Phase 008:「キックオフミーティング?」
第一部の終わりになる、始まりのお話です。
ドーンと画面に出たのは、意味不明の内容だった。
■プロジェクト名:「ロウくんが部活動をハーレム化して、まじケダモノで困るのだが」
緑の落ちついた立体的なフレームに飾られて、使われているのは「HG丸ゴシックMーPRO」。
背景には、伝説の動物である麒麟を図案化した校章が、透かしではいっている。
さらに左上のヘッダーには、PM部の名前もあった。
一見、普通のまじめなプレゼンテーション資料のように見えるが、書いてある内容が突っこんでくださいと言わんばかりである。
俺は片手でこめかみを挟み、しばらく視線を落として悩んだ。
「…………」
無言。
その間、誰も喋らない。
もしかして、俺のツッコミを待っているのか?
「…………」
はいはい。
突っこめばいいんでしょ、突っこめば。
俺はあきらめて、顔を上げて九笛先輩に向かって重い口を開く。
「えー……っとぉ。その今では廃れた、2020年以前のラノベのタイトルみたいなプロジェクト名は、いったいなんですか?」
「これは華代のアイデアで、ラノベ最盛期風タイトルを使いました。今では、こういう長ったらしいタイトルどころか、ラノベ自体がほとんど死に絶えています。ご存じの通り、EASYS時代になってしまいましたからね。それならば逆に、こういう長いタイトルも新鮮で、よいかもしれないというアイデアです」
待ってましたとばかり、九笛先輩が答えた。
ちなみに、【EASYS】とは【イージー・アニメーション・システム】の略だ。
一般的には、「イーシス」の他に、「イージス」、「イージーズ」などと読まれるが、どんな読まれ方にしろ、世の中で知らない人がいないであろうシステムである。
簡単に説明すれば、アニメーションを簡単に作れるシステムの総称だ。
用意されているサンプルキャラクターデータを活用したり、写真や自分で描いた絵からキャラクターを生成したりして、誰でも簡単にアニメーションを作成することができる。
キャラクターは一度作れば、簡単なインターフェイスで、自由にポーズを変更することができるので、小学生さえ作成することができてしまう。
音声に関しても、基本的には声優いらずだ。
コンピューターによる音声合成で、イメージ通りにしゃべらせることができる。
また、中には音声データを使わずに、台詞を文字で表示させる、アニメとマンガの中間的な存在の【イジコミ(イージー・コミック)】と呼ばれるものもある。
さらには元になる文章をクラウド型のAIプログラムが解読して、自動的にイラストや動画を生成してくれるシステムまで存在する。
現在のオタク文化の中心は、これらの手軽に作れる系のアニメが席巻していた。
小説などは、一部の文学系ぐらいしかまともに残っていない。
マンガに関しても、マニアの間では残っているが、市場からほぼ絶滅状態である。
「というわけで、古きよき時代から『新生』をイメージしているそうです」
「よき時代……文化的にも流通的には末期だったという話もありますけどね」
「言ってはならないことを」
「というか、プロジェクト名なのだから、ラノベ風タイトルはおかしいでしょう?」
すると、横から「それはね!」と、千枝宮先輩が立ちあがる。
「ロウくんの存在が、まるでラノベチックだったからよ!」
「……すいません。まったく意味がわかりませんが、まったくどうでもいいと気がつきました。要するに、千枝宮先輩の趣味ですか」
なぜか自慢げな千枝宮先輩は、腕を組んで上半身を反って胸をはる。
ちなみに今、気がついたが、彼女はきちんとシャツのボタンを上まで止めている。
髪も三つ編みだ。
なのに、すごく自然な口調で話している。
何があったのだろうか……。
まあ、ともかく判明したのは、やはり「俺を責めたいのだろう」と言うことだ。
このタイトルは、紛れもなく非難である。
もちろん、ハーレムなんて意図的に作った覚えはないし、俺はどちらかというと紳士で、ケダモノでは決してない。
それでも彼女たちにとっては、そういう存在だ……と言いたいのだろう。
ただ、気になるのは、この場の雰囲気だ。
4人とも、黙っている時は無愛想な顔をしているくせに、いざ話すと妙に楽しそうに話す。
特に千枝宮先輩は、やっぱり気になる。
今までわざとらしい口調を使った、どこか芝居がかかっていた台詞回しをしていたが、今は妙に自然体に感じる。
