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第十七話 罪と罰を伝える者 後編
 それは約束。同じ事を繰り返さない為の約束。

 それは罪滅ぼし。しかし罪はけっして消えはしない。

 私は戒め。『彼ら』にとっての『記憶』そのもの。

 私は、私は誰?

 私の前にはいつも使命が見え隠れする。 

 私の未来は決まっている。


『君と明日を生きたい。君の未来に僕はいたいんだ』

 バカな奴、それでも、うれしかった。殴り飛ばしたけど、本当はうれしかった。うれしかったんだ。





「姫様?」

 アーサーはルリがボウッとしているのに気が付いて、心配して話し掛けた。その声で現実に呼び戻されたルリは、ばつの悪そうな顔をした。

「少し、考え事をしていた」
「そうですか…何でもないなら別にいいんです」

 アーサーはそう言ったが、本当は良くなんかなかった。ルリの様子がずっとおかしいのは確かなのだ。怒っているだけではなく、そこには深い悲しみが感じられた。ギルも同じことを感じ取っているのか、先ほどからチラチラとルリの方を何度も見ている。

「おい、さっきから黙りこんで、どうしたんだよ。気味が悪い」

 ギルは先程からの沈黙に耐えかねて、軽い感じで毒づいた。もちろんルリを元気づけようと言った言葉である。

「……」

 ルリは無言だった。ギルは拍子抜けしたと同時に、余計に心配になった。しかし、この騒動の後、「あの時、気味悪いとか言ってたな」とルリはギルに鉄拳制裁を行った。


「!!誰か来る!数人か…?いや数十人はいる…!!」

 アーサーは剣に手をやった。しかし、その人物たちが誰かを確認するとその手をおろした。ルリもそれを見て目を見開き声をあげた。

「あれは、ジーク……!!」

 それはイネスからの帰り道で会った「あの」盗賊団たちだった。ルリに叩きのめされて、説教され、洗脳され(これはアーサーの考え)た「黒い風盗賊団」の彼らだったのだ。

「姫様~!!来ましたよ~!!」

 盗賊団の男たちはうれしそうに歓声をあげた。いや、いまや彼らは盗賊団ではなく姫専属部隊である。彼らは荷馬車を引く馬一頭の他に、馬車を引いていない馬を三頭連れていた。その馬は紛れもないあの密猟者たちのものだった。

「いやー今そこで怪しい三人組を見つけましてね、そしたら何やら怪しい荷物を馬に積んでいたので見てみたらびっくりですよ!!」

 ジークは大げさに話した、元盗賊団に怪しいと言われてしまってはおしまいだろう。怪しいと感じたのは確かだろうが、荷物に興味を持ったのは、元盗賊団の習慣というやつだろう。ジークは得意そうに話を続けた。

「かごにグーテンベルクの国宝の青い鳥が押し込まれているじゃないですか!!びっくりしましたよ」

 さすが元盗賊団、世界各国の宝には詳しいらしい。しかし、彼らは金持ちの馬車の積荷の強奪専門だったので、詳しくてもリスクの高いものには手を出さない主義だった。ジークは子分に荷馬車から鳥かごを持って来させた。その鳥は間違いなく、ルチミルだった。

 ジークの話を聞いて、ルリの表情は険しくなった。

「そいつらはどうした?」
「ああ、奴らなら邪魔になるんで、木に縛り付けて置いてきましたよ」

 「黒い風」のモットーは「殺さず強奪」である、基本的に殺しは行わないのだ。たちが悪いのには変わりはないが。

「…そこに案内しろ」

 ルリの目は獲物を狩るときの猛禽類の目そのものであった。空は先程までとはうって変わってどんよりと暗くなってきた。


 

 しばらく行くと、木にくくりつけられた三人の男達が見えてきた。彼らのうち一人はふてぶてしい態度で座り込んでいたが、残りの二人はジタバタしながら呻いていた。

「おまえたちか、密猟なんてバカなことをしたのは」

 ルリは彼らを見下ろしながらゆっくりと言った。ジタバタしていた方の二人はその顔を見て凍りついた。

「なんだ、お嬢ちゃん。正義の味方ごっこか?」

 初めから落ち着ききっていた一人は、ルリに向かって悪態づいた。にやつく余裕すらあった。

「貴様!!姫様に何という暴言を!!」

 剣を抜こうとしたアーサーを手で静止して、ルリは重々しく口を開いた。

「おまえたちにわかるか?力なきものが為す術もなく、力あるもの達に虐げられる気持ちが」

 ルリの目は狂気に満ちていた。三人の密猟者はもちろん、そこにいる誰もが震えあがった。

 ルリは三人の顔を見回し、一人の髪をつかんで持ち上げた。髪をすべてむしりとってしまいそうなつかみ方だった。
 男はルリの気迫に押されて、少しひるんだが、残った力でルリを精一杯にらみつけた。彼はとても冷たい目をしていた。

