Phase 009:「WBS?」
WBSは、プロジェクトの初めから終わりまで、PMがずっとむきあっていなくてはいけない未来予測図であり、歴史であり、現状認識の資料でもあります。
プロジェクトを進めるうえで、一番お世話になる資料だと思います。
六月。
入部から、2ヶ月ほど経った。
その間、放課後になると、部室に通っていた。
最初は、週に数回。
しかし、ここ1か月は、ほぼ毎日のように通っている。
しかも、今はランチタイムなのに部室にいる。
3つのオフィス用机が横並び。
それが背合わせで2列並んで長方形。
その角が、俺の席。
正面には、桂香さん。
左斜め前に、華代姉。
隣には、柑梨。
スケさん以外は、みんないる。
これは、みんなで仲良くランチタイムを楽しんでいる……わけではない。
「桂香さん、申請書の承認は?」
俺は、正面のパソコンの画面から目を離さないまま尋ねた。
今、キーボードを叩く手を休ますわけにはいかない。
昼飯は、適当に栄養ゼリードリンクで簡単に済ませた。
時間がない。
たぶん、もうすぐ奴らが来る。
「承認済みよ。もう返してあるわ」
「ありがとうございます。……あ、そうだ。柑梨、この前の件でWBSの調整をしてくれる?」
「は、はい! え、えっと……どこのマイルストーンのでしたっけ……」
「えーっと……。ああ、いいや。やっぱり俺がやるわ」
「えっ……。は、はい……」
「ああ、そうだ! 華代姉。相談受けていた、歴史研究部の展示の件ですけど」
「うんうん。どうかな?」
「プレゼンのスクリプトを作れそうな奴、捕まえました」
「おお。ありがとー!」
斜め前の華代姉が、柏手を打つようにして喜ぶ。
引き受けてくれ人がいなくて困った顔していたもんな。
よかった、よかった……と思っていると、横に柑梨の困った顔が見えた。
「あ、あのぉ……」
「なに?」
「そ、そのスクリプトの人、あたしが交渉するはず……」
「ああ。たまたま機会があったんで、俺がしておいた。ついさっきだったんで、伝えきれていなくてゴメン」
「あ、あう。そ、そんなことぉ……」
――コンッ、コンッ
ドアが静かにノックされた。
桂香さんの返事でドアが開く。
そこには、予想通り奴ら――生徒会長と副会長。
「ちょっと、ロウ。まだアイドル研究会のイベント企画書の提出が――」
「――はい、今送りました!」
バーチャルタッチパネルで送信ボタンをタップするのと同時に、俺はそう告げた。
すると、副会長が大きめのメガネの弦を触る。
「……確認しました」
相変わらずアルトながら、落ち着いた声だ。
たぶん今、副会長のメガネ――眼鏡型マウントディスプレイ――には、こちらの校内システム経由で送信したフォームの到着知らせが表示されているのだろう。
「まったく。忙しいわたくしが、わざわざ催促にくる前に、さっさと送ってきて欲しいものですわ」
副会長にうなずいたあと、生徒会長の古炉奈は両腕を組んで顎を横に向けた。
金髪チョココロネの揺れは、今日も見事だ。
あの形態維持力と弾力は、どのようにして生み出されているのだろうか……などと、関係ないことを頭の片隅で考えながら、俺は応戦する。
「と言っても、〆切は今日の16時ですよね?」
「行動は、余裕を持って行うべきですわ」
「だけど、わざわざ催促に足を運ぶほどではないでしょ?」
「た、たまたま、暇だったので、様子をうかがいに来ただけですわ!」
「古炉奈……。さっき自分で『忙しい』って……」
「も、もちろん、忙しいですわ! だけど、まあ、少しぐらいなら、ロウとお茶してあげてもよ――」
古炉奈が言い終わる前に、副会長が古炉奈の腕をつかむ。
「生徒会長。本当に申し訳ありませんが、タイムアウトです。次の環境保全委員会に顔出しする約束ですが、昼休みは残り15分しかありません。さあ、行きましょう」
「あっ。ちょっ、す、少しだけ! わたくし、今日、ぜんぜ――」
「申し訳ございません。失礼します」
未練たらたらの古炉奈を副会長が強制連行。
可哀想にな、古炉奈。
でも、仕方ない。