それに真直さんの方も、無愛想というより、どこか真剣という表情に見える。
俺を恨んでいるとか、むかついている……という雰囲気は感じられない。
でも、テーブルの端と端で距離を置かれて、目線を合わせないのはなんなんだろうか。
「ともかく本日は、このプロジェクトのキックオフミーティングです」
突然、まとめる九笛先輩に、俺は思考を中断させられた。
「キックオフ……ああ。プロジェクト開始時の意識合わせミーティングですね」
「そうです。プロジェクト憲章などを説明、確認し、目的意識をあわせるわけです」
「でも、部活はやめるつもりですよ、俺」
「その必要はありません。あなたはリスクじゃなくなるのですから。……これを見てください」
■成果物:
・ロウ:ハーレム
・その他:ロウ
またよくわからない内容が表示される。
何、このアバウトな定義は……。
「成果物とは通常、プロジェクトにより生まれる独自の製品、サービス、所産などをさします」
九笛先輩の基本論に、俺は説明をつなげる。
「それに加え、規格定義書やマニュアル類などは、要素成果物として含まれる場合もある。また、たとえばプログラム制作のプロジェクトなどの場合は、β版プログラムなどが要素成果物として途中納品される場合などもある」
俺が口を閉じると、周りが静まりかえっていた。
なんかみんな目を見開いているぞ。
そんなに驚くことか?
「……もしかして、勉強したの?」
そう聞いてきたのは、千枝宮先輩だった。
俺は彼女に「はい、先輩」と慇懃な態度で答える。
妙に親しみを持って話されたので、つい「カヨ姉」と呼んでしまいそうになった。
しかし、彼女にいろいろと言ってしまった手前、距離を置かなければならないと思う。
小さく咳払いをしてから、俺は落ちついた声で答える。
「先日、参考書を読み始めたばかりですから、まだ浅学の身です」
昨日の放課後までは、PM部を続けるつもりだった。
だから「PM」が「プロジェクトマネージメント(マネージャー)」のことだと気がついた時点で、少しは勉強しておこうと、本を読み始めたばかりであった。
その途端、退部を決めたのだが……。
「……ふ、ふ~ん。自分から進んで勉強したのですか」
今度は、生徒会長がそっぽを向きながら口をだしてくる。
それなのに、今度は少しも目線を合わせてくれない。
「そんなことしても、さすが偉いとか、自分から努力して、すごく格好いいとか、そんなことまったく思いませんわよ!」
「まあ、そううでしょう。仮にも部活動をやるなら、それに関して勉強するのなんて、当たり前ですしね」
「そ、そう……ですわね。とーぜんですわ!」
うーん。やはり残念ながら、彼女の表情はチョココロネシールドで見えない。
しかたなく、他の女の子たちの顔を見ようとすると、そろいもそろって誰もが、視線をそらしたり顔をそらしたりする。
かなり、針のむしろ状態。
嫌っているなら嫌っているで、もう開放してほしいものだ。
……ただ、その前に、これは確認しておこう。
俺は九笛先輩に、もっとも気になることを質問する。
「ところで、この成果物はどういうことです? 俺の成果物がハーレムで、その他が俺って?」
「話は簡単です。このプロジェクトの目的は、ロウくんのハーレムをPM部に構築することなのです」
「…………はい?」
「そして、他のメンバーはそのハーレムで、ロウくんをゲットしようというわけです」
「……………………なに言ってまんねん?」
本気で意味がわからなくなってきた。
「あーえーうー……っと、どこから突っこめばいいのやら……」
俺はテーブルの両肘をつけて、頭を抱えて唸っていた。
そして、そのままの姿勢で疑問をひとつずつ尋ねることにする。
「なんで、俺がハーレムを作らないといけないんです?」
「ロウくんって、放置すると、行った先々で作りそうなので」
「どんだけ無節操なんですか、俺! ってか、今まで作るどころか嫌われていますよ!」
あれ? なんだか自分の言葉で、チクッと心が痛い……。
でも、事実だし、こんな俺が、本当にハーレム状態なんてできるわけがない。
おだてたり、ほめたりすることはできるが、それを長く続けることはできない。
だいたい、途中で面倒になって、本音が出てしまうからだ。
それが、複数人になればなおさらである。
そういうことは、すごく不器用だと自覚している。
「いいえ。ロウくんは器用に作りますよ」
