たちは皆金髪で一人を除いてみんな緑の目をしていた。
(あれがテルルの兄たちと義姉か)
特徴を聞いていたので誰が誰かすぐに分かった。
あの一番背が高くて、切れ長な目をしているのが長男のアン、23歳。
そしてあの一番穏やかそうでメガネをかけているのが妻帯者の次男ドゥ、22歳。
そしてあの一番きらびやかな感じの髪が肩まであるのが三男のトロワ、20歳、女好き(アーサー談)。
そしてあの一番爽やかで、癖っ毛なテルルと同じ青い目なのが四男のカトル、17歳。
で、あのおっとりした感じの女の人が次男の妻ベティ、23歳。
(よし、ばっちりだ)
ルリが満足げにしていると皆が椅子から立ち上がって寄ってきた。
「かわいそうに、いろいろ大変だったね」
心配そうにアンが近づいてきた。他の皆も心配そうな顔をしていた。
アンは落ち着きながら、決心したように口を開いた。
「よし!! わかった、結婚しよう!!」
「あっずるいぞアン!」
トロワが軽い感じで続いた。
「二人ともバカだなぁ」
笑顔で毒を吐くカトル。
「いや、記憶がないなら兄妹という概念というか先入観とかがないから、いけるかなって」
大真面目だ。美形な顔を崩さず真剣に言うのだから尚たちが悪い。
「二人とも……テルルを変な目で見るのはやめてください。……埋めますよ」
「あらあら、それじゃ軽いわよ。重石付けて湖に沈めたら?」
息ぴったりの夫婦である。
「ああ、気にしないで、アン兄様とトロワ兄様は頭に虫がわく病気なんだよ」
カトルがニコニコときついことを言うと、アンは反論するように叫んだ。
「失敬な!! シスコンは病気ではない!! 文化だ!!」
そんな文化滅びてしまえ、アーサーは心の中で思った。
そしてルリに耳打ちした。
(気をつけてください、アン王子は前に姫様の寝所に忍び込もうとしたことがありましたから)
とんでもない兄だ。どこの世界にも変態はいるのだな、とルリはぼうっと考えた。
そういえば。昔、蒼が『ストーカーじゃないよ! 果てしない愛が加わるとストーカーじゃなく守護天使になるんだよ!!』とか言っていたな。
※ストーカーも果てしない愛が加わったストーカーも犯罪です。絶対に真似しないでください。
ちなみにこの後蒼は『天使なら飛んでみろ』とルリに階段から蹴り落とされた。しかし慣れているのかしぶとく無傷だった。
ルリは「だから結婚しよう!!」というアンの懲りない発言ではっと我に返った。そしていい加減いらいらしていたのですごみながらひとこと言った。
「あんまりくだらないことぬかすと、頭むしるぞ」
一瞬大広間が静まり返った。
「あらあら、ずいぶんワイルドになったのね」
にこにことベティ。
「随分勇ましくなりましたねぇ」
冷静なドゥ。
「確かに。なんだか小悪魔化してる感じだね。相変わらずかわいらしいけど」
軽いトロワ。
(小悪魔どころか大魔神です)
アーサーは突っ込みたいのを必死でこらえた。
「記憶喪失ねぇ」
するどいカトル。
(カトル様にはすぐにばれるかもな)
アーサーは渋い顔をした。
「わかった……。それが愛の試練だと言うならば甘んじて受けよう!!」
病気なアン。
この後本当に長男の髪の一部がむしり取られたことは言うまでもない。
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