確かに今は、かなり忙しいのであろう。
この高校には、全部で100近いクラブと同好会、20に及ぶ委員会が存在している。
しかも、そのすべてがかなりアクティブで、随時どこかのクラブが、何かしらのイベントをやっている状態だ。
それを管理している生徒会は、常にその対応に追われている。
また、生徒からの要望や相談ごとにも対応し、その上で生徒代表として恥ずかしくないよう、学業も高い成績順位をキープしなくてはならない。
そして今は、ちょうどいくつかの部活動イベントの準備がぶつかっている最中なのだ。
これが文化祭近くになると、いわゆるブラック企業の社畜なみに働くことになるらしい。
大変だよな……などと、実は他人事ではないのだ。
このPM部は、それらの大がかりなイベントの多くの企画に参加している。
PM部にとり、その参加自体が部活動であり、研究学習の一環となるわけだ。
一方で、各部にとっては、いろいろと面倒なところをPM部が引き受けてくれるので、自分たちの作業に集中できるという利点がある。
また、PM部が動くことで、多くのスケジュールがわかりやすく、WBSという形で管理される。
その効果は大きく、PM部がかかわったイベントで、未だかつて大規模な遅延などが生まれたことがないそうだ。
ちなみに、WBSとは――
「――ロウくん!!」
「なっ、なんですかっ!? 大声でどうしたんです、桂香さん?」
「……WBSは、Work Breakdown Structureの略だからね」
「わ、わかって……いますが……」
「プロジェクト全体を階層的に細かく作業分割した構成図。横軸が時間軸で縦軸がタスク。タスクごとのつながりもわかる【作業分解構成図】というわけね」
「は、はい。存じておりますが……」
「そう。また変なことを考えているのではないかと、心配してしまったのだけど、それなら安心したわ」
「むしろ俺は今、別の心配事で安心できないのですが……」
俺の心のファイアーウォール、そんなにセキュリティ甘いのか?
それとも、桂香さんがスーパーハッカーなのか……。
「ロウくん!」
「ま、また、覗き見たんですか!? 桂香さんのえっち!」
「なに言っているの?」
「あ。違うんですね……」
「演劇部の講演企画の進捗と、サッカー部のファン謝恩会の進捗なんだけど」
「あ……ああ。そのことですか」
なんか変な汗が出たわ……。
「えーっと。演劇部の方は、コストの問題でスコープ記述書が遅れています。明日、確定予定です。サッカー部の方は、場所のスケジュールが合わずにWBSの調整中」
俺は画面に両方のWBSを表示させ、それを桂香さんの端末画面に共有表示させる。
「両方とも遅れ気味ね……」
「ですね。放課後にでも、進捗確認してきますよ」
「両方ともロウくんが? 演劇部のメインは、柑梨がやるんじゃなかった?」
「それを言ったら、サッカー部はスケさん担当で、俺はプロジェクトに噛んでないはずなんですが?」
「あら。ごめんあそばせ」
「おひ……」
最近わかったが、桂香さんは仕事に関してはけっこう鬼だ。
ただ、厳しいだけではない。
一緒にやっていてわかるが、非常に優秀だと思う。
判断も早く適格で、かなり漏れも少ない。
そんな人が、プロジェクトの担当者を間違えるわけがない。
初めからわかって言っている。
……鬼のようだ。
「――はっ! 今、誰かがわたしを『鬼』と言った気がしたわ!」
「きききききき、気のせいです、気のせい!」
「あら。そう?」
油断できねー……。
「ところで、ロウくん。今、いくつプロジェクトを掛けもちしているの?」
「え? ……メイン3つに、噛んでいるのが2つ、3つですが」
「ふむ……」
桂香さんが自分の席から立ちあがり、俺の席の横に来る。
そして腰を曲げて、俺の顔を横からマジマジと覗きこむ。
長い髪が、さらさらっと下に流れる様子に、俺はドキッとする。
やっぱり美人だな……。
あまり感情を見せないその面相が、まるで人形のように整っている。
しかし、人形とは違い、温かみと柔らかさがある。