「断言かよ! ……ってか、頼むから心を読むな!」
「ともかく、そうならないために、目が届くここに作ってもらい、それで満足してもらいます。幸い、ここには美人で、可愛くて、素晴らしい女性が、私を筆頭にそろっていますし」
「それ真顔で言える、先輩を尊敬しますよ……」
VWBの方を向きながら(つまり俺に背を向けたまま)、千枝宮先輩が割りこむ。
「それにハーレムもの条件である、レギュラーヒロイン最低人数の4人もクリアしているしね」
「なんですか、その規定は。3人だとダメなんですか?」
「3人まではラブコメ。4人以上になったら、もうラブコメとは言えずにハーレムものだね」
「誰が決めたんですか?」
「歴史が証明している!」
「嘘つけ……」
なんか、やっぱり、千枝宮先輩とも、前みたいに話せている気がする。
しかし、目線を合わせてくれないし、やっぱり空気が少し違う。
そうだ。なんか違う。
あの「カヨ姉」とは別人……いや、別性格に思える。
「まあ、そういうことで、よろしいですね」
相変わらず強引な九笛先輩の決定に、俺は思いっきり首を横にふった。
「いやいやいや。よろしくないでしょう。だいたい、4人ともハーレムメンバーでいいんですか? こんなの単なる男のエゴですよ!」
「問題ないです」
「ないの!?」
「我々共通のリスクは、ロウくんが女を食い散らかすこと」
「俺、どんだけ外道!?」
「最終的には、この中の誰かがロウくんをものにするので、それまではハーレムを甘んじて受け入れるわけです。ハーレムは、ロウくんを逃がさないための甘い罠でもあり、想定外の敵を寄せ付けない防護壁でもあるわけです」
「…………」
「もちろん、この件に関して、4人とも合意しました」
今、俺の中で前提条件が崩れはじめている。
俺は、みんなに嫌われたんだよな?
それで今日は、言いたいことだけ言って逃げた俺に、みんなが文句を言うための集まりなんだよな?
そういう覚悟できたわけだが……。
これ、嫌われるどころか、むしろ……。
――いや、待て。
このように思わすことが、罠なのかもしれない。
一度、持ちあげてから落とすことにより、ダメージは数倍にふくれあがる。
そんなことになれば、そりゃもう、枕どころがベッドが涙の泉に沈み、きっと溺死する。
ああ、そうだ。
きっとそうに違いない。
ヤバイところだった。
これはまず、向こうのペースに乗らないように、落ちついて対応すべきだ。
「では、次に成果物であるロウくんの仕様を確認します」
●主人公:山田太郎(通称「ロウ」)
特徴:ツッコミマニア、姉萌え、妹萌え、
マザコン、ロリコン、巨乳好き、貧乳好き、変態好き、
Sの気あり、小姑のようにうるさい、友達少ない。
唯一の長所は、優しいところ。他にとりえなし。
「うおおおおい! ちょっとまてえええぇぇぃぃぃ!」
さっき誓ったばかりなのに、すぐに相手のペースにのせられてしまう。
だが、これは仕方ないだろう。
突っこまなければ、著しく我が名誉が傷つけられてしまう!
「ツッコミは、別にマニアでやっているわけじゃない! いつ俺がロリコンになったんです!? 貧乳好きは言ったことないですよね!? ってか、特別に巨乳好きというわけでもないですよ! 何はともあれ、変態好きは抜け! 友達少ないの情報はどこから? 最後のは絶対にいじめだよな! そもそも『主人公』ってなんだよ!」
呼吸をするのを忘れる勢いで、全員を見わたしながらツッコミを放った。
だが、そろって、しれっとした顔の女性たち。
これは完全に、対応が打ちあわせ済みだな。
「さて。このように課題が山積みの変態主人公なのですが……」
「おい!」
「この変態主人公のハーレムに対応するため、好みを4つに大別しました。適切な対応処理をワークパッケージ化して担当を決めました。一人ずつ説明していきます」
●いじられ担当:柑梨
設定:主人公と何かと縁がある、ちょっと気になるクラスメイト。
まじめだが、少し気弱なところがある。
主人公に一度、優しくされただけで好意をもつ。
M気があり、主人公に「柑梨」と冷たく呼び捨てにされているが、本人はそれが悦。
「おいいぃぃ!」
これはワークパッケージではない。
ただのキャラクター設定だ。しかも、かなり概要的な。
知らない社会人がこれを見て、上司に「ワークパッケージを作れ」と言われた時に、萌えキャラ設定とか作ってきたら、その人生にどう責任を取るつもりだ!
