第二十七話 私の白馬の王子様
「わあっ」
テルルは船の上でうれしそうに声をあげた。日の光に反射してきらきらゆらゆら輝く水面、時々ふわりと薫る潮のにおい。すべてが輝かしく、眩しく、すばらしいものに見えた。
「楽しそうでよかった。けっこう揺れてるけど平気?気持ち悪くない?」
蒼のさり気ない気遣いに、テルルは少しほおを染めた。
「だ…大丈夫です。ゆらゆら気持ちいいですし、風も涼しくて、えと、気分すっごくいいです」
「そっか」
蒼はにこりとテルルに笑いかけた。テルルは照れてしまって、蒼の顔を直視できなかった。そんな風に二人がのんびり海を見ている時、何やら二つの影が遠くからこちらの様子を伺っていた。
「おい、お前話し掛けてこいよ!」
「ええっ!俺?お前が行けよー!」
何やら陰からテルル達の様子を伺っていたのは、軍服を来た二人組だった。この船は、軍艦というよりは豪華客船に近い作りで、とても大きく、広いものだった。だからこそ陰から様子を見ていても、気付かれないのだ。
しかし、もし本物ルリだったら気付いていただろう。そして、引きずりだされていたことであろう。
だが今は危機管理ゼロ、平和ボケボケの14歳が中身であるので、この視線に気付くのは無理な話であった。
「通信です。青葉殿から通信が入りました」
飛鳥は単調な声でその言葉を何度か繰り返した。飛鳥には様々な機能がついているのだ。
通信機能、簡易ホログラム投影装置、ムービ機能等の役立つ機能を始め、すべらない話百選、時にはなぜか大空に旅してみたくなる機能、ルリが好きだと叫びたい機能等の意味不明なものまで詰め込んであった。
まあ、製作者がアレなので。
飛鳥から通信が入ったことを伝えられると、蒼は少し焦った様な困ったようなどっちつかずの顔をした。
「えっ母さん?まいったな、その通信ルリ宛てだよね」
ルリは今テルルなのだから、通信に出すわけにはいかないのだ。少し考えてから、蒼はパッと顔をあげた。
「ごめん、少し電話して来るから、ここで待ってて。えっと…一人で平気、かな?」
心配そうな顔をしてテルルの顔を覗き込み確認をした。まるで保護者である。まあ保護者といえば保護者なのだろうが。それはテルルにも伝わったのか、ハッとするように目を見開き、彼女が出せる精一杯の大きな明るい声で返事をした。
「だ…大丈夫です!任せてください!」
ちょっと待ってて、と言われ、自信満々で「任せてください」というのもどうかと思うが、テルルにとっては重大任務なのだ。蒼はその様子を見て少し不安を感じたが、この場所に大した危険があるわけでもないので、その言葉に従う事にした。
「そっか、じゃあちょっと行って来るね、飛鳥!」
飛鳥を呼び、肩に止まらせると、蒼は船の室内へと向かった。テルルの傍から離れた後も何度か心配そうに振り向いてはにこやかに手を振っていた。
自分を心配してくれる。テルルはその事実がとてもうれしかった。
(でも、この体がルリさんのものだから?だから心配してくれるの?)
蒼はもう見えなくなってしまったが、彼の向かった方をテルルはずっと見つめていた。
(私がいなくならないと、何時までもルリさんは帰ってこないものね。私のこと歓迎しているわけないわ)
でも、もしも?もしもずっとこのままだったら?そうしたら私は……
カレトシアワセニナレルカモシレナイ。
「あ…あの」
その声にテルルはハッとした。
(わ…私、何てこと考えていたのかしら…!)