「おまえたちには、言葉で言ってもわからないか」

 ルリはため息をつき男のみぞおちに蹴りを入れた。男は「うっ」と呻いて、だらんとした。後ろの二人は真っ青になってガクガク震えていた。

「少しは理解できたか?力無きものの気持ちが」
「げほっ…ふ、ふんっ、力あるものが無いものを虐げて何がわるい!!」

 男は尚も逆らった。

 その言葉を聞いて、ルリの目から光が消えた。

「いつの時代も、おまえたちのような人間が未来を破滅に導く……」

 ルリは自分自身に再確認するかのように、そうつぶやいた。そこにいる誰もが息をするのを忘れるような張りつめた空気だった。アーサーはルリが軍人だということを改めて理解した。

「羽をむしらんとわからないみたいだな、まあおまえ等には羽なんか無いからな……」

 ため息をつきながら、仕方ないといった様子で、ルリは男の靴を脱がした。そして……

「な、なんだ?……や、やめろ!!!」

 ぎゃあああああ、といった男の耳をつんざくような悲鳴が辺りに広がった。周りにいた何人かは見ていられないといった感じで目を逸らした。

 男の悲鳴はこの後しばらく止まなかった。そう、男の爪が片足分すべて無くなるまでは。あまりにも痛かったのか、男はぐったりとして気を失った。残りの二人に至っては最初の悲鳴を聞いた時にすでに気を失っていた。




 ともあれ、今回の一件はこのような形で収束した。密猟者たちは、近くのイネスの町で、自分たちの国の迎えを待つことになった。グーテンベルクでは、牢屋も、彼らを裁く法も不十分だからである。よって、彼らは自国で裁きを受けることに決まったのだ。




 帰り道の重たい雰囲気の中、ルリの隣にいたアーサーが小さな声で呟いた。

「ルリ殿はもしかしたら、私達に…私達の間違いを正す為に、この世界に来たのかもしれませんね」
「バカ言え」

 ルリは相変わらず無表情のままだった。

「誰かが間違いに気付かせたとしても、それは一過性のものだ。人というものは必ずまた道を踏み外す」

 何度も戦争を繰り返し変わり果ててしまった地球。無機質で人工物しかない月。ここには当たり前に存在するものが、彼女の世界には存在しない現実。

「それは私の使命なんかじゃない。アーサー、この世界の人間であるおまえ達の役目なんだ」
「俺たちの……」
「未来なんて誰にもわからない。だけど、だからこそ、人は生き続ける」

 アーサーは首を少し傾げた。

「よくわからないけど……先のことなんかわからないから、皆一生懸命だってことですか?」

 ルリは何も言わなかった。代わりに先程から二人の会話を気にして、「未来がなんとか」といった言葉と、アーサーの言葉だけがなんとか耳に入ったギルが口を開いた。

「俺は、誰か大切な人とずっと一緒にいたいって気持ちが、未来をつくっていくんだと思うな」

 ギルはポロリと本音を言ってしまい、あせって口を手でふさいだ。シルヴィアはその様子を内心笑いたいのをこらえながら見守っていた。

(また笑われる)

 ギルはそう思いながら、恐る恐るルリの顔を見て言葉を失った。ルリは泣いていた。表情は笑っているように見えたが一筋の涙が頬をつたっていた。流れたのはそのたった一滴だけで、もう泣き顔ではなくなっていた。

 ほんの一瞬の事だったのでそれを見ていたのはギルとアーサー、そしてようやく妹たちを見つけ出したカトルだけだった。

 ギルはルリを眺めながら、自分の胸を押さえつけた。鼓動が速く、死んでしまうかと思ったほど苦しく感じた。

 そして、カトルは心ここにあらず、といった様子だった。それを見たトロワは驚いた、そして弟の視線の先にテルルがいることに気が付き、同時に不安になった。基本的にカトルは他人に興味がない。上手く隠しているのでそのことに気が付いている人間は少ないが、他人を羽虫と同等に考える人間なのだ。

(あのカトルが他人に興味を示すなんてな、しかもテルルか……)

 何も起こらなければいいが、とトロワは思いながら弟の顔を見つめていた。


「そう…かもな」

 ルリは自分だけに聞こえる小さな声で、そうつぶやいた。

「その言葉、忘れるなよ、ギル」

 それがルリが初めてギルの名前を呼んだ瞬間だった。名前を呼ばれた当の本人は、まだドキドキしていてそのことに気がつかなかった。 

 


 夕日がきらきら輝いていた。ルリはそれをまぶしそうに眺めていた。そして彼らは、夕日に照らされた彼女をまぶしそうに見つめていた。
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