いや。今は、そんな知らない人の人生よりも、この「柑梨」というキャラクターの人生のリスクの方が問題だ。
「主人公が俺だと仮定すると、まずこの【柑梨】というキャラクターと、何かと縁があったことなどないですよね? このPM部でしか縁はないし、クラスメイトでもないですよ?」
「でも、そういう設定も欲しいでしょう?」
「いらねーよ!」
九笛先輩のしれっとした解答は、本当にのれんに腕押しという表現がピッタリだ。
「それに『M気があり』って、セクハラですか!」
「違うわ。あの後、話してみたら、どうやら柑梨も『ロウくんにならいじめられてみたい』とカミングアウ――」
――バンッ!
激しい音にふり向くと、真直さんが顔を隠すように机の上にひれ伏している。
顔は腕に隠されているが、薄暗くてもわかるぐらい耳まで真っ赤になっている。
……まじか?
そんな態度されると、設定の「好意をもつ」にツッコミできないんだが……。
「時間がないので、次に行きます」
「かるいな!」
●お色気&姉萌え担当:華代
設定:通称「華代姉」。
主人公の従姉で幼馴染。
主人公の姉的存在。
幼いころに主人公と結婚の約束をしているが、主人公は忘れている。
巨乳でお色気攻撃を主人公にかけるが、本当は恥ずかしいのを我慢している。
「おいいいぃぃぃ! 俺がいつ、この【華代姉】というキャラと、従姉で幼なじみになったんだよ!」
「だって、ハーレムに幼なじみは必須だし、多少の血のつながりは定番でしょう?」
「結婚の約束ってなに!?」
「幼い頃の約束を一途に守る女の子って萌えない?」
「いや、それはもちろん萌えますが」
千枝宮先輩が、小さくガッツポーズを取った。
「千枝宮先輩、仮想設定ですよ?」
「あ、いや、うん……」
「だいたい、千枝宮先輩は、お色気攻撃を『本当は恥ずかしい』と思っていたんですか? とてもそうは見えませんでしたが?」
「あ、ああ……その……なんかね、急に恥ずかしく感じてきて……ね」
そう言いながら、ゆっくりと回転していき、千枝宮先輩は完全に背中を向けた。
これは、まさか本当に――
「では、次行きます」
「考える暇もねーな!」
●ツンデレ&妹萌え担当:古炉奈
設定:主人公の血のつながらない妹。
兄である主人公を嫌っているように見えて、実は大好き。
主人公とお医者さんごっこをしたことが忘れられない。
「おいいいいぃぃぃぃ! 俺がいつ、この【古炉奈】というキャラと、血の繋がらない兄妹になったんだ!? 年齢的に逆だろうが! それに本当の兄は放置かよ!」
「スケさんにも許可をもらったわ。スケさん的には、『自分にはそこまで、絶対になついてくれないから、代わりになついてもらっているロウくんを見て、満足することにした』そうよ」
「なに、その哀しい代理満足は……」
いつの間にかソファでお茶をしているスケをさんを見やると、こちらに向かって親指を立てて返してきた。
いいのか、それで……。
「ちなみに俺、女の子とお医者さんごっこなんかしたことないですよ?」
「あら。ならば今度、古炉奈とやってみたら?」
「――なっ! ななななな、なにを言ってるんです、桂香!」
今度は生徒会長が、両手で顔を覆ったまま、背中を向けた。
……なに、この状況?