テルルは自分の浅はかで、自分勝手な考えに気付き、顔が熱くなった。熱くなった顔を両手で押さえながら、そうっと声のした方を向いた。そこには軍の制服を着た青年二人が立っていた。
先ほどの覗き魔だ。
そうとは知らずに、テルルは彼らにおずおずと声をかけた。
「あ…あの……何か御用ですか?」
すると二人の青年は声を合わせて言った。
「サインください!!」
「殴ってください!!」
声が重なり合ったので、テルルは何を言っているのか分からなかったが、声を出した二人は互いに何を言ったのか分かったようで、顔を見合わせた。
「お前なあ!変態かよ!殴ってくださいって。何だよそれ!!」
髪が黒い、東洋系らしい方の青年はそう言って、金髪の西洋系の顔の青年を小突いた。すると金髪のは、頬を膨らませて、弁解をした。
「いいじゃん!俺の性癖に文句つけるなよお!!」
もはや弁解になっていなかった。再び、今度はより強く小突かれて、彼は少しよろめいた。
(え? え? 殴って欲しい? 何でだろう…痛いのになあ)
テルルは話しについていけず、ぼうっとふたりの小競り合いを眺めていた。
「こいつの事は気にしないで下さい。ちょっと変わってましてね。自分は地球連合国軍准尉フジノと申します!でも感動だな、有名人のエラトステネス大佐にお会いできるなんて。自分達大ファンなんですよ」
「おっ俺の方が大ファンですよ!!あ、同じく地球連合国軍准尉レストです!『軍人たるもの~ルリ・セレネ・エラトステネスの心得~』何万回も読みました!!」
ルリは月ではもちろん、地球でも有名人だった。老若男女問わずファンは多く、特に若い軍の男性からは絶大な支持を集めていた。
「あっとりあえず握手だけでもいいですか?」
「俺も俺も!!お願いします!!」
テルルは青年二人に迫られ、内心ビクビクしていた。しかし、テルルは泣かなかった。ここで泣いたら、蒼に迷惑がかかると思ったからだ。
(ま…眉を寄せて、に…睨みつける!!)
テルルは前日に練習したことを実践した。しかし、その目には鋭さの欠片もなかった。追い詰められた草食動物の最後の悪あがき程度のにらみでしかなかったのだ。
「? 何か、噂と雰囲気違いますね?」
「あ! 公私は別仕様ってことですか! それも萌えますね!!」
フジノ准尉は少し不思議そうにして、レスト准尉は勝手に盛り上がって勝手に萌えていた。とにかく、二人はすっかり盛り上がって、舞い上がっていた。その時、風が少し強く吹いた。そして、どこからきたのか、一枚の葉っぱがテルルの髪に絡みついた。
「すごい風でしたね、まあ海上ですし…あ! 髪に葉っぱが……」
フジノ准尉は、テルルの髪に手を伸ばした。テルルは青年の手が近づいてくることがとにかく恐く、目をつむった。
「ストップ、あんまり僕の妻に馴れ馴れしく触れないでくれるかな?」
テルルがそっと目を開けると、テルルとフジノ准尉の間に割って入るようにして蒼が立っていた。
「あ……」
テルルにはその時、蒼が白馬に乗った王子様に見えた。昔読んだ、姫をたすける勇敢で凛々しい王子様。彼女にとってその瞬間の蒼は今まで見てきたどんな王子よりも王子らしく思えたのだ。
蒼の登場に二人の准尉はあわてて敬礼して、お詫びの言葉と自分の名前を述べた。そして「お前がバカな事ばっかり言ってるから」「お前が髪に触れようとなんかするからだろ」など、小声でブツクサ言いながら退散していった。
「あの…ありがとうございましたっっ」
テルルは慌てて深くお辞儀をした。顔が赤いのが自分でも分かった、だからこそ顔があげられなかった。
「いや、こっちこそ一人にしてごめんね。恐かったよね」
蒼は少しシュンとした。その言葉は、明らかにテルル自身のことを気遣った言葉であった。テルルもそのことが分かり一気に顔が明るくなった。
(蒼さんが…私を、私の事を心配してくれている!)
「だ、大丈夫でした!蒼さんが王子様みたいに助けてくれたし!」
そう言ってから、ハッとしてテルルは口を塞いだ。思わず言ってしまった、自分の素直すぎる直球発言の恥ずかしさに気付いたのだ。しかし蒼はその言葉を聞いてフッと微笑んだ。
「本物のお姫様にそう言ってもらえるなんて光栄だな」
その眩しすぎる笑顔に、テルルは顔から湯気が出そうだった。とりあえず、急いで話題を変えることにした。
「あ…ルリさんって本も出してたんですね」
すごいなあ、と言いつつ、蒼の顔を見て、その話題を出した事を後悔した。「でしょ、ルリって何でも出来るんだよね」と、その話を自分のことのように誇らしく語る蒼。彼の心を、またルリが支配してしまった。そんな気がした。油断すれば、いや油断しなくても、彼の心はいつもルリで占められているのだ。
テルルはうつむき、蒼から目を逸らした。その時、そのことにも気が付かず、自慢げに話を続ける蒼に飛鳥が一言。
「でもアレ、ゴーストライターですけどね」
『えっ!?』
驚いたテルルと蒼の声が重なった。声が重なった瞬間、二人は顔を見合わせ「なんだ~」と笑いあった。
テルルは、この笑いあう時間がゆっくりゆっくり流れればいいと願い続けた。
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