そして、稀に見せるいたずらっぽい微笑。
その微笑こそが、彼女の一番の魅力かもしれない。
リップが塗られたつややかな唇が、軽くゆがむ瞬間だ。
……などと、彼女の口元に目を奪われていると、その唇が動きだす。
「ロウくんは、泣かないの?」
「……はい?」
意味不明の問いに、眉をひそめる。
「そもそもロウくんは、最初はお試しで、柑梨と1つプロジェクトを担当してみよう……程度だったはずよね」
「そうですね。半月ぐらい勉強してから、ためしでプロジェクトを1つ担当させていただきましたが……」
「それがどうして、入部2ヵ月で、そーんなに掛けもちしているのかしら?」
「おひ……。あ・ん・た・が、押しつけたんでしょうが!」
「あら」
「優雅に首をかしげて言っても、ごまかされませんよ!」
ちょっとドキッとしたけど。
「遠まわしに、『ああ、これ間に合わないかも』とか、『スケさんが逃げたから進まない』とか、『相談があるんだけど』とか……。すごーく自然に、いつの間にかやらせる流れに運びやがってくれましたよね?」
「だって、ロウくん。優秀すぎるんだもの……」
立ったまま、腕だけ考える人のポーズをとる桂香さん。
いちいち動きに優雅さがある。
「自分でどんどん勉強してくるし、担当したプロジェクトも、そつなくこなし始めるし、いろいろ回しても、なんとかやっていっちゃうし」
「……それ、いいことじゃないですか?」
「そうじゃなくて。わたしとしてはね、『美しい桂香さん。WBSの書き方、愚かなボクに教えてください』とか、『もう手が回りません。うぇ~ん。きれいな桂香さん、ダメダメなボクを助けて~』とか、『気高き桂香様、下僕にしてください』とか、泣きついてくることを期待していたのよ」
「形容詞がうっとうしいな! それから、最後のはスケさん向けだろ……」
「わたしは、あなたが泣きついてくるのを手ぐすねを引いて待っていたのに……。ロウくん、あなた、もしかして……出木杉君なの?」
「だれだよ、それ!?」
「優秀すぎると、主人公としてつまらないよ。のび太君ぐらいが、ちょうどいいの」
「だから、誰なんだ、それ!?」
……まったく。
疲れているのに、ツッコミをさせないでほしい。
おかげでなんか今、クラッとめまいがした気がするぞ。
「とにかく少し抜けてるぐらいがいいのよ。……ロウくん、よく『かわいげがない』って言われるんじゃない?」
「ああ……。そう言えば、この部に来た初日に言われましたね」
「ほら。やっぱり」
「あ・ん・た・に・だ・よ、桂香さん!」
「あら」
いたずらっぽい微笑で首をかしげる。
この人は自分の魅力の使い方をこの年でわかっている。
そんな顔をされると、強くツッコミができなくなってしまう。
なんだかんだ言っても、俺はこの人にコントロールされてしまっているのではないだろうか。
「まあ。唯一、欠点として、丸く収める交渉事に難があるかな……とは思うのだけど」
「す、すいませんね……」
やっぱりコントロールされている気がする。
これを言われると、口をつぐむしかない。
理屈でガチガチに固めて攻めたり、何かしらの威力で攻めたりして、交渉を成立させるのは得意だ。
しかし、俺は「折りあいをつける」という交渉が面倒だと感じてしまう。
そのため、ほとんどの場合、無視するか、かるく受け流して逃げてきた。
要するに、100%受け入れる(受け流す)か、100%受け入れさせるか。
相手の気持ちを察するという行為が面倒で、妥協点の探り合いはしない主義。
ちなみに、察せないのではない。
察せるからこそ、面倒に感じていたのだが……わかってもらえるだろうか。
「冗談はともかく、少しロウくんの負担を減らした方がいいと思う」
いつの間にか、俺の背後に華代姉が立っていた。
それに気がつくのと同時に、両肩の上から腕が前へ伸びて、俺の頭を包みこむ。
後頭部に、ソフトな双丘の感触。
な、なんという気持ちよさ……。
自宅で使っているイタリア製マニフレックスのマットレスだって、この感触にはかなわない!