それに他にも気になることがある。
今、生徒会長と九笛先輩がおたが――
「次です」
「地の文ぐらい最後まで言わせろ!」
●あこがれのマドンナ担当:桂香
設定:主人公の憧れの先輩。
美人で頭脳明晰、優しく非の打ち所がない女性の鏡。
主人公の正式な許嫁で、本人同士も相思相愛。
将来、主人公と結婚して2人の子供を産む。
「「「こおおおぉぉぉうううぅぅぅらああああぁぁぁ!!!」」」
俺を待たず、三人の怒りのツッコミが炸裂した。
全員が両手をテーブルについて立ちあがり、全く同じポーズで九笛先輩を睨みつけている。
正直、その迫力にビビった。
しかし、なによりも、真直さんがツッコミに参加していたことに驚いた。
「け、桂香先輩! こ、これはどーいうことですか!」
「桂香……。あなた、みんなが帰った後に書き直しましたわね」
「なんで、子供の予定まで入っんのよ、桂香!」
「いえ。プロジェクト的に、私の成果物はそこかなと思いましたので」
「ずるいですぅ!」
「なら、わたしは子供3人の明るい家族計画を立てる!」
「それならば、わたくしは老後まで計画いたしますわ!」
「え、あ、じゃ、じゃあ、あたしは……ロウくんの死因まで計画する!」
「お、おひ……」
「やっぱり、過労死?」
「腹上死でしょ!」
「老衰かしらね」
「あ、その……テロの飛行機爆破に巻きこまれて……」
「ちょ、ちょっと待て、真直さん……」
「あ、違う、違うんだよ? ひ、飛行機で爆弾が爆発するんだけど、ちょ、ちょっと尾翼とか? そんなのが壊れただけですむの。で、でもね、その壊れたパーツが落ちてきて、歩いてたロウくんの頭に当たっちゃうの。だからね、ロウくんの犠牲だけで、他の人はみんな助かったんだよ!」
「そこまで見事に無駄死にする主人公は、たぶん世界初だな…………くっ……」
突然だった。
何かが腹の下から、頬のところまで一気に溢れだしてくる。
なんだ、これ。
たまらん……たまらんぞ……。
ヤバイ。
溢れる!
「くっくっくっ……あははははははは!」
笑った。
腹の底から久々に笑った。
別に真直さんのボケが、特別面白かったわけではない。
この状況が、なんとも楽しく、そして自分が滑稽に思えたのだ。
そうしたらもう、我慢ができなくなった。
ふと視線を感じる。
どうやら、さすがにいきなり笑いだした俺をみんな見ているらしい。
でも、今度は俺が笑いすぎて顔をあげられない。
そうじゃない……か。
なんとなく、馬鹿笑いをしている顔を見せたくなくて、顔をあげられないんだ。
俺は緩んだ顔を隠したまま、みんなに尋ねる。
「で、そろそろ教えてくださいよ。4人とも、なんでそんなに打ちとけているんです? お互いを名前で呼びあうようになってるし。昨日までとは、なんかみんな雰囲気が違いますよ」
そうなのだ。
どこか、うっすらとかかっていたベールが取れたというか、ピンぼけに見えていた写真が急にシャープになったというか……。
作られたキャラクターや、わだかまりが急になくなった気がしたのだ。
「本当に、いったいどうしたんです?」
俺がやっと顔を上げて質問すると、4人は一度、顔を見合わせた。
そして3人が九笛先輩に首肯してみせる。
それを受けて、九笛先輩が開口する。
「ロウくんが昨日、いろいろとカミングアウトしたでしょう?」
「……ええ、まあ。ひじょーに恥ずかしかったんですが」
「ええ。そう思ったのよ、わたしたちも。……恥ずかしいやつだなって」
「おひ……」
「冗談よ。……きっとロウくんは、恥ずかしいと思いながらも、わたしたちの為にいろいろと話してくれたんだろうな……って」
「あれは単なる、勢いですけどね」
「勢い……。そうね。そのロウくんの勢いに、わたしたちも乗ることにしたの」
「……?」
「わたしたちもしたのよ、カミングアウト大会を」
「……マジですか?」
「うん、マジマジ!」
明るく口調で千枝宮先輩が身を乗りだす。
「いろいろとさ、私なんかも、自己啓発っていうのをやりながら、コンプレックスをみんなに聞いてもらったわけ」
「なにかアドバイスでも、誰からかもらえたんですか?」
「ん~。そういうわけでもないんだよね。でも、みんなまじめに黙って聞いてくれていた。それで、なんか話している内に、バカらしくなってきたのよ、いろいろと。まあ、それもロウくんが、気がつかせてくれていたからだけど。細かいことは恥ずかしいからおいといて、要するに、せめてここにいる時は、もう少し自然にしてみようかな……なんて」
「……うん。今の千枝宮先輩、すごくいいと思いますよ」
「だめだよ、ロウくん。【華代】って呼んで」
「え?」
「ほら、みんなも、そう呼んでいるしさ……」
「じゃあ、華代先輩」
「違うの! 【華代】でいいから」
「このやりとり、前もしましたよね?」
「なら、新生・【華代姉】で!」
「はあ、まあ、俺もその呼び方、気にいっていましたし……。よろしく、華代姉」
「ぐはっ……。鼻血でそう……」
「もう、それはいいですから!」
二人で顔を見合わせて、かるく吹きだす。
うん。なんか普通な感じがする。
「ちょっと。なにを2人でいい感じになっているんですの!」
華代姉との間に、金髪のチョココロネが割りこむ。
生徒会長は両手で机に上半身をのせるがごとく、前にのめりになっていた。
「わたくしからも、ロウには一言ありますのよ」
そう言うと、彼女は姿勢を戻して腕を組んでみせる。
そして視線を斜め上にしたまま、口を少しむずむずと動かす。
しばらく待っても、その動きが言葉を紡がない。
仕方なく、「なんですか?」と尋ねると、やっと声をだす。
「ごめんなさい。ありがとう。これからもよろしくお願いしますわ」
「一言じゃなく、三言ですね……」
「う、うるさいですわ! ともかく、わたくしも新生ということで、改めて【古炉奈】と呼びなさい」
「古炉奈生徒会長……じゃ、だめですよね?」
「あたりまえです。だいたい、先日まで呼び捨てにしてたではないですか」
「わかりました。……よろしくね、古炉奈」
「そ、それでいいですわ。でも、勘違いしないで欲しいのだけど、わたくしはみなさんと違って、別にロウを好きになったわけではないのですからね。そんな会ってすぐに惚れるような、安い女ではありませんから。……ただ、あなたという人に興味がわいただけですわ。これからじっくりと観察させていただきますわ。それに呼び捨てにしても、わたくしはあなたの先輩であり生徒会長です。その辺をわきまえて――」
「はいはい」
「な、なんですの、その子供をあやすような態度は!」
こうなると、まわりくどい言い訳もかわいく聞こえるから不思議だ。
素のツンデレとは、ここまですごいものなのか。
これなら、何を言ってもかわいい気がするぞ。
「あ、あたしも……し、新生したので、【柑梨】でお願いします!」
会話の切れ目を狙うように、柑梨が挙手して発言した。
新生・柑梨は、どうやら前よりも少し積極的になったようだ。
「呼び捨ては、同じ歳だから別にいいけど。いじめられたいと思っているとは、思わなかったよ、柑梨」
「あ、あう……そ、それは……」
「それで、どうやっていじめられたいの? 肉体的苦痛? 精神的苦痛?」
「な、なななな……」
「まあ、肉体的なのは俺もやりたくないので、やっぱり精神的に辱めるのが良さそうだよね」
「あうあうあうあう……」
オットセイみたいな声で、柑梨がエア・スイミング……というより、エア・溺死をはじめた。
掌をヒラヒラと舞わせながら、赤い顔が上下左右と落ち着かずに動きまくっている。
その内、目を回すのではないかと思いながらも、その様子がたまらない。
「かわいいねぇ、柑梨は」
「――!?」
その一言で、完全に沈む。
溺れていた柑梨は、力尽きたようにお尻を椅子に降ろし、そのまま倒れるようにテーブルにひれ伏した。
まさに溺死。
……やっぱり、楽しいぞ、これ。
「さて。ロウくん。大トリは、大本命のご令嬢【桂香】お嬢様です」
「自分で『ご令嬢』とかいいませんから」
しかし、確かに彼女には、どこぞのお嬢様という雰囲気は持っている。
爽やかなイメージのある、若竹色のブレザーに、萌葱色と赤、白などのチェック模様のタイとスカート。
それを腰まで届きそうな、艶やかなストレートの長髪が飾っている。
変なことをやらないでいれば、普段の立ちふるまいは上品で優雅だ。
そういう時は、あまり変化しない表情も、落ちつきを感じさせてくれる。
たぶんこの中で、一緒にいて、一番落ちつく女性だと思う。
ただし、あくまで変なことをやらなければ……だが。
