番外編 婿対舅
「お義父さん! 娘さんを僕に下さい!」
「死ね」
返事にも何もなっていない予想外、いやある意味予想内の言葉に蒼は一瞬動きを止めた。
先週念願かなってルリに結婚の快諾を貰った蒼は、彼女の両親のところに結婚の承諾をしてもらいに訪れていた。ルリの義父は元月連合軍代表で、その姿も纏った雰囲気も威厳に満ち溢れていた。
簡単に言えば強面だった。
人工の日差しがガラス張りの壁を通して降り注ぐサンテラス。常人であったら、この重苦しい空気と生温かい日溜りに気分が悪くなっているところであろう。
しかし、ここにいるのは常人ではなく、稀代の変人である。
蒼は少しだけ考え込むと、再び満面の笑みを構築し、普段より五割増し厳つい顔となったエラトステネス元代表に視線を戻す。
「お義父さん! 娘さんを貰います!」
「お前は許可を取りに来たんじゃないのか!? 宣言してどうする、宣言して!!」
「いや、というか形式的に必要と思って来ただけで、貰う気は満々ですから」
「お前に娘はやらん!!」
「いえ、だからやらないと言われても貰いますし」
「そんな盗人の様な道理が通るか!!」
「はあ、恋泥棒って奴ですね! お義父さん、中々上手いことをおっしゃる」
ははは、と爽やかに笑い声を立てる蒼。
隣に座っているルリに至っては、既に興味を失ったのか、紅茶を飲みつつクッキーをぽりぽりとつまみながらこの事態を静観していた。
「何でも無理やりポジティブに考えるなー!! 後、お義父さんって呼ぶな!!」
いつまで経っても進みそうにない話を二人がしている間、ルリとルリの義母は二杯めの紅茶に口をつけながら、世間話をし始めていた。
怒鳴りつかれたらしく、エラトステネス元代表は息を切らしながら蒼を指差した。
「言葉が通じないなら、体に言い聞かせるしかないようだな……。表に出ろ! ヴェルヌ少佐!!」
「その愛の試練! 受けて立ちましょう!!」
――こうして、月連合軍総出の実戦演習とは名前ばかりの、エラトステネス元代表指揮軍対ヴェルヌ少佐指揮軍による『ルリ争奪戦』が始まったのであった。
「もう一週間も経つのねぇ。まだ終わらないのかしら」
焼き立てのチョコケーキを頬張りながら仕事の書類に目を通していたルリは、ほんわかした義母の声に顔を上げた。義母は義父とは打って変わってぽんやりとした、笑顔の絶えない人なのだ。
「まだやっているんですか? 飽きませんね、二人とも」
「本当よね。あの人もいい歳して意地張っちゃって! そんでもって蒼君なんて意地の塊なんだから、簡単に決着が着くはずないのよ」
「巻き込まれた部下達はいい迷惑ですよね」
普段、散々部下達を自主鍛錬に付き合わせしごいている人間とは思えない言葉である。
「そろそろお遊びも終わりにさせた方がいいわね」
そう言ってルリの義母はにこりと微笑み演習場へ通信をつないだ。
未だに決着がつかず、緊迫した空気に満ちた演習場に気の抜けるような柔らかな声が舞い降りる。
「いい加減になさい」
この優しくも威圧感に満ちた天使のお告げにより、このくだらない戦は終止符を打った。
後に当時の関係者は言う、
「あの一言には殺気が濃縮されてました。初めて死を覚悟した瞬間といっても過言ではありません」
さすがはルリの育ての母親だと誰もが感じた出来事であった。
その後、ルリ義母に絞られた元代表は顎をしゃくりながら、渋々二人の結婚を認めた。
が、二人が結婚した今も尚、蒼を闇に葬ろうと暗躍しているとかしてないとか。
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