なんか、もうボーッとしてきたぞ……。
……はっ! いかん。
気がつけば、隣の席からウルウルをともなう鋭い視線。
このままでは、また「巨乳好き」呼ばわりされて、最後はマニフレックス……じゃなく、マニアック呼ばわりされてしまう。
「ちょ、ちょっと華代姉!?」
「あばれんな。……ロウくん、家でも作業しているでしょう?」
動揺する俺に対して、気づかいのある優しい問いが返った。
まるで本当の姉に心配されているような気分になりながら、あいまいに「まあ」と答える。
「やっぱりなぁ。絶対、睡眠不足の顔しているもん」
確かに睡眠時間は、ここ1週間ぐらい特に減っている。
それでも、若さに任せて、もう少し頑張るつもりだ。
俺は、やるべきことはやり遂げる主義なのだ。
「おかげで、やるべきことやれてないもんねぇ」
「へっ?」
華代姉、なぜいきなり俺のカッコイイ主義を否定する?
「俺、ちゃんとやってますよね?」
「ああ、ロウくん。もう忘れてるなあぁ~」
さらに彼女の腕に力が入る。
後頭部がズブッと沈んでいく。
素晴らしい感触だが、「忘れている」ことが気になって楽しめない。
「俺、なんかタスク残していました?」
「残しているよ! だってロウくん、ハーレムらしいこと、何もしてないじゃない!」
「……なにそれ?」
「たとえばさ、この中のひとりひとりとデートするとか。ひとりとイチャイチャしてると、他の子がやきもち焼いて取りあいになるとか。転んだ拍子に胸を触っちゃうとか。着替えシーンを見ちゃうとか。2人とも雨でビショビショになって、偶然見つけた山小屋で雨宿りして一夜を明かすとか。その際、服を乾かすために2人とも裸になって、毛布1枚でたき火を挟んで……」
「いや、もう、後半はハーレムとか関係なしに、ただのお約束妄想垂れ流しですよね、それ……」
「よーするに、ワクワクイチャイチャドキドキハレンチエピソードがまったくないってこと!」
「最後のはいらんだろうが……。ってか、こんなに忙しくて、そんなイベントをどこに挟むっていうんです?」
「……ムリ?」
華代姉の顔が後ろから真横に近づき、耳元に息がかかった。
ゾクッという感覚が、耳元から首筋に走り、俺は体をこわばらせる。
「あ、あうあう! ち、近すぎますよ、華代さん!」
横で立ち上がった柑梨が、得意のエア溺れを披露し始めた。
今日は一段と激しい。
「…………」
その様子を面白がっている華代姉の感情が伝わってくる。
悪ノリで、後ろからさらに俺の背中によりかかるように体を寄せてくる。
重い……けど……ああ……正面なら、さらによかった……。
「あうあうあうあうっ! 寄りかかりすぎ、寄りかかりすぎですぅ!」
柑梨により、華代姉の双丘が離されていく。
ああ。さらば、俺の高級クッション……。
素敵な感触がなくなったせいか、またクラッとしてしまう。
残念。
「あはは。柑梨ちゃん、興奮しすぎ」
ちょっと笑った華代姉だが、そのあと少し声のトーンが落ちる。
「でもさ、柑梨ちゃん。寄りかかりすぎは、私より柑梨ちゃんじゃないかな」
「……え?」
理解できなかったのか、柑梨がクリッとした目を見開く。
……って、これはよくない流れだな。
「確かに、ロウくんは出木杉君だけど、柑梨ちゃんもチームなんだから、もう少し頑張った方がいいんじゃない?」
「あ……そ、それは……」
責めるというより、言い聞かせる口ぶり。
華代姉は、本当に基本が姉御肌なのかもしれない。
柑梨もそれは感じているのだろう。
親に怒られたように、シュンとしてしまう。
「柑梨は、よくがんばっていますよ」
ここは俺が言うべきだろう。
柑梨の頑張りを一番わかっているのは、一緒にやっている俺のはずだ。
「ちゃんと勉強もしてきていますし、積極的にやろうとしてくれています」
「なら、ロウくんが悪いわね」
……あれ?