「ぶっちゃけて聞きますけど、九笛先輩は別に俺のこと、恋愛対象には見ていませんよね?」
「……ええ。そうかもしれないわね」
また、横から「デリカシーがない」と怒られるかと思ったが、今回はおとがめなし。
本人からも、素直に予想通りの回答がもらえる。
そうなんだよな。
俺は彼女に惚れられる理由がない。
それなのに、どうして彼女は積極的に、こんなプロジェクト(?)をやっているのか。
「実は、わたしもよくわからないの」
彼女は、その俺の疑問を理解したように、かるく微笑してから答えた。
「ただ、ロウくんにすごく興味があるのはまちがいないわ。そして、数日しか経っていないけど、すごく気に入っている」
「あ、ありがとうございます……」
「だから、念のために参加したの」
「念のための参加なのに、誰よりも気合いの入った設定の大トリ大本命なんですか、先輩」
「その呼び方、ダメよ。私も一応、新生したので、先輩じゃなく、【桂香】でお願い」
「いや、でも……。ほら、やっぱり設定的に『憧れの先輩』なんだから、呼び捨ては変じゃないですか?」
「……そう言われると、そうね」
「だから、桂香先輩と呼ぶのが、設定的によくないですか?」
「……なるほど」
「では、そういうことで。これからも、よろしくお願いします、先輩」
「ええ。よろしくお願いね、ロウくん」
「はい」
「…………」
「…………」
「……ねえ。呼び方、けっきょく変わってなくない?」
あ。気がついた。
「……泣くわよ」
「す、すいません。じゃあ、桂香さんってことで」
「まあ、それでいいわ」
俺をまっすぐ見る彼女に一瞬、えくぼが現れる。
そう言えば、彼女だけでなく、他のメンバーの視線もこちらを向いていた。
「ところで、聞いておきたいんですが。……なんで最初、みんな目をあわせてくれなかったんですか?」
「それは……」
桂香さんが珍しく口ごもる。
それを横で一笑してから、華代姉が言葉を続けた。
「ちょっと、みんな照れくさくてね。だって実質、告白するようなもんじゃない」
「……あっ。そ、そうですよね……」
そう改めて言われると、こっちまで照れくさくなる。
いやはや。まるで、青春真っ盛り見たいじゃないか!
……あ。俺、まだ16才になったばかりだから、別にそれでもおかしくないのか。
どうやら俺は、こういうこと、自分にはあまり縁がない話だと思っていたようだ。
まあ、周りに今まで恵まれていなかったからな……。
「では、ロウくん」
と、そんな風に物思いにふけっていた俺の肩が叩かれた。
はたと見れば、横で桂香さんが、VWBのペンをマイクの代わりにして俺に向けていた。
「最後に一言、どうぞ」
「……え?」
いきなりふられて、俺は固まる。
いったい、何を言えばいいのやら。
うーん……。
さすがのオレも、少なくとも嫌われずに、好意を向けられていることが実感できた。
善意を悪意にされなかっただけでも、感謝したいぐらいなのに、改めて考えると嬉しくて頬がゆるんできてしまいそうだ。
そうだな。嬉しいんだな、俺は。
一人ずつ視線を合わせるように顔を見つめていく。
その顔を見ていて、ふと手応えを感じる。
もしかしたら俺は、憧れていた「誰かと一緒に熱くなれるもの」の欠片を見つけられたのかもしれない。
苦手だったから面倒だったもの。それを克服できるのかもしれない。
そのことが一番、実は嬉しいのかもしれない。
そう思っていると、自然に口が動いた。
「……ありがとう」
――ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!
突如、ポップコーンが破裂する時のような音が、連続で聞こえた。
いやいや。正確には、本当の音ではない。
目の前に並ぶ顔が、次々と赤面化するのにあわせて、心の中でそんな擬音が聞こえのだ。
そう。
これこそが、我が運命のスキル【絶対赤面化】の覚醒である。
え? この前と名前が違うって?
うん。この前の名前は、しっくりこなかったから変更した。
……って、そんなことはどうでもいい!
なぜか知らないが、俺の言葉で目の前の5人がそろって紅潮を見せていたのだ。
別に変わったことはしてないし、言ったこともただのお礼だ。
それとも変な顔していたか?
