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ハーフ

 透明な青空にちぎった脱脂綿のような雲がいくつもちらばっている。

 親富祖咲は首が出るところに、穴をあけたゴミ袋を頭からすっぽりかぶって、フローリングのリビングで椅子に座っていた。リビングには庭に面した大きな窓があり、その傍で母親に髪をとかしてもらっている。

 咲の家は少し小高い丘の上にある。分譲住宅の一戸建てで庭に面したリビングの窓を開けると風がよくとおる。窓を開けると芝生の庭に続く広めのウッドデッキがあり、ウッドデッキは咲の母のお気に入りだった。

「おかんに髪切ってもらうの、めっちゃ久しぶりやん! おかんが美容師やったら得やなあ」

 咲は8歳まで暮らしていた母親の故郷でもある土地、大阪の言葉を口にした。家では関西弁と標準語をごっちゃにして使うことが多い。沖縄の言葉はいまでも苦手だ。

「もとやけどね…もと美容師。で、今日は…どうするの?」

 咲の母親の親富祖ゆかりは沖縄に引っ越してからも、ずっと話し方は変わらない。ゆかりは両手で咲の髪を撫でる。

「うん、長さはこのまんまくらいで、前髪は目の上くらいな。ほんで色は地毛の色と同じに染めてほしいねん」

「ふうん、急にどないしたん?」

「うん、ちょっとな…この間、映画に誘ってくれた子おったやん、あの人な私と同じような雰囲気の人に間違って声かけてん…ほんで…なんか間違われんの、嫌やなって思って…」

 咲は口を尖らせて、手のひらを、ぎゅっと握る。

「そそっかしい子やなあ」

 ゆかりは声をあげて笑った。

「おかん…笑いごとじゃないねんで、ほんまわショックやわ!」

「そらそやわ」

 ゆかりは大阪人らしく調子よく合わせる。

 咲は待ち合わせのときの、守の様子を思い出して、つい頬がゆる。

「その子のことが、好きなん?」

「う~ん、好きとか…そういうのは、まだよくわからへんけど…」

 咲はしかめっ面で答える。

 男子の友達はクラスにもいて、友達同士で遊びに行ったこともあった。守のことを好きかと聞かれると、よくわからない…でも話すとき、他の子達には感じないようなドキドキするような感覚があった。

「ふーん、、これぐらいで大丈夫か?」

「うん、もっと短くして!」

「はいはい」

 ゆかりは鋏を横にして器用に前髪を切っていく。

「おかんはなんで美容師、辞めてもうたん?」

 咲はつい最近気になったことを、ゆかりに聞いてみた。母は父のことをどう思っているのかも気になる。

 大阪生まれの大阪育ち、大阪にいる家族と自分の生まれた土地をこよなく愛しているような母だ。沖縄に嫁いだことを、本当はどう思っているのだろうか?

「そうねえ…大阪で咲が生まれて、その三年後には聡でしょ? 主婦業に専念したくなってん」

「そうなんや、おかんは沖縄に住むことに不安はなかったんか?」

「それな…なかったわ。お父さんは甲斐性はあるし…なさそうにも見えるけどな…あと、優しいし」

「確かに…仕事できそうに、見えへんし…」

 美容師なのに薄い頭髪の父の顔を、思い出す。なんとなく…その姿が守に重なる。

「それでも、お父さん…人当たりはええし、仕事は丁寧だし…それで沖縄でお店も持てたし、この家も買えたし…」

「おとん、かっこいいなー! ほんまわ、仕事できる人やん!」

 咲がいたずらっ子のように笑うと、ゆかりも「あはははは」と声をあげて笑った。ゆかりはリズムよく咲の髪を切っていく。体から離れた髪はフローリングの床に、はらはらと落ちていく。

 ゆかりは咲の前に立ち、切った髪の左右のバランスを見る。

「これでよし…次、髪染めるから、ちょっと待っててね」

 ゆかりはヘアカラーの準備をするために、咲を置いてヘアカラーのストックが置いてある、洗面所に向かった。

 咲は膝の上に置いてあった手鏡を使って自分を写した。肩より少し上の軽くなった髪を見て、微笑する。鏡の角度を変えてヘアスタイルを確認すると、満足そうに、もう一度鏡に向かって微笑んだ。


 宮城守と山内国重は公園のベンチに座って焼そばパンを食べていた。

 焼そばパンは爽やかなカフェ従業員のようなお兄さんが働いている、移動販売の店で買った。土日は人が多い公園だからか、毎週ここでパンを売っているが、平日は市内のスーパーの駐車場などで商いをしている。

 守の携帯の着信音が鳴る。

「メールだ?」

「誰?」

 ニコニコしながらメールを見る守に山内は聞いた。

「うん…」

「ん? あ、例の女か?」

守は山内を見ないで携帯の液晶画面を見ている。

「宮城…顔、赤いぞ」

「うん……髪、切ったって書いてある」

守は顔を上げずに、答える。

「彼女か……?」

「まだ付き合ってないよ…」

「そのうち付き合うよ」

山内はたいして興味もなさそうに、焼そばパンをほおばる。

「俺は女は興味ないな…」

「うん」

「宮城は夢ってあるの?」

「俺?……俺は…先のことはまだ、考えてないや…」

 唐突に「夢は?」と聞かれて守は、うろたえる。高校を卒業して大学を出たあとは、何をしたいか…など考えたこともなかった。

「そっか…俺はさ…正直、お前よりも成績は悪いけどさ…少しいい大学目指そうかと思ってるんだよね」

「………」

「東京の大学を受けようと思っている」

「……東京か」

「うん、偏差値のいいところだ」

 守はひと呼吸おいてから、

「じゃあ…勉強頑張らなくちゃね」

 と答えた。

「そうだよな」

山内は木陰のしめった土を踵でけずりながら、ひとりごとのように小さくつぶやいた。

 守はそんな山内をほうっておくように、メールをしてきた咲に返事を出す。

(写メ見ました。髪型かわいいよ、よく似合ってる)

 メールに添付されていた写真の咲は、すっぴんだった。いつもより目が一回り小さくて幼い少女のように見えた。

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