なんか藪蛇が、桂香さんから飛んできたぞ……。
「柑梨がやる気なら、ロウくんがもっといろいろと教えて、うまく使ってあげないと」
「んぐっ……」
非常に、もっともな意見だ。
言いたいことはわかる。
同輩だけど、わかっているものが教えてあげることに、反論の余地もない。
だけど……。
「教えるのって……面倒なんですよね……」
ボソッとこぼすように、本心を言ってしまう。
「ほら。教えるより、自分でやった方が早いことって、多いじゃないですか。特に忙しい時……」
人に教えるのって、すごい力がいるし、気力もいる。
ビジネス的に言うと、工数がかかる作業なのだと思う。
忙しい時ほど、人手が欲しいけど、教えるぐらいなら自分でやった方が早い気がするのだ。
「まあ、それもひとつの真理よ」
「ですよね?」
「でもね」
桂香さんに認められて調子にのったら、すぐに否定された。
「それじゃ、人は伸びないし、戦力増強にならないから、長期的には時間節約にならないわ」
「わかるんですけど、俺はそういうのが苦手で……。説明するなら、自分でやっつけてって……」
わかるように教えるとか、説得するとか、そういうのができないわけじゃない。
けど、非効率的だと考えてしまう。
それに自分でやっていて、これだけ大変なのだ。
こんなに大変なことを柑梨にやらすのも、ちょっとかわいそうだと思ってしまう。
もし、一緒に仕事をやるなら、よけいな説明をしなくてもいい、自分と同レベルの能力がチームメイトにも欲しい。
でも、いつも理想通りのチームメイトに恵まれるわけではない。
それどころか、普通はそうならないことの方が多い。
それでも一緒にやろうとすると、相手にいろいろと細かいことを指示しなければならない。
結果、「小姑みたい」と言われるのだ。
だから俺は、チームプレイに向いていないし、苦手。
華代姉の好きなゲーム的に言えば、ソロプレイヤー向き性格である。
「ソロプレイは限界が来やすいわよ……」
「あう……」
また、桂香さんに読まれた。
まあ、今のは読まれても仕方ないかもしれないな。
「人に教えるのは、根気もいるし、厳しさもいるし、手間もかかるわ」
桂香さんの言葉に、俺は素直にうなずく。
「根気よく教えて、我慢して見守って、厳しくしかって、そして責任を持つ。大変だけど、これも楽しい活動の一環よ」
「楽しい……ねぇ」
ちょっと苦笑するが、それは俺が本来、学びたかったことなのかもしれない。
息苦しさを感じていたネクタイを緩め、シャツのボタンを1つだけ外した。
そして、かるく深呼吸。
「わかりました。頑張ってみます。……ごめんね、柑梨」
「あうっ。違います。あたしです! あ、あやまるのは、あたしで……」
今度は、エア窓ふきか?
両手を前に突き出して、掌をこちらに向けたまますごい速さで振っている。
そんなに激しくしなくてもいいのに。
俺は椅子から立って、彼女の頭でも撫でて……あれ……?
……なんか、クラッと景色が……まわって…………。
床が…ちか……――
「ロウくん!?」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえたが、それに俺は答えることができなかった。
ロウくん過労死……。
社会人の中には、「あるある」がある話だったのではないでしょうか。