たしかにちょっと、頬はゆるんでいたかもしれないが……。
しかし、なんでそろいもそろって5人が同時に――
――ん? 5人?
俺は顔を順番になめて気がつく。
「おい! なんでスケさんまで顔を赤らめて並んでるんだよ!」
「アッハー。いやぁ~。ミーも仲間に、インさせてもらおうかと思ってね」
と、言った途端に、スケさんの顔に影が落ちる。
「だって、ずっとミー、ここにいるのに、アウト オブ 蚊帳だったからさ……」
「……ああ。出番、あまりありませんでしたね。なんかすいません……」
「だ・か・ら!」
スケさんの顔に直射日光でも当たったかのように、影がふっとぶ。
「ミーも、5人目のヒロインとしてエントリーしようかと思ってね!」
「まずは、ヒロインの意味を辞書で引いてきてください」
「リトルなこと、気にしナッシング!」
「もう英語でも何でもないな」
「ともかく、ミーにも可能性があるだろう?」
「なんでだよ!」
「ビコーズ、ロウくん。変態好きなんだろう?」
「そんなわけあるか! あれは誤植だ!」
俺とスケさんの会話に、思わず笑いだす部員たち。
和やかな雰囲気に、俺もつられて笑いだす。
……なんとかやって行けそうだな。
今日が本当の意味で、俺のPM部としてのキックオフだ。
「あ。そうだ。俺からもみんなにお願いがあります」
俺は忘れていた、重要な案件を一つ思いだした。
これだけは、言っておかなければならない。
みんなの注目を浴びたことを確認して、俺は親が子に言い聞かせるように話しだす。
「ドアの開け閉めは、乱暴にやらないこと!」
◆
「報告します! 同盟軍が撤退したとのことです」
最前線での戦いが始まって8日後。
その報告を受けて、聖典巫女は全身の力が抜ける思いだった。
今回の戦いは、かなりの急展開で普通ならば負けていても不思議はなかった。
こんな急な戦いのために、いろいろと想定して用意していたことが、うまく運用されなければ、きっと敗北を喫していただろう。
増援は確かに少し手が遅かった。
しかし、普段からの戦力増強のための訓練、物資の補給経路の確保、そして攻められた時の戦略対応、これらをあらかじめ対策していたからこその成果だった。
もちろん、これらの対策内容は、自分たちで考えたことだ。
しかし、聖典様が、いなければ、このようにスムーズに行かなかったことだろう。
どのようなリスクがあるのか考え、優先順位を付けて整理する術や、そしてその各プロジェクトの進捗管理の術などがあるからこそ、これだけの規模の作業をもれなく同時並行して行ってこれたのだ。
(しかし、まだまだです……)
聖典巫女は、目の前の聖典に手をのせた。
今回の聖典様は、今までの聖典様とまったく違うらしい。
前任の聖典巫女からも話を聞いたが、前の聖典様はもっと強引な方法だったようだ。
そのためなのか、聖典巫女や他の者達とも上手くいかず、途中で聖典召喚ができなくなってしまった。
しかし、それに比べて今回の聖典様は、まったく違う。
なかなか召喚に応じてくれないこともあるが、指示は納得のいく内容だった。
そして一番の違いは、自分たちを信頼して、細かいことを任せてくれることだった。
ただ言われたとおりやるだけではない。
聖典様と一緒に考え、一緒に目指す。
その意識が、全員に一体感をだして、目的に向かって進む力としてくれる。
そして、成長できるのだ。
(そうです。わたくしたちの成長は、始まったばかり……)
これからなにが待っているのかわからない。
もしかしたら、予想もつかない事が起きるのかもしれない。
それでも、やり遂げた実感が自分たちにはある。
(わたくしたちは、それを糧にこれからも進んで参ります。聖典様と共に……)
第一部「立ち上げ編」・完
第一部、すべてお読みいただいた方々、本当にありがとうございました。
一応、昇華していない伏線もあるので、第二部までは予定しております。
(ネタ的にはまだ先まであるのですが……)
なお、本作の趣旨等を記載した後書きを書きのブログに掲載しています。
興味のある方は、お読みいただけると幸いです。
http://blog.guym.jp/2015/06/club